日曜日, 5月 09, 2010

20100509_申命26_雅歌6_使徒21-22

■申命26:3 そのとき、任務についている祭司のもとに行って、「私は、主が私たちに与えると先祖たちに誓われた地にはいりました。きょう、あなたの神、主に報告いたします。」と言いなさい。
★「報告しなさい」と主が命じられる内容は簡単に、かつてのエジプトでの苦役、そこで叫んだとき主が助けて下さり約束の地へと導いて下さったこと、となります。言わずと知れたことですが、これは、感謝は自分の口と自分の意志であらわすことが大切とのメッセージの表れです。約束の地での祝福は、感謝の心と砕かれた心がスタートラインであることを覚えましょう。

■雅歌6:3 私は、私の愛する方のもの。私の愛する方は私のもの。あの方はゆりの花の間で群れを飼っています。
★この御言葉は人の側から主に向かって告白していますが、同じ内容をイザヤ43:1では神様の側から「恐れるな。わたしがあなたを贖ったのだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのもの。」と語って下さいます。そうです。あなたは主のもの。この主の宣言の中にこそ、あなたの真の隠れ場があることを覚えましょう。

■使徒21:28こう叫んだ。「イスラエルの人々。手を貸してください。この男は、この民と、律法と、この場所に逆らうことを、至る所ですべての人に教えている者です。そのうえ、ギリシヤ人を宮の中に連れ込んで、この神聖な場所をけがしています。」21:29彼らは前にエペソ人トロピモが町でパウロといっしょにいるのを見かけたので、パウロが彼を宮に連れ込んだのだと思ったのである。
★この後パウロは妬みゆえにキリストに敵対するユダヤ人に取り囲まれ、思わぬ騒動に巻き込まれます。誤解によってそうしたことになることもあるかも知れないと十分な注意を払ったにもかかわらずです。しかしその背後には、「パウロをしてローマで福音を」との神様のご計画があったのです。用意周到の計画が思わぬかたちで変更される時、そこに神様のみ働きを見ようとする視点を持つことは大切です。ヒデ

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