金曜日, 6月 24, 2011

20110624_申命15_ガラテヤ1

■申命15:7あなたの神、主があなたに与えようとしておられる地で、あなたのどの町囲みのうちででも、あなたの兄弟のひとりが、もし貧しかったなら、その貧しい兄弟に対して、あなたの心を閉じてはならない。また手を閉じてはならない。……15:9あなたは心に邪念をいだき、「第七年、免除の年が近づいた」と言って、貧しい兄弟に物惜しみして、これに何も与えないことのないように気をつけなさい。その人があなたのことで主に訴えるなら、あなたは有罪となる。
★こうして主はエジプトから脱出したイスラエルの民は、決して孤立した人の寄り集まりではなく、神様によって召し出された共同体であることを示されます。神様の理想は高いです。召し出されたお互いも、この世の誘惑は強いですが、志を高く、主に愛されているものとして、神の民と共に生きる道を選びとり続けましょう。

■ガラテヤ1:6私は、キリストの恵みをもってあなたがたを召してくださったその方を、あなたがたがそんなにも急に見捨てて、ほかの福音に移って行くのに驚いています。1:7ほかの福音といっても、もう一つ別に福音があるのではありません。あなたがたをかき乱す者たちがいて、キリストの福音を変えてしまおうとしているだけです。1:8しかし、私たちであろうと、天の御使いであろうと、もし私たちが宣べ伝えた福音に反することをあなたがたに宣べ伝えるなら、その者はのろわれるべきです。
★主の弟子パウロがこの章で2回繰り返す「その者はのろわれるべき」の真意は何でしょう。福音が福音としてその人の生涯を変革し、祝福するものであって欲しい。そのために正しく伝えられ、また受け取られるものであって欲しいとのそれでした。福音理解において、あなたはそれが腹の底までストンと落ちましたか。ヒデ

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