木曜日, 5月 21, 2009

20090521_ヨシュア07 イザヤ11 2テサロニケ03

■ヨシュア7:3彼らはヨシュアのもとに帰って来て言った。「民を全部行かせないでください。二、三千人ぐらいを上らせて、アイを打たせるといいでしょう。彼らはわずかなのですから、民を全部やって、骨折らせるようなことはしないでください。」
★1日1回エリコの城壁を回わる事を7日間行い、7日目は7回まわって私の合図に基づいて時の声を上げなさい。聞き従うならば城壁は崩れるであろう。神様の介入で驚くばかりの勝利をあげた民の心は大きくなって「小さな町アイの攻略なら2、3千人で十分でしょう」と言いました。しかし民は破られこんな事なら荒野にいた方がよかったと泣き言をいったのです。敗北の背後には一人の兵士が金の延べ棒を自分のために隠す罪がありました。何と小さな事で!しかしそうではありません。神の民が力を失うのは大きな事によるのではないのです。隠された小さな罪、不従順が命と祝福を奪うのです。生命線は神様の前に生きることです。示される光に基づく告白と血潮を仰ぐ信仰に生きましょう。

■イザヤ11:3この方は主を恐れることを喜び、その目の見るところによってさばかず、その耳の聞くところによって判決を下さず、11:4正義をもって寄るべのない者をさばき、公正をもって国の貧しい者のために判決を下し、口のむちで国を打ち、くちびるの息で悪者を殺す。
★「この方」と預言されているのが受肉なさるキリストです。表面的な、見るところ、聞くところに基づく価値観では人は生きません。キリストはそうなさらなかったことを覚えましょう。

■2テサロニケ3:16どうか、平和の主ご自身が、どんなばあいにも、いつも、あなたがたに平和を与えてくださいますように。どうか、主があなたがたすべてと、ともにおられますように。
★パウロの手紙の最後はいつも同じで、こうでした。この言葉に慰められ、この言葉からチャレンジを受けましょう。今日しか会うことの出来ない人がいるかも知れません。その人の前で私たちはどんな香りを放つのでしょう。主はあなたに今日も命と祝福を注ぐことが可能です。ヒデ

0 件のコメント:

コメントを投稿