火曜日, 12月 11, 2012

20121211_ダニエル書3-4

ダニエル書3:28ネブカデネザルは言った。「ほむべきかな、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの神。神は御使いを送って、王の命令にそむき、自分たちのからだを差し出しても、神に信頼し、自分たちの神のほかはどんな神にも仕えず、また拝まないこのしもべたちを救われた。3:29それゆえ、私は命令する。諸民、諸国、諸国語の者のうち、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの神を侮る者はだれでも、その手足は切り離され、その家をごみの山とさせる。このように救い出すことのできる神は、ほかにないからだ。」
★この勝利の背後には「もし、そうなれば、私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません。」との霊的戦いがありました。戦いなくして勝利はありません。生活の中で、流されるのではなく、戦うべきものがないか点検してみましょう。主はそこに勝利を与えて下さいます。

■ダニエル書4:30王はこう言っていた。「この大バビロンは、私の権力によって、王の家とするために、また、私の威光を輝かすために、私が建てたものではないか。」4:31このことばがまだ王の口にあるうちに、天から声があった。「ネブカデネザル王。あなたに告げる。国はあなたから取り去られた。
★この言葉によって彼は神様に計られ、定められた期間、理性を失い獣のように野で過ごし、牛のように野の草を食べるものとなりました。神様の恵みを忘れて「わたしが……」という高慢の結果、人が行き着く姿です。今日も主の恵みによって生かされているお互いであることを感謝し、栄光を主に帰しつつ歩みましょう。ヒデ

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