■詩篇56:12神よ。あなたへの誓いは、私の上にあります。私は、感謝のいけにえを、あなたにささげます。56:13あなたは、私のいのちを死から、まことに私の足を、つまずきから、救い出してくださいました。それは、私が、いのちの光のうちに、神の御前を歩むためでした。
★やがてイスラエルを治める王となるダビデ。しかし妬みに駆られるサウル王に追われて敵国ガテの王アキシュのもとにさえ気が違った者として逃れなければならないとは。けれどダビデはそれさえも「それは、私が、いのちの光のうちに、神の御前を歩むためでした」と、恵みによって自分のうちに受け止め王としての備えに変えます。あなたはあれが足りない、このためにだめだと不平をもらす人ですか。それとも感謝によってあなたの生涯に起こることどもを恵みに変える人ですか。
■マタイ27:51すると、見よ。神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。そして、地が揺れ動き、岩が裂けた。
★「血を流すことなしに罪の赦しはあり得ない」の律法の成就のために、ご自身の命を懸けた主の十字架上の執り成しによって、遂に神殿の隔ての幕が人手によらず取り除かれます。神の臨在を象徴する至聖所はどこに行ったのでしょう。旧約時代イスラエルの民はまさにそれを中心に生活し、そこに祝福があるから「来なさい。なぜならここに主の臨在と祝福があるから」のメッセージに歩んでいました。ではキリストの贖いが完成した今は、あなたが至聖所、すなわち主の教会です。だから主の臨在を持ち運ぶ祭司として「行って」なのです。地の塩、世の光として今日も主の教会として、主と共に、置かれたところに主の臨在をもたらすために遣わされましょう。ヒデ
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