金曜日, 5月 09, 2014

20140509_創世記38 マタイ12@22-50

■創世記38:26ユダはこれを見定めて言った。「あの女は私よりも正しい。私が彼女にわが子シェラを与えなかったことによるものだ。」それで彼は再び彼女を知ろうとはしなかった。
★タマルはユダにとって長男エルの嫁。しかし子がないままで長男エルが召されたとき、父ユダは次男オナンに兄の子孫を残すためにタマルの中に入ることを薦めます。しかし自己中心のゆえに父の申し出を断る弟オナンを神様は罰し彼の命を絶たれます。日は流れても約束を履行しない父ユダ。遊女にふんしたタマルはそんな父ユダを通して亡き夫エルの子を設けますが、ユダは自らの罪はひた隠し、嫁タマルの行為のみを不法として罰そうと。しかし、その罪深さが神様によって暴かれたときに発したのが上のユダの言葉です。自分の目の中にある梁に気づかないまま、相手の目の中の塵を取ろうとする行為は昔も今も変わりません。自らを買いかぶり過ぎない者でありましょう。

■マタイ12:49それから、イエスは手を弟子たちのほうに差し伸べて言われた。「見なさい。わたしの母、わたしの兄弟たちです。12:50天におられるわたしの父のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです。」
★主は実の家族の関係を軽んじ、否定したのではありません。神様の御心をそれ以上に愛されたのです。それゆえに私たちは父なる神様との交わりの中に加えられました。ここに愛があるのです。この神様の愛を受け取って今日も遣わされましょう。いってらっしゃい。

0 件のコメント:

コメントを投稿