日曜日, 12月 27, 2015

20151227_1歴代21 マルコ9@30-50

■1歴代誌21:1ここに、サタンがイスラエルに逆らって立ち、ダビデを誘い込んで、イスラエルの人口を数えさせた。21:2ダビデはヨアブと民のつかさたちに言った。「さあ、ベエル・シェバからダンに至るまでのイスラエルを数えなさい。そして、その人数を私に報告して、知らせてほしい。」
★聖書にはこの後「この命令で、王は神のみこころをそこなった。神はイスラエルを打たれた。」とありますが、なにゆえダビデがと思います。しかしここにこそ神様の恵みに生かされていない場合の人の本質が。ただ主よ、私をあわれんで下さいとモーセが神様にささげた祈りに心を合わせるばかりです。
「まことに、私たちのすべての日はあなたの激しい怒りの中に沈み行き、私たちは自分の齢をひと息のように終わらせます。私たちの齢は七十年。健やかであっても八十年。しかも、その誇りとするところは労苦とわざわいです。それは早く過ぎ去り、私たちも飛び去るのです。だれが御怒りの力を知っているでしょう。だれがあなたの激しい怒りを知っているでしょう。その恐れにふさわしく。それゆえ、私たちに自分の日を正しく数えることを教えてください。そうして私たちに知恵の心を得させてください。」と。

■マルコ9:49すべては、火によって、塩けをつけられるのです。9:50塩は、ききめのあるものです。しかし、もし塩に塩けがなくなったら、何によって塩けを取り戻せましょう。あなたがたは、自分自身のうちに塩けを保ちなさい。そして、互いに和合して暮らしなさい。」
★なぜ神様が試練をゆるされるのか。その一端をここに垣間見ることができます。

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