日曜日, 12月 31, 2017

2018010_詩篇17

■詩篇17:1,主よ。聞いてください、正しい訴えを。耳に留めてください、私の叫びを。耳に入れてください、欺きのくちびるからでない私の祈りを。
2,私のためのさばきが御前から出て、公正に御目が注がれますように。
8,私を、ひとみのように見守り、御翼の陰に私をかくまってください。
9,私を襲う悪者から。私を取り巻く貪欲な敵から
14,主よ。人々から、あなたの御手で。相続分がこの世のいのちであるこの世の人々から。彼らの腹は、あなたの宝で満たされ、彼らは、子どもらに満ち足り、その豊かさを、その幼子らに残します。
15,しかし、私は、正しい訴えで、御顔を仰ぎ見、目ざめるとき、あなたの御姿に満ち足りるでしょう。
★この詩を歌った時のダビデの苦悩とはいかばかりだった事でしょう。その中でダビデは神様から出る裁きに望みを置きます。ここにダビデの神様への信頼の深さが表されます。いつも神様の御手に陥ろうとするダビデの生き様にならいましょう。

土曜日, 12月 30, 2017

20171231_詩篇16

■詩篇16:8,私はいつも、私の前に主を置いた。主が私の右におられるので、私はゆるぐことがない。
9,それゆえ、私の心は喜び、私のたましいは楽しんでいる。私の身もまた安らかに住まおう。
10,まことに、あなたは、私のたましいをよみに捨ておかず、あなたの聖徒に墓の穴をお見せにはなりません。
11,あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。
★イエス・キリストにあって罪のゆるしと死の問題に解決をいただいたキリスト者にふさわしい告白です。その秘訣は、主を自らの前に置くこと。新たな年も主を前に置くあなたの一年を、主が豊かに祝福してくださいますように。

金曜日, 12月 29, 2017

20171230_詩篇15

■詩篇15:1,主よ。だれが、あなたの幕屋に宿るのでしょうか。だれが、あなたの聖なる山に住むのでしょうか。
2,正しく歩み、義を行い、心の中の真実を語る人。
3,その人は、舌をもってそしらず、友人に悪を行わず、隣人への非難を口にしない。
4,神に捨てられた人を、その目はさげすみ、主を恐れる者を尊ぶ。損になっても、立てた誓いは変えない。
5,金を貸しても利息を取らず、罪を犯さない人にそむいて、わいろを取らない。このように行う人は、決してゆるがされない。
★動機が愛か欲のどちらに支配され、その行動が生み出されているか。それによって聖書はその人の神様との関係が分かると教えます。キリストの十字架の贖い、流された血潮によって、私たちは神様の宮に住む者とされました。与えられた一年を感謝し、新たな年をお開きくださる主に期待しお祈りをささげましょう。

20171229_詩篇14

■詩篇14: 1 愚か者は心の中で、「神はいない」と言っている。
彼らは腐っており、忌まわしい事を行っている。
善を行う者はいない。
2 主は天から人の子らを見おろして、神を尋ね求める、悟りのある者が
いるかどうかをご覧になった。
3 彼らはみな、離れて行き、だれもかれも腐り果てている。
善を行う者はいない。ひとりもいない。
6 おまえたちは、悩む者のはかりごとを
はずかしめようとするだろう。
しかし、主が彼の避け所である。
★私たちは、神様よりも自分に信頼するとき無神論者となります。ここで言及されている愚か者たちとは行いにおいて、積極的に道理に反し、神様ををあからさまに無視して語る者のことです。「神は、正しい者の一族とともにおられる」とは、神様に従う者を攻撃する者は、神を攻撃していることになると言うことを教えています。神様への攻撃は無益です。戦いに負けていると感じるときも、私たちの究極的な勝利は神様にあると確信し、主の救いを待ち望むものであらせていただきましょう。

木曜日, 12月 28, 2017

20171228_詩篇13

■詩篇13:1 主よ。いつまでですか。
あなたは私を永久にお忘れになるのですか。
いつまで御顔を私からお隠しになるのですか。
5 私はあなたの恵みに拠り頼みました。
私の心はあなたの救いを喜びます。
6 私は主に歌を歌います。
主が私を豊かにあしらわれたゆえ。
★「いつまで」ということばが始めの2節で2回出てきており、ダビデの苦悩の深さを示唆しています。ダビデは自分の感情を神様に向かつて表し、カを受け取ります。ダビデは神様に忠実であり、神様に心から信頼していましたが他の人と同じように、のしかかろうとする重圧に苦悩します。しかしダビデは、あきらめたり、屈したりするのではなく、信仰を持ち続けます。絶望のとき、あきらめるよりも信仰を持ち続けるほうがはるかに大変な時もあるでしょう。しかし、神様についてあきらめてしまうなら、絶望に屈することになります。何と感謝でしょう。私たちの主はよみがえられました。ハレルヤ!

水曜日, 12月 27, 2017

20171227_詩篇12

■詩篇12:4 彼らはこう言うのです。
「われらはこの舌で勝つことができる。
われらのくちびるはわれらのものだ。
だれが、われらの支配者なのか。」
5 主は仰せられる。
「悩む人が踏みにじられ、貧しい人が嘆くから、今、わたしは立ち上がる。
わたしは彼を、その求める救いに入れよう。」
6 主のみことばは混じりけのないことば。
土の炉で七回もためされて、純化された銀。
★惑わしに満ちた世で神様のために生きることは、困難であり孤独です。預言者エリヤは、あるとき、とても孤独を感じ、死にたいと願いました。しかし、神様はエリヤに、ほかに7000人の忠実なしもベがいると示してくださいました。私たちは決して1人ではありません。1人だと感じるときは、執り成しを信仰の友に求めましょう。
私たちは、ある嘘は比較的無害であり、時には有益であると信じてしまう誘惑にかられるかもしれません。しかし、神様は嘘、へつらい、惑わしを見過ごされません。それぞれの罪は、いずれことばとなって表される悪い態度が原因となっています。舌は私たちの最大の敵であるとヤコブは語りました。舌の使い方に気をつけましょう。神様は、悩む人、貧しい人の面倒を見てくださいます。踏みにじられる人たちを守り、彼らをしいたげる者たちと戦うと約束してくださっています。

火曜日, 12月 26, 2017

20171226_詩篇11

■詩篇11:3 拠り所がこわされたら正しい者に何ができようか。」
7 主は正しく、正義を愛される。直ぐな人は、御顔を仰ぎ見る。
★ダビデは、敵から逃げるようにと助言をする者にここで話しているようです。ダビデの信仰は、逃げるように言う助言者たちの恐れと対照的です。神様への信仰は、私たちが望みを失わないよう、恐れに負けないように導きます。私たちは人生の土台が揺り動かされ、どこかに隠れることができたらと願うとき、神様が依然として支配しておられることを思い出すことが大切です。
神様のカは、物事がどう傾こうと弱まることはありません。神様のみゆるしな
しには何も起こらない事を覚えましょう。逃げ出したくなるときは、神様のもとへ行きましょう。神様は、ちょうど良いときに、正義と善を地上に建て直してくださいます。私たちは人生に訪れるテストやチャレンジを無視したり、拒絶したりするのではなく、成長するための機会として用いましょう。

月曜日, 12月 25, 2017

20171225_マタイ2:13-23

■マタイ2:16その後、ヘロデは、博士たちにだまされたことがわかると、非常におこって、人をやって、ベツレヘムとその近辺の二歳以下の男の子をひとり残らず殺させた。その年齢は博士たちから突き止めておいた時間から割り出したのである。20「立って、幼子とその母を連れて、イスラエルの地に行きなさい。幼子のいのちをつけねらっていた人たちは死にました。」
★ヘロデの行動は神様の愛を信じることのできない人の行動です。しかし主は主の使命に生きようとする者の命を守られます。

土曜日, 12月 23, 2017

20171224_マタイ2:1-12

■マタイ2:11そしてその家に入って、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた。
12それから、夢でヘロデのところへ戻るなという戒めを受けたので、別の道から自分の国へ帰って行った。
★礼拝とは受けることではなくささげること、価値あるお方に当然帰すべき価値をお返ししてゆくことです。そうした真の礼拝者に対して、主は新しい生涯と喜びをあなたのために開いてくださるお方です。東方の博士の礼拝に学びましょう。

20171223_ヨハネ1:1-5

◼️ヨハネ1:1,初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
2,この方は、初めに神とともにおられた。
3,すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。
4,この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。
5,光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。

★永遠の初めから父なる神と共におられたお方、創世記1章において一つ一つ「あれ」と命令し全てのものを造られたお方、それがイエス・キリストです。このお方は全ての人の心に神様の愛の光を届ける為に人となられました。クリスマスです。

金曜日, 12月 22, 2017

20171222_ルカ2:8-20

ルカ2:8-20
10,御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。
11,きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
★当時安息日を守れないゆえに人としての尊厳を奪われていた羊飼い。そんな彼らの所に父なる神様はみ使いを遣わし「あなたがたのために』とキリストの誕生を伝えさせます。それは羊飼いたちへの「私は決してあなたたちを忘れてはいない」との父なる神様からのメッセージでした。同様にあなたは愛されています。覚えられています。

木曜日, 12月 21, 2017

20171221_ルカ2:1-7

ルカ2:1-7
5 身重になっているいいなずけの妻マリヤもいっしょに登録するためであった。
6 ところが、彼らがそこにいる間に、マリヤは月が満ちて、
7 男子の初子を産んだ。それで、布にくるんで、飼葉おけに寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。

★預言の成就のためには神を恐れず自らを神とする皇帝さえ用いることのできる神様の御力と、出産のときでさえ部屋を譲れない人の心の冷たさを思います。主はそんなにもご自身から離れたこの世を、そこに住む人を救うために神の御位を捨てて来てくださいました。

火曜日, 12月 19, 2017

20171219_ルカ1:26-38

■ ルカ1:26-38
37 神にとって不可能なことは一つもありません。」
38 マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」こうして御使いは彼女から去って行った。
★全ての人の心のうちにキリストが宿るために。用いられたマリヤの告白と、神様の御力の御使いによる宣言です。

月曜日, 12月 18, 2017

20171220_マタイ1:18-25

20171220_マタイ1:18-25
■ マタイ1:18-25
20 彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。
21 マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」
★神様のみこころを行いたいと願う人であっても決して越えられない壁かあることを思います。その時は主が越えさせてくださいます。

御影福音教会 森英樹
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日曜日, 12月 17, 2017

20171217_詩篇11

■ 詩篇11
1 主に私は身を避ける。
どうして、あなたたちは私のたましいに言うのか。
「鳥のように、おまえたちの山に飛んで行け。
2 それ、見よ。悪者どもが弓を張り、弦に矢をつがえ、暗やみで
心の直ぐな人を射ぬこうとしている。
3 拠り所がこわされたら正しい者に何ができようか。」
4 主は、その聖座が宮にあり、主は、その王座が天にある。
その目は見通し、そのまぶたは、人の子らを調べる。
★ダビデは、生涯において安全のために逃げることを何度か強いられます。神様の油注ぎを受けた王となることによって、他者の不義と憎しみから無縁となったわけではありませんでした。サウルに追われているとき( 1サムエル18-31章)、アブシャロムの反逆の時期(2サムエル15-18章)の両方の事例においてダビデは逃げましたが、すべてが失われたかのようにして逃げた訳ではありませんでした。神様が事を支配しておられるとを知り、ダビデは賢明に困難を避けましたが、困難から恐れをもって逃げたのではなかったのです。

土曜日, 12月 16, 2017

20171216_詩篇10

■ 詩篇10
1 主よ。なぜ、あなたは遠く離れてお立ちなのですか。
苦しみのときに、なぜ、身を隠されるのですか。
2 悪者は高ぶって、悩む人に追い迫ります。
彼らが、おのれの設けたたくらみに
みずから捕らえられますように。
17 主よ。あなたは貧しい者の願いを
聞いてくださいました。
あなたは彼らの心を強くしてくださいます。
耳を傾けて、
18 みなしごと、しいたげられた者を
かばってくださいます。
地から生まれた人間が
もはや、脅かすことができないように。
★なぜダビデは冒頭の祈りを神様の前にささげたのでしょうか。実際にその様な、自らを神とし、人を人とも思わない存在があるからです。主はダビデの叫びに耳を傾けてくださいました。あなたの叫びにも耳を傾けてくださいます。あなたの目が目の前の現実以上に公平な審判者である主に向けられます様に。

木曜日, 12月 14, 2017

20171215_詩篇9

■ 詩篇9
7 しかし、主はとこしえに御座に着き、さばきのためにご自身の王座を堅く立てられた。
8 主は義によって世界をさばき、公正をもって国民にさばきを行われる。
9 主はしいたげられた者のとりで、苦しみのときのとりで。
19 主よ。立ち上がってください。人間が勝ち誇らないために。国々が御前で、さばかれるために。
20 主よ。彼らに恐れを起こさせてください。
おのれが、ただ、人間にすぎないことを、国々に思い知らせてください。
★まるで聖書の完成の光景を知り主の再臨の意味を知っている者のような告白です。主がご自身愛するダビデにそのことを預言され、幻に見せられたのでしょう。正しい裁きをされるお方がおられます。先走りして裁くことの無いように致しましよう。

水曜日, 12月 13, 2017

20171213_詩篇7

■ 詩篇7
3 私の神、主よ。
もし私がこのことをしたのなら、もし私の手に不正があるのなら、
4 もし私が親しい友に悪い仕打ちをしたのなら、また、私に敵対する者から、ゆえなく奪ったのなら、
5 敵に私を追わせ、追いつかせ、私のいのちを地に踏みにじらせてください。
私のたましいをちりの中にとどまらせてください。
★理不尽な状況に置かれる中でこの時筆者はどれほどの葛藤、苦しみを経験した事でしょう。しかしダビデはこの神様に明け渡した祈りを通して状況に飲み込まれることなく、なすべきことを成し遂げる者となりました。

火曜日, 12月 12, 2017

20171212_詩篇6

■ 詩篇6
指揮者のために。八弦の立琴に合わせて。ダビデの賛歌
1 主よ。御怒りで私を責めないでください。
激しい憤りで私を懲らしめないでください。
2 主よ。私をあわれんでください。
私は衰えております。
主よ。私をいやしてください。
私の骨は恐れおののいています。
3 私のたましいはただ、恐れおののいています。
主よ。いつまでですか。あなたは。
★ダビデは、神様の罰を受け入れますが、憤りで懲らしめないようにと懇願します。エレミヤもまた、憤りによってではなくやさしく自分を正してくださるようにと祈りました。(エレミヤ10:24)。ダビデは、神様があわれみ抜きで正義によってのみ自分を扱われるなら、自分が神様の怒りによって一掃されてしまうと理解しています。よく、私たちは、自分に対してはあわれみを示してくださるよう神様に願いますが、しばしば他の人に対しては正義を示してくださいと祈ります。神様は、私たちが受けるべきものを与える代わりに、やさしさのゆえの赦しをくださることを心に刻みましょう。

月曜日, 12月 11, 2017

20171211_詩篇5

■ 詩篇5
4 あなたは悪を喜ぶ神ではなく、わざわいは、あなたとともに住まないからです。
5 誇り高ぶる者たちは
御目の前に立つことはできません。
あなたは不法を行うすべての者を憎まれます。
6 あなたは偽りを言う者どもを滅ぼされます。
主は血を流す者と欺く者とを忌みきらわれます。
7 しかし、私は、豊かな恵みによって、あなたの家に行き、あなたを恐れつつ、あなたの聖なる宮に向かってひれ伏します。
★5神様との近しい関係の秘訣は朝ごと神様に近づき祈ることです。朝、私たちの思いは問題から解放されているので、その日全体を神様にゆだねることができます。定期的なコミュニケーションは友人関係を育て、神様との強い関係にも必要不可欠です。日々神様とコミュニケーションをとりましょう。

御影福音教会 森英樹
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日曜日, 12月 10, 2017

20171210_詩篇4

■ 詩篇4
3 知れ。主は、ご自分の聖徒を特別に扱われるのだ。
私が呼ぶとき、主は聞いてくださる。
4 恐れおののけ。そして罪を犯すな。
床の上で自分の心に語り、静まれ。セラ
5 義のいけにえをささげ、主に拠り頼め。
★ダビデの時代の礼拝には、天幕での祭司による動物のいけにえが求められましたが、神様にとって儀式よりも大切なのは、ささげる者の服従と従順の態度です。(1サムエル15:22, 23)。全き従順と心からの賛美のいけにえを神様におささげしましょう。

御影福音教会 森英樹
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土曜日, 12月 09, 2017

20171209_詩篇3

■ 詩篇3
ダビデがその子アブシャロムからのがれたときの賛歌
1 主よ。なんと私の敵がふえてきたことでしょう。私に立ち向かう者が多くいます。
2 多くの者が私のたましいのことを言っています。「彼に神の救いはない」と。セラ
3 しかし、主よ。あなたは私の回りを囲む盾、私の栄光、そして私のかしらを高く上げてくださる方です。
★ダビデは、力ある位置である王座に座してはおらず、反逆的な息子であり、裏切り者の首謀者であるアブシャロムから自分のいのちを守るために逃げていました。状況が私たちに反するとき神様も私たちに反しておられると考えてしまう誘惑に駆られるかもしれません。
しかし、ダビデは私たちに、真実はそれと逆であることを思い出させてくれます。すべてがうまくいっていないように思えるときも、神様は依然として私たちの味方でいてくださいます。状況があなたに反するとき、神様に何故と語る以上に神様を求めましよう。

金曜日, 12月 08, 2017

20171208_詩篇2

■ 詩篇2
1 なぜ国々は騒ぎ立ち、国民はむなしくつぶやくのか。
2 地の王たちは立ち構え、治める者たちは相ともに集まり、主と、主に油をそそがれた者とに逆らう。
3 「さあ、彼らのかせを打ち砕き、彼らの綱を、解き捨てよう。」
4 天の御座に着いている方は笑い、主はその者どもをあざけられる。
5 ここに主は、怒りをもって彼らに告げ、燃える怒りで彼らを恐れおののかせる。
12 御子に口づけせよ。
主が怒り、おまえたちが道で滅びないために。
怒りは、いまにも燃えようとしている。
幸いなことよ。
すべて主に身を避ける人は。
★全体として小賢しくも自らを神様よりも高くしようとする輩の姿が描かれています。まことの神様の力を知らないゆえになせるわざです。しかし神様はここでダビデの唇を通して御子イエスキリストについて預言させられます。この朝もキリストを仰ぎましょう。完全な贖いを成し遂げられた後、父なる神様の右の座につかれたキリストを。このお方が私の心にいつも鮮やかに輝きます様に。

木曜日, 12月 07, 2017

20171207_詩篇1

■ 詩篇1
1 幸いなことよ。
悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。
2 まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。
3 その人は、水路のそばに植わった木のようだ。
時が来ると実がなり、その葉は枯れない。
その人は、何をしても栄える。
4 悪者は、それとは違い、まさしく、風が吹き飛ばすもみがらのようだ。
5 それゆえ、悪者は、さばきの中に立ちおおせず、罪人は、正しい者のつどいに立てない。
6 まことに、主は、正しい者の道を知っておられる。
しかし、悪者の道は滅びうせる。
★この詩篇はかつて主について勉強したことがある者によっても書かれものではなく、主を知る者によって歌われた詩です。水路のそばに植わった木とはまさにその人です。主を信頼して歩む者のみが歌えるこの詩を私たちも人生のただ中て歌う者でありましょう。

水曜日, 12月 06, 2017

20171206_ユダ1

■ ユダ1
20 しかし、愛する人々よ。あなたがたは、自分の持っている最も聖い信仰の上に自分自身を築き上げ、聖霊によって祈り、
21 神の愛のうちに自分自身を保ち、永遠のいのちに至らせる、私たちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい。
22 疑いを抱く人々をあわれみ、
23 火の中からつかみ出して救い、またある人々を、恐れを感じながらあわれみ、肉によって汚されたその下着さえも忌みきらいなさい。
24 あなたがたを、つまずかないように守ることができ、傷のない者として、大きな喜びをもって栄光の御前に立たせることのできる方に、
25 すなわち、私たちの救い主である唯一の神に、栄光、尊厳、支配、権威が、私たちの主イエス・キリストを通して、永遠の先にも、今も、また世々限りなくありますように。アーメン。
★背教の霊が強く働くのは終わりの時代の特徴です。目を覚ましていましょう。

火曜日, 12月 05, 2017

20171205_3ヨハネ1

■ 3ヨハネ1
2 愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。
9 私は教会に対して少しばかり書き送ったのですが、彼らの中でかしらになりたがっているデオテレペスが、私たちの言うことを聞き入れません。
10 それで、私が行ったら、彼のしている行為を取り上げるつもりです。彼は意地悪いことばで私たちをののしり、それでもあきたらずに、自分が兄弟たちを受け入れないばかりか、受け入れたいと思う人々の邪魔をし、教会から追い出しているのです。
★デオテレペスの満たされていない承認欲求の理由はわかりません。しかし彼から流れるものによって教会はどれほど傷んだことでしょう。それを知ったヨハネは「愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります」ととりなします。あなたが成熟することはあなた個人のとこではありません。またその反対もしかりです。命を分かち合うように召された家庭や教会であなたが祝福となりますように。

月曜日, 12月 04, 2017

20171204_2ヨハネ1

■ 2ヨハネ1
5 そこで夫人よ。お願いしたいことがあります。それは私が新しい命令を書くのではなく、初めから私たちが持っていたものなのですが、私たちが互いに愛し合うということです。
6 愛とは、御父の命令に従って歩むことであり、命令とは、あなたがたが初めから聞いているとおり、愛のうちを歩むことです。
7 なぜお願いするかと言えば、人を惑わす者、すなわち、イエス・キリストが人として来られたことを告白しない者が大ぜい世に出て行ったからです。こういう者は惑わす者であり、反キリストです。
8 よく気をつけて、私たちの労苦の実をだいなしにすることなく、豊かな報いを受けるようになりなさい。
9 だれでも行き過ぎをして、キリストの教えのうちにとどまらない者は、神を持っていません。その教えのうちにとどまっている者は、御父をも御子をも持っています。
★異端とは何でしょう。キリストから信者を行き過ぎさせ、通り過ぎさせようとするものです。キリストの中にこそ命はあります。騙されてはなりません。

日曜日, 12月 03, 2017

20171203_1ヨハネ5

■ 1ヨハネ5
11 そのあかしとは、神が私たちに永遠のいのちを与えられたということ、そしてこのいのちが御子のうちにあるということです。
12 御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子を持たない者はいのちを持っていません。
13 私が神の御子の名を信じているあなたがたに対してこれらのことを書いたのは、あなたがたが永遠のいのちを持っていることを、あなたがたによくわからせるためです。
14 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。
★主の弟子ヨハネはこの手紙を 「 子どもたちよ。偶像を警戒しなさい。」と締めくくります。その理由は滅びに至らせようとする異端がキリスト信者を飲みつくそうとしていたからです。そこでヨハネが何よりクリスチャンに知って欲しかったこと、それがキリストを信じたあなたは永遠の命を持っていると言うことでした。騙されてはいけません。もう不足はないのです。あなたの内にはキリストがおられます。

土曜日, 12月 02, 2017

20171202_1ヨハネ4

■ 1ヨハネ4
9 神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。
10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。
11 愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。
★どこにでしょうか。キリストの十字架にです。十字架に示された神様の愛を受け取りましょう。そして愛の中を歩みましょう。

金曜日, 12月 01, 2017

20171201_1ヨハネ3

■ 1ヨハネ3
18 子どもたちよ。私たちは、ことばや口先だけで愛することをせず、行いと真実をもって愛そうではありませんか。
19 それによって、私たちは、自分が真理に属するものであることを知り、そして、神の御前に心を安らかにされるのです。
20 たとい自分の心が責めてもです。なぜなら、神は私たちの心よりも大きく、そして何もかもご存じだからです。
★愛とは相手を変えることではなく自分が変わることです。また愛そうとするとき人は十分に愛せていないのではないかと後ろめたさを感じることがあり。そこでヨハネは神様は私たちの感じる後ろめたさを知った上で私たちを受け止めてくださる、私たちよりも大いなるお方とヨハネは諭します。この真理を受け取りましょう。そして神様の愛に安んじましょう。それがキリストにとどまろうとする者に備えられた特権です。

木曜日, 11月 30, 2017

20171130_1ヨハネ2

■ 1ヨハネ2
1 私の子どもたち。私がこれらのことを書き送るのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。もしだれかが罪を犯すことがあれば、私たちには、御父の前で弁護する方がいます。義なるイエス・キリストです。
2 この方こそ、私たちの罪のための――私たちの罪だけでなく、世全体のための――なだめの供え物です。
9 光の中にいると言いながら、兄弟を憎んでいる者は、今もなお、やみの中にいるのです。
10 兄弟を愛する者は、光の中にとどまり、つまずくことがありません。
11 兄弟を憎む者は、やみの中におり、やみの中を歩んでいるのであって、自分がどこへ行くのか知らないのです。やみが彼の目を見えなくしたからです。
★ヨハネはここで間違った教えとの戦い方を教えます。まずその兆候は同じ信仰の交わりの中にある兄弟への愛が冷えるかたちで現れます。恵みによる救い以外の要素がその人の心に覆いをかけ拠り所となるからです。偽りは常に密かに教会の中に持ち込まれます。キリストの十字架による贖い以上に強調されるものがあるならそれは要注意で、心を奪われないようにしましょう。自分がどこに向かっているかわからなくなってしまいます。しかし、仰ぐならいつも赦し受け入れてくださる大祭司キリストが私たちには与えられています。

水曜日, 11月 29, 2017

20171129_1ヨハネ1

■ 1ヨハネ1
8 もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。
9 もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。
10 もし、罪を犯してはいないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのです。神のみことばは私たちのうちにありません。
★主に愛されたと自負する弟子ヨハネの手紙です。何が救いかと言うならそれは神様との交わりの回復と明確に手紙の冒頭で記します。ではそれを妨げるのは何でしょう。他でもない私の内にあるまだ光が当てられていない「その罪」です。光の中に持ち出しましょう。主はきよめてくださいます。

御影福音教会 森英樹

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火曜日, 11月 28, 2017

20171128_ヨブ42

■ ヨブ42
5 私はあなたのうわさを耳で聞いていました。
しかし、今、この目であなたを見ました。
6 それで私は自分をさげすみ、ちりと灰の中で悔いています。
★ヨブの友人たちは、ヨブに罪を認め赦しを請うよう要求し、結局、ヨブは実際に悔い改めました。しかしヨブの悔い改めは友人たちが要求したような種のものではありません。ヨブは、隠れた罪を犯したことへの赦しではなく、神様の主権と正義を疑ったことへの赦しを求めたのです。自分の態度を悔い改め、神様の偉大な力と完全な正義を認めたのです。私たちは、怒って「もし神様が支配しておられるのなら、なぜこのようなことが起こるのを許されるのか」と尋ねるときに罪を犯します。なぜなら、私たちは時の中に閉じ込められており、今日を越えて見ることができず、起こるすべてのことの理由を知ることができないからです。ゆえに、疑いと信頼のどちらかを選ばなければなりません。私たちは、答えられない疑問があっても神様を信頼する道を選択できるでしょうか。ヨブは率直に、正直に神様と向かい、愚かであったのは自分だと認めました。私たちは神様に信頼するのに十分な信仰すら持っていないことを認めましょう。そしてイエスキリストが持っておられる御子の信仰で覆っていただきましょう。

御影福音教会 森英樹

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月曜日, 11月 27, 2017

20171127_ヨブ41

■ ヨブ41
9 見よ。その望みは裏切られる。
それを見ただけで投げ倒されるではないか。
10 これを起こすほどの狂った者はいない。
だから、だれがいったい、わたしの前に立つことができよう。
11 だれがわたしにささげたのか、わたしが報いなければならないほどに。
天の下にあるものはみな、わたしのものだ。
★人は、レビヤタン(わに)にさえ立ち向かうのを恐れるのに、神様に立ち向かうことができると考えるのは愚かです。神様はわになどより、どれほど力強い方であることでしょう。

御影福音教会 森英樹

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日曜日, 11月 26, 2017

20171126_ヨブ40

■ ヨブ40
1 主はさらに、ヨブに答えて仰せられた。
2 非難する者が全能者と争おうとするのか。
神を責める者は、それを言いたててみよ。
3 ヨブは主に答えて言った。
4 ああ、私はつまらない者です。
あなたに何と口答えできましょう。
私はただ手を口に当てるばかりです。
5 一度、私は語りましたが、もう口答えしません。
二度と、私はくり返しません。
★ヨブは自分の潔白を神様の前に弁護する機会を持つことを切望しました。しかし、ヨブはもう話す必要はなくなりました。神様がご自身を現してくださったからです。神様は、私たちが何を公正と思うかにかかわらず
ご自身の最善をなされまする。ヨブもとに神様が来られ、ヨブへの愛と心遣いを明らかにされたことにただただひれ伏します。

土曜日, 11月 25, 2017

20171125_ヨブ39

■ ヨブ39
1 あなたは岩間の野やぎが子を産む時を
知っているか。
雌鹿が子を産むのを見守ったことがあるか。
2 あなたはこれらがはらんでいる月を
数えることができるか。
それらが子を産む時を知っているか。
3 それらは身をかがめて子を産み落とし、その胎児を放り出す。
4 その子らは強くなり、野原で大きくなると、出て行って、もとの所には帰らない。
★神様は、ヨブの知識が実際はどんなに限られたものであるかを証明するために、ヨブに動物界についてのいくつかの質問をされました。神様は、ヨブに答えを求めてはおられません。代わりに、ヨブに、神の力と主権に気づかせ、服従を求められたのです。そのときにのみ、ヨブは神様が実際何を言っておられるのかを聞くことができるからです。

金曜日, 11月 24, 2017

20171124_ヨブ38

■ ヨブ38
1 主はあらしの中からヨブに答えて仰せられた。
2 知識もなく言い分を述べて、摂理を暗くするこの者はだれか。
3 さあ、あなたは勇士のように腰に帯を締めよ。
わたしはあなたに尋ねる。わたしに示せ。
4 わたしが地の基を定めたとき、あなたはどこにいたのか。
あなたに悟ることができるなら、告げてみよ。
★あらしの中から、神様は語られました。驚くことに、神様はヨブのどの質問にもお答えになってはいません。その代わりに神様は、ヨブが世界の自然の秩序について無知であることを、ヨブが神様の道徳的な秩序について無知であることを明らかになる問を投げかけられました。もし神様の物質的創造の働きを理解できないのなら、どのようにしてヨブは、神様の思いと性質を理解できるというのでしょうか。神様ご自身よりも高い基準や標準はありません。神様ご自身が基準です。私たちの唯一の選択肢はこの神様の権威に服従し、神様の保護の中に安らぎを得ることです。


御影福音教会 森英樹

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木曜日, 11月 23, 2017

20171123_ヨブ37

■ ヨブ37
23 私たちが見つけることのできない全能者は、力とさばきにすぐれた方。
義に富み、苦しめることをしない。
24 だから、人々は神を恐れなければならない。
神は心のこざかしい者を決して顧みない。
★神様と比べられるものはありません。その力と存在はすさまじく、神様が語られるとき、私たちは聞かなければなりません。私たちはよくおこがましくも(ヨブの友人たちがしたように)神様を弁護したリ神様に口添えしたり、神様をおろそかにしたり、神様の沈黙を、神様がおられない、または気遣っておられないと解釈したりします。しかし、神様は私たちを気遣ってくださっています。神様は支配しておられ、語られます。神様のメッセージを聞く準備をしましょう。神様は聖書を通して、あるいは生活の中での聖霊の語りかけを通して、状況や人間関係を通してお語りになられます。

水曜日, 11月 22, 2017

20171122_ヨブ36

■ ヨブ36
26 見よ。神はいと高く、私たちには知ることができない。
その年の数も測り知ることができない。
27 神は水のしずくを引き上げ、それが神の霧となって雨をしたたらせる。
28 雨雲がこれを降らせ、人の上に豊かに注ぐ。
29 いったい、だれが雲の広がりと、その幕屋のとどろきとを悟りえよう。
★聖書は、神様がどんなお方なのか、どのようにして神様を知ることができるのか、どのようにして神様と永遠の関係を持つことができるのかにつ
いての詳細で満ちています。ゆえに神様に関する知識のいくつかを持つ
ことはできます。しかし、人生の疑問のすべてを答えられるほど(3:11)、また、私たちの最後に関して神様を操れるほど、神様を知ることは決してできません。人生は、私たちが答えを持つ以上に疑問を生み出すので、人生の問題についての新たな見識を求めて、神様のもとに絶えず行く事が求められているのです。

火曜日, 11月 21, 2017

20171121_ヨブ35

■ ヨブ35
12 そこでは、彼らが泣き叫んでも答えはない。
悪人がおごり高ぶっているからだ。
13 神は決してむなしい叫びを聞き入れず、全能者はこれに心を留めない。
14 しかも、あなたは
神を見ることができないと言っている。
訴えは神の前にある。
あなたは神を待て。
★時に私たちは、信念に忠実であることに何か益があるのだろうかと思う者です。エリフはまさにこの点について話します。神様がすべての状況において直ちに干渉しなくても、依然として気づかっておられるというのが彼の結論です。長い目で見て、神様は正義を実行されます。望みを失ってはなりません。神様を待ち望みましょう。神様は私たちの正しい生活と信仰に注目して下さっています。

御影福音教会 森英樹

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月曜日, 11月 20, 2017

20171120_ヨブ34

■ ヨブ34
10 だから、あなたがた分別のある人々よ。私に聞け。神が悪を行うなど、全能者が不正をするなど、絶対にそういうことはない。
11 神は、人の行いをその身に報い、人に、それぞれ自分の道を見つけるようにされる。12 神は決して悪を行わない。全能者は公義を曲げない。
13 だれが、この地を神にゆだねたのか。だれが、全世界を神に任せたのか。
14 もし、神がご自分だけに心を留め、その霊と息をご自分に集められたら、15 すべての肉なるものは共に息絶え、人はちりに帰る。

★神様は罪を犯さず、決して不正であられないとエリフは主張します。確かにエリファス、ツォファル、エリフの全員が述べたことの中には真実の要素がそれぞれ含まれていました。ただし残念ながら、その真理の小さなかたまりは、何層もの間違った想定と結論の下に埋もれてしまっています。私たちは聖書知識の財産と人生の経験を持っています、しかし、私たちの結論が、神のことばの一部とではなく、すべてと一致しているかどうか、確かめようとする謙虚な気持ちを失ってはなりません。

日曜日, 11月 19, 2017

20171119_ヨブ33

■ ヨブ33
13 なぜ、あなたは神と言い争うのか。
自分のことばに
神がいちいち答えてくださらないといって。
14 神はある方法で語られ、また、ほかの方法で語られるが、人はそれに気づかない。
15 夜の幻と、夢の中で、または深い眠りが人々を襲うとき、あるいは寝床の上でまどろむとき、
16 そのとき、神はその人たちの耳を開き、このような恐ろしいかたちで彼らをおびえさせ、
17 人にその悪いわざを取り除かせ、人間から高ぶりを離れさせる。
★ エリフは、神様はヨブに答えようとしておられるのに、ヨブが聞いていないのだと告げます。エリフはこの点で神様を誤って判断しています。も
し神様が私たちの質問すべてに答えるべきであるとすれば、私たちの試練は十分なものでなくなリます。もし神様が、「ヨブよ、サタンはあなたを試み、苦しめるだろうが、最後にはあなたはいやされすべてを取り戻す」とおっしゃったとしたら。
実はヨブにとっての最大の試練は痛みではなく「なぜ 自分が苦しんでいるのかを知らなかったことです。
私たちにとっての最大の試練はなぜ人生がある方向へと進んでいるのかを理解できなくても、神様のいつくしみに信頼しなければならない、ということかもしれません。私たちは、人生の良いものに信頼するのではなく、良い方である「神様」に信頼することを学ばなければならないのです。

土曜日, 11月 18, 2017

20171118_ヨブ32

■ ヨブ32
6 ブズ人、バラクエルの子エリフは答えて言った。
私は若く、あなたがたは年寄りだ。
だから、わきに控えて、遠慮し、あなたがたに私の意見を述べなかった。
7 私は思った。
「日を重ねた者が語り、年の多い者が知恵を教える」と。
8 しかし、人の中には確かに霊がある。
全能者の息が人に悟りを与える。
9 年長者が知恵深いわけではない。
老人が道理をわきまえるわけでもない。
★エリファズ、ビルダデ、ツォファルに何も言うことがなくなったとき、エリフがヨブに語る3番目の者となリます。これは彼が話した最初で最後の機会です。明らかに、エリフは傍観者であり、他の者たちよりずっと若い者でしたが新しい視点を持ち出します。ヨブの3人の友人は、ヨブが過去に犯した罪のせいで苦しんでいると言いましたが、エリフは、ヨブが現在の罪に気づくまでは、苦しみは去らないと語ります。彼は、ヨブは罪のせいで苦しんでいるのではなく、苦しみのせいで罪を犯していると主張しました。
エリフは、ヨブが自分の無実を弁護しようとしているときの態度は高慢であると指摘します。また、苦しみは、私たちを罰するためのものというよりは、私たちを正し、建て直し、正しい道にとどまらせるためのものであると語ります。エリフのことばには多くの真理があり、彼はヨブに、苦しみを違う観点から、さらに偉大な目的を心に留めて見るよう促したのです。
エリフの語ることは他の者たちよりも霊的に高い場所にありました、それでも、苦しみに対する正しい応答は常にいやしと回復をもたらし (33:23-30、苦しみはいつも罪と何らかの形で関係している(34:11)と間違って想定していたのです。

金曜日, 11月 17, 2017

20171117_ヨブ31

■ ヨブ31
16 もし、私が寄るべのない者の望みを退け、やもめの目を衰え果てさせ、
17 私ひとりだけで食物を食べて、みなしごにそれを食べさせなかったのなら、18 ――私の若いときから、彼は私を父のようにして育ち、私は、母の胎にいたときから、彼女を導いた――
19 もし、私が、着る物がなくて死にかかっている者や、身をおおう物を持っていない貧しい者を見たとき、20 彼の腰が私にあいさつをせず、私の子羊の毛でそれが暖められなかったのなら、21 あるいは、私を助ける者が
門のところにいるのを見ながら、みなしごに向かって私の手を振り上げたことがあるなら、22 私の肩の骨が肩から落ち、私の腕がつけ根から折れてもよい。 
★ここにはヨブの全ての行動の動機が愛と憐れみから出ていることがよく表わされています。さらに、もし…。もし…。とヨブが続けることによってこの章全体がそれを示しています。決して各章毎に結論があり納得が与えられる訳ではないヨブの生涯、しかしなおもヨブは主のみ声を待ち望みます。ヨブの姿勢に教えられましょう。

昨日無事、国外短期宣教よりもどりました。お祈りをありがとうございました。

月曜日, 11月 06, 2017

20171106_ヨブ20

■ ヨブ20
6 たとい彼の高ぶりが天まで上り、その頭が雲まで及んでも、
7 彼は自分の糞のようにとこしえに滅びる。
彼を見たことのある者たちは言う。
彼はどこにいるのかと。
★ツォファルがヨブに対して激しい非難の長演説をしたのは間違っています。しかし、悪人の最後について話した内容は正しいものでした。初めは、罪は楽しく、魅力的にも思われます。嘘、盗み、他人を圧迫することは、その罪を働く者に一時的な利益さえももたらします。不正手段で得たもので長く生きる場合さえ。しかし、最終的には神の正義の前に立たせられます。ツォファレが理解しそこなったのはこれらの罪へのさばきは、罪人が生きている間は下されないかもしれないということです。罰は、罪人が神から永遠に断ち切られる時である最後のさばきまで延期されるかもしれません。私たちは、悪人の成功と力に感銘を受けてはなりません。不義への神様のさばきは確かです。神様を恐れましょう。

明日7〜16日まで国外での短期宣教に出かけ留守にします。そのためこのメール配信も休みとし17日より再開とさせていただきます。

日曜日, 11月 05, 2017

20171105_ヨブ19

■ ヨブ19
21 あなたがた、私の友よ。
私をあわれめ、私をあわれめ。
神の御手が私を打ったからだ。
22 なぜ、あなたがたは神のように、私を追いつめ、私の肉で満足しないのか。
23 ああ、今、できれば、私のことばが書き留められればよいのに。
ああ、書き物に刻まれればよいのに。
24 鉄の筆と鉛とによって、いつまでも岩に刻みつけられたい。
25 私は知っている。
私を贖う方は生きておられ、後の日に、ちりの上に立たれることを。
★既に神様の御手が私を打ったの、になお私を追い詰めるのかとのヨブのことばに、人の心の中にある氷点を感じます。にも関わらず復活の教理もまだ明確に示されていないこの時にもヨブは復活の希望を語ります。何と言う義人ヨブの信仰でしょうか。どんな試練の中でも内から引き出されるものが良きものでありますように。

土曜日, 11月 04, 2017

20171104_ヨブ18

■ ヨブ18
1 そこでシュアハ人ビルダデが答えて言った。
2 いつ、あなたがたはその話にけりをつけるのか。
まず悟れ。それから私たちは語り合おう。
3 なぜ、私たちは獣のようにみなされるのか。
なぜ、あなたがたの目には汚れて見えるのか。
4 怒って自分自身を引き裂く者よ。
あなたのために地が見捨てられようか。
岩がその所から移されようか。
5 悪者どもの光は消え、その火の炎も輝かない。
■ ビルダデは、自分は神様の大きな計画を知っていると思い、ヨブを罪の結果の実例と見なします。人生に対する自分の見解と合わないので、ヨブの話を拒絶したのです。ビルダデの誤りは明確なので、彼を非難するのは容易ですが、私たちも、自分の考えが脅かされると、しばしば同じように行動してしまうかも知れません。神様を仰ぎましょう。

金曜日, 11月 03, 2017

20171103_ヨブ17

■ ヨブ17
5 分け前を得るために友の告げ口をする者、その子らの目は衰え果てる。
6 神は私を民の物笑いとされた。私は顔につばきをかけられる者となった。7 私の目は悲しみのためにかすみ、私のからだは影のようだ。
8 正しい者はこのことに驚き、罪のない者は神を敬わない者に向かって憤る。9 義人は自分の道を保ち、手のきよい人は力を増し加える。
10 だが、あなたがたはみな、帰って来るがよい。私はあなたがたの中にひとりの知恵のある者も見いだすまい。
■ヨブの3人の友人は賢いと評判でしたが、ヨブは彼らの誰にも知恵を見出せないと語ります。そして神様はヨブの主張を42:7で支持します。明らかに、彼らは知恵に関して間違った観点を持っていました。自分たちが繁栄し、成功しているので、神様は自分たちの生き方と考え方を喜んでおられるに違いないと思っているからです。しかし、ヨブは友人たちに、彼らが間違った考えから始めていると告げ、地上での成功と繁栄は神様への信仰に対する報酬と必ずしも一致しないことを伝えます。同様に、困難と苦悩は信仰のなさを証明するものではありません。真に賢い者は、知恵が人間の成功や失敗から来るのではなく、神様からのみ来ることを知っています。そして、真に賢い人は決して神を捨てません。

木曜日, 11月 02, 2017

20171102_ヨブ16

■ ヨブ16
19 今でも天には、私の証人がおられます。私を保証してくださる方は高い所におられます。20 私の友は私をあざけります。しかし、私の目は神に向かって涙を流します。21 その方が、人のために神にとりなしをしてくださいますように。人の子がその友のために。22 数年もたてば、私は帰らぬ旅路につくからです。
★ヨブは、神から捨てられたのではないかと恐れます。しかし、神様(彼の証人、および彼を保証してくださる方)に直接訴え、自分の無罪について神様が知っておられるということに訴えます。「証人」とは、何が起こったかを目撃した者であり、「保証してくださる方」とは原告のために発言る弁護士のような者です。ヨブはこれらの語を使って、公正な弁護に対するすべての望みを天の神様にかけます。なぜなら、裁判が地上で起こる前に彼はおそらく死んでしまうからです。新約に生かされる恵みを覚えます。そこには私たちを弁護してくださるイエス·キリストがおられるからです。(ヘブル7:25. 1ヨハネ2:1)私たちには何も恐れる必要がありません。

水曜日, 11月 01, 2017

20171101_ヨブ15

 ■ ヨブ15 1 テマン人エリファズが答えて言った。2 知恵のある者はむなしい知識をもって答えるだろうか。東風によってその腹を満たすだろうか。3 彼は無益なことばを使って論じ、役に立たない論法で論じるだろうか。4 ところが、あなたは信仰を捨て、神に祈ることをやめている。5 それは、あなたの罪があなたの口に教え、あなたが悪賢い人の舌を選び取るからだ。6 あなたの口があなたを罪に定める。私ではない。あなたのくちびるがあなたに不利な証言をする。
★これ以降31章まで、第1回目の会話の結論とともに、友人がそれぞれ同じ順序で、議論をさらに進め、再び、ヨブはそれぞれの論に答えたます。今回のエリファズはさらに無礼で、感情的で、強迫的ですが、新しいことは何もありません。彼は、ヨブのことばは中身がなく、無益であると言い、更にヨブは大変な罪人であるに違いないという意見を再び述べます。エリファズによると、先祖たちの経験と知恵はヨブの個人的な考えよりも価値があり、エリファズは、自分のことばは神のことばのように真理であると思い込んでいます。彼の高慢さを見抜くのはさほど難しいことではありません。

火曜日, 10月 31, 2017

20171031_ヨブ14

■ ヨブ14
14 人が死ぬと、生き返るでしょうか。私の苦役の日の限り、私の代わりの者が来るまで待ちましょう。15 あなたが呼んでくだされば、私は答えます。あなたはご自分の手で造られたものを慕っておられるでしょう。16 今、あなたは私の歩みを数えておられますが、私の罪に目を留めず、17 私のそむきの罪を袋の中に封じ込め、私の咎をおおってください。
22 ただ、彼は自分の肉の痛みを覚え、そのたましいは自分のために嘆くだけです。
★ この章におけるヨブの言葉は、正しい教理を持つだけでは十分ではない、という偉大な真実を説明しています。信じる内容を知るだけでは、神様を喜ばせることは出来ません。人生の経験によって試みられていない真実は、生き生きとしたもにならない事がしばしばです。苦しみは、人生に生き生きとした質をもたらします。干ばつによって、木の根が水を見つけるためにさらに深く伸びるように、苦しみは私たちに、真実を表面的に受け入れることを越えさせ、望みといのちのために神様に拠り頼ませます。確かにキリストにあって未来はあります。あなたの希望が絶たれることはありません。

月曜日, 10月 30, 2017

20171030_ヨブ13

■ ヨブ13
4 しかし、あなたがたは偽りをでっちあげる者、あなたがたはみな、能なしの医者だ。5 ああ、あなたがたが全く黙っていたら、それがあなたがたの知恵であったろうに。6 さあ、私の論ずるところを聞き、私のくちびるの訴えに耳を貸せ。7 あなたがたは神の代わりに、なんと、不正を言うのか。神の代わりに、欺きを語るのか。
8 神の顔を、あなたがたは立てるつもりなのか。神の代わりに言い争うのか。9 神があなたがたを調べても、大丈夫か。あなたがたは、人が人を欺くように、神を欺こうとするのか。10 もし、あなたがたが隠れて自分の顔を立てようとするなら、神は必ずあなたがたを責める。
★ヨブは3人の友人を、何をしているのかわからない医者に例えます。神様についての彼らの考えの多くは間違いではありませんが、ヨブの状況には当てはまらないものでした。彼らが、神様は義であられると言ったのは真実です。神様は罪を罰せられると言ったことも真実です。しかし、ヨブの苦しみは彼の罪への罰ゆえであると想定したことは間違いでした。彼らは正しい原則を間違って適用し、ヨブを苦しめたのです。神の言葉を用いて人を非難する際、注意深く、同情深くあるべきです。判断を急いではなりません。

土曜日, 10月 28, 2017

20171028_ヨブ11

■ヨブ11
1ナアマ人ツォファルが答えて言った。2ことば数が多ければ、言い返しがないであろうか。舌の人が義とされるのだろうか。3あなたのおしゃべりは人を黙らせる。あなたはあざけるが、だれもあなたを恥じさせる者がない。4あなたは言う。「私の主張は純粋だ。あなたの目にも、きよい。」と。5ああ、神がもし語りかけ、あなたに向かってくちびるを開いてくださったなら、6神は知恵の奥義をあなたに告げ、すぐれた知性を倍にしてくださるものを。知れ。神はあなたのために、あなたの罪を忘れてくださることを。
★ヨブの友人の中で3番目に語るツォファルです。彼は怒りに満ちて、ヨブは、軽い罰ではなく、さらに重い罰を受けるに値すると言って、非難をあびせます。彼の発言は何と横柄なものでしょう。年配者ヨブに「知れ」とは。ここに自分は絶対に正しいと思う者の怖さがあります。


金曜日, 10月 27, 2017

20171027_ヨブ10

■ヨブ10
10 1 私は自分のいのちをいとう。私は自分の不平をぶちまけ、私のたましいの苦しみを語ろう。
10 2 私は神に言おう。「私を罪ある者となさらないように。なぜ私と争われるかを、知らせてください。
10 3 あなたが人をしいたげ、御手のわざをさげすみ、悪者のはかりごとに光を添えることは良いことでしょうか。
10 4 あなたは肉の目を持っておられるのですか。あるいは、人間が見るように、あなたも見られるのですか。
10 5 あなたの日々は人間の日々と同じですか。あるいは、あなたの年は人の年と同じですか。
10 6 それで、あなたは私の咎を捜し、私の罪を探られるのですか。
10 7 あなたは、私に罪のないことを知っておられ、だれもあなたの手から救い出せる者はいないのに。
10 20 私の生きる日はいくばくもないのですか。それではやめてください。私にかまわないでください。私はわずかでも明るくなりたいのです。

★神様の前に心を注ぎ出すヨブの姿がここに。半ば自己憐憫に陥ったかのヨブですが神様は決してヨブを責めておられません。どんな事も、心を神様の前に注ぎ出しましょう。

木曜日, 10月 26, 2017

20171026_ヨブ9

■ヨブ9:32 神は私のように人間ではないから、私は「さあ、さばきの座にいっしょに行こう」と申し入れることはできない。
9:33 私たちふたりの上に手を置く仲裁者が私たちの間にはいない。
9:34 神がその杖を私から取り去られるように。その恐ろしさで私をおびえさせないように。
★ヨブはたとえ義人であっても神様との間を取り持ってくれる仲裁者がありませんでした。しかし私たちには救い主キリストがおられます。
「しかし、キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。」ヘブル7:24-25の通りです。

水曜日, 10月 25, 2017

20171025_ヨブ8

■ヨブ8:3 神は公義を曲げるだろうか。全能者は義を曲げるだろうか。
8:4 もし、あなたの子らが神に罪を犯し、神が彼らをそのそむきの罪の手中に送り込まれたのなら、
8:5 もし、あなたが、熱心に神に求め、全能者にあわれみを請うなら、
8:6 もし、あなたが純粋で正しいなら、まことに神は今すぐあなたのために起き上がり、あなたの義の住まいを回復される。
8:7 あなたの始めは小さくても、その終わりは、はなはだ大きくなる。
★にもかかわらず「ヨブよ。あなたはどうなのか」と、シュアハ人ビルダデの言葉です。

火曜日, 10月 24, 2017

20171024_ヨブ7

■ヨブ7:11 それゆえ、私も自分の口を制することをせず、私の霊の苦しみの中から語り、私のたましいの苦悩の中から嘆きます。
7:12 私は海でしょうか、海の巨獣でしょうか、あなたが私の上に見張りを置かれるとは。
7:17 人とは何者なのでしょう。あなたがこれを尊び、これに御心を留められるとは。
 7:18 また、朝ごとにこれを訪れ、そのつどこれをためされるとは。
 7:19 いつまで、あなたは私から目をそらされないのですか。つばをのみこむ間も、私を捨てておかれないのですか。
 7:20 私が罪を犯したといっても、人を見張るあなたに、私は何ができましょう。なぜ、私をあなたの的とされるのですか。私が重荷を負わなければならないのですか。
★苦しみの中でヨブは心を注ぎ出します。霊に癒やしが与えられますように。

月曜日, 10月 23, 2017

20171023_ヨブ6

■ヨブ6:8 ああ、私の願いがかなえられ、私の望むものを神が与えてくださるとよいのに。 6:9 私を砕き、御手を伸ばして私を絶つことが神のおぼしめしであるなら、 6:10 私はなおも、それに慰めを得、容赦ない苦痛の中でも、こおどりして喜ぼう。私は聖なる方のことばを拒んだことがないからだ。
★友人エリファズのことばに対するヨブの反論です。自分を説得しようとする者に、自分のことが本当に理解されていないことほど苦痛を与えることがないことが伝わってきます。ヤコブ書1:19 では「愛する兄弟たち。あなたがたはそのことを知っているのです。しかし、だれでも、聞くには早く、語るにはおそく、怒るにはおそいようにしなさい。」とあります。

日曜日, 10月 22, 2017

20171022_ヨブ5

■ヨブ5:17 ああ、幸いなことよ。神に責められるその人は。だから全能者の懲らしめをないがしろにしてはならない。 5:18 神は傷つけるが、それを包み、打ち砕くが、その手でいやしてくださるからだ。
★友人エリファズのことばはもっともです。そしてエリファズは段々と強い口調でヨブを自分の考えに同意させ、悔い改めに導こうとします。しかし、やはりそれも違うのです。

金曜日, 10月 20, 2017

20171021_ヨブ4

■ヨブ4:6 あなたが神を恐れていることはあなたの確信ではないか。あなたの望みはあなたの潔白な行いではないか。 4:7 さあ思い出せ。だれか罪がないのに滅びた者があるか。どこに正しい人で絶たれた者があるか。 4:8 私の見るところでは、不幸を耕し、害毒を蒔く者が、それを刈り取るのだ。 4:9 彼らは神のいぶきによって滅び、その怒りの息によって消えうせる。
★愛する者を失ったヨブの深い悲しみと、あまりに悲惨な身体の状況を見た友人テマン人エリファズは言葉を失い、7日の間だヨブに寄り添います。今日の箇所はその後エリファズがヨブに発した言葉です。ヨブを愛するゆえの友の言葉、しかしその言葉は届きません。届かないどころかヨブへの裁きの言葉と取られても致し方ないものとなりそう雲行きです。

木曜日, 10月 19, 2017

20171019_ヨブ3

■ヨブ3:1 その後、ヨブは口を開いて自分の生まれた日をのろった。3:3 私の生まれた日は滅びうせよ。「男の子が胎に宿った」と言ったその夜も。 3:11 なぜ、私は、胎から出たとき、死ななかったのか。なぜ、私は、生まれ出たとき、息絶えなかったのか。
★神様を直接呪うことをヨブはしませんが、自分自身の存在を呪います。なぜその試練が起こることを神が許されるのか。試練の意味が理解出来ないことが人をいかに深い苦悩に陥れるかがこの章は描きます。確かに神様はその理由を最後まで明らかにされることはヨブ記ではありません。しかし全能者であるご自身を神様はヨブに示しされるのです。更に明日に続きます。

水曜日, 10月 18, 2017

20171018_ヨブ2

■ヨブ2:10 しかし、彼は彼女に言った。「あなたは愚かな女が言うようなことを言っている。私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいをも受けなければならないではないか。」ヨブはこのようになっても、罪を犯すようなことを口にしなかった。
★息子娘、財産を奪ったとしてもヨブが神様を呪わなかったのをみてとったサタンはなお執拗に「皮の代わりには皮をもってします。人は自分のいのちの代わりには、すべての持ち物を与えるものです。しかし、今あなたの手を伸べ、彼の骨と肉とを打ってください。彼はきっと、あなたをのろうに違いありません。」と神様にヨブの身体を打つ許可を求めます。その悲惨さは、見舞いに来た3人の友人も、言葉を失い、ただヨブの傍らに寄り添うことがやっとという状況でした。それでも神様を呪うことをしないヨブ。ヨブ記のストーリーはここから始まります。

20171017_ヨブ1

■ヨブ1:20 このとき、ヨブは立ち上がり、その上着を引き裂き、頭をそり、地にひれ伏して礼拝し、1:21 そして言った。「私は裸で母の胎から出て来た。また、裸で私はかしこに帰ろう。【主】は与え、【主】は取られる。【主】の御名はほむべきかな。」
★ヨブが10人の息子娘、財産を失った時に語った有名な告白です。しかしこの時ヨブは神様とサタンの間で
1:11 しかし、あなたの手を伸べ、彼のすべての持ち物を打ってください。彼はきっと、あなたに向かってのろうに違いありません。」 1:12 【主】はサタンに仰せられた。「では、彼のすべての持ち物をおまえの手に任せよう。ただ彼の身に手を伸ばしてはならない。」そこで、サタンは【主】の前から出て行った。
と言ったやり取りがあったことなど知る由もありません。「なにゆえ私に」との訴えではないヨブの姿。そこに神様でさえ誇りに思う者の姿が描かれます。

月曜日, 10月 16, 2017

20171016_エステル9

■エステル 9:26 こういうわけで、ユダヤ人はプルの名を取って、これらの日をプリムと呼んだ。こうして、この書簡のすべてのことばにより、また、このことについて彼らが見たこと、また彼らに起こったことにより、
 9:27 ユダヤ人は、彼らと、その子孫、および彼らにつく者たちがその文書のとおり、毎年定まった時期に、この両日を守って、これを廃止してはならないと定め、これを実行することにした。
★略奪はしませんが「自分たちのいのちを守ろう」(16節)としたユダヤ人の記念がプリムの祭りとなりました。

日曜日, 10月 15, 2017

20171015_エステル8

■エステル8:8 あなたがたはユダヤ人についてあなたがたのよいと思うように、王の名で書き、王の指輪でそれに印を押しなさい。王の名で書かれ、王の指輪で印が押された文書は、だれも取り消すことができないのだ。」
 8:17 王の命令とその法令が届いたどの州、どの町でも、ユダヤ人は喜び、楽しみ、祝宴を張って、祝日とした。この国の民のうちで、自分がユダヤ人であることを宣言する者が大ぜいいた。それは彼らがユダヤ人を恐れるようになったからである。
★自分が何者であるかを宣言できるようになった背景には王による身分の保障がありました。
万軍の王である、父なる神様もイエス・キリストの十字架の贖いを通して私たちの身分を保障くださり、その証明として、キリストを3日目に死者の中から蘇らせてくださいました。どこにおいても恐れることなく、高らかに主を誉め称えましょう。ハレルヤ!

土曜日, 10月 14, 2017

20171014_エステル7

■エステル7:8 王が宮殿の園から酒宴の広間に戻って来ると、エステルのいた長いすの上にハマンがひれ伏していたので、王は言った。「私の前で、この家の中で、王妃に乱暴しようとするのか。」このことばが王の口から出るやいなや、ハマンの顔はおおわれた。
 7:9 そのとき、王の前にいた宦官のひとりハルボナが言った。「ちょうど、王に良い知らせを告げたモルデカイのために、ハマンが用意した高さ五十キュビトの柱がハマンの家に立っています。」すると王は命じた。「彼をそれにかけよ。」
 7:10 こうしてハマンは、モルデカイのために準備しておいた柱にかけられた。それで王の憤りはおさまった。
★ご自身姿を現さなくても、語られなくても、見ておられるのは神様だけではありません。人々も見ています。そして力によって押さえられていた不満は一気に噴出します。宦官ハルボナの言葉もその表れの一つでしょう。神様の前に神様を畏れて歩みましょう。

金曜日, 10月 13, 2017

20171013_エステル6

■エステル6:6 ハマンが入って来たので、王は彼に言った。「王が栄誉を与えたいと思う者には、どうしたらよかろう。」そのとき、ハマンは心のうちで思った。「王が栄誉を与えたいと思われる者は、私以外にだれがあろう。」
 6:7 そこでハマンは王に言った。「王が栄誉を与えたいと思われる人のためには、
 6:8 王が着ておられた王服を持って来させ、また、王の乗られた馬を、その頭に王冠をつけて引いて来させてください。
★この背景には前夜、眠れない王が年代記もって来させ、読ませる中、王を守ろうとしたモルデカイに何の褒美も取らせていないことに気づいたことがありました。しかも、それは2日にわたって王とハマンをエステルが招いた宴の間におこった出来事でした。全てが偶然にしてはあまりにも出来すぎた話ではないでしょうか。いえ偶然ではありません。背後に神様が立っておられるのです。

木曜日, 10月 12, 2017

20171012_エステル5

■エステル5:11 ハマンは自分の輝かしい富について、また、子どもが大ぜいいることや、王が自分を重んじ、王の首長や家臣たちの上に自分を昇進させてくれたことなどを全部彼らに話した。
 5:13 しかし、私が、王の門のところにすわっているあのユダヤ人モルデカイを見なければならない間は、これらのことはいっさい私のためにならない。」
 5:14 すると、彼の妻ゼレシュとすべての友人たちは、彼に言った。「高さ五十キュビトの柱を立てさせ、あしたの朝、王に話して、モルデカイをそれにかけ、それから、王といっしょに喜んでその宴会においでなさい。」この進言はハマンの気に入ったので、彼はその柱を立てさせた。
★ハマンの「私を認めて欲しい。認めろ」との欲求は何と大きいことでしょう。それゆえにこれまでどれほど罪のない人を霊的な意味においても柱にかけて来たことでしょう。人にではなく神様に認められる道を知る人の幸いを覚えます。

水曜日, 10月 11, 2017

20171011_エステル4

■エステル4:14 もし、あなたがこのような時に沈黙を守るなら、別の所から、助けと救いがユダヤ人のために起ころう。しかしあなたも、あなたの父の家も滅びよう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない。」
 4:15 エステルはモルデカイに返事を送って言った。
 4:16 「行って、シュシャンにいるユダヤ人をみな集め、私のために断食をしてください。三日三晩、食べたり飲んだりしないように。私も、私の侍女たちも、同じように断食をしましょう。たとい法令にそむいても私は王のところへまいります。私は、死ななければならないのでしたら、死にます。」
★この時代のために、この時のために、私たちお互いも、みな特別な環境、状況に置かれました。

火曜日, 10月 10, 2017

20171010_エステル3

■エステル3:8 ハマンはアハシュエロス王に言った。「あなたの王国のすべての州にいる諸民族の間に、散らされて離れ離れになっている一つの民族がいます。彼らの法令は、どの民族のものとも違っていて、彼らは王の法令を守っていません。それで、彼らをそのままにさせておくことは、王のためになりません。
 3:9 もしも王さま、よろしければ、彼らを滅ぼすようにと書いてください。私はその仕事をする者たちに銀一万タラントを量って渡します。そうして、それを王の金庫に納めさせましょう。」
★「王のためになりません」と言いながら、じつは自分にひざまづこうとしないモルデカイに憤りを覚えるハマンの策略です。王の権威を笠に着て自分の思惑をなそうとするハマン。私たちはキリストにあって王なる祭司です。巧妙な悪巧みに利用されないように目を覚ましましょう。発布されたユダヤ人根絶やしの法令は、シュシャンの町を混乱に陥らせますが、なおも神様の選びの民の救済の計画は変わることなく進みます。

月曜日, 10月 09, 2017

20171009_エステル2

■エステル2:17 王はほかのどの女たちよりもエステルを愛した。このため、彼女はどの娘たちよりも王の好意と恵みを受けた。こうして、王はついに王冠を彼女の頭に置き、ワシュティの代わりに彼女を王妃とした。
★遂にエステルとは王妃に。そのころ以下の出来事が「モルデカイが王の門のところにすわっていると、入口を守っていた王のふたりの宦官ビグタンとテレシュが怒って、アハシュエロス王を殺そうとしていた。
 2:22 このことがモルデカイに知れたので、彼はこれを王妃エステルに知らせた。エステルはこれをモルデカイの名で王に告げた。
 2:23 このことが追及されて、その事実が明らかになったので、彼らふたりは木にかけられた。このことは王の前で年代記の書に記録された。」
全く別の話で関連性無いように見えますが、エステル記は、目には見えませんが神を愛する者のために全てのことを働かせて益としてくださる神様へと私たちを導きます。次章以降が楽しみです。

日曜日, 10月 08, 2017

20171008_エステル1

■エステル1:19 もしも王によろしければ、ワシュティはアハシュエロス王の前に出てはならないという勅令をご自身で出し、ペルシヤとメディヤの法令の中に書き入れて、変更することのないようにし、王は王妃の位を彼女よりもすぐれた婦人に授けてください。
 1:20 王が出される詔勅が、この大きな王国の隅々まで告げ知らされると、女たちは、身分の高い者から低い者に至るまでみな、自分の夫を尊敬するようになりましょう。」
 1:21 この進言は、王と首長たちの心にかなったので、王はメムカンの言ったとおりにした。
★神のことばが記された聖書でありながらエステル記には一度も神様の御名が登場することはありません。しかし……。全く神様と神様の選びの民イスラエルと関係ないところでなされた王の決断がこれからどのように展開するのでしょう。暴君であってはならないとの自戒と、王への不十分が招く災いについても教えられます。

土曜日, 10月 07, 2017

20171007_2ペロテ3

■2ペテロ3:16 その中で、ほかのすべての手紙でもそうなのですが、このことについて語っています。その手紙の中には理解しにくいところもあります。無知な、心の定まらない人たちは、聖書の他の個所の場合もそうするのですが、それらの手紙を曲解し、自分自身に滅びを招いています。
 3:17 愛する人たち。そういうわけですから、このことをあらかじめ知っておいて、よく気をつけ、無節操な者たちの迷いに誘い込まれて自分自身の堅実さを失うことにならないようにしなさい。
★なぜパウロが上のように記すかと言うなら、火で焼かれる終わりの裁きにつてはにわかに信じがたい事だからです。しかし2000年前キリストは確かにそのことを目を覚ましていなさいと語られました。以下それを直接主から聞いたペテロの言葉です。「3:10 しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。 3:11 このように、これらのものはみな、くずれ落ちるものだとすれば、あなたがたは、どれほど聖い生き方をする敬虔な人でなければならないことでしょう。 3:12 そのようにして、神の日の来るのを待ち望み、その日の来るのを早めなければなりません。その日が来れば、そのために、天は燃えてくずれ、天の万象は焼け溶けてしまいます。 3:13 しかし、私たちは、神の約束に従って、正義の住む新しい天と新しい地を待ち望んでいます。」

金曜日, 10月 06, 2017

20171006_2ペロテ2

■2ペテロ2:1 しかし、イスラエルの中には、にせ預言者も出ました。同じように、あなたがたの中にも、にせ教師が現れるようになります。彼らは、滅びをもたらす異端をひそかに持ち込み、自分たちを買い取ってくださった主を否定するようなことさえして、自分たちの身にすみやかな滅びを招いています。
★どんなに自分は良い事だからとの動機であっても「ひそかに」の背後には多くの誘惑が渦巻いています。そこに裁きの思いや、不満、怒りがあるなら要注意です。今は終わりの時代、悪い時代です。吠え猛る悪魔が人を永遠の滅びに至らせようと食い尽くすべきものを求めて探し回っています。

木曜日, 10月 05, 2017

20171005_2ペロテ1

■2ペテロ1:20 それには何よりも次のことを知っていなければいけません。すなわち、聖書の預言はみな、人の私的解釈を施してはならない、ということです。
 1:21 なぜなら、預言は決して人間の意志によってもたらされたのではなく、聖霊に動かされた人たちが、神からのことばを語ったのだからです。
★上に記されたペテロの確信は、変貌山の経験に基づいて語っています。以下の通りです。1:16 私たちは、あなたがたに、私たちの主イエス・キリストの力と来臨とを知らせましたが、それは、うまく考え出した作り話に従ったのではありません。この私たちは、キリストの威光の目撃者なのです。
 1:17 キリストが父なる神から誉れと栄光をお受けになったとき、おごそかな、栄光の神から、こういう御声がかかりました。「これはわたしの愛する子、わたしの喜ぶ者である。」
 1:18 私たちは聖なる山で主イエスとともにいたので、天からかかったこの御声を、自分自身で聞いたのです。

水曜日, 10月 04, 2017

20171004_1ペロテ5

■1ペテロ5:6 ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。
 5:7 あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。
 5:8 身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。
 5:9 堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。
 5:10 あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。
★ちょうど良いときに高く。いっさい神に委ねる。
信仰に堅く立つです。やがてあなたは不動の者に、これが神様の約束です。

火曜日, 10月 03, 2017

20171003_1ペロテ4

■1ペテロ4:7 万物の終わりが近づきました。ですから、祈りのために、心を整え身を慎みなさい。
 4:8 何よりもまず、互いに熱心に愛し合いなさい。愛は多くの罪をおおうからです。
 4:9 つぶやかないで、互いに親切にもてなし合いなさい。
 4:10 それぞれが賜物を受けているのですから、神のさまざまな恵みの良い管理者として、その賜物を用いて、互いに仕え合いなさい。
 4:11 語る人があれば、神のことばにふさわしく語り、奉仕する人があれば、神が豊かに備えてくださる力によって、それにふさわしく奉仕しなさい。それは、すべてのことにおいて、イエス・キリストを通して神があがめられるためです。栄光と支配が世々限りなくキリストにありますように。アーメン。
★この終わりの時代、神様が私たちに求められることは、ご自身が私たちに託してくださった賜物に対して忠実かどうかです。人と較べることは求められず、与えられてないもののために悩む必要はありません。それぞれにふさわしくですから喜びを持って主に仕えましょう。

日曜日, 10月 01, 2017

20171001_1ペロテ2

■1ペテロ2:22 キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。
 2:23 ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。
 2:24 そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。
 2:25 あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。
★アーメン。アーメン。アーメンです。まだ迷いの中にある方がありますか。このお方の招きに応じて、このお方の懐に飛び込みましょう。魂に安らぎが訪れ、行くべき道が示されます。

御影福音教会森英樹

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土曜日, 9月 30, 2017

20170930_1ペロテ1

■1ペテロ1:18 ご承知のように、あなたがたが父祖伝来のむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、 1:19 傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの、尊い血によったのです。
1:21 あなたがたは、死者の中からこのキリストをよみがえらせて彼に栄光を与えられた神を、キリストによって信じる人々です。このようにして、あなたがたの信仰と希望は神にかかっているのです。
 1:22 あなたがたは、真理に従うことによって、たましいを清め、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから、互いに心から熱く愛し合いなさい。
★私たちがどのくらい熱心かどうかなどではなく「神様にかかっている信仰」を受けとることが聖書信仰で、キリストによる救いを受け取る信仰です。

金曜日, 9月 29, 2017

20170929_ヤコブ5

■ヤコブ5:7 こういうわけですから、兄弟たち。主が来られる時まで耐え忍びなさい。見なさい。農夫は、大地の貴重な実りを、秋の雨や春の雨が降るまで、耐え忍んで待っています。
 5:8 あなたがたも耐え忍びなさい。心を強くしなさい。主の来られるのが近いからです。
 5:9 兄弟たち。互いにつぶやき合ってはいけません。さばかれないためです。見なさい。さばきの主が、戸口のところに立っておられます。★ヘブル 10:36 にも「あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。」とあります。現状に支配されることなく主から示される蒔くべき種を蒔きましょう。実を実らせてくださるのは主です。

木曜日, 9月 28, 2017

20170928_ヤコブ4

■ヤコブ4:7 ですから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。
4:8 神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます。罪ある人たち。手を洗いきよめなさい。二心の人たち。心を清くしなさい。
4:14 あなたがたには、あすのことはわからないのです。あなたがたのいのちは、いったいどのようなものですか。あなたがたは、しばらくの間現れて、それから消えてしまう霧にすぎません。
4:15 むしろ、あなたがたはこう言うべきです。「主のみこころなら、私たちは生きていて、このことを、または、あのことをしよう。」
★生かされている命であることを真摯に受けとめ、謙虚な行き方をする尊さを教えられます。それを何とか正反対にしようと誘惑するのが悪魔です。その先は孤立と滅びですが。

水曜日, 9月 27, 2017

20170927_ヤコブ3

■ヤコブ3:13 あなたがたのうちで、知恵のある、賢い人はだれでしょうか。その人は、その知恵にふさわしい柔和な行いを、良い生き方によって示しなさい。
 3:14 しかし、もしあなたがたの心の中に、苦いねたみと敵対心があるならば、誇ってはいけません。真理に逆らって偽ることになります。
 3:15 そのような知恵は、上から来たものではなく、地に属し、肉に属し、悪霊に属するものです。
 3:16 ねたみや敵対心のあるところには、秩序の乱れや、あらゆる邪悪な行いがあるからです。
 3:17 しかし、上からの知恵は、第一に純真であり、次に平和、寛容、温順であり、また、あわれみと良い実とに満ち、えこひいきがなく、見せかけのないものです。
 3:18 義の実を結ばせる種は、平和をつくる人によって平和のうちに蒔かれます。
★口からでる言葉を通して、自らの心の内側を点検させていただき、主を仰ぐ時とさていただきましょう。

火曜日, 9月 26, 2017

20170926_ヤコブ2

■ヤコブ2:15 もし、兄弟また姉妹のだれかが、着る物がなく、また、毎日の食べ物にもこと欠いているようなときに、
 2:16 あなたがたのうちだれかが、その人たちに、「安心して行きなさい。暖かになり、十分に食べなさい」と言っても、もしからだに必要な物を与えないなら、何の役に立つでしょう。
 2:17 それと同じように、信仰も、もし行いがなかったなら、それだけでは、死んだものです。
 2:19 あなたは、神はおひとりだと信じています。りっぱなことです。ですが、悪霊どももそう信じて、身震いしています。
★ヤコブの主張はこうです。「信じたならば自ずとその信仰は目に見える行動になってあらわれるでしょう。そうでなければ、その信仰は命のないもの、死んだもの、アクセサリーにはなるかも知れませんが、自分と人を祝福するものにはなりません」と。私たちはどんな神様を信じたのでしょうか。

月曜日, 9月 25, 2017

20170925_ヤコブ1

■ヤコブ1:20 人の怒りは、神の義を実現するものではありません。 1:21 ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを、すなおに受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。 1:22 また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。 1:26 自分は宗教に熱心であると思っても、自分の舌にくつわをかけず、自分の心を欺いているなら、そのような人の宗教はむなしいものです。 1:27 父なる神の御前できよく汚れのない宗教は、孤児や、やもめたちが困っているときに世話をし、この世から自分をきよく守ることです。
★確かに人はただキリストを信じる信仰によって、神様に義とされ、罪の赦しと永遠のいのちをいただけます。しかし信仰とは、そのいただいた永遠のいのちで、この地上をいかに生きるかを問うものでもあります。キリストの贖いの恵みをむなしいものとせず、生き方を通して、いただいた永遠のいのちの豊かさを証しする者でありましょう。

日曜日, 9月 24, 2017

20170924_ヘブル13

■ヘブル13:5 金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」
 13:8 イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。
★いつどんな時でも、どんな状況の中にあっても安心して寄りかかれるお方。私たちを受けとめ、私たちを慰め、励まし、私たちがあるべき姿、行くべき道を示してくださるお方はこのお方以外にありません。

土曜日, 9月 23, 2017

20170923_ヘブル12

■ヘブル12:2 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。
12:11 すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。
12:28 こういうわけで、私たちは揺り動かされない御国を受けているのですから、感謝しようではありませんか。こうして私たちは、慎みと恐れとをもって、神に喜ばれるように奉仕をすることができるのです。
 12:29 私たちの神は焼き尽くす火です。
★嵐の中であっても主から目を反らすことなく湖の上を渡って主のもとに行ったペテロ。そのペテロがイエス様から嵐に目をやった途端に溺れかけたことを思い出します。主から目を離さないようにしましょう。世の誘惑はあまりにも強固です。