木曜日, 11月 12, 2009

20091112_エズラ08_ホセア09_使徒28

■エズラ8:22私は道中の敵から私たちを助ける部隊と騎兵たちを王に求めるのを恥じたからである。私たちは、かつて王に、「私たちの神の御手は、神を尋ね求めるすべての者の上に幸いを下し、その力と怒りとは、神を捨てるすべての者の上に下る」と言っていたからである。
★これは再建された神の宮で使う奉納物、金、銀の器を、バビロンからエルサレムに運ぶときの出来事です。当初エズラはアルタシャスタ王の部隊に保安の要請をと願いましたが、やがて自らのその信仰姿勢を恥じ「私たちを守られるのは神様」との信仰を明確にしたのです。そして彼は主の前に断食をもって神様により頼もうとし、この事業に携わる者達にも要請します。その結果、主はエズラの信仰に応えて無事に旅路を守られます。ここから人生の優先順位、真の信仰姿勢とは、真により頼むべきは誰かを教えらます。聖書は「彼に信頼する者は、決して失望させられることがない。」と記します。

■ホセア9:1イスラエルよ。国々の民のように喜び楽しむな。あなたは自分の神にそむいて姦淫をし、すべての麦打ち場で受ける姦淫の報酬を愛したからだ。
★主が預言者ホセアを通してやむにやまれぬ思いと痛みの中で語られた御言葉です。イスラエルの国さえ滅びに至らせた偶像礼拝と姦淫。主は、国を滅ぼすほどの罪は、これ以外ないと語られます。添えて与えられる人生の原点は、先ず神の国とその義を求める事と以外にありません。

■使徒28:30こうしてパウロは満二年の間、自費で借りた家に住み、たずねて来る人たちをみな迎えて、28:31大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。
★これは使徒の働きの最後の御言葉で、カイザルの前に立つまでのパウロの姿が描かれます。これで「使徒の働き」を記す筆は置かれたのでしょうか。いいえ、ここから先の「使徒の働き」はあなたの人生に引き継がれたのです。ひとりではありません。共に働いて下さる聖霊様が一緒です。ヒデ

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