金曜日, 9月 30, 2011

20110930_1列王17_コロサイ2

■1列王17:1ギルアデのティシュベの出のティシュベ人エリヤはアハブに言った。「私の仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。私のことばによらなければ、ここ二、三年の間は露も雨も降らないであろう。」17:2それから、彼に次のような主のことばがあった。17:3「ここを去って東へ向かい、ヨルダン川の東にあるケリテ川のほとりに身を隠せ。17:4そして、その川の水を飲まなければならない。わたしは烏に、そこであなたを養うように命じた。」
★クリスチャンとは旧約の預言者としての使命が託されていることを知っていますか。「あなた方は地の塩です」とある通りです。偶像礼拝を国に持ち込み圧政をなすアハブに対してまさにいのちがけで毅然とエリヤは臨みます。そして神様はそんなエリヤに烏を通して助けを用意して下さっていたのです。畏れるべきは神様。憎むべきは罪。これはいつの時代も変わりません。

■コロサイ2:13あなたがたは罪によって、また肉の割礼がなくて死んだ者であったのに、神は、そのようなあなたがたを、キリストとともに生かしてくださいました。それは、私たちのすべての罪を赦し、2:14いろいろな定めのために私たちに不利な、いや、私たちを責め立てている債務証書を無効にされたからです。神はこの証書を取りのけ、十字架に釘づけにされました。
★レシートチェッカーを連想します。レストランで何を注文するのもその人の自由です。しかし最後に全ての人に求められるもの、それが精算です。精算が終われば支払い済みととしてそのレシートはレシートチェッカーに刺し通されます。すなわちキリストによってあなたの罪の支払いは完全に支払われたのです。主の恵みの中に生きましょう。ヒデ

木曜日, 9月 29, 2011

20110929_コロサイ1

■コロサイ1:13神は、私たちを暗やみの圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。1:14この御子のうちにあって、私たちは、贖い、すなわち罪の赦しを得ています。1:15御子は、見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方です。1:16なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は、御子によって造られ、御子のために造られたのです。1:17御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。
★驚かれましたか。それとも既に知っていらっしゃいましたか。御子イエス・キリストとが神ご自身でいらっしゃったこと。更に聖書はすべての者がこのお方のために、このお方によって造られたと語っています。そう、このお方は神なのです。では神様であるお方が何故人に、そんなばかな?それは死者の中から最初に生まれたお方として、その十字架の血によって平和をつくり、ご自身によって万物を、神様と和解させてくださるためでした。私たちはかつては神を離れ、心において敵となって、悪い行いの中にありましたがこのお方の死によって、聖く、傷なく、非難されるところのない者として御前に立てる者とされたのです。聖書はこのキリストの支配の中にどどまりなさい。キリストは「わたしの内にいなさい。わたしにとどまりなさい」と語られます。「キリストのうち」は恵みの世界。しかしそこから一歩でるなら、完全な物差しである律法をたてに私たちは計られ、その足らないところをサタンに容赦なく糾弾される世界に身を置く以外ありません。キリストのうちに留まりましょう。そしてゆたかな赦しと恵みの中を感謝をもって歩みましょう。ヒデ

水曜日, 9月 28, 2011

20110928_ピリピ4

■ピリピ4:4いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。4:5あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい。主は近いのです。4:6何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。4:7そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。4:8最後に、兄弟たち。すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。
★どんな時にも心に平安を頂き、その思いを守って頂く秘訣がここに。それは神様に自分の思いと願いを知って頂くことです。心とは「マリヤはそのことを心に留めていた」と主の母マリヤの様に思いを蓄えておく場所でもありますが、神様に思いを伝える働きもありります。そしてあまり大きな心配を自分の中だけに留めれば人は病むのです。すなわち心はいつも神様とつながっており神様に思いを受け止めて頂き、神様からの愛といのちを満たして頂くものとして作られ与えられているのです。心を神様に向けましょう。そして思いを知って頂きましょう。祈りを通して、天の父なる神様が確かに私の心を受け止めて下さったとの体験を味わい信仰生活を送る人は幸いです。ヒデ

火曜日, 9月 27, 2011

20110927_ピリピ3

■ピリピ3:11どうにかして、死者の中からの復活に達したいのです。3:12私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。3:13兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、3:14キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。3:15ですから、成人である者はみな、このような考え方をしましょう。もし、あなたがたがどこかでこれと違った考え方をしているなら、神はそのこともあなたがたに明らかにしてくださいます。3:16それはそれとして、私たちはすでに達しているところを基準として、進むべきです。3:17兄弟たち。私を見ならう者になってください。また、あなたがたと同じように私たちを手本として歩んでいる人たちに、目を留めてください。
★獄中にあっても「常に喜んでいなさい」とピリピのクリスチャンを励ます、ここに成熟した信仰者のあり方がパウロによって記されます。多くの牧師は「私を見てはいけません。主を見ましょう。」とよく語ります。しかしパウロは「私を見ならうものとなってください。」と逃げません。ここから主を信じるとは、ことばではなく生き方であることを感じます。「私は既に得たとは思っていない。ただキリストの復活にあずかるために捕らえようと追求しているんだ」と言うパウロの直向きさ、それが成熟した者の生き方です。主の恵みの中で歩ませて頂くよう悔い改め、主の恵みを背中で示す者としてさせて頂きましょう。ヒデ

月曜日, 9月 26, 2011

20110926_ピリピ2

■ピリピ2:4自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。2:5あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。2:6キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、2:7ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、2:8自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。2:9それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。2:10それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、2:11すべての口が、「イエス・キリストは主である」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。2:12そういうわけですから、愛する人たち、いつも従順であったように、私がいるときだけでなく、私のいない今はなおさら、恐れおののいて自分の救いの達成に努めなさい。2:13神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。2:14すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行いなさい。2:15それは、あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代の中にあって傷のない神の子どもとなり、2:16いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。そうすれば、私は、自分の努力したことがむだではなく、苦労したこともむだでなかったことを、キリストの日に誇ることができます。
★パウロはクリスチャンの高慢に対して主がへりくだって下さった受肉を示しその霊を導きます。この世で光として輝くために召しだされたお互いです。一致のために心砕く者でありましょう。ヒデ

日曜日, 9月 25, 2011

20110925_ピリピ1

■ピリピ1:15人々の中にはねたみや争いをもってキリストを宣べ伝える者もいますが、善意をもってする者もいます。1:16一方の人たちは愛をもってキリストを伝え、私が福音を弁証するために立てられていることを認めていますが、1:17他の人たちは純真な動機からではなく、党派心をもって、キリストを宣べ伝えており、投獄されている私をさらに苦しめるつもりなのです。1:18すると、どういうことになりますか。つまり、見せかけであろうとも、真実であろうとも、あらゆるしかたで、キリストが宣べ伝えられているのであって、このことを私は喜んでいます。そうです、今からも喜ぶことでしょう。
★「いつも主にあって喜びなさい」と。喜びの書と呼ばれるピリピ書ですが、自分たちのグループでない者が福音を語った時、かつて12弟子たちは。「先生。私たちは、先生の名を唱えて悪霊を追い出している者を見ましたが、やめさせました。私たちの仲間ではないので、やめさせたのです。」と語ります。が、パウロはここで「党派心からであろうと見せかけであろうと私は喜ぶ」と語ります。その心の広さの違いは何でしょう。自分の人生の評価の中心をキリストとするか、あるいは自分とするかの違い。また人を導くキリストの力への信頼でしょう。人の歓心を買うことに東奔西走する人生はむなしいものです。人生の焦点をキリストに合わせましょう。そして「私にとっては、生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。」と告白しましょう。やがての日あなたは御使いを通して、大きな冠をその頭にかぶらせられることでしょう。ヒデ

土曜日, 9月 24, 2011

20110924_エペソ6

■エペソ6:10終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。6:11悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。6:12私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。6:13ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。6:14では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、6:15足には平和の福音の備えをはきなさい。6:16これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。6:17救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。6:18すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。
★クリスチャンの戦いは、人間的な血肉の戦いではなく、霊的な、すなわち人を高慢に落とし入れ、自分以外の人を見下し、軽んじ、人の足らない所に目を留めさせ、「あそこが出来ていない。ここが出来ていない。」と一致させないために裁かせようとする、悪の霊との戦いです。ゆえに「あなたがたの救われたのは実に信仰により恵みによるのです。」に留まらなければ決して勝つことが出来ません。しかも、クリスチャンを守る武具は後ろを守るものは何もないんですね。背を向けてはなりません。「先に相手が……したら。」ではなく、あなたの方から愛と赦し、一致の道を選びとって行きましょう。大能の主が共にいて下さいます。ヒデ

金曜日, 9月 23, 2011

20110923_伝道12_詩篇94_エペソ5

■伝道12:13 結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。12:14神は、善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ。
★神様を侮るのではなく、神様を敬う。ここに人として生きる道が。神様への従順が困難に思えるのは知識が足りないからではありません。それはもう聞かされていること。知識の問題ではなく、罪のゆえに人は神様に従えない者となったと聖書全体は語ります。ゆえにキリストは私たちの罪を背負って十字架に。この神様の愛を心に受け取りましょう。その時人は従順を生きる者へと変えられます。

■詩篇94:12主よ。なんと幸いなことでしょう。あなたに、戒められ、あなたのみおしえを教えられる、その人は。94:13わざわいの日に、あなたがその人に平安を賜るからです。その間に、悪者のためには穴が掘られます。94:14まことに、主は、ご自分の民を見放さず、ご自分のものである民を、お見捨てになりません。
★見放されず、お見捨てにならない約束は永遠です。心を神様に向け感謝をささげましょう。その時主の愛と命があなたの心に注がれます。

■エペソ5:22妻たちよ。あなたがたは、主に従うように、自分の夫に従いなさい。…… 5:25夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。
★結婚式の誓約の時に引用される御言葉ですが、教会とされたお互いがどこで新約の祭司として生きるべきかを教えた箇所です。会堂の中だけ、日曜日だけではありません。ヒデ

木曜日, 9月 22, 2011

20110922_伝道7_エペソ4

■伝道7:10「どうして、昔のほうが今より良かったのか」と言ってはならない。このような問いは、知恵によるのではない。……7:16あなたは正しすぎてはならない。知恵がありすぎてはならない。なぜあなたは自分を滅ぼそうとするのか。7:17悪すぎてもいけない。愚かすぎてもいけない。自分の時が来ないのに、なぜ死のうとするのか。…… 7:20この地上には、善を行い、罪を犯さない正しい人はひとりもいないから。
★この地上に正しい人は一人もいないので「正しすぎても、悪すぎてもいけない。」とは非常に深い真理です。自分を棚の上に上げて神になってはならないとソロモンは語ります。人の裁きの思いを常に狙い、落とし入れようとするサタンの存在を知っていたソロモンでした。

■エペソ4:25ですから、あなたがたは偽りを捨て、おのおの隣人に対して真実を語りなさい。私たちはからだの一部分として互いにそれぞれのものだからです。4:26怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。4:27悪魔に機会を与えないようにしなさい。
★エペソ4章はキリストにある一致が強調され、それが世から召し出された教会の目的であることが語られます。「ついに、私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全におとなになって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためです。」(4:13)の通りです。その実現にむけた具体的取り組みが怒りのコントロールです。不正に対する怒りは当然の感情で、義憤を抱けない腰抜けになってはなりません。しかし、その感情を握りしめ、自分を神の裁きの御座に座するものとしてもならないのです。動機は常に愛であるこを主は求められます。ヒデ

水曜日, 9月 21, 2011

20110921_詩篇18_伝道5_エペソ3

■詩篇18:29あなたによって私は軍勢に襲いかかり、私の神によって私は城壁を飛び越えます。18:30神、その道は完全。主のみことばは純粋。主はすべて彼に身を避ける者の盾。18:31まことに、主のほかにだれが神であろうか。私たちの神を除いて、だれが岩であろうか。18:32この神こそ、私に力を帯びさせて私の道を完全にされる。
★主への信仰の告白の詩篇です。ダビデはどれ程に主を信頼していたことでしょう。この詩篇はそれがビンビンと伝わります。あなたの場合はどうでしょう。揺るぐことのない主への信頼はその人の人生を拓き救います。

■伝道5:18見よ。私がよいと見たこと、好ましいことは、神がその人に許されるいのちの日数の間、日の下で骨折るすべての労苦のうちに、しあわせを見つけて、食べたり飲んだりすることだ。これが人の受ける分なのだ。5:19実に神はすべての人間に富と財宝を与え、これを楽しむことを許し、自分の受ける分を受け、自分の労苦を喜ぶようにされた。これこそが神の賜物である。
★追うべき十字架を黙々と追うことは大切です。合わせて人生を楽しむことも大切です。楽しんでいますか。神様がそれをゆるしておられる一度しかないあなたの人生。

■エペソ3:17こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、3:18すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、3:19人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。★ヒデ

火曜日, 9月 20, 2011

20110920_詩篇45_伝道3_エペソ2

■詩篇45:6神よ。あなたの王座は世々限りなく、あなたの王国の杖は公正の杖。
★世々限りなく続く神の国の支配において変わらない基準は公正です。「なぜ」と、今あなたには見えず、戸惑いとなっていることもあるでしょう。しかしそれが明らかになる時が来、納得が与えられる時が来るのです。いのちさえも与え尽くして下さったキリストの恵みと父なる神様の愛を人生の土台に据えましょう。悪魔は何とか人の心に神様への不信の思いを注ぎ込み、その人生を台無しにしようと働きます。

■伝道3:11神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。3:12私は知った。人は生きている間に喜び楽しむほか何も良いことがないのを。3:13また、人がみな、食べたり飲んだりし、すべての労苦の中にしあわせを見いだすこともまた神の賜物であることを。
★やはりここでも全ての事が開かれていない中、私たちの明日を開くのは神様への信頼であることが語られます。信頼できる恵みを感謝しましょう。

■エペソ2:20あなたがたは使徒と預言者という土台の上に建てられており、キリスト・イエスご自身がその礎石です。2:21この方にあって、組み合わされた建物の全体が成長し、主にある聖なる宮となるのであり、2:22このキリストにあって、あなたがたもともに建てられ、御霊によって神の御住まいとなるのです。
★知って下さい。あなたが教会です。あなたが神様の喜び、世界の希望です。主は二つのものを一つに和解させるため、あなたを召し出されました。ヒデ

月曜日, 9月 19, 2011

20110919_詩篇33_箴言30_エペソ1

■詩篇33:9まことに、主が仰せられると、そのようになり、主が命じられると、それは堅く立つ。33:10主は国々のはかりごとを無効にし、国々の民の計画をむなしくされる。33:11主のはかりごとはとこしえに立ち、御心の計画は代々に至る。33:12幸いなことよ。主をおのれの神とする、その国は。神が、ご自身のものとしてお選びになった、その民は。
★あなたは過去の呪いに囚われる必要はありません。主はそれを無効にされました。そうするために主は__c19__を選ばれたのです。

■箴言30:7二つのことをあなたにお願いします。私が死なないうちに、それをかなえてください。30:8不信実と偽りとを私から遠ざけてください。貧しさも富も私に与えず、ただ、私に定められた分の食物で私を養ってください。30:9私が食べ飽きて、あなたを否み、「主とはだれだ」と言わないために。また、私が貧しくて、盗みをし、私の神の御名を汚すことのないために。
★この祈りを生涯の祈りとして捧げ続ける。敬虔の生涯の秘訣はここにあるのではないでしょうか。

■エペソ1:10時がついに満ちて、実現します。いっさいのものがキリストにあって、天にあるもの地にあるものがこの方にあって、一つに集められるのです。1:11この方にあって私たちは御国を受け継ぐ者ともなりました。みこころによりご計画のままをみな行う方の目的に従って、私たちはあらかじめこのように定められていたのです。
★あなたは召し出されました。キリストにあって全てのものを一つにしようとなさる神様のご計画に。キリストの心を心として今日も歩ませて頂きましょう。ヒデ

日曜日, 9月 18, 2011

20110918_詩篇60_箴言29_ローマ16

■詩篇60:11どうか、敵から私たちを助けてください。まことに、人の救いはむなしいものです。60:12神によって、私たちは力ある働きをします。神こそ、私たちの敵を踏みつけられる方です。
★幼い時から神様に望みを置き続けて来たダビデ。しかしサウル王の妬みから生じる殺意の前にはさすがのダビデも弱り果てる時も。幾多の苦しみを経験したダビデは結果、人の救いはむなしいと告白し、とことん神様の救いを待ち望むものとされました。私たちもこのダビデの信仰にならいましょう。

■箴言29:25人を恐れるとわなにかかる。しかし主に信頼する者は守られる。29:26支配者の顔色をうかがう者は多い。しかし人をさばくのは主である。
★恐れるべきは神様であることが明確に記されている箴言です。あなたは何を恐れますか。

■ローマ16:3キリスト・イエスにあって私の同労者であるプリスカとアクラによろしく伝えてください。16:4この人たちは、自分のいのちの危険を冒して私のいのちを守ってくれたのです。この人たちには、私だけでなく、異邦人のすべての教会も感謝しています。
★ローマ人への手紙を閉じるに当たってパウロは17回「誰々によろしく。誰々によろしく」と感謝と気遣いをあらわします。知恵と才能。そればかりか生まれながらにローマ市民権さえ持つ者と恵まれたパウロ。かといって彼は主の働きを一人でしたわけではありませんでした。その表れが繰り返される「よろしく」との感謝です。罪は人を高慢にし孤立させます。しかし福音は互いの存在の尊さに目を開かせ、思いやりと尊敬の思いを増し加えさせ、ついには事を成し遂げさせます。福音の豊かさの中に歩みましょう。ヒデ

土曜日, 9月 17, 2011

20110917_箴言25_箴言27_ローマ15

■箴言25:9あなたは隣人と争っても、他人の秘密を漏らしてはならない。25:10そうでないと、聞く者があなたを侮辱し、あなたの評判は取り返しのつかないほど悪くなる。……25:15忍耐強く説けば、首領も納得する。柔らかな舌は骨を砕く。……25:17隣人の家に、足しげく通うな。彼があなたに飽きて、あなたを憎むことがないようにせよ。
★そもそも争いの原因は何でしょう。その把握の曖昧な時、争うべき争そい方が不明瞭となり、感情が先走り「他人の秘密を漏らす」と言う、超えてはならない反応となるのかも知れません。蒔いたものは必ず刈り取ります。このことで取り返しのつかない失敗をすることのないように。

■箴言27:14朝早くから、大声で友人を祝福すると、かえってのろいとみなされる。…… 27:17鉄は鉄によってとがれ、人はその友によってとがれる。……27:21るつぼは銀のため、炉は金のためにあるように、他人の称賛によって人はためされる。27:22愚か者を臼に入れ、きねでこれを麦といっしょについても、その愚かさは彼から離れない。
★人の愚かさを賢さへと導く神のことばを愛する幸いを覚えましょう。

■ローマ15:19また、しるしと不思議をなす力により、さらにまた、御霊の力によって、それを成し遂げてくださいました。その結果、私はエルサレムから始めて、ずっと回ってイルリコに至るまで、キリストの福音をくまなく伝えました。
★パウロの生涯に顕著に現れたしるしと不思議。その背景には宣教の動機が。神様の御心を成し遂げることを人生の目的の中心に据えましょう。その時奇跡の生涯があなたの前に開かれます。ヒデ

金曜日, 9月 16, 2011

20110916_箴言22_ローマ14

■箴言22:22貧しい者を、彼が貧しいからといって、かすめ取るな。悩む者を門のところで押さえつけるな。22:23主が彼らの訴えを弁護し、彼らを奪う者のいのちを奪うからだ。22:24おこりっぽい者と交わるな。激しやすい者といっしょに行くな。22:25あなたがそのならわしにならって、自分自身がわなにかかるといけないから。
★聖書は「兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。」(ローマ12:10)と語ります。あなたは神様が恵みによって注いで下さっている憐れみを受け取った者として、他者に対し敬意をもって接する人ですか。それとも怒りっぽく激しやすい人ですか。主は「わたしは、高く聖なる所に住み、心砕かれて、へりくだった人とともに住む。へりくだった人の霊を生かし、砕かれた人の心を生かす。」(イザヤ57:15)と語られます。

■ローマ14:4 あなたはいったいだれなので、他人のしもべをさばくのですか。しもべが立つのも倒れるのも、その主人の心次第です。このしもべは立つのです。なぜなら、主には、彼を立たせることができるからです。
★主の恵みの力の偉大さを思いましょう。あの人も立つと言うことは、あなたも立ち上がることができると言うことです。自分の事を勝手に裁いて「自分はだめ」とあなた自身を御心の脇に置いてしまっていることはありませんか。正しくかつ健全な信仰は、自分ばかりを見る信仰ではなく。あなたの人生を完成させる力を持つ主に望みを置く信仰です。確かに信仰は人それぞれで、弱い信仰の人もあれば強い信仰の人もあるでしょう。しかし、主が願っておられる信仰は弱い人の良心を重んじる成熟した信仰でおごる必要はありません。愛の内を歩みましょう。ヒデ

木曜日, 9月 15, 2011

20110915_箴言19_ローマ13

■箴言19:11人に思慮があれば、怒りをおそくする。その人の光栄は、そむきを赦すことである。19:12王の激しい怒りは若い獅子がうなるよう。しかし、その恵みは草の上に置く露のよう。……19:14家と財産とは先祖から受け継ぐもの。思慮深い妻は主からのもの。
★赦しの持つ力、思いやりのもつその力の偉大さを思います。あなたの心の中にある憐れみの心の大きさとはどの位でしょう。妻の、夫の、子供の、親の欠けと、むしろ妻への、夫への、子供への、親への感謝と、どちらが大きいですか。あなたは普段つぶやき怒っている人ですか。それとも感謝の心に満ちた人ですか。柔和な人は地を受け継ぎます。

■ローマ13:11あなたがたは、今がどのような時か知っているのですから、このように行いなさい。あなたがたが眠りからさめるべき時刻がもう来ています。というのは、私たちが信じたころよりも、今は救いが私たちにもっと近づいているからです。13:12夜はふけて、昼が近づきました。ですから、私たちは、やみのわざを打ち捨てて、光の武具を着けようではありませんか。13:13遊興、酩酊、淫乱、好色、争い、ねたみの生活ではなく、昼間らしい、正しい生き方をしようではありませんか。13:14主イエス・キリストを着なさい。肉の欲のために心を用いてはいけません。
★「眠りから覚めるべき時」とは「主の再臨の間近な時」の意味です。まさにマタイ24の主の預言の通り、天変地異の起こっているこの時と言えるでしょう。それにしても主の者とされた人であっても「遊興、酩酊、淫乱、好色、争い、ねたみの生活」と、こうした事で人に憂いを与える人がいるんですね。あなたの大切な人はあなたのことを喜んでいますか。それとも憂えていますか。キリストを着ましょう。ヒデ

水曜日, 9月 14, 2011

20110914_箴言18_ローマ12

■箴言8:12人の心の高慢は破滅に先立ち、謙遜は栄誉に先立つ。18:13よく聞かないうちに返事をする者は、愚かであって、侮辱を受ける。18:14人の心は病苦をも忍ぶ。しかし、ひしがれた心にだれが耐えるだろうか。……18:16人の贈り物はその人のために道を開き、高貴な人の前にも彼を導く。18:17最初に訴える者は、その相手が来て彼を調べるまでは、正しく見える。18:18くじは争いをやめさせ、強い者の間を解決する。
★誤解されることがあっても、おとしいれられそうになったとしても焦ってはなりません。あなたが神様の光の前に歩んでいるなら、やがてことが明らかになります。「最初に訴える者は、その相手が来て彼を調べるまでは、正しく見える。」の知恵の中に歩みましょう。

■ローマ12:15喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。12:16互いに一つ心になり、高ぶった思いを持たず、かえって身分の低い者に順応しなさい。自分こそ知者だなどと思ってはいけません。12:17だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が良いと思うことを図りなさい。12:18あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。12:19愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。」……12:21悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。
★キリスト信仰とは悔い改めと従順をもって、我が思いのままの人生からキリストに向かって歩む人生を選び、そこに生きようとすることです。あなたは神を愛し、自分を愛するように隣人を愛する道を選択していますか。ヒデ

火曜日, 9月 13, 2011

20110913_箴言13_箴言15_ローマ11

■箴言13:13みことばをさげすむ者は身を滅ぼし、命令を敬う者は報いを受ける。13:14知恵のある者のおしえはいのちの泉、これによって、死のわなをのがれることができる。13:15良い思慮は好意を生む。裏切り者の行いは荒い。13:16すべて利口な者は知識によって行動し、愚かな者は自分の愚かさを言い広める。
★みことばをさげすむ者のおごりは単にそれだけに留まらず、人生を滅びへと向かわせます。すなわち神様をあなどってはなりません。

■箴言15:12あざける者はしかってくれる者を愛さない。知恵のある者にも近づかない。15:13心に喜びがあれば顔色を良くする。心に憂いがあれば気はふさぐ。15:14悟りのある者の心は知識を求めるが、愚かな者の口は愚かさを食いあさる。
★心に高ぶりがあるとき人の愛が見えません。人は互いに支えあって生きていることが見えなくなるためです。かつ、いったん坂道を転げはじめるとその滅びは急激です。おごり高ぶりは悔い改め、十字架につけ捨てましょう。

■ローマ11:19枝が折られたのは、私がつぎ合わされるためだ、とあなたは言うでしょう。11:20そのとおりです。彼らは不信仰によって折られ、あなたは信仰によって立っています。高ぶらないで、かえって恐れなさい。 11:21もし神が台木の枝を惜しまれなかったとすれば、あなたをも惜しまれないでしょう。
★ユダヤ人がなぜ捨てられたのか。あなたが救われるため。そのとおりです。しかし神様は実は台木であるユダヤ人を私は捨ててはいないと語られます。うぬぼれは捨て、自分の行いによる誇りは捨てなければなりません。お互いの人生の土台は神様の恵みと憐れみによって支えられていることに目が開かれるとき、人の心に命と喜びが注がれます。ヒデ

月曜日, 9月 12, 2011

20110912_箴言10_箴言12_ローマ10

■箴言10:11正しい者の口はいのちの泉。悪者の口は暴虐を隠す。10:12憎しみは争いをひき起こし、愛はすべてのそむきの罪をおおう。10:13悟りのある者のくちびるには知恵があり、思慮に欠けた者の背には杖がある。
★「背には杖がある」とは罰として背中を杖で打ちたたかれると言う意味です。神様の知恵を求めましょう。(ヤコブ3:17)では「しかし、上からの知恵は、第一に純真であり、次に平和、寛容、温順であり、また、あわれみと良い実とに満ち、えこひいきがなく、見せかけのないものです。」と語ります。すなわちそれは聖霊によって注がれる知恵です。

■箴言12:18軽率に話して人を剣で刺すような者がいる。しかし知恵のある人の舌は人をいやす。12:19真実のくちびるはいつまでも堅く立つ。偽りの舌はまばたきの間だけ。12:20悪をたくらむ者の心には欺きがあり、平和を図る人には喜びがある。
★人をいやす言葉には必ず愛と偽りのない神様から与えられた知恵が含まれています。聖霊によって心が満たされるように求めましょう。それはいざと言うときあなた自身も救います。「人々があなたがたを引き渡したとき、どのように話そうか、何を話そうかと心配するには及びません。話すべきことは、そのとき示されるからです。」(マタイ10:19)のとおりです。

■ローマ10:9なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。10:10人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。
★彼に信頼する者は失望させられることはありません。神様への信頼が人を救います。ヒデ

日曜日, 9月 11, 2011

20110911_箴言8_箴言9_ローマ9

■箴言8:22主は、その働きを始める前から、そのみわざの初めから、わたしを得ておられた。8:23大昔から、初めから、大地の始まりから、わたしは立てられた。8:24深淵もまだなく、水のみなぎる源もなかったとき、わたしはすでに生まれていた。8:25山が立てられる前に、丘より先に、わたしはすでに生まれていた。8:26神がまだ地も野原も、この世の最初のちりも造られなかったときに。8:27神が天を堅く立て、深淵の面に円を描かれたとき、わたしはそこにいた。……8:30わたしは神のかたわらで、これを組み立てる者であった。わたしは毎日喜び、いつも御前で楽しみ、8:31神の地、この世界で楽しみ、人の子らを喜んだ。
★さてここに記された神の知恵とは何でしょう。それは受肉前のキリストを表しています。
1コリント2章はここを受けた形で神の知恵たるキリストの姿が描かれています。神の知恵を求めましょう。なぜならそれはキリストご自身だからです。

■箴言9:10主を恐れることは知恵の初め、聖なる方を知ることは悟りである。

■ローマ9:20しかし、人よ。神に言い逆らうあなたは、いったい何ですか。形造られた者が形造った者に対して、「あなたはなぜ、私をこのようなものにしたのですか」と言えるでしょうか9:21陶器を作る者は、同じ土のかたまりから、尊いことに用いる器でも、また、つまらないことに用いる器でも作る権利を持っていないのでしょうか。
★この箇所を読んで、あなたは頼みもしないのにと言いますか。それともあなたを造って下さった神様に感謝をおささげしますか。箴言8章を見ても神様の創造の動機が愛で有ることは分かります。ヒデ

土曜日, 9月 10, 2011

20110910_箴言4_箴言6_ローマ8

■箴言4:23力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。4:24偽りを言う口をあなたから取り除き、曲がったことを言うくちびるをあなたから切り離せ。4:25あなたの目は前方を見つめ、あなたのまぶたはあなたの前をまっすぐに見よ。
★23節は有名です。守るべきはあなたの心です。命はそこからわき上がります。そして主は委ねられた御心を成し遂げるために、エルサレムに向かって真っ直ぐに顔を向けられ歩まれました。(ルカ9:51)

■箴言6:20わが子よ。あなたの父の命令を守れ。あなたの母の教えを捨てるな。6:21それをいつも、あなたの心に結び、あなたの首の回りに結びつけよ。6:22これは、あなたが歩くとき、あなたを導き、あなたが寝るとき、あなたを見守り、あなたが目ざめるとき、あなたに話しかける。
★父と母を敬うことが祝福の原則ですが、中には「絶対に赦せない。なぜ赦す必要があるのか」と憤りたくなる両親の場合もあるかも知れません。しかしそう聖書が語るのはあなたの為なのです。あなたの心が神様以外のもので縛られ捕らわれ不自由になることの有りませんように。

■ローマ8:11もしイエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリスト・イエスを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられる御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださるのです。
★こういうわけで今はキリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。そしてあなたの内におられる御霊は言いようもない深いうめきによって取りなして下さいます。ヒデ

金曜日, 9月 09, 2011

20110909_箴言1-3

■箴言1:7主を恐れることは知識の初めである。愚か者は知恵と訓戒をさげすむ。1:8わが子よ。あなたの父の訓戒に聞き従え。あなたの母の教えを捨ててはならない。1:9それらは、あなたの頭の麗しい花輪、あなたの首飾りである。
★「主を恐れることは知識の初めである。」と箴言を代表する言葉がまず最初に、更に1章の締めくくりは「1:32わきまえのない者の背信は自分を殺し、愚かな者の安心は自分を滅ぼす。1:33しかし、わたしに聞き従う者は、安全に住まい、わざわいを恐れることもなく、安らかである。」で閉じられます。神様への畏敬の念が最初に据えられるべき人の人生の土台であると。あなたは最近いつそれを感じ、神様の前に頭を垂れたでしょうか。

■箴言2:1わが子よ。もしあなたが、私のことばを受け入れ、私の命令をあなたのうちにたくわえ、2:2あなたの耳を知恵に傾け、あなたの心を英知に向けるなら、2:3もしあなたが悟りを呼び求め、英知を求めて声をあげ、2:4 銀のように、これを捜し、隠された宝のように、これを探り出すなら、2:5そのとき、あなたは、主を恐れることを悟り、神の知識を見いだそう。
★主を恐れるための最初のステップは御言葉に心を向けることです。なぜなら聖書はそのお方の言葉だからです。

■箴言3:5心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。3:6あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。
★さて次のステップはこのお方の御声に信頼しどこにおいても従順すること。私を迷いのない真っ直ぐな人生へと導くもの差しはあなたの経験でも知識でもなく神の言葉です。ヒデ

木曜日, 9月 08, 2011

20110908_1列王11_ローマ6

■1列王11:29そのころ、ヤロブアムがエルサレムから出て来ると、シロ人で預言者であるアヒヤが道で彼に会った。……11:30アヒヤは着ていた新しい外套をつかみ、それを十二切れに引き裂き、11:31ヤロブアムに言った。「十切れを取りなさい。イスラエルの神、主は、こう仰せられます。『見よ。わたしはソロモンの手から王国を引き裂き、十部族をあなたに与える。
★40年イスラエルを治めたソロモンが、何故このようなことに。聖書は「ソロモン王は、パロの娘のほかに多くの外国の女、すなわちモアブ人の女、アモン人の女、エドム人の女、シドン人の女、ヘテ人の女を愛した。…その妻たちが彼の心を転じた。」とあります。神様の祝福を受ける中、小さな不従順とおごりが彼の生涯を思わぬ形で狂わせます。誰であっても人には越えてはならない一線があります。

■ローマ6:3それとも、あなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、その死にあずかるバプテスマを受けたのではありませんか。6:4私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。
★バプテスマは大切です。それを重んじられたのは主です。あなたは既に受けましたか。その意味は、キリストと共に罪に死に、新しいいのちにキリストにあって甦らされる生涯の始まりです。入学試験を受け合格通知が届けば誰もその資格を自分のものとするために手続きをします。同様にバプテスマは祝福の生涯の扉をあなたの前に開きます。躊躇することなく感謝をもって与りましょう。ヒデ

水曜日, 9月 07, 2011

20110907_詩篇136_ローマ5

■詩篇136:11主はイスラエルをエジプトの真ん中から連れ出された。その恵みはとこしえまで。
★この詩篇には、「……。その恵みはとこしえまで。」と契約に記された神様の恩恵は永遠であることが26回繰り返され、ほめたたえられます。その内容は天地創造から始まり、イスラエルの荒野時代からカナン定着まで取り上げられます。あなたはどの部分が心に響きますか。私は「136:23主は私たちが卑しめられたとき、私たちを御心に留められた。その恵みはとこしえまで。」です。思えば、私たちは人生様々なところを通らされます。しかしいずこにおいても主は「私は決してあなたを離れず、捨てない」との真実な恵みをもって支えて下さるお方です。私たちもいくつ「……。その恵みはとこしえまで。」と挙げれるでしょう。さあ26回に向かって挑戦です。

■ローマ5:20律法が入って来たのは、違反が増し加わるためです。しかし、罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。5:21それは、罪が死によって支配したように、恵みが、私たちの主イエス・キリストにより、義の賜物によって支配し、永遠のいのちを得させるためなのです。
★父なる神様は私たちに永遠のいのちを得させるために、私たちがまだ罪人であった時、キリストを十字架にかけ、私たちに対する愛を明らかにされました。そのためキリストは神ご自身であられたにもかかわらず、人となってこの地に来て下さいました。乙女マリヤのお腹を借りて。知性においては理解出来ず、あり得ないことです。しかし神様はそれをよしとなさいました。まさに恵み深いお方ゆえに。あなたを捨てないお方があります。とことん憐れまれるお方があります。このお方の愛で心を満たし今日も生きるのです。ヒデ

火曜日, 9月 06, 2011

20110906_2歴代志7_詩篇135_ローマ4

■2歴代7:9 彼らは話し合って言った。「私たちのしていることは正しくない。きょうは、良い知らせの日なのに、私たちはためらっている。もし明け方まで待っていたら、私たちは罰を受けるだろう。さあ、行って、王の家に知らせよう。」
★アラムの軍勢に取り囲まれたイスラエルは、サマリヤに隠れこんで反撃の時を待ちます。しかし戦いが長期にわたり、遂に食料も底をつき、もはや死を待つばかりと、そんな状況にまでイスラエルは陥ります。その時、どうせ死ぬなら、敵国アラムの憐れみを求めてみようと、ツァラアトにおかされ4人が出かけます。しかしその時彼らが目にしたものは、不思議な神様の方法で、慌てふためいて逃げたアラムの陣営の有様と、そのままにされた穀物でした。そのとき彼らは上の御言葉を語ります。Good Newsは常に神様の恵みの計らいによるものです。分かち合うべきことを覚えましょう。受けるより与える方が幸いです。

■詩篇135:4まことに、主はヤコブを選び、ご自分のものとされ、イスラエルを選んで、ご自分の宝とされた。

■ローマ4:19アブラハムは、およそ百歳になって、自分のからだが死んだも同然であることと、サラの胎の死んでいることとを認めても、その信仰は弱りませんでした。4:20彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、4:21神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。4:22だからこそ、それが彼の義とみなされたのです。
★信仰とは神様への直向きな信頼と従順です。自分にではなく、なして下さる主に目を注ぐのです。ヒデ

月曜日, 9月 05, 2011

20110905_1列王8_詩篇99_ローマ3

■1列王8:38だれでも、あなたの民イスラエルがおのおの自分の心の悩みを知り、この宮に向かって両手を差し伸べて祈るとき、どのような祈り、願いも、8:39あなたご自身が、あなたの御住まいの所である天で聞いて、赦し、またかなえてください。ひとりひとりに、そのすべての生き方にしたがって報いてください。あなたはその心を知っておられます。あなただけがすべての人の子の心を知っておられるからです。
★神殿建設が遂に完成したときソロモン王は感謝をもって神様の前にひとつひとつの祈りをささげます。その特徴は「あなたの御住まいの所である天で聞いて……」で、人が造ったものなどに、到底お入れできない神様であることをわきまえた謙遜なそれでした。祈りにはその人の心が表れますね。あなたにとって神様とはどんなお方でしょう。祈りの中にそれを告白してみませんか。

■詩篇99:7主は、雲の柱から、彼らに語られた。彼らは、主のさとしと、彼らに賜ったおきてとを守った。

■ローマ3:25神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現すためです。というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。3:26それは、今の時にご自身の義を現すためであり、こうして神ご自身が義であり、また、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです。
★今まで見逃して来られた神様の罪に対する正当な怒り「義」は何によって満たされたのでしょう。十字架上のキリストの上に呵責のない神様の裁きが下されたからです。その打たれた傷によってあなたは癒されるのです。ヒデ

日曜日, 9月 04, 2011

20110904_詩篇98_ローマ2

■詩篇98:9確かに、主は地をさばくために来られる。主は義をもって世界をさばき、公正をもって国々の民を、さばかれる。
★聖書の最後の黙示録で神様は「もし、これにつけ加える者があれば、神はこの書に書いてある災害をその人に加えられる。また、この預言の書のことばを少しでも取り除く者があれば、神は、この書に書いてあるいのちの木と聖なる都から、その人の受ける分を取り除かれる。」と語られますが、まさにこの詩篇に記されている通り主は再び来られます。あなたは思われませんか。なんと聖書は繰り返し繰り返し、かくも主の再臨と、終末について語っているものかと。目的は、お互いが、そのことは知っていると、慣れっこになるためではなく、身を慎み努めて祈る為です。主は来られます。またそのお出では近いです。

■ローマ2:6神は、ひとりひとりに、その人の行いに従って報いをお与えになります。……2:11神にはえこひいきなどはないからです。……2:16私の福音によれば、神のさばきは、神がキリスト・イエスによって人々の隠れたことをさばかれる日に、行われるのです。
★「キリスト・イエスによって人々の隠れたことをさばかれる日」と、このことが主の再臨の時に成就します。何を基準に裁かれますか。「行い」です。それは一人も偏り見ることのないためです。その結果、自分の行いによって天国に行ける人は?誰もいません。だからキリストが十字架の上で、まさに命をかけてあなたのために信仰による救いを開いて下さったのです。既にいのちの代価が払われました。信じて救いを受け取りましょう。そこから不思議の生涯ははじまります。ヒデ

土曜日, 9月 03, 2011

20110903_1列王6_詩篇97_ローマ1

■1列王6:12「あなたが建てているこの神殿については、もし、あなたがわたしのおきてに歩み、わたしの定めを行い、わたしのすべての命令を守り、これによって歩むなら、わたしがあなたの父ダビデにあなたについて約束したことを成就しよう。6:13わたしはイスラエルの子らのただ中に住み、わたしの民イスラエルを捨てることはしない。」
★「彼らの中に住み、捨てることはない」とは、父ダビデ王に与えられた神殿建設のビジョンを受け取ったソロモンに対する主からの約束です。キリストは、十字架でご自身の命を懸けて、神殿建設、すなわち教会に必要な代価を払って下さいました。そしてキリストの志を受け取ったあなたにも主は語られます。「私は決してあなたを離れず、あなたを捨てない」と。(ヘブル13:5)

■詩篇97:9まことに主よ。あなたは全地の上に、すぐれて高い方。すべての神々をはるかに抜いて、高きにおられます。97:10主を愛する者たちよ。悪を憎め。主は聖徒たちのいのちを守り、悪者どもの手から、彼らを救い出される。
★全てを超越しておられるお方。オールマイティーの表現を用いるのに相応しい方はこの方以外にはありません。

■ローマ1:2この福音は、神がその預言者たちを通して、聖書において前から約束されたもので、1:3御子に関することです。御子は、肉によればダビデの子孫として生まれ、1:4聖い御霊によれば、死者の中からの復活により、大能によって公に神の御子として示された方、私たちの主イエス・キリストです。
★福音とは何か、御子に関することです。教えがあなたを救い解放するのではありません。キリストご自身に目を注ぎましょう。ヒデ

金曜日, 9月 02, 2011

20110902_詩篇101_2テサロニケ3

■詩篇101:2私は、全き道に心を留めます。いつ、あなたは私のところに来てくださいますか。私は、正しい心で、自分の家の中を歩みます。101:3私の目の前に卑しいことを置きません。私は曲がったわざを憎みます。それは私にまといつきません。……101:8朝ごとに、私は国の中の悪者をことごとく滅ぼします。それは主の都から、不法を行う者をことごとく断ち切るためです。
★主の弟子パウロは、御名によって命じる祈りの尊さ(使徒16:18)を分かち合います。ダビデもここでその尊さを歌っています。彼は朝ごとに、悪しき霊の力が彼の働きの上に影響を与えないようにと「裁ち切りの祈り」をささげます。また「悪を行う者どもよ。私から離れて行け。私は、わが神の仰せを守る。」(詩119:115)とも祈りました。あなたも御名の力により頼み、この祈りにチャレンジしてみませんか。

■2テサロニケ3:6兄弟たちよ。主イエス・キリストの御名によって命じます。締まりのない歩み方をして私たちから受けた言い伝えに従わないでいる、すべての兄弟たちから離れていなさい。3:7どのように私たちを見ならうべきかは、あなたがた自身が知っているのです。あなたがたのところで、私たちは締まりのないことはしなかったし、3:8人のパンをただで食べることもしませんでした。かえって、あなたがたのだれにも負担をかけまいとして、昼も夜も労苦しながら働き続けました。
★パウロはここでも祈りではありませんが、御名の権威によって命じています。その背後にはやはり祈りがあるのです。主ご自身が、またあなたを愛する人が、あなたに命じる時、そこには隠れた所で積み上げられた執り成しの祈りがあることを知る人は幸いです。ヒデ

木曜日, 9月 01, 2011

20110901_1列王紀3_詩篇78_2テサロニケ2

■1列王3:9善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えてください。さもなければ、だれに、このおびただしいあなたの民をさばくことができるでしょうか。」
★これは「あなたに何を与えようか。願え」との主のことば対してソロモンが求めた答えでした。その結果ソロモンは大いに祝福されます。以下その時の神様の言葉です。「あなたがこのことを求め、自分のために長寿を求めず、自分のために富を求めず、あなたの敵のいのちをも求めず、むしろ、自分のために正しい訴えを聞き分ける判断力を求めたので、3:12今、わたしはあなたの言ったとおりにする。3:13そのうえ、あなたの願わなかったもの、富と誉れとをあなたに与える。あなたの生きているかぎり、王たちの中であなたに並ぶ者はひとりもないであろう。」人は求むべきものがあります。

■詩篇78:39神は、彼らが肉にすぎず、吹き去れば、返って来ない風であることを心に留めてくださった。
★罪深い愚かさを繰り返し繰り返し重ねるイスラエル。しかし主はいったいどこまで、また、いつまでと思うほどに民を憐れまれます。その理由が上の御言葉です。主はあなたが弱い者であることを知って下さっています。

■2テサロニケ2:3だれにも、どのようにも、だまされないようにしなさい。なぜなら、まず背教が起こり、不法の人、すなわち滅びの子が現れなければ、主の日は来ないからです。
★主は必ず再び来られます。しかしそれには順番があります。まずは高慢の霊につかれたものが、すべて神と呼ばれるものに反抗し、その上に自分を高く上げ、自分こそ神であると宣言します。捨てるべきは高慢です。ヒデ