金曜日, 4月 09, 2010

20100409_民数27_箴言19_ピリピ 3-4

■民数27:12ついで主はモーセに言われた。「このアバリム山に登り、わたしがイスラエル人に与えた地を見よ。27:13それを見れば、あなたもまた、あなたの兄弟アロンが加えられたように、あなたの民に加えられる。27:14ツィンの荒野で会衆が争ったとき、あなたがたがわたしの命令に逆らい、その水のほとりで、彼らの目の前に、わたしを聖なる者としなかったからである。」これはツィンの荒野のメリバテ・カデシュの水のことである。
★約束の地を目前になぜモーセは先に召天したアロン同様、召されなければならないのか。それは民が神様の前に不信仰の罪を犯したとき、怒りによって2度岩を打ち、私が水を出さなければならないのかと語り、神様を聖なる者としなかったためです。ここにはリーダーが受け取るべき驚くべき忠告が。リーダーはどんな時でも、不信仰に同調して神様をおとしめてはならないのです。むしろ神様を聖なるお方と肯定し、積極的により頼むことこそが求められているのです。感情的にではなく、あなたが置かれた場所で不信仰に陥らず神様を聖とすることはどんなことでしょう。

■箴言19:21人の心には多くの計画がある。しかし主のはかりごとだけが成る。

■ピリピ3:20けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。3:21キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。
★当時の社会で誰より多くのライセンスと特権をあわせ持ったパウロ。にも関わらずなぜ彼はこの世に支配されず、またこの世にあぐらをかくことなく、ひたむきな人生を選択し続けることができたのでしょう。その理由がここに。彼は明確に自らの国籍を把握していたのです。その価値観は「私が父の家にいることをご存知なかったのですか」と語られた少年イエス様にも見られるものでした。ヒデ

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