土曜日, 2月 16, 2013

20130216_マタイ8-9

■マタイ8:1イエスが山から降りて来られると、多くの群衆がイエスに従った。8:2すると、ツァラアトに冒された人がみもとに来て、ひれ伏して言った。「主よ。お心一つで、私をきよくしていただけます。」8:3イエスは手を伸ばして、彼にさわり、「わたしの心だ。きよくなれ」と言われた。すると、すぐに彼のツァラアトはきよめられた。
★目には見えませんが、主は今も、高い所から御言葉を語られるだけではなく、聖霊によってあなたに近づき「わたしの心だ。きよくなれ」と語りかけ、あなたの心と身体に触れ、癒やしと命を注いで下さるお方です。この瞬間、あなたに主が触れておられます。信仰と感謝をもって受け取りましょう。

■マタイ9:10イエスが家で食事の席に着いておられるとき、見よ、取税人や罪人が大ぜい来て、イエスやその弟子たちといっしょに食卓に着いていた。9:11すると、これを見たパリサイ人たちが、イエスの弟子たちに言った。「なぜ、あなたがたの先生は、取税人や罪人といっしょに食事をするのですか。」9:12 イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。9:13『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない』とはどういう意味か、行って学んで来なさい。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」
★神様の恵みをとどめるものとは何か、そこれここでは明確です。あわれみのない心と、自分を正しいとし、人をみさげる心です。高慢とはなんと恐ろしい病でしょう。しかしこれほどに本人が自覚できないものはありません。神様ご自身がその人の心に光を照らして下さる以外悟るすべがないのです。神様の恵みとあわれみによって生かされていることに感謝しましょう。ヒデ

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