日曜日, 6月 02, 2013

20130602_マルコ10@35-52 民数記22-23

■マルコ10:45人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」
★あなたが命に輝くために、主は神御自身であると言う、御位を捨てて来て下さいました。あなたは生きるのです。キリストの注ぎ出された命によって。それを選ばなければなりません。

■民数記22:30ろばはバラムに言った。「私は、あなたがきょうのこの日まで、ずっと乗ってこられたあなたのろばではありませんか。私が、かつて、あなたにこんなことをしたことがあったでしょうか。」彼は答えた。「いや、なかった。」22:31そのとき、主がバラムの目のおおいを除かれたので、彼は主の使いが抜き身の剣を手に持って道に立ちふさがっているのを見た。彼はひざまずき、伏し拝んだ。

■民数記23:13バラクは彼に言った。「では、私といっしょにほかの所へ行ってください。そこから彼らを見ることができるが、ただその一部だけが見え、全体を見ることはできない所です。そこから私のために彼らをのろってください。」
★そもそも人を呪うために預言者バラムを雇おうとは、動機が間違っています。自らの神様への不従順が示されるなら、それは悔い改めるべきもので、それ以外に誤魔化し、策略を練るべきものではありません。ヒデ

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