金曜日, 6月 13, 2014

20140613_出エジプト23 ルカ7@31-50

■出エジプト23:29しかし、わたしは彼らを一年のうちに、あなたの前から追い払うのではない。土地が荒れ果て、野の獣が増して、あなたを害することのないためである。 23:30 あなたがふえ広がって、この地を相続地とするようになるまで、わたしは徐々に彼らをあなたの前から追い払おう。
★全ての試練に適用できるものではありません。しかし主を信じる者が「なぜ……許されるのか」との思いを抱くことどもへの、一つの答えがここにあります。主が私たちに向かって下さる一つの目的には確かにあなたの成熟があります。神様は耐えられないような試練にあわせることはなさらないばかりか脱出の道も備えて下さいます。

■ルカ7:47だから、わたしは『この女の多くの罪は赦されている』と言います。それは彼女がよけい愛したからです。しかし少ししか赦されない者は、少ししか愛しません。」
★イエス・キリストを通して与えられる赦し。この女性はそれを自発的に受け取りました。その時この女性の心に溢れたものがキリストへの愛でした。このキリストの愛はやがてその人の心から溢れ出し、隣人を潤すことに。つぶやき、不満、愚痴、呪い、それとも赦し、愛、平和。お互いの心からキリストの愛が溢れ流れますように。いってらっしゃい。

木曜日, 6月 12, 2014

20140612_出エジプト22 ルカ7@1-30

■出エジプト22:26もし、隣人の着る物を質に取るようなことをするのなら、日没までにそれを返さなければならない。22:27なぜなら、それは彼のただ一つのおおい、彼の身に着ける着物であるから。彼はほかに何を着て寝ることができよう。彼がわたしに向かって叫ぶとき、わたしはそれを聞き入れる。わたしは情け深いから。
★憐れみ深さ。情け深さはあなたが身に付けるべき大切な人格的要素です。人との比較に生きる人は持てず、神様の愛を受け取らなければわき上がることはありません。

■ルカ7:15 すると、その死人が起き上がって、ものを言い始めたので、イエスは彼を母親に返された。
★やもめの一人息子の死。それが母にとってどんな意味を持つのか。この母の痛みを知り給う主は、あなたの痛みもごぞんじです。。いってらっしゃい。

水曜日, 6月 11, 2014

20140611_出エジプト21 ルカ6@27-49

■出エジプト21:5しかし、もし、その奴隷が、『私は、私の主人と、私の妻と、私の子どもたちを愛しています。自由の身となって去りたくありません』と、はっきり言うなら、21:6その主人は、彼を神のもとに連れて行き、戸または戸口の柱のところに連れて行き、彼の耳をきりで刺し通さなければならない。彼はいつまでも主人に仕えることができる。
★主人の愛を前提として、いつまでも主人に仕えたい、去りたくないとは、まさにキリストとキリスト者との関係です。これ以降有名な「目には目。歯には歯。手には手。足には足。」と続きますが、これは報復を正当化する基準ではなく、犯罪に対する罰としての裁判の基準です。また主は弱い立場を守るために心を尽くされます。「自分の男奴隷の歯一本、あるいは女奴隷の歯一本を打ち落としたなら、その歯の代償として、その奴隷を自由の身にしなければならない。」と言ったこともその一つです。人権を軽んじる者を主は裁かれます。

■ルカ6:41あなたは、兄弟の目にあるちりが見えながら、どうして自分の目にある梁には気がつかないのですか。
★イエス様は、悪事に対して見ないふりをすべきであるといっておられるのではなく、自分の罪を見落とすほど、他の人の罪を気にするべきではないと言っておられる。私たちはしばしば他の人の同じ過ちを指摘して、自分の罪を正当化する。お互いにとって最も批判しやすい「ちり」は? 批判したくなったとき自分のを梁を認めることのできる人はさいわです。いってらっしゃい。

火曜日, 6月 10, 2014

20140610_出エジプト20 ルカ6@1-26

■出エジプト20:23あなたがたはわたしと並べて、銀の神々を造ってはならない。また、あなたがた自身のために金の神々も造ってはならない。20:24わたしのために土の祭壇を造り、その上で、羊と牛をあなたの全焼のいけにえとし、和解のいけにえとしてささげなければならない。わたしの名を覚えさせるすべての所で、わたしはあなたに臨み、あなたを祝福しよう。
★主がモーセを通してイスラエルに十戒を授けた直後に語られた言葉です。私たちは主はご自身と較べることのできるものはないことを認めなければなりません。このお方のみが私たちの人生に祝福の計画を抱き、持ちはこんで下さるお方です。

■ルカ6:12このころ、イエスは祈るために山に行き、神に祈りながら夜を明かされた。6:13夜明けになって、弟子たちを呼び寄せ、その中から十二人を選び、彼らに使徒という名をつけられた。
★この中にはやがて主を裏切るイスカリオテのユダも含まれています。なぜ夜を徹して祈られたのか。その裏切りの可能性も知りつつ、ユダを愛する心を定めるためです。何のために祈りをささげるのでしょう。単なる祈りは自己実現の道具ではありません。感情的な反応の生涯ではなく、断固意志をもって愛を選択する者の生涯にとって祈りは不可欠なもの。あなたは何のために心を主の前に注ぎ出しますか。

月曜日, 6月 09, 2014

20140609_出エジプト19 ルカ5

■出エジプト19:5今、もしあなたがたが、まことにわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るなら、あなたがたはすべての国々の民の中にあって、わたしの宝となる。全世界はわたしのものであるから。19:6あなたがたはわたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる。これが、イスラエル人にあなたの語るべきことばである。」
★十戒を授ける前に主がイスラエルに語られたことばで、主はイスラエルを祝福することを通してご自身が世界の主であることを現そうとされます。そして今やキリストを主と告白したあなたを祝福することを通して、主はご自身の栄光を世界に現そうとしておられます。

■ルカ5:5するとシモンが答えて言った。「先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。でもおことばどおり、網をおろしてみましょう。」
★人生において主から祝福を受け取る秘訣がここにあります。自分の経験や知識を超え、信仰によって神の言葉を信頼し、主が語られたとおりに行動する。その時人は奇蹟を体験し、同時にキリストが主であることを体験します。ペテロはこのあと「主よ。私のような者から離れてください。私は、罪深い人間ですから」と語りましたが、あなたはこの経験をお持ちですか。いってらっしゃい。

日曜日, 6月 08, 2014

20140608_出エジプト18 ルカ4@31-44

■出エジプト18:25モーセは、イスラエル全体の中から力のある人々を選び、千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長として、民のかしらに任じた。18:26いつもは彼らが民をさばき、むずかしい事件はモーセのところに持って来たが、小さい事件は、みな彼ら自身でさばいた。
★モーセが疲れず、民が疲れないために。しゅうとイテロの進言を受け取るモーセです。「人はそれぞれ負うべき重荷があるのです」とありますが、神の民は主体的に共同体に貢献することが求められています。

■ルカ4:42朝になって、イエスは寂しい所に出て行かれた。群衆は、イエスを捜し回って、みもとに来ると、イエスが自分たちから離れて行かないよう引き止めておこうとした。4:43しかしイエスは、彼らにこう言われた。「ほかの町々にも、どうしても神の国の福音を宣べ伝えなければなりません。わたしは、そのために遣わされたのですから。」
★イエス様を内側から動かす動機は決して自分の居心地良さを求めてと言うことではありません。何としても、一人でも多くの人に神の国の福音を伝えたいとのそれでした。その人を動かす内なる動機が何かによって生き方の現れは変わりますね。あなたはどんな動機や原則を軸にぶれることのない人生を生きたいですか。

土曜日, 6月 07, 2014

20140607_出エジプト17 ルカ4@1-30

■出エジプト17:14【主】はモーセに仰せられた。「このことを記録として、書き物に書きしるし、ヨシュアに読んで聞かせよ。わたしはアマレクの記憶を天の下から完全に消し去ってしまう。」
★「このことは書き物にせよ」と、主が命じられるほどに大切な事とはなんでしょう。アマレク人との戦いにおいて、実際の戦いの背後でモーセが祈りの手を上げている時にはイスラエルが勝ち、手を下げた時にはアマレクが勝ったということです。執り成しの祈りには力があります。あなたは誰のために、何のために隠れた執り成しの手をあげますか。

■ルカ4:13誘惑の手を尽くしたあとで、悪魔はしばらくの間イエスから離れた。4:14イエスは御霊の力を帯びてガリラヤに帰られた。すると、その評判が回り一帯に、くまなく広まった。
★荒野で40日の悪魔の試みに会われた直後のことについて、聖書はここで「イエスは御霊の力を帯びて」と表現します。目に見える力、自信、勇気はどこで培われ湧いてくるのでしょう。それは隠された生活によってです。あなたは、人の前と、誰も見ていない時と、生活の姿勢や価値観に変化が生まれますか。それとも、いつも主を意識し、主と共に歩んでいるので、変わることはありませんか。力が満ちあふれるのは後者です。いってらっしゃい。

金曜日, 6月 06, 2014

20140606_出エジプト16 ルカ3

■出エジプト16:35イスラエル人は人の住んでいる地に来るまで、四十年間、マナを食べた。彼らはカナンの地の境に来るまで、マナを食べた。
★イスラエルはエジプトをあとにし、約束の地カナンに入るまで、不信仰のゆえに1週間の行程を結果40年かけることになりました。しかしその間荒野において、神様は天よりの食物マナを降り注ぎ続けて下さいました。民がたとえどんな不信仰や反逆、罪を犯してもです。主はなくてはならないものは与えて下さるお方。ここに主の憐れみ、愛、真実といったご人格が表れます。

■ルカ3:7それで、ヨハネは、彼からバプテスマを受けようとして出て来た群衆に言った。「まむしのすえたち。だれが必ず来る御怒りをのがれるように教えたのか。3:8それならそれで、悔い改めにふさわしい実を結びなさい。『われわれの父はアブラハムだ』などと心の中で言い始めてはいけません。よく言っておくが、神は、こんな石ころからでも、アブラハムの子孫を起こすことがおできになるのです。
★イエス様の道備えをしたバプテスマのヨハネです。「まむしのすえたち、……悔い改めよ」などと、人に嫌われることをいったい誰が好きこのんで語りたいでしょう。むしろ人受けし、人に好かれることを語りたいものです。しかしあえて前者を選ぶここにヨハネの人格があります。神様を愛し、真に民を愛するヨハネ。あなたはどんな人でもあなたに厳しくする人は嫌いですか。それともその人の動機を探り求め、理解しようとする気持ちをお持ちですか。いってらっしゃい。

木曜日, 6月 05, 2014

20140605_出エジプト15 ルカ2@25-52

■出エジプト15:25モーセは【主】に叫んだ。すると、【主】は彼に一本の木を示されたので、モーセはそれを水に投げ入れた。すると、水は甘くなった。その所で主は彼に、おきてと定めを授け、その所で彼を試みられた。15:26 そして、仰せられた。「もし、あなたがあなたの神、【主】の声に確かに聞き従い、主が正しいと見られることを行い、またその命令に耳を傾け、そのおきてをことごとく守るなら、わたしはエジプトに下したような病気を何一つあなたの上に下さない。わたしは【主】、あなたをいやす者である。」
★苦くて飲めなかった水が投ぜられた一本の木によって甘いものに変えられました。これはキリストの十字架の予表でもあります。偶像礼拝をしないなら、との契約をもって民を祝そうとする神様ですが、これからどんな展開となるでしょう。「私はある」という主を捨てるわけではありません。しかし他の神々も拝みたいは立派な偶像礼拝です。カギは主のみを拝するならです。

■ルカ2:51それからイエスは、いっしょに下って行かれ、ナザレに帰って、両親に仕えられた。母はこれらのことをみな、心に留めておいた。
★イエス様の12歳の時の宮詣でにおけるエピソードで「どうしてわたしをお捜しになったのですか。わたしが必ず自分の父の家にいることを、ご存じなかったのですか。」は有名です。なぜこのあとイエス様は両親に仕えることが出来たのか。それは自分が何者であるかの認識がしっかりとあったからです。もちろんそれは神の命を受けて世に来た御子との自覚です。さてあなたはどんな自覚のうちに今日遣わされますか。いってらっしゃい。

水曜日, 6月 04, 2014

20140604_出エジプト14 ルカ2@1-24

■出エジプト14:29イスラエル人は海の真ん中のかわいた地を歩き、水は彼らのために、右と左で壁となったのである。14:30こうして、【主】はその日イスラエルをエジプトの手から救われた。イスラエルは海辺に死んでいるエジプト人を見た。
★出エジプトのできごとです。神様による救い、みわざを見るために、求められるのは信仰です。背後から追って来るエジプトの軍勢は、イスラエル民族にとっては信仰がためされる試練ですが、パロにとっては命取りとなった誘惑の出来事です。パロは「われわれはいったい何ということをしたのだ。イスラエルを去らせてしまい、われわれに仕えさせないとは。」と告白したこの刈り取りを、自らの人生を通してなしたのです。貪欲がいかに人の内面を破壊し、その生涯を滅ぼすか。私たちでは神ではなく、神様から流れる愛を受け取って、感謝の礼拝をささげる存在としてつくられました。

■ルカ2:11きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。2:12あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」
★救い主キリストの誕生です。王宮や神殿にではなく飼い葉桶の中に。救い主イエス様はどんな立場であっても、本人が望めば誰でも礼拝をささげることができるところに、お生まれ下さいました。もちろん今日あなたがささげるこの礼拝も受けて下さっています。いってらっしゃい。

火曜日, 6月 03, 2014

20140603_出エジプト13 ルカ1@39-80

 ■出エジプト13:21【主】は、昼は、途上の彼らを導くため、雲の柱の中に、夜は、彼らを照らすため、火の柱の中にいて、彼らの前を進まれた。彼らが昼も夜も進んで行くためであった。
★選びの民とともに歩んで下さるお方。それが主です。

■ルカ1:63すると、彼は書き板を持って来させて、「彼の名はヨハネ」と書いたので、人々はみな驚いた。1:64すると、たちどころに、彼の口が開け、舌は解け、ものが言えるようになって神をほめたたえた。
★バプテスマのヨハネの父となるザカリヤが、子の名をヨハネと記したとき、彼の口は解かれ、しゃべることができるようになりました。神様が御心を行われるとき物事を連動させて導かれます。ゆえに私たちは「つじつまを合わせて下さるのは主」と告白しましょう。いってらっしゃい。

月曜日, 6月 02, 2014

20140602_出エジプト12 ルカ1@1-38

■出エジプト12:41四百三十年が終わったとき、ちょうどその日に、【主】の全集団はエジプトの国を出た。12:42この夜、【主】は彼らをエジプトの国から連れ出すために、寝ずの番をされた。この夜こそ、イスラエル人はすべて、代々にわたり、【主】のために寝ずの番をするのである。
★イスラエルが出エジプトを果たすとき寝ずの番を下さる主。選びの民を忘れることなく、その叫びを聞き、心を動かされ、遂には寝ずの番をもってあなたを救い出されるお方。それが主です。死の使いから守られるために、小羊がほふられ、その血が鴨居に塗られましたが、今やキリストを信じるあなたには目には見えないキリストの血が塗られています。

■ルカ1:37神にとって不可能なことは一つもありません。」1:38マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」こうして御使いは彼女から去って行った。
★「神にとって不可能なことはひとつもありません。」と、この言葉を受け取って、自らの生涯を神様の前に差し出した人々によって神の歴史は造られます。あなたでなければ成し遂げることのできない、そこに御国をもたらすためにマリヤ同様「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」と、ご自身を差し出しましょう。それを献身と呼びます。おそれることはありません。その様に生きる時、主ご自身がいと高き力をもってあなたを覆い、あなたを守られるのです。いってらっしゃい。

日曜日, 6月 01, 2014

20140601_出エジプト11 マタイ28

■出エジプト11:9【主】はモーセに仰せられた。「パロはあなたがたの言うことを聞き入れないであろう。それはわたしの不思議がエジプトの地で多くなるためである。」
★たとえどんなにパロが心を頑なにしても神様のわざは必ずなります。聖徒に必要なのは信仰と忍耐です。

■マタイ28:17そして、イエスにお会いしたとき、彼らは礼拝した。しかし、ある者は疑った。
★復活がいかに人間の理解を超えた恵みであるか。人間の弱さと神の恵みがあらわされた言葉です。時に不信仰になるのはあなただけではありません。しかしキリストは甦られたのです。

土曜日, 5月 31, 2014

20140531_出エジプト10 マタイ27@32-66

■出エジプト10:23 三日間、だれも互いに見ることも、自分の場所から立つこともできなかった。しかしイスラエル人の住む所には光があった。
★エジプトに臨んだ災いで、この章に記されているのはイナゴと暗闇です。何度も何度も自分の言葉を翻すパロ。彼には真実はもちろんのこと面子さえなかったのでしょうか。素晴らしい町の建築のために無償で使える労働力を失いたくなかったのでしょう。いずれにしても、パロはこうして王ではなく貪欲の奴隷として罪に支配されていたのです。

■マタイ27:46三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれた。これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。
★十字架の上でのイエス・キリストのことばです。捨てられるはずのないキリストが、罪のゆえに捨てられて当然の罪人に代わって捨てられ、罪人が捨てられなくても済む救いを完成される。これがイエス・キリストの贖いの本質です。更にキリストは十字架上で「父よ彼らをゆるしたまえ」と祈られますが、それも「血を流すこなしには罪の赦しはあり得ない」との旧約律法を成就するためであり「父よ、彼らに代わって私が血を流しますから、この血に免じて彼らをゆるしてください。」との意味でした。あなたはこのキリストの祈りに今日も覆われています。ゆるされています。神様に愛されているのです。いってらっしゃい。

金曜日, 5月 30, 2014

20140530_出エジプト9 マタイ27@1-31

■出9:30しかし、あなたとあなたの家臣が、まだ、神である【主】を恐れていないことを、私は知っています。」
★この章で紹介されているエジプトへの災いは家畜、腫物、雹です。そしてエジプト人とユダヤの民との間に、神様は誰でも分かるように明確な区別を置かれます。何のためにゆるされた災いでしょう。すべての人が神様を畏れることの尊さを学ぶ機会を与えるためです。箴言は「【主】を恐れることは知識の初めである。愚か者は知恵と訓戒をさげすむ。」1:7と紹介します。

■マタイ27:17それで、彼らが集まったとき、ピラトが言った。「あなたがたは、だれを釈放してほしいのか。バラバか、それともキリストと呼ばれているイエスか。」
★あれほどに民が慕ったイエス。総督ピラトは間違いなく民衆は「イエスを救い。ピラトを十字架に……」と要求してくることと読み、イエスをゆるすことを通して民に貸しをつくろうとはかります。しかしその答えはピラトの理解を越えたものです。最初、罪は自分の手の中にあり、人を操ることができるように見えても、最終的に罪はそれを侮る者を飲み尽くします。どうにもならない状況になったとき、ピラトは「私には責任はない」と語りましたが、愚かです。なぜ最初から罪を侮ることなく、「はいをはい、いいえをいいえ」としなかったのか。どんな時にも間違いのない生き方は誠実さにあることを心にとめましょう。いってらっしゃい。

木曜日, 5月 29, 2014

20140529_出エジプト8 マタイ26@36-75

■出エジプト8:15ところが、パロは息つく暇のできたのを見て、強情になり、彼らの言うことを聞き入れなかった。【主】の言われたとおりである。
★かえる、ぶよ、あぶと奇蹟は続きます。しかしパロはいよいよ心を頑なに。神様への反抗はその人に深い悲しみをもたらすことになるのみならず、その人と一緒にいる人々にも同様に及びます。それでも自分を優先し心を変えようとしないことを強情と呼びます。

■マタイ26:38そのとき、イエスは彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、わたしといっしょに目をさましていなさい。」26:39それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」
★「わたしは悲しみのあまり死ぬほど」と語られながらも、十字架を前に祈ると言うことは、主は問題から逃げておられない、与えられた使命から逃げておられないと言うことです。そこには主のご人格があらわされています。目に見える十字架による贖いの完成は、この隠された主のご人格に裏打ちされたものでした。ご人格がなければ恐れ、十字架に向き合う事ができず逃げ出したことでしょう。そこがこのあと「私は主を知らない」と逃げ出す、ペテロとの人格の違いです。自分の人格の未熟さを認めつつも、主の愛とゆるしを求めて主の前に祈りをもって近づく、そんなお互いでありましょう。主は触れて下さり強めて下さることを信じます。いってらっしゃい。

水曜日, 5月 28, 2014

20140528_出エジプト7 マタイ26@1-35

■出エジプト7:3わたしはパロの心をかたくなにし、わたしのしるしと不思議をエジプトの地で多く行おう。7:4パロがあなたがたの言うことを聞き入れないなら、わたしは、手をエジプトの上に置き、大きなさばきによって、わたしの集団、わたしの民イスラエル人をエジプトの地から連れ出す。
★呪術師の中にはマジックやサタンの力を用いてモーセと同じことをする者もいます。しかし彼らはモーセがしたこと同様、災いをエジプトにもたらすことは出来ても、天罰をひっくり返し、好転させることはできません。また奇蹟は神様を信じる助けにはなりますが、それに頼るのは危険です。パロは奇蹟に心を奪われ、神の言葉に対して頑なになります。大切なことは神のことばへの従順です。ご自身の言葉で世界を創られた主の言葉は、あなたの生涯にもそのとおりになるのですから。「仰ぎ見て生きよ」これが主の言葉です。

■マタイ26:34イエスは彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。今夜、鶏が鳴く前に、あなたは三度、わたしを知らないと言います。」26:35ペテロは言った。「たとい、ごいっしょに死ななければならないとしても、私は、あなたを知らないなどとは決して申しません。」弟子たちはみなそう言った。
★人とは何とか、人とは違う、勝る自分を見出し、自分が存在していてよい価値を求めてもがこうとするのでしょうか。しかしかけがえのない本当の自分の価値に気づけるのは主の赦しの御手に抱かれたときです。いってらっしゃい。

火曜日, 5月 27, 2014

20140527_出エジプト6 マタイ25@31-46

■出エジプト6:2神はモーセに告げて仰せられた。「わたしは【主】である。6:3わたしは、アブラハム、イサク、ヤコブに、全能の神として現れたが、【主】という名では、わたしを彼らに知らせなかった。
★「全能の神」という自己紹介ではなく、「わたしはある」すなわち「主」であると、神様はこのときご自身の永遠の呼び名をモーセに伝えます。イエス様はヨハネ8章で宗教家たちとの論争の中、ご自身のことを、「私はアブラハムの前から『わたしはある』」と紹介し、またヨハネ5章においては「あなたがたは聖書の中に永遠の命があると思って調べているがモーセは私のことについて書いたのである。なのにあなた方は私のもとに来ようとしない。」と語られます。おわかりですか。イエス・キリストとは、いかなるお方かを。そのお方があなたを救うために人となって来て下さったのです。

■マタイ25:40すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』
★ここには教会と共に歩まれるキリストの姿が明確です。なぜ主はそこまで教会を愛されるのでしょう。教会はご自身の身体だからです。パウロがまだ教会の迫害者としてダマスコに下っていこうとしたとき、復活の主がパウロに現れて「サウロ。サウロなぜ私を迫害するのか」と語られたのは有名です。教会であるあなたと共に歩んで下さる主、それがあなたが主と信じ受け入れられたイエス・キリストです。今日もこのお方を誇りましょう。いってらっしゃい。

月曜日, 5月 26, 2014

20140526_出エジプト5 マタイ25@1-30

■出エジプト5:2パロは答えた。「【主】とはいったい何者か。私がその声を聞いてイスラエルを行かせなければならないというのは。私は【主】を知らない。イスラエルを行かせはしない。」
★モーセが主の命を受けて民を去らせよと語った時のパロの応答です。「主とは何者か。主を知らない」とは、「私こそが主ではないか。私以外に主はないではないか」の意味で、それをイスラエルに受け取らせるためにパロは高圧的な虐げをもってイスラエルを苦しめます。御心をなそうとすることを止めれば、迫害虐げ反発の波は起こりません。しかしそれでは何も変わりません。主の僕として召しだされたお互いは、どんな時にも主の御心に沿おうとする自分自身の変革を諦めてはなりません。

■マタイ25:24ところが、一タラント預かっていた者も来て、言った。『ご主人さま。あなたは、蒔かない所から刈り取り、散らさない所から集めるひどい方だとわかっていました。25:25私はこわくなり、出て行って、あなたの一タラントを地の中に隠しておきました。さあどうぞ、これがあなたの物です。』
★あなたが自分の人生を神様から与えられたことを感謝して受け取る前に、人と較べたら、喜びは消え、劣等感か、優越感に支配され、神様に反発し、人と距離を置き、人生を呪いながら生きることになります。神様は全能者である以上に愛なるお方。もし納得できないことがあるなら、人にではなく神様に直接その思いをぶつけてみましょう。それが祈りです。どんな状況の中にあっても、あなたがその与えられた人生を受け取る時、神様が共に歩み、あなたを助けて下さいます。いってらっしゃい。

日曜日, 5月 25, 2014

20140525_出エジプト4 マタイ24@29-51

■出エジプト4:10モーセは【主】に申し上げた。「ああ主よ。私はことばの人ではありません。以前からそうでしたし、あなたがしもべに語られてからもそうです。私は口が重く、舌が重いのです。」4:13すると申し上げた。「ああ主よ。どうかほかの人を遣わしてください。」
★ああ何と主の召命とは恐れ多く、重たいことでしょう。モーセでも後ずさりするのです。ゆえに自信がない、私には賜物がないとあなただけが尻込みして、そのままでよいでしょうか。みんな恐ろしく自信がないのです。それが主の召命というものです。さあ立ち上がりましょう。主があなたの召命者です。

■マタイ24:30そのとき、人の子のしるしが天に現れます。すると、地上のあらゆる種族は、悲しみながら、人の子が大能と輝かしい栄光を帯びて天の雲に乗って来るのを見るのです。24:31人の子は大きなラッパの響きとともに、御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天の果てから果てまで、四方からその選びの民を集めます。
★主イエス様は再び来られます。あなたの目の涙を拭うために。主イエス様は再び来られます。あなたに命を冠を授けるために。主イエス様は再び来られます。ご自身が始められた歴史を完成させるために。主イエス様は再び来られます。あなたのために死んで甦られたあなたの神様だからです。あなたを愛する主があなたをご自身のみもとに迎え入れるために再び来られないはずがないでしょう。いってらっしゃい。

土曜日, 5月 24, 2014

20140524_出エジプト3 マタイ24@1-28

■出エジプト3:9見よ。今こそ、イスラエル人の叫びはわたしに届いた。わたしはまた、エジプトが彼らをしいたげているそのしいたげを見た。3:10今、行け。わたしはあなたをパロのもとに遣わそう。わたしの民イスラエル人をエジプトから連れ出せ。」
★荒野における40年の生活を経て、燃える柴の中から語られる神様のモーセへの召命です。そのお方の名は永遠の神「わたしはある」とご自身を示される神様です。私たちはこのお方によって有らせられているもの。しかしこのお方は永遠のはじめからあるお方。モーセの、そしてあなたの存在を御手に握っておられるお方です。あなたを召しだされる神がおられます。畏れましょう。

■マタイ24:4そこで、イエスは彼らに答えて言われた。「人に惑わされないように気をつけなさい。
★世の終わりの時代、何を一番注意すべきかを語られた主の答え、それは「人に惑わされないように」です。あなたは誰かの真似をする必要はなく、一番素晴らしいあなたであれば良いのです。そのためにはあなたに力を与え、あなたが最高のあなたとして歩める様に導ける、人となった造り主なる神、イエス・キリストを主とする以外にないのです。いってらっしゃい。

木曜日, 5月 22, 2014

20140522_出エジプト1 マタイ22@23-46

■出エジプト1:8 ここに、ヨセフのことを知らない新しい王が、エジプトに起った。
★告別式の祈祷文に「主のみこころと摂理はくすしく、測り知ることができません。あなたは御心のままに万物を造られ、これを支配し導かれます。しかも、その知恵の深さは限りがありません。あなたの御顔の前に人は去り、世は移ります。」とあります。「ヨセフのことを知らない新しい王」とは何と恐ろしいことでしょう。この世は恩に寄りかかって生きる事はできません。常に新しい神様の恵みに生かされる必要があります。また神様はどんな時代の中にあっても常に恵みを備えて下さるお方です。

■マタイ22:2122:36「先生、律法の中で、どのいましめがいちばん大切なのですか」。22:37イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。22:38これがいちばん大切な、第一のいましめである。22:39第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。22:40これらの二つのいましめに、律法全体と預言者とが、かかっている」。
★人生の成功者、勝利者とは誰でしょう。上の生き方をライフスタイルにできた人です。どうでしょう。本当にそうでしょうか。今日一日このことをにれはんでみませんか。いってらっしゃい。

水曜日, 5月 21, 2014

20140521_創世記50 マタイ22@1-22

■創世記50:19ヨセフは彼らに言った、「恐れることはいりません。わたしが神に代ることができましょうか。50:20あなたがたはわたしに対して悪をたくらんだが、神はそれを良きに変らせて、今日のように多くの民の命を救おうと計らわれました。50:21それゆえ恐れることはいりません。わたしはあなたがたとあなたがたの子供たちを養いましょう」。彼は彼らを慰めて、親切に語った。
★父亡きあと自分たちがかつてヨセフにしたことゆえに仕返しを恐れる兄たち。しかしヨセフは上のように親切に接します。人の一つの欠点やあらを握って、さながら自らが神であるかのように人をコントロールしたがる人がいます。またヨセフのように振る舞うことのできる人がいます。これらのことを通して神を畏れるとはいかなる生き方かを教えられます。

■マタイ22:21彼らは「カイザルのです」と答えた。するとイエスは言われた、「それでは、カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい」。
★自らを陥れようとしたヘロデ党の人々にイエス様が語られた答えです。このとき人は2つの国籍を持つ者として、それぞれに責任を果たすことの大切さを示されます。一つは国家に、もう一つは天の御国に。キリストの血潮によって御国の国籍を持つ者とされたあなたは神様への従順、献身へと招かれています。あなたが置かれているそこを泉わく御国とするためです。いってらっしゃい。

火曜日, 5月 20, 2014

20140520_創世記49 マタイ21@23-46

■創世記49:1ヤコブはその子らを呼んで言った、「集まりなさい。後の日に、あなたがたの上に起ることを、告げましょう、49:2ヤコブの子らよ、集まって聞け。父イスラエルのことばを聞け。
★この時ヤコブはそれぞれの息子を祝福し、その将来を予言します。その予言はそれぞれの生き方に基づくものでした。私たちの過去は現在と未来に影響します。すなわち今日の一歩が未来をつくるのです。開かれている今日、何を優先し選択するか。大切なテーマです。

■マタイ21:25ヨハネのバプテスマはどこからきたのであったか。天からであったか、人からであったか」。すると、彼らは互に論じて言った、「もし天からだと言えば、では、なぜ彼を信じなかったのか、とイエスは言うだろう。21:26しかし、もし人からだと言えば、群衆が恐ろしい。人々がみなヨハネを預言者と思っているのだから」。21:27そこで彼らは、「わたしたちにはわかりません」と答えた。すると、イエスが言われた、「わたしも何の権威によってこれらの事をするのか、あなたがたに言うまい。
★パリサイ人たちはイエス様がどこで権威を手に入れたのかと詰め寄りますが、その動機はただイエス様を陥れることでした。パリサイ人が真理を必要とするのは自分の見解や理由を支持する時だけです。イエス様はこの時それを明らかにされました。キリスト者とは、自分の生き方を肯定するために真理の一部を利用する者ではなく、真理であるキリストによって生まれ変わり、真理に生かされるものとされました。イエス・キリストは今日も語られます。「私が道であり、真理であり、いのちなのです」と。いってらっしゃい。

月曜日, 5月 19, 2014

20140519_創世記48 マタイ21@1-22

■創世記48:19父は拒んで言った、「わかっている。子よ、わたしにはわかっている。彼もまた一つの民となり、また大いなる者となるであろう。しかし弟は彼よりも大いなる者となり、その子孫は多くの国民となるであろう」。
★ヨセフは二人の息子をつれて召される前に父ヤコブを訪ねます。かすみ目で次男を祝福しようとする父に「そうではありません。こちらが……」と長男の頭の上に手を置こうとするヨセフ。しかしこれで良いのだとヤコブ。神様の選びはときに人の常識を越えて働きます。あなたは自分は資格を備えていないと思っていませんか。しかし神様はご計画を成就するためにあなたをお用いになることのできるお方です。また「当然私が……」とおもう思いがあなたの中にあるなら、それが砕かれるまで、神様はあなたをお用いなさらないかも知れません。

■マタイ21:13そして彼らに言われた、「『わたしの家は、祈の家ととなえらるべきである』と書いてある。それだのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしている」。
★受難週のはじまり、十字架の上で贖いを完成するために、ロバの子に乗ったイエス様がエルサレムに登ったとき、最初に取った行動です。主は怒られるお方です。愛と共に義が心に満ちておられるからです。あなたは何に一番の怒りの感情を抱くでしょうか。ただそれが感情だけでなく、具体的な行動を起こすまでになる内容とは何が侵された時でしょう。自分を知るために、一度立ち止まって考えることは良い機会になるかも知れません。主は神様の御名を利用し自らの私腹を肥やすため弱者を苦しめることに一番の憤りを覚えられました。いってらっしゃい。

日曜日, 5月 18, 2014

20140518_創世記47 マタイ20

■創世記47:24収穫の時は、その五分の一をパロに納め、五分の四を自分のものとして田畑の種とし、自分と家族の食糧とし、また子供の食糧としなさい」。47:25彼らは言った、「あなたはわれわれの命をお救いくださった。どうかわが主の前に恵みを得させてください。われわれはパロの奴隷になりましょう」。
★激しい飢饉の間中、宰相となったヨセフは民に穀物を売り与えます。やがて売るものがなくなった民は土地をファラオに売り渡し、それで激しい飢饉を堪え忍びます。やがて飢饉が終わりを告げようとしたときエジプトの民に語った言葉が上の言葉です。ここで天の知恵に満ちる人の発想はWin&Winであることを思います。自分だけが得し儲けようとする生き方は、この世的な浅ましいもの。平和は自然になりません。作り出す者でありましょう。

■マタイ20:13そこで彼はそのひとりに答えて言った、『友よ、わたしはあなたに対して不正をしてはいない。あなたはわたしと一デナリの約束をしたではないか。20:14自分の賃銀をもらって行きなさい。わたしは、この最後の者にもあなたと同様に払ってやりたいのだ。
★何に価値を見出すか。まさにその人自身がどんな人かを明らかにするテーマです。キリスト者は十字架の愛に触れ、それに感動し、イエス・キリストのご人格に魅了されて従う人のこと。ましてこのお方から「友よ」と呼んで頂けるなんて。あなたはここに言葉に尽くせない価値を見出されますか。ならあなたはキリストの者です。主はあなたの存在を用いて世に恵みと誠を行われます。いってらっしゃい。

土曜日, 5月 17, 2014

20140517_創世記46 マタイ19

■創世記46:2神は、夜の幻の中でイスラエルに、「ヤコブよ、ヤコブよ」と言って呼ばれた。彼は答えた。「はい。ここにいます。」46:3すると仰せられた。「わたしは神、あなたの父の神である。エジプトに下ることを恐れるな。わたしはそこで、あなたを大いなる国民にするから。
★神様が最も働いて下さり、励ました下さることは何でしょう。家族の和解です。罪によって最初のアダムの家庭は分裂し、今なお人類はその罪を尾を引いています。神様は壮大な物語ともいえるヨセフを用いてヤコブの家庭を和解へと導かれるのです。あなたの持つ関係に痛んだ関係がありますか。主に祈りましょう。「今、私をここに遣わしたのは、あなたがたではなく、実に、神なのです。」との心があなたに備わっているなら、神様は必ずあなたを用いて家族の和解のために祝福して用いられます。

■マタイ19:16すると、ひとりの人がイエスのもとに来て言った。「先生。永遠のいのちを得るためには、どんな良いことをしたらよいのでしょうか。」
★どれほど多くの人が幸せになるためには何をすれば、何を持てば幸せになれるのかと今なお迷っています。幸せは持ち物にはよりません。たとえ何を持たず得ずとも、その人が主の御手に支えられていることに気づけるならばその人生観はどれほどに変わることでしょう。聖書に「とこしえにいます神はあなたのすみかであり、下には永遠の腕がある。」と記します。大丈夫なんです。あなたの人生は既に全能者の御手に支えられ、あなたは全能者の手の中に立っているのです。得ることよりもむしろ手放すことの祝福を体験しましょう。いってらっしゃい。

金曜日, 5月 16, 2014

20140516_創世記45 マタイ18

■創世記45:28イスラエルは言った。「それで十分だ。私の子ヨセフがまだ生きているとは。私は死なないうちに彼に会いに行こう。
★ヨセフが兄たちに語った「だから、今、私をここに遣わしたのは、あなたがたではなく、実に、神なのです。神は私をパロには父とし、その全家の主とし、またエジプト全土の統治者とされたのです。」と中心聖句はどちからと迷いますが、父ヤコブがヨセフの存在を喜ぶ方を取りました。生きていてくれるだけでもう十分である。満足である。会いたい。嬉しい。これが父の心です。天のお父様にとってもあなたはそんな存在です。より能力が高いか、豊かか、美しいか、そんなことは関係ありません。ただあなたの存在が嬉しいのです。天の父を求めましょう。

■マタイ18:35「あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天のわたしの父も、あなたがたに、このようになさるのです。」
★赦しはあなたの人生においてオプションではありません。あなたが自由と祝福の人生を生きるための必須条件です。しかし人には、自分を傷つけた人を赦す力はありません。赦しの力は主からです。だから主に赦される経験が不可欠です。主に受けた傷の痛みを知って頂き、受け取って頂き、他者を主に赦されたように赦し、裁きを主に委ねるのです。過去の自分を赦すこともオプションではありません。あなたが幸いを生きるためです。いってらっしゃい。

木曜日, 5月 15, 2014

20140515_創世記44 マタイ17

■創世記44:33ですから、どうか今、このしもべを、あの子の代わりに、あなたさまの奴隷としてとどめ、あの子を兄弟たちと帰らせてください。
★まさか弟ベニヤミンのらくだの袋の中にエジプトの宰相の杯が入っているとは。まだ兄たちに身分を明かしていないエジプトの宰相ヨセフの指示です。そして上の御言葉はベニヤミンが盗人としてエジプトに取られようとしたとき、ベニヤミンの代わりの奴隷として下さいと申し出た兄ユダの言葉です。ヨセフのいないことを痛む父ヤコブ。かつてユダは17歳のヨセフをエジプトに売る提案をしたことをどれほど後悔しことでしょう。しかし、それはヨセフを殺そうと殺意に燃える兄弟の手よりなんとかヨセフの命を守るために思いついたユダができる精一杯の提案でもありました。このユダの告白でかつての事の真相は明らかになりました。私たちの事の真相もやがて主の前に明らかになる時が、愛と憐れみに生きましょう。

■マタイ17:17イエスは答えて言われた。「ああ、不信仰な、曲がった今の世だ。いつまであなたがたといっしょにいなければならないのでしょう。いつまであなたがたにがまんしていなければならないのでしょう。その子をわたしのところに連れて来なさい。」
★悪霊につかれた少年の癒やしのために右往左往する弟子たち、しかし少年に回復の兆しはみえません。その時主が語られた言葉が上の御言葉です。この箇所は主にあるものが最優先にすべきことが何かを教えます。問題を主のもとに持ち出すこと、たずさえ行くこと、祈りにおいても、行動においても、そのように生きるあなたでありますように。いってらっしゃい。

水曜日, 5月 14, 2014

20140514_創世記43 マタイ16

■創世記43:14全能の神がその方に、あなたがたをあわれませてくださるように。そしてもうひとりの兄弟とベニヤミンとをあなたがたに返してくださるように。私も、失うときには、失うのだ。」
★今度穀物を買いに来るときには末の子ベニヤミンをつれて来なければ私の前に立つことができない。あなた方はエジプトを伺うスパイダ。そうエジプトの宰相に言われて、もっと早く食料を買いに行かなければ。ヤコブ一族の食料は既に底を突いていました。しかしヤコブにしてみればヨセフとベニヤミンは最愛の妻ラケルから生まれた子供。そしてヨセフを失ったばかりか今度はベニヤミンさへ失おうとしているとは。しかしこの時がヤコブの愛情の聖別の時でした。アブラハムの時はイサク献祭でしたが、ヤコブにとってはこの場面です。そもそもヨセフへの溺愛を通してヤコブが引き起こした罪を神様はこうした形で精算させ、イスラエルに新しい一歩を与えられます。ただ恵みと憐れみです。

■マタイ16:18ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。
★「あなたは私を誰とするか」とのイエス様の問いに、ペテロが「あなたこそ生ける神の御子キリストです」と答えた、その応えとして主が語られたのが上の御言葉です。教会を建てられるのは誰でしょう。牧師?役員会?違います。主です。では私たちは何をすれば良いのでしょう。教会をすれば、教会として生きれば良いのです。教会として生きるとは、互いに赦し合い、愛し合い心を合わせて祈りの中に歩むのです。あなたが召しだされた教会ですよ。教会はあなたを待っています。いってらっしゃい。

火曜日, 5月 13, 2014

20140513_創世記42 マタイ15

■創世記42:12 ヨセフは彼らに言った。「いや。あなたがたは、この国のすきをうかがいにやって来たのだ。」
★かつて自分をエジブトに向かう商隊に売った兄たちが飢饉の中で穀物を求めてエジプトのヨセフのもとに。ヨセフは兄たちを見て直ぐにそれと分かりますが、兄たちは気づきません。ヨセフはこの日が来ることを予測し期待し、心の準備をもって働いたことでしょう。主も私たちがその主の愛ゆえに跪き「わが神よ」と礼拝することを夢見つつ十字架の上にご自身の命を捨てて下さいました。また、人は蒔いたものの刈り取りを求められると共に、和解のチャンスを主によって与えられます。生かす者でありましょう。

■マタイ15:27 しかし、女は言った。「主よ。そのとおりです。ただ、小犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます。」
★主のもとに近づこうとする時、思わぬ障害がそれを妨げることが。主は時に愛でなければ越えられない壁をもってあなたをためされることがあります。しかし振り返って見たときそれを乗り越えたあなたはどれほど豊かな存在となっていることでしょう。あなたを愛する主は、あなたが決して乗り越えられない試練、耐えられない試練に合わせることをなさらないばかりか、試練の先に豊かな祝福を備えて下さっているお方です。今日も主と共にその試練を乗り越えましょう。乗り越えると共に、また試練の中を謙虚に潜らせて頂くことも一つの脱出方法でもありますよ。いってらっしゃい。

月曜日, 5月 12, 2014

20140512_創世記41 マタイ14

■創世記41:34パロは、国中に監督官を任命するよう行動を起こされ、豊作の七年間に、エジプトの地に、備えをなさいますように。41:35 彼らにこれからの豊作の年のすべての食糧を集めさせ、パロの権威のもとに、町々に穀物をたくわえ、保管させるためです。41:36 その食糧は、エジプトの国に起こる七年のききんのための、国のたくわえとなさいますように。この地がききんで滅びないためです。」41:37 このことは、パロとすべての家臣たちの心にかなった。
★神を畏れるヨセフが動けぬ時、神様が働いて下さり、夢を通してエジプトの王の心まで動かされました。奴隷から宰相となったヨセフ。人を磨き、ちょうどよい時に高く引き上げ、神の国の働きのために大きく用いられるのは主です。

■マタイ14:34彼らは湖を渡ってゲネサレの地に着いた。
★パンと魚の奇跡を通して、イエス様を教祖の如く祭り上げようとする群衆を避けさせるために、主は弟子たちを向こう岸ベッサイダへと送り出します。しかし嵐の中、実際に弟子たちが着いたのはゲネサレの地でした。人生のゴールとは目に見えるどこかの地点ではなく、イエス様とともに歩む日ごとのこと歩みであることをここから弟子たちは教えられます。たとえ嵐であっても、イエス様を一心に見つめて歩む時には嵐の水の上さえ歩くことができたペテロ、しかしイエス様から目をそむけ、嵐に目をやった途端に溺れそうに。今日あなたの前に開かれ、あなたが歩む道も、あなたのためにイエス様が備えてけ下さった誰も通ったことのない水の上同様の道です。イエス様とともにイエス様を見つめて歩みましょう。主はあなたの存在を通して不思議をなさいます。いってらっしゃい。

日曜日, 5月 11, 2014

20140511_創世記40 マタイ13@31-58

■創世記40:23ところが献酌官長はヨセフのことを思い出さず、彼のことを忘れてしまった。
★献酌官長の見た夢を解き明かし、私は無実なのであなたがもとの地位に戻ったときに私を思い出して下さいと語ったヨセフ。しかし献酌官はそのことを忘れます。夢の解き明かしから彼がもとの地位に戻されたのはわずか3日後のことですから、忘れたのではなく、自分の身の安全を優先した献酌官が、あえてヨセフのことを王の前に持ち出さなかったのかも知れません。ヨセフが置かれたこの境遇に置かれたなら、ほとんどの人は将来に夢を希望をもてず自暴自棄となり、自分自身の人生を投げ出すことでしょう。無実であるにも関わらず思うようにことが運ばないとき、それは神様があなたのために働いて下さっているのです。そしてその時こそ、あなたは下に根を張り、忍耐強い堅固な心を神様によって備えて頂く時なのです。やがて主があなたを引き上げられます。

■マタイ13:55この人は大工の息子ではありませんか。彼の母親はマリヤで、彼の兄弟は、ヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではありませんか。
★内と外に分けるなら、この世は往々にして人を外で評価し、神様が与えて下さろうとする祝福を逃してしまいます。人は外ではなく内が大事です。なぜなら人には神の霊が吹き込まれ、神のかたちに似せて造られたのですから。あなたはあなたが計るはかりで計り返されることを覚えましょう。そして主が出会わせて下さる人と良い関係を築きましょう。いってらっしゃい。

土曜日, 5月 10, 2014

20140510_創世記39 マタイ13@1-30

■創世記39:23監獄の長は、ヨセフの手に任せたことについては何も干渉しなかった。それは【主】が彼とともにおられ、彼が何をしても、【主】がそれを成功させてくださったからである。
★「主が彼とともにおられたので」とこの章は繰り返されます。もちろん主がともにいて下さったでしょう。しかし言葉を返せばそれ以上にヨセフが主と共にあろうとしたと言うことです。出来事に飲み込まれ、自分を見失い祝福を失う人がほとんどの世において、ヨセフはどんな不運な出来事の中にあっても、夢見る者、望みを神様に置く者として歩みました。そしてその生き方こそが魅力的で、まわり大きな影響をもたらします。確かにあなたもヨセフ同様一歩先は分からないでしょう。しかしあなたを愛してご自身のいのちさえ惜しみなくお与え下さったイエス様がいつもあなたとおられることは紛れもない事実です。

■マタイ13:23ところが、良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いてそれを悟る人のことで、その人はほんとうに実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結びます。」
★土地とは人の心を表していますが最初からよく耕されている人は一人もいません。神様の恵みに支えられ、示される御言葉の光に照らされ悔い改める中、不信仰の石と汚れの不純物が取り除かれて、徐々にではありますが遂にゆかたに実を結ぶ土地へと変えられたのです。豊かな土地への秘訣は、聞きっぱなしにせず御言葉に生ききれない自分自身を常に主の前に差し出し、それでもそこに生きようとするあなたの生き方、ライフにあります。いってらっしゃい。

金曜日, 5月 09, 2014

20140509_創世記38 マタイ12@22-50

■創世記38:26ユダはこれを見定めて言った。「あの女は私よりも正しい。私が彼女にわが子シェラを与えなかったことによるものだ。」それで彼は再び彼女を知ろうとはしなかった。
★タマルはユダにとって長男エルの嫁。しかし子がないままで長男エルが召されたとき、父ユダは次男オナンに兄の子孫を残すためにタマルの中に入ることを薦めます。しかし自己中心のゆえに父の申し出を断る弟オナンを神様は罰し彼の命を絶たれます。日は流れても約束を履行しない父ユダ。遊女にふんしたタマルはそんな父ユダを通して亡き夫エルの子を設けますが、ユダは自らの罪はひた隠し、嫁タマルの行為のみを不法として罰そうと。しかし、その罪深さが神様によって暴かれたときに発したのが上のユダの言葉です。自分の目の中にある梁に気づかないまま、相手の目の中の塵を取ろうとする行為は昔も今も変わりません。自らを買いかぶり過ぎない者でありましょう。

■マタイ12:49それから、イエスは手を弟子たちのほうに差し伸べて言われた。「見なさい。わたしの母、わたしの兄弟たちです。12:50天におられるわたしの父のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです。」
★主は実の家族の関係を軽んじ、否定したのではありません。神様の御心をそれ以上に愛されたのです。それゆえに私たちは父なる神様との交わりの中に加えられました。ここに愛があるのです。この神様の愛を受け取って今日も遣わされましょう。いってらっしゃい。

木曜日, 5月 08, 2014

20140508_創世記37 マタイ12@1-21

■創世記37:6ヨセフは彼らに言った。「どうか私の見たこの夢を聞いてください。37:7見ると、私たちは畑で束をたばねていました。すると突然、私の束が立ち上がり、しかもまっすぐに立っているのです。見ると、あなたがたの束が回りに来て、私の束におじぎをしました。」
★「ヨセフは兄たちの悪いうわさを父に告げた」とも聖書は記してありますが、その上にこの夢の紹介です。悪意はないとしてもあまりに幼い、人の気持ちの分からないヨセフでした。もちろんその原因をつくったのはヨセフ本人もさることながら、それ以上に父ヤコブの他の息子たちを差し置いたヨセフへの溺愛でした。親として学ぶべき教訓がここにありますが、そうした人の愚かさをも越えてご自身の計画を進められる神様。この神様の御手に握られ錬り鍛えられた者は、やがて歴史の表舞台で御国への貢献者として輝きます。

■マタイ12:12人間は羊より、はるかに値うちのあるものでしょう。それなら、安息日に良いことをすることは、正しいのです。」
★「七日目は、あなたの神、【主】の安息である。あなたはどんな仕事もしてはならない。あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの男奴隷や女奴隷、家畜、また、あなたの町囲みの中にいる在留異国人も。」との十戒がイスラエルの民に与えられたのは神様がイスラエルにあわれみを示すためでした。規則の背後には必ずその規則の制定者がいます。何より大切なことは、その制定者の心を理解し運用することで、廃すべき悪しきルールか、役割を既に終え廃すべきものかもその基準で見分けます。

水曜日, 5月 07, 2014

20140507_創世記36 マタイ11

■創世記36:9これがセイルの山地にいたエドム人の先祖エサウの系図である。
★エドム人とはエソウの子孫で、後のイスラエルの歴史において出エジプトするとき、エドム人はイスラエルが自分たちの土地に入るのを拒み、更にダビデの敵となります。同じ先祖を持つ民族ですがエドム人がカナン人と結婚したのをイスラエルのは見下したのです。あなたはここからどんな主の語りかけを聞きましたか。

■マタイ11:28すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。11:29わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。11:30わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」
★キリストはあなたの重荷を下ろさせて下さるお方です。しかし真の安息とは、すべての重荷を下ろすことによって与えられるものではありません。主が負わせて下さる重荷を負うときに与えられるものです。下ろすべき罪の重荷と、負うべき主の使命の重荷をわきまえ知る人は幸いです。自分を愛するように隣人を愛することによって広がる、神の国の事業のために、神様はあなたを必要としています。いってらっしゃい。

火曜日, 5月 06, 2014

20140506_創世記35 マタイ10@26-42

■創世記35:10神は彼に仰せられた。「あなたの名はヤコブであるが、あなたの名は、もう、ヤコブと呼んではならない。あなたの名はイスラエルでなければならない。」それで彼は自分の名をイスラエルと呼んだ。
★彼の名はヤコブ。すなわち「押しのける者」でした。しかし主がイスラエル「神の皇太子」へと変えられたのです。主はご自身を礼拝する者を祝福し、恵みをもって変えられます。あなたはイエス・キリストを主と告白し父なる神様を礼拝しますか。あなたはキリストに似る者として栄光から栄光へと変えられていきます。

■マタイ10:28からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません。そんなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい。
★人は恐れるものに支配されコントロールされます。あなたは何を恐れていますか。病ですか。孤独ですか。文なしですか。死ですか。認められないことですか。捨てられることですか。失敗ですか。老いることですか。しかしこれらを恐れるなら、恐れたものにあなたは縛られます。しかしイエス・キリストを恐れるなら、あなたはこれら上のものから解放され自由を喜ぶ者となります。なぜならイエス・キリストは死に勝利し、死を打ち破り、あなたを決して捨てることのない、全能者だからです。キリストは「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」と語られます。よかったですね。いってらっしゃい。

月曜日, 5月 05, 2014

20140505_創世記34 マタイ10@1-25

■創世記34:25三日目になって、ちょうど彼らの傷が痛んでいるとき、ヤコブのふたりの息子、ディナの兄シメオンとレビとが、それぞれ剣を取って、難なくその町を襲い、すべての男子を殺した。
★妹ディナを辱めたシェケムに復讐するディナの兄シメオンとレビ。彼らは動機は正義を行うことでしたが、その目的を達成する手段においては間違い、嘘をつき、盗み、殺人を犯します。そしてその罪のため彼らは数世代後自分たちの分配の地を失うことに。悪に対して悪で返す恐ろしさがここに、その誘惑に負けてはなりません。いつの時代もどんな状況においても復讐は神様に委ねるのです。あなたの手と心を罪にまみれさせてはなりまんせん。

■マタイ10:16いいですか。わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。ですから、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい。
★主のもとから遣わされた弟子たちの唯一の希望は自分たちの羊飼いである主の守りです。主の者とされたお互いは態度において消極的であるべきではありませんが、賢く用心深くあるべきです。私たちお互いは神様の働きを成し遂げるために、知恵と素直さのバランスを失ってはなりません。どこにおいてもまことの礼拝者として生きるイエス様中心のライフスタイルが祝福のカギです。いってらっしゃい。

日曜日, 5月 04, 2014

20140504_創世記33 マタイ9

■創世記33:3ヤコブ自身は、彼らの先に立って進んだ。彼は、兄に近づくまで、七回も地に伏しておじぎをした。
★神様の恵みに触れられた者の生き方です。なんとしても自分の身を守ろうと一番うしろに陣取っていたヤコブが、ここでは群れの先頭に。神様の恵みは人を成熟へと向かわせ、負うべき責任を負うものへと導きます。また兄エソウの優しい反応にどれほどヤコブは驚いたことでしょう。しかし兄エソウが変わったのではありません。ヤコブ本人が変わったので兄の対応が変わったのです。

■マタイ9:9イエスは、そこを去って道を通りながら、収税所にすわっているマタイという人をご覧になって、「わたしについて来なさい」と言われた。すると彼は立ち上がって、イエスに従った。
★キリストに出会う前マタイの賜物は取税人の持つペンとして用いられた。しかし主に従った時に彼の持つペンは王の王であられる御子イエス様のご生涯を記す最高の事柄のために用いられた。神様はあなたの生涯をマタイ同様、最高に輝かせることのできるお方です。マタイ同様、主の招きを受けて立ち上がりましょう。

土曜日, 5月 03, 2014

20140503_創世記32 マタイ8

■創世記32:24ヤコブはひとりだけ、あとに残った。すると、ある人が夜明けまで彼と格闘した。32:27その人は言った。「あなたの名は何というのか。」彼は答えた。「ヤコブです。」
★21年ぶりに生まれ故郷に帰るヤコブ。その時ヤコブは兄エソウを力でねじ伏せようと、自分の群れがいかに大きいかを見せつける戦法にでます。昔と変わらない弟ヤコブの姿に、兄エソウは怒り、それを迎え撃とうと。弟ヤコブはそれを知ったとき、恐れてただ一人残りますが、そこで神様が出会って下さったのです。「私はヤコブ、押しのける者です」。遂にヤコブは砕かれ、新しいヤコブ、すなわちイスラエルとして生まれ変わります。神様の前に罪人、すなわちヤコブである私たちは、この経験なしに人生を逃げ切れることがありませんように。

■マタイ8:2すると、ツァラアトに冒された人がみもとに来て、ひれ伏して言った。「主よ。お心一つで、私をきよくしていただけます。」8:3イエスは手を伸ばして、彼にさわり、「わたしの心だ。きよくなれ」と言われた。すると、すぐに彼のツァラアトはきよめられた。
★今日も創世記32章と連動です。何と自分の内にきよくないものがあることを認め、主の前に砕かれた心をもってひれ伏すことのできる人は幸いでしょう。主はその人をご自身のいのちによってきよめられます。いのちが内になければ触れた者が汚れの感化を受けますが、いのちが満ちているとき、触れられた汚れは、そのいのちの感化によってきよめられるのです。主はご自身の恵みによってあなたがいのちに満たされ、恵みを必要としている人に手を差し伸べる人となることを願っておられます。

金曜日, 5月 02, 2014

20140502_創世記31 マタイ7

■創世記31:36そこでヤコブは怒って、ラバンをとがめた。ヤコブはラバンに口答えして言った。「私にどんなそむきの罪があって、私にどんな罪があって、あなたは私を追いつめるのですか。31:41私はこの二十年間、あなたの家で過ごしました。十四年間はあなたのふたりの娘たちのために、六年間はあなたの群れのために、あなたに仕えてきました。それなのに、あなたは幾度も私の報酬を変えたのです。
★父から逃げる際、妻ラケルが父ラバンの大切にしていたテラフィムを盗みます。それに気づいたラバンはヤコブ一行を追い、咎めますが、どこにも見つからなかった時のヤコブの反応が上の言葉です。まさに押しのける者の姿です。それより注目すべきは、深いところで悔い改めのなかったヤコブは20年もの間だラバンに仕えても少しの信頼も得ることなく、むしろ軽蔑され利用されたのです。人を利用するものは利用されます。愛と信頼を築くことに心を注ぐ者でありましょう。

■マタイ7:1さばいてはいけません。さばかれないためです。7:2あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。
★不思議な導きを感じます。上の創世記31章と同様のテーマです。神様は創られた宇宙に物理の法則と共に霊の刈り取りの法則も定められました。神様の恵みを一杯に呼吸し、愛といのちの種を蒔きましょう。自分一人が勝つ道を選択するのではなく、共に勝てる道を模索するあなたでありますように。主にあって捜せばその道は必ずあります。見つからなければ見つかるまで取引するのはやめましょう。いのちを選ぶ習慣こそがあなたの人生の宝です。

木曜日, 5月 01, 2014

20140501_創世記30 マタイ6

■創世記30:1ラケルは自分がヤコブに子を産んでいないのを見て、姉を嫉妬し、ヤコブに言った。「私に子どもを下さい。でなければ、私は死んでしまいます。」
★伯父ラバンに流れている競争原理は娘のレアとラケルにも。こうして二人はそれぞれに仕える奴隷女ビルハとジルパも巻き込み、骨肉の戦いを繰り広げます。二人の基準はヤコブに生む子供の数において勝つか負けるかであって、互いを思いやるものではありません。どこかで誰かが変えられなければなりません。そうでなければこの家庭に将来の希望はありません。せっかくの神様が上から注いで下さっている祝福も受け取れないのです。さて神様は誰をどのように変えられるのでしょう。ヤコブがイスラエルに変えらた意味がそこに隠されています。

■マタイ6:10御国が来ますように。みこころが天で行われるように地でも行われますように。
★これが神様から人に託された地上の人生における使命です。あなたが置かれているそのところに神様の恵みの支配を「御国」をもたらす。この世は罪が支配しています。しかし神様はあなたを立て、あなたが持つその関係を通して世界を変えようとしておられるのです。大上段に構える必要はありません。この価値観を受け取ったあなたが仕える人となり、愛する人となり、差し伸べるその手によって、語りかけるその口によって神様は世に命を流そうとしておられるのです。何のための生涯か、まずこの価値観を受け取るところから始まります。

水曜日, 4月 30, 2014

20140430_創世記29 マタイ5@27-48

■創世記29:13ラバンは、妹の子ヤコブのことを聞くとすぐ、彼を迎えに走って行き、彼を抱いて、口づけした。そして彼を自分の家に連れて来た。ヤコブはラバンに、事の次第のすべてを話した。29:14ラバンは彼に、「あなたはほんとうに私の骨肉です」と言った。こうしてヤコブは彼のところに一か月滞在した。
★伯父ラバンのもとに無事にたどり着いたヤコブ。ヤコブはラバンに事の次第のすべてを話しますが、決してそれで同情を得たわけではありません。ヤコブの生き方から必然と思えるような刈り取りがここから始まります。さあ押しのけるものヤコブが神の皇太子イスラエルに変えられるまでの物語のスタートです。

■マタイ5:36あなたの頭をさして誓ってもいけません。あなたは、一本の髪の毛すら、白くも黒くもできないからです。
5:37だから、あなたがたは、『はい』は『はい』、『いいえ』は『いいえ』とだけ言いなさい。それ以上のことは悪いことです。
★人は誓いを通して真実を強調しようとします。しかし主は常に真実を生きているなら、ことさらに誓いをする必要性のないことをここで表現されます。闇雲に誓わなければ信用を得られない生き方があるなら、その人は問われなければなりません。普段から主の恵みによって『はい』は『はい』、『いいえ』は『いいえ』とする人生を生きましょう。それが魂にとって最も安全な生き方です。

火曜日, 4月 29, 2014

20140429_創世記28 マタイ5@1-26

■創世記28:15見よ。わたしはあなたとともにあり、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。」
★兄エソウの怒りを避けて母リベカの兄である伯父ラバンのもとに身を寄せようとするヤコブ。その旅の途中で見た夢が上の出来事です。彼は後に名を「イスラエル(神の皇太子)にせよ」と主から語られますが、ここに一方的な選びの恵みが描かれています。「あなたがどこに行っても、あなたを守り、あなたを捨てない」と。あなたも主イエス・キリストの恵みによって同じ恵みに招き入れられました。

■マタイ5:14あなたがたは、世界の光です。山の上にある町は隠れる事ができません。
★イエス様は「あなたは世界の光となりなさい」とは語られていません。「すでに世界の光となっているのです。ゆえに隠れることはできないのです。」と語られました。ここに託されている使命と恵みが鮮やかです。主の者とされた者にふさわしい生き方は、その主の愛に何とか応答しようと一歩踏み出そうとする生き方です。なぜか与えられた賜物を卑下し一歩退き隠れようとする生き方はふさわしくありません。

月曜日, 4月 28, 2014

20140428_創世記27 マタイ4

■創世記27:41エサウは、父がヤコブを祝福したあの祝福のことでヤコブを恨んだ。それでエサウは心の中で言った。「父の喪の日も近づいている。そのとき、弟ヤコブを殺してやろう。」
★イサクの息子エソウとヤコブの問題ですが、単にこの兄弟の問題ではありません。実にイサクとレア夫婦の問題でもありました。父イサクは柔和で平和を求める人でしたが、家庭を治めることにおいては十分な責任を果たしていたとは言えません。その結果、相続において息子たちが争い合う火種を残したのです。ここに至るまでにまず夫婦が一致して主の助けを祈ることができていたなら。そして教えられることはもうこれ以上成長する必要はないというほどに成熟した人はいないということです。遜って神様の恵みを慕いましょう。

■マタイ4:10イエスは言われた。「引き下がれ、サタン。『あなたの神である主を拝み、主にだけ仕えよ』と書いてある。」
★人を罪に陥れようと常に狙っているサタンは実に巧妙です。起こって来る様々な出来事や環境の変化の中で、何とか姿形を変えて人を狙ってきます。主ではなく自らの腹に、欲に、力に頼ませようとする内なる誘惑においてもイエス様同様見抜き、それを退けることのできるお互いでありますように。いってらっしゃい。

日曜日, 4月 27, 2014

20140427_創世記26 マタイ3

■創世記26:22イサクはそこから移って、ほかの井戸を掘った。その井戸については争いがなかったので、その名をレホボテと呼んだ。そして彼は言った。「今や、【主】は私たちに広い所を与えて、私たちがこの地でふえるようにしてくださった。」
★イサクの柔和さがよくあらわされている箇所です。この直前彼は井戸を掘りますが、その土地の羊飼いたちに「この井戸は私たちのものだ」と訴えられ、そんなことを2度も強いられ、これが3度目だったのです。イサクは当然の権利を主張し戦うこともできたでしょうし、決して力がないわけではありません。イエス・キリストは山上の説教の中で「柔和な人たちは、さいわいである、彼らは地を受けつぐであろう。」と語られました。あなたならどんな道を選択しますか。

■マタイ3:15ところが、イエスは答えて言われた。「今はそうさせてもらいたい。このようにして、すべての正しいことを実行するのは、わたしたちにふさわしいのです。」そこで、ヨハネは承知した。
★イエス・キリストがバプテスマのヨハネから洗礼を受ける箇所です。不思議ですね。創世記26章のイサクに共通する部分があります。それは柔和と謙遜です。ここに来て柔和と謙遜とは真に力と権威に満ちていてこそ生きれることを教えられます。ヨーロッパには「臆病な犬ほどよく吠える。浅い川ほど音を立てる」ということわざがあるそうです。今週も父から遣わされた確信の中に歩みましょう。いってらっしゃい。

土曜日, 4月 26, 2014

20140426_創世記25 マタイ2

■創世記25:32エサウは、「見てくれ。死にそうなのだ。長子の権利など、今の私に何になろう」と言った。
★イサクに与えられた二人の息子エソウとヤコブの物語です。長子の権利など何になろうとは、神様の祝福など今の私に何になろう、と同じ意味です。いかに神様の祝福が尊いことか、あまりにも愚かな発言です。

■マタイ2:2「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」
★異邦人の唇さえ用いて神様がチャレンジなさることは「あなたの王としてお生まれになった方はどこにおられますか」です。そのお方は私の生涯と心の王座に座しておられますと言える人の何と幸いなことでしょう。そこに人生の調和が生まれます。いってらっしゃい。

金曜日, 4月 25, 2014

20140425_創世記24@33-67 マタイ1

■創世記24:43ご覧ください。私は泉のほとりに立っています。おとめが水を汲みに出て来たなら、私は、あなたの水がめから少し水を飲ませてください、と言います。24:44その人が私に、「どうぞお飲みください。私はあなたのらくだにも水を汲んであげましょう」と言ったなら、その人こそ、【主】が私の主人の息子のために定められた妻でありますように。』
★イサクの花嫁さがしを依頼された、アブラハムの最年長のしもべは何をイサクの花嫁にふさわしいこととしたのでしょうか。単なる愛ではなく溢れる愛でした。また最年長のしもべが「私が遅れないようにしてください。【主】が私の旅を成功させてくださったのですから。」と言った時、迷わず「はい。まいります」と答えます。この溢れると愛と決断力はまさに主を畏れるゆえの上から注がれる賜物でした。それがリベカを飾る最高の飾りです。

■マタイ1:20彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。1:21マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」
★イエスとは「主は救い」という意味です。あなたはこのお方をその様に認め受け入れるとき、罪の赦しと永遠のいのちにあずかれます。そのためにマタイの福音書は書かれました。さあ始めましょう。ちなみにヨセフはこのお方に2000年前「イエス」と名付けました。

木曜日, 4月 24, 2014

20140424_創世記24@1-32 マルコ16

■創世記24:14私が娘に『どうかあなたの水がめを傾けて私に飲ませてください』と言い、その娘が『お飲みください。私はあなたのらくだにも水を飲ませましょう』と言ったなら、その娘こそ、あなたがしもべイサクのために定めておられたのです。このことで私は、あなたが私の主人に恵みを施されたことを知ることができますように。」
★上のことばはアブラハムからイサクの花嫁さがしを依頼された、アブラハムの全財産の管理を託された、最年長のしもべの言葉です。このしもべの告白によって、アブラハムが神様の前に成功した人生を歩んでいることを知ることができます。しもべに愛され尊ばれているアブラハム。それは父なる神様の愛がアブラハムを通して流れているからです。イエス様は放蕩息子のたとえを通して「父のところにはパンの有り余っている雇い人が大勢いる」と語らせましたが、まさにそのごとくです。あなたの人生においても、最高の財産はものではなく人であることを心に刻みましょう。

■マルコ16:6青年は言った。「驚いてはいけません。あなたがたは、十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのでしょう。あの方はよみがえられました。ここにはおられません。ご覧なさい。ここがあの方の納められた所です。
★日本における代表的な伝道者羽鳥明先生が「多くの人は、聖書はこんなことを言うから信じられないと言います。神が死人も生き返らせることができず、よみがえることもできないなら信じましょう、とでも言うのでしょうか。」と表現されておられたことを知りました。主はよみがえられたのです。

水曜日, 4月 23, 2014

20140423_創世記23 マルコ15@21-47

■創世記23:13その土地の人々の聞いているところで、エフロンに告げて言った。「もしあなたが許してくださるなら、私の言うことを聞き入れてください。私は畑地の代価をお払いします。どうか私から受け取ってください。そうすれば、死んだ者をそこに葬ることができます。」
★妻サラの亡骸を葬るための交渉です。エフロンは遠慮無くアブラハムの気に入ったところを使って下さいと語りましたが、あえてアブラハムは代価を払いたいと、その土地のみなの前で語ります。結果、乱暴と思えるほどに高い額の提示でしたが、エフロンの申し出の通りの額で土地を買い取り、サラの亡骸を葬ります。アブラハムが見ていたのは一時的な損得ではなく永遠でした。どこをゴールに見るかで、その人の生き方は変わります。さてあなたのゴールは。

■マルコ15:34そして、三時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫ばれた。それは訳すと「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。
★十字架上で4番目として主が語られた言葉で、キリストの贖いの完成の根拠となる聖書の中心とも言える言葉です。神を脇に置き、無視して生きようとするお互いは、死という罪の代価を請求されてしかるべき者。何よりそうでなければサタンが黙ってはいません。そのため、正当に「どうして」と言い得る罪なきキリストが人類の罪の代償としてご自身の命を差し出して下さったのです。捨てられて当然の私に代わって、捨てられる理由のないお方が捨てられてくださった。その打たれた傷によって私たちは赦されたのです。

火曜日, 4月 22, 2014

20140422_創世記22 マルコ15@1-20

■創世記22:2神は仰せられた。「あなたの子、あなたの愛しているひとり子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。そしてわたしがあなたに示す一つの山の上で、全焼のいけにえとしてイサクをわたしにささげなさい。」
★年老いたアブラハムが長年待ちわび遂に与えられたイサク。それはまさに目に入れても痛くない程にかわいいわが子でした。それゆえにアブラハムはイサクを溺愛し、何千人もの僕を率いる族長でありながら、イサクの事しか見えない盲目な老人となりさがっています。このままでは僕たちの間だ不満が噴出しアブラハムの地位さえ危ぶまれます。そのアブラハムのイサクに対する溺愛に聖別を与え、本来の祝福とするためにイサクをささげよと神様は語られました。あなたはどうでしょう本来祝福として与えられた「いわゆるイサク」であるにもかかわらず聖別が出来ていないゆえに結局のところ「イサク」に振り回されているだけに留まっているものはありませんか。

■マルコ15:15それで、ピラトは群衆のきげんをとろうと思い、バラバを釈放した。そして、イエスをむち打って後、十字架につけるようにと引き渡した。
★自己保身のためにいとも簡単にひるがえる群衆。棕櫚の枝を手に持って「ホサナ(主よ救ってください)」と叫びながら今や十字架に付けろとは。はたまたそんな群衆のきげんとりを優先に動こうとするピラト。まさにキリストの存在は罪人である私たちの罪を明らかに浮き上がらせます。その罪の赦しときよめのためにキリストは十字架にかけられたのです。あなたがいのちに輝くために。いってらっしゃい。

月曜日, 4月 21, 2014

20140421_創世記21 マルコ14@43-72

■創世記21:12すると、神はアブラハムに仰せられた。「その少年と、あなたのはしためのことで、悩んではならない。サラがあなたに言うことはみな、言うとおりに聞き入れなさい。イサクから出る者が、あなたの子孫と呼ばれるからだ。21:13しかしはしための子も、わたしは一つの国民としよう。彼もあなたの子だから。」
★何と言うサラの身勝手。自分が夫アブラハムにハガルを与えてイシマエルをもうけさせておきながら、約束の子イサクが与えられたなら、今度は邪魔者にするとは。しかし人のいのちは神様のもの。たとえ人が人の命を軽んじることがあっても、神様はその命を尊び守られます。あなたの命も同様で、主はあなたの知らないところでもあなたの命を尊ばれその御手によって守ってくださっています。

■マルコ14:72するとすぐに、鶏が、二度目に鳴いた。そこでペテロは、「鶏が二度鳴く前に、あなたは、わたしを知らないと三度言います」というイエスのおことばを思い出した。それに思い当たったとき、彼は泣き出した。
★群衆に紛れ込んで主の行方を確認する。それはペテロにとって最大限の努力であり、主への忠誠でした。しかし主のまなざしと愛を受け取るには遠すぎたのです。またこれ以上近づけないペテロの姿は、神様から離れた罪人の姿でもあります。お互いが自分の知恵と力によって自分を守るものではなく、主の愛と真実に信頼して、主によって守られるものでありますように。いってらっしゃい。

日曜日, 4月 20, 2014

20140420_創世記20 マルコ14@1-42

■創世記20:2アブラハムは、自分の妻サラのことを、「これは私の妹です」と言ったので、ゲラルの王アビメレクは、使いをやって、サラを召し入れた。
★いのちの危険を感じるときお決まりのパターンで自分を守ろうとする罪。アブラハムの場合は嘘ですが、ある人は怒り、ある人は威圧、ある人は心のない謙遜や従順、あるいは熱心と様々ですが存在します。大切なことは自分の中にもそうした一つの陥りやすいパターンがあることにを認め気づきそこで主の助けを仰ぐことです。

■マルコ14:18そして、みなが席に着いて、食事をしているとき、イエスは言われた。「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたのうちのひとりで、わたしといっしょに食事をしている者が、わたしを裏切ります。」14:21確かに、人の子は、自分について書いてあるとおりに、去って行きます。しかし、人の子を裏切るような人間はわざわいです。そういう人は生まれなかったほうがよかったのです。」
★あまりに率直なイエス・キリストの言葉。ややもするならば裁きの言葉と誤解されかねません。しかし、愛ゆえの言葉でした。あなたは人の率直な愛を受け取る用意がありますか。それを受け取る為には、まずその言葉を語る相手の立場と気持ちを思い巡らすことが助けになるかも知れません。今週も父なる神様の心を受け取って、御国の支配をこの地にもたらす者として歩みましょう。いってらっしゃい。

土曜日, 4月 19, 2014

20140419_創世記19 マルコ13

■創世記19:17彼らを外のほうに連れ出したとき、そのひとりは言った。「いのちがけで逃げなさい。うしろを振り返ってはいけない。この低地のどこででも立ち止まってはならない。山に逃げなさい。さもないと滅ぼされてしまう。」
★こう御使いに告げられたのにロトの妻はソドムとゴモラに未練を残し後を振り向き塩の柱となりました。未練を残してはならないもの、それはこの世です。主を愛する者は一度世から聖別されなければなりません。この世が主のもとから遣わされる所となるために。

■マルコ13:5そこで、イエスは彼らに話し始められた。「人に惑わされないように気をつけなさい。
★世の終わりに注意すべきこととして最初に主が語られたことは「人にだまされないように」でした。それだけ世の終わりは愛が冷え、人の傲慢がはびこるということです。渡辺和子さんは記しています。「人間関係において100%の信頼ではなく、そこに2%の赦しののりしろを持ちなさい。人は誠実であろうとしても、完全ではないのですから」と。また私たちは自分自身をもだましてはなりません。主に赦されているお互い、いつも等身大で歩みましょう。いってらっしゃい。

金曜日, 4月 18, 2014

20140418_創世記18 マルコ12@28-44


■創世記18:32彼はまた言った。「主よ。どうかお怒りにならないで、今一度だけ私に言わせてください。もしやそこに十人見つかるかもしれません。」すると主は仰せられた。「滅ぼすまい。その十人のために。」
★アブラハムはソドムの状態を神様から聞かされたとき「もしや、五十人の正しい者がいるかもしれません。その五十人の正しい者のために、その町をお赦しにはならないのですか。」と執り成し遂に十人にまで来ました。しかしその時ソドムには一人も正しい者がいないことに気づきます。執拗に神様の前に執り成すことのいかに大切な事でしょう。その祈りは祈り手に物事の本質を見極めさせ、真に神様を仰ぐ者へと導きます。

■マルコ12:43すると、イエスは弟子たちを呼び寄せて、こう言われた。「まことに、あなたがたに告げます。この貧しいやもめは、献金箱に投げ入れていたどの人よりもたくさん投げ入れました。12:44みなは、あり余る中から投げ入れたのに、この女は、乏しい中から、あるだけを全部、生活費の全部を投げ入れたからです。」 
★額ではありません。神様は心と信仰を見られるお方です。感謝の心を持ち、信仰の決断をなして、あなたの人生に介入し、助けることを願っておられる神様の主権を認め、今日も神様と共に歩み始めましょう。いってらっしゃい。

木曜日, 4月 17, 2014

20140417_創世記17 マルコ12@1-27

■創世記17:23そこでアブラハムは、その子イシュマエルと家で生まれたしもべ、また金で買い取った者、アブラハムの家の人々のうちのすべての男子を集め、神が彼にお告げになったとおり、その日のうちに、彼らの包皮の肉を切り捨てた。
★「わたしは全能の神である」と語られても、90歳のサラにどうして子供が与えられようかと、神様の祝福を即座には受け止め切れなかったアブラハム。しかしアブラハムは、主との交わりの中で、その日の内に神様が命じられたことを実行します。このアブラハムを神様は喜び、彼を多くの国民の父とします。神様の祝福を受け取るになくてはならない要素。それは従順です。

■マルコ2:17するとイエスは言われた。「カイザルのものはカイザルに返しなさい。そして神のものは神に返しなさい。」彼らはイエスに驚嘆した。
★聖書の中でも特に深い奥義が記されている箇所と言っても過言ではありません。イエス様を陥れようとする宗教家の言葉に対して主が語られた言葉です。デナリ銀貨にカイザルの像が刻まれているなら、そのコインを使用する恩恵に与る者として税金をカイザルに払いなさい。しかしそれ以上にあなたは「神のかたち」に似せて造られた人ではないのですか。そうならその恩恵に与る者として神様を愛し、神様に栄光を帰する者でありなさい。あなたの中には神のかたちが刻まれています。そのかたちが輝くように神様はあなたの人生に関わりたいと願われるお方です。今日も心の内に喜んで主の主権を迎え入れ、主と共に歩みましょう。いってらっしゃい。

水曜日, 4月 16, 2014

20140416_創世記16 マルコ11

■創世記16:3アブラムの妻サライは、アブラムがカナンの土地に住んでから十年後に、彼女の女奴隷のエジプト人ハガルを連れて来て、夫アブラムに妻として与えた。16:4彼はハガルのところに入った。そして彼女はみごもった。彼女は自分がみごもったのを知って、自分の女主人を見下げるようになった。16:5そこでサライはアブラムに言った。「私に対するこの横柄さは、あなたのせいです。私自身が私の女奴隷をあなたのふところに与えたのですが、彼女は自分がみごもっているのを見て、私を見下げるようになりました。【主】が、私とあなたの間をおさばきになりますように。」16:6アブラムはサライに言った。「ご覧。あなたの女奴隷は、あなたの手の中にある。彼女をあなたの好きなようにしなさい。」それで、サライが彼女をいじめたので、彼女はサライのもとから逃げ去った。
★約束の子が与えられない中、主の前に忍耐しきれず女奴隷を夫に与えるサライ、アブラムに子をもうけることによって高ぶる女奴隷ハガル。理性をコントロールできず毒をまく妻サライのなお言いなりになる夫アブラム。この時まさに人間の罪性が噴出しました。ひとりでも主を畏れ、主を仰ぐ者があれば。罪は伝染し、その流れを断ち切るためには勇気と決断が必要です。

■マルコ11:5すると、そこに立っていた何人かが言った。「ろばの子をほどいたりして、どうするのですか。」11:6弟子たちが、イエスの言われたとおりを話すと、彼らは許してくれた。
★イエス様の命のゆえに自分の宝を解き放つロバの子を所有する主人。あなたは。いってらっしゃい。

火曜日, 4月 15, 2014

20140415_創世記15 マルコ10@32-52

■創世記15:5そして、彼を外に連れ出して仰せられた。「さあ、天を見上げなさい。星を数えることができるなら、それを数えなさい。」さらに仰せられた。「あなたの子孫はこのようになる。」15:7また彼に仰せられた。「わたしは、この地をあなたの所有としてあなたに与えるために、カルデヤ人のウルからあなたを連れ出した【主】である。」
★約束の子孫が今だ与えられず不安を覚えるアブラムに、主は空の星を見せてご自身がどんな者であるかを示されます。アブラム同様、神様はどんな所からあなたを導き出したかご存じのお方。アブラムは不安の中で主を仰ぎ神様に義と認められました。あなたもまだ神様の約束を手にしていないかも知れません。しかし主を仰ぎ感謝しましょう。それが神様に義と認められ、約束のものを手にする方法です。

■マルコ10:45人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」
★サタンも糾弾できない、決して人が用意することのできない程の身代金。主はその身代金を払うために十字架の上に命をささげて下さいました。あなたのために。あなたは愛されています。主が願い創ろうとされる神の国は、共に仕え合う御国です。今日もその価値観の中で、神様と人を愛することを選び取るあなたでありますように。いってらっしゃい。

月曜日, 4月 14, 2014

20140414_創世記14 マルコ10@1-31

■創世記14:23糸一本でも、くつひも一本でも、あなたの所有物から私は何一つ取らない。それは、あなたが、『アブラムを富ませたのは私だ』と言わないためだ。
★アブラムは神様がなして下さったわざが見えることを何よりの願いとしました。自分が栄光を受けようとする生き方と神様に栄光をおかえししようとする生き方の違いがここにあります。主は私を尊ぶ者を私も尊ぶと語られます。

■マルコ10:17イエスが道に出て行かれると、ひとりの人が走り寄って、御前にひざまずいて、尋ねた。「尊い先生。永遠のいのちを自分のものとして受けるためには、私は何をしたらよいでしょうか。」
★いのちとは自分の努力や力で生みだせるものではありません。与えられるもの。ましてや肉体のいのちに勝る永遠のいのちを、どうして人の何かの行いで獲得することができるでしょう。ただ、受け取るだけです。いのちというあまりにも尊いものを授かったお互いに最も相応しい生き方は謙虚さと感謝の生涯ではありませんか。いってらっしゃい。

日曜日, 4月 13, 2014

20140413_創世記13 マルコ9@30-50

■創世記13:10ロトが目を上げてヨルダンの低地全体を見渡すと、【主】がソドムとゴモラを滅ぼされる以前であったので、その地はツォアルのほうに至るまで、【主】の園のように、またエジプトの地のように、どこもよく潤っていた。13:11それで、ロトはそのヨルダンの低地全体を選び取り、その後、東のほうに移動した。こうして彼らは互いに別れた。
★アブラムの生涯にスポットを当てるのが当然の筋でしょうが、なぜロトは?と、ロトの方に心が向かいます。彼が貪欲でなく、もっと人の必要を思いやり、欠けもないわけではありませんが思いやり深いおじアブラムの公平な良き生き方に目を留め、教えられることができたならば、彼は家庭まで失うことはなかっただろうにと。なすべき当然の決断を先延ばしにし、最も安易な道を常に選び、選択できる時には先ずは自分を優先にするそんな彼のライフスタイルが滅びを刈り取ることになるのです。

■マルコ9:35イエスはおすわりになり、十二弟子を呼んで、言われた。「だれでも人の先に立ちたいと思うなら、みなのしんがりとなり、みなに仕える者となりなさい。」
★弟子達は罪が入ったこの世の価値観と、神様が直接治められる、永遠に続く御国の価値観には違いがあることにまだ気付いていませんでした。共に生きることを喜び、自分のためたけでなく、むしろ他者の成功に仕える生き方、そこに御国の価値観の本質が、あなたは人の失敗や不幸を共に痛み悲しみ、人の成功のために仕え、成功を共に喜ぶ用意がありますか。

土曜日, 4月 12, 2014

20140412_創世記12 マルコ9@1-29

■創世記12:4アブラムは【主】がお告げになったとおりに出かけた。ロトも彼といっしょに出かけた。アブラムがハランを出たときは、七十五歳であった。
★主の「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。」との言葉への応答としての行動です。祝福はまず、世からの分離からスタートします。分離され神様にまで聖別され、そして新たに世に遣わされるのです。あなたは一度神様にまで聖別された経験をお持ちですか。

■マルコ9:23するとイエスは言われた。「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」9:24するとすぐに、その子の父は叫んで言った。「信じます。不信仰な私をお助けください。」
★主からの祝福を受け取るに妨げとなるのは能力や熱心のなさではなく、不信仰に心が支配されることです。主はかつてご自身の言葉によって天地を造られたお方。できないことは一つもありません。主はご自身に近づく者の不信仰に光を当て、悔い改めへと導き、回復された信仰のパイプを通して、あなたの心と生涯に祝福といのちを注がれます。そのパイプは神様に直結するのです。神様にはできないことは一つもありません。

金曜日, 4月 11, 2014

20140411_創世記11 マルコ8

■11:4そのうちに彼らは言うようになった。「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。われわれが全地に散らされるといけないから。
★ノアの洪水の後の出来事です。たとえ神様が洪水を再び起こすことがあっても、決して滅びない塔を建てよう。たとえ神であっても私の人生設計には触れさせない。何という敵対心でしょう。しかし、これこそが神様から離れた人間の姿です。あなたの心の深いところには突き上げるような神への怒りがないでしょうか。もしあれば何か過去に痛んだ出来事があり、まだ未解決のまま残っていることが原因かも知れません。

■マルコ8:15そのとき、イエスは彼らに命じて言われた。「パリサイ人のパン種とヘロデのパン種とに十分気をつけなさい。」
★主が上の言葉を語られた時、弟子たちは主がパンによって4000人を養う奇跡のあと、誰が残ったパンを持ってくるのを忘れたかを議論し、責め合います。その心の動機は自己保身で自己防衛からのスタートです。このあと主は「まだ悟らないのですか」と弟子たちに語られますが、これがその動機です。自己保身の観点から物事を見るとき、人は出来事の本質を掴むことができず、託された人生の責務を果たすことができません。人が事を成すためにはまず自分から解放されなければなりません。さあこの朝もおしみなく注いで下さる主の愛を受け取りましょう。いってらっしゃい。

木曜日, 4月 10, 2014

20140410_創世記10 マルコ7

■創世記10:31以上は、それぞれ氏族、国語、地方、国ごとに示したセムの子孫である。10:32以上が、その国々にいる、ノアの子孫の諸氏族の家系である。大洪水の後にこれらから、諸国の民が地上に分かれ出たのであった。
★父の裸を兄弟たちに吹聴したカナンの子孫の歴史について聖書は語っていません。悔い改める機会を彼は逃したのでしょう。残念です。罪の指摘を受けたときどんな反応をするかによってその人の人生は大きく変わります。どんな中にもあなたを下から支えておられる主の御手を信頼し光の中を歩みましょう。

■マルコ7:9また言われた。「あなたがたは、自分たちの言い伝えを守るために、よくも神の戒めをないがしろにしたものです。7:10モーセは、『あなたの父と母を敬え』、また『父や母をののしる者は死刑に処せられる』と言っています。7:11それなのに、あなたがたは、もし人が父や母に向かって、私からあなたのために上げられる物は、コルバン(すなわち、ささげ物)になりました、と言えば、7:12 その人には、父や母のために、もはや何もさせないようにしています。
★神様の戒めは最初から愛する様にと語られます。しかし人は定めた儀式を守っているかいないかを問い、罪に定めようとします。神様から離れたいのちのない者がとる自己保身のための常套手段です。人が身に付けたイチジクの葉を唯一手放せるのは、神様が愛してほふって下さった小羊の毛皮を着るとき、すなわちキリストの十字架の愛によって包まれる時です。神様とのいのちの交わりを、決して儀式に変えるここのありませんように。今日も愛を生きる道を選び取りましょう。

水曜日, 4月 09, 2014

20140409_創世記9 マルコ6@30-56

■創世記9:5わたしはあなたがたのいのちのためには、あなたがたの血の価を要求する。わたしはどんな獣にでも、それを要求する。また人にも、兄弟である者にも、人のいのちを要求する。9:6人の血を流す者は、人によって、血を流される。神は人を神のかたちにお造りになったから。
★人を殺すことは、神様の似姿を殺すこと。人は自分自身を含め、神様が永遠のいのちを与えようと創造された、価値ある存在であることを受け取ることが大切です。これが「自分を愛するようにあなたの隣人を愛せよ。」の原点です。

■マルコ6:50というのは、みなイエスを見ておびえてしまったからである。しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。
★5000人の人をパンと魚でもてなした直後の出来事です。イエス様はご自身を教祖の様に祭り上げようとする群衆の中に弟子たちを置くことを願われず、船でベッサイダへと送り出されました。ところが思わぬ嵐、恐れの中で、弟子たちは湖を歩いて近づかれる主を幽霊とおじ恐れます。その時主が掛けられたこの「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない」は有名です。主はあなたの今日置かれる状況をご存じです。何よりあなたを愛しておられます。信仰の目を持ち主を見上げて一歩を踏み出しましょう。いってらっしゃい。

火曜日, 4月 08, 2014

20140408_創世記8 マルコ6@1-29

■創世記8:20ノアは、【主】のために祭壇を築き、すべてのきよい家畜と、すべてのきよい鳥のうちから幾つかを選び取って、祭壇の上で全焼のいけにえをささげた。
★箱舟から出たノアが最初にしたことが礼拝でした。生活のただ中で主を礼拝する。それが神様を畏れる者の生き方です。

■マルコ6:21ところが、良い機会が訪れた。ヘロデがその誕生日に、重臣や、千人隊長や、ガリラヤのおもだった人などを招いて、祝宴を設けたとき、6:22ヘロデヤの娘が入って来て、踊りを踊ったので、ヘロデも列席の人々も喜んだ。そこで王は、この少女に、「何でもほしい物を言いなさい。与えよう」と言った。
★ヘロデヤの娘が「バプテスマのヨハネの首を」と語った時、ヘロデ王は青ざめます。そして聖書はこの時のことを「良い機会が訪れた」と記します。神様の御心を行うのにではありません。全く正反対です。罪と知りつつ隠れた所で罪を楽しむとき、それが切っ掛けで取り返しのつかないところにあなたを引きずり落とそうとするのがこの世です。迷いをかなぐり捨て、主の愛と恵みの中に飛び込みましょう。あなたは豊かないのちに生きるべき尊い人です。

月曜日, 4月 07, 2014

20140407_創世記7 マルコ5@21-43

■創世記7:16入ったものは、すべての肉なるものの雄と雌であって、神がノアに命じられたとおりであった。それから、【主】は、彼のうしろの戸を閉ざされた。
★聖書の中でも最も厳粛な記述の中の一つです。箱舟の戸を閉められたのは誰か。神様です。すべての人が滅びることを願われない父なる神様の心は変わりませんが、罪が入った世においては、神様の救いの介入は、同時に裁きをも意味します。キリストは律法学者を裁くとき涙を流されました。しかしその心は愛ゆえです。大切なことは父なる神様の愛の心を理解し受け取ることです。かつては箱舟でしたが、この時代はキリストが十字架を通して完成して下さった救いの箱舟の扉が開かれています。さああなたの大切な人、愛する人と共に入れるように祈りましょう。

■マルコ5:22すると、会堂管理者のひとりでヤイロという者が来て、イエスを見て、その足もとにひれ伏し、5:23いっしょうけんめい願ってこう言った。「私の小さい娘が死にかけています。どうか、おいでくださって、娘の上に御手を置いてやってください。娘が直って、助かるようにしてください。」
★頭をさげることは時に勇気のいることです。人は何のために頭をさげるでしょう。利得のため、名誉のためには何のこだわりもなく下げれても、愛のためには困難な場合もあるかも知れません。しかし最も美しい姿は友のため、子のため、親のために心から頭をさげる姿ではないでしょうか。あなたの心の内が何者によっても奪われない自信と健全な誇りによって満たされますように。そうでなければ人はなかなか頭をさげることはできません。

日曜日, 4月 06, 2014

20140406_創世記6 マルコ5@1-20

■創世記6:18しかし、わたしは、あなたと契約を結ぼう。あなたは、あなたの息子たち、あなたの妻、それにあなたの息子たちの妻といっしょに箱舟に入りなさい。
★ノアについて決して彼が完全だったからではありません。9:20以降を見るとそのことがより明らかです。神様の恵みの言葉に対する従順ゆえに彼は自分と家族を救いへと導いたのです。またこの6章で神様は人の齢は120年と定められましたが、それは120年間もの猶予を人に下さったということでもあります。あなたの前に神様の恵みは常にひらかれ、生涯のどこにあってもあなたはそれをチャンスに変えることができます。大切な事はそのことを受け取ろうとするノアの内に見られた信仰と従順です。

■マルコ5:17 すると、彼らはイエスに、この地方から離れてくださるよう願った。
★レギオンを宿す悪霊につかれた人が解放されたことを喜ぶよりも、この地方から離れてと主に願った人々は、人の命よりも自分たちの収入と安心を喜ぶ人でした。あなたがもし豊かな人生への変革を願うならここから手を付け始めることが大切です。

土曜日, 4月 05, 2014

20140405_創世記5 マルコ4

■創世記5:5アダムは全部で九百三十年生きた。こうして彼は死んだ。
★この章はアダムからはじまり、みな死んだ。死んだ。死んだ。と続きます。それが罪の恐ろしさです。罪とはいのちを奪い、望みを絶つのです。その死に立ち向かい勝利を収めて下さったのがイエス・キリストの十字架と復活です。主は今も仰ぎ見て生きよと語られます。

■マルコ4:38ところがイエスだけは、とものほうで、枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして言った。「先生。私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思われないのですか。」
★私たちは生来「私がおぼれてしにそうでも何とも」と、内向き自己中心な思いに捕らわれやすいもの、それが神様のめぐみによって嵐の中においても使命に生きる者へと変えられるとは、それが人の心さえ変える主の御力です。

御影福音教会 森英樹
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金曜日, 4月 04, 2014

20140404_創世記4 マルコ3

■創世記4:11今や、あなたはその土地にのろわれている。その土地は口を開いてあなたの手から、あなたの弟の血を受けた。
★弟アベルをねたみによって殺した兄カインに主が語られた言葉です。「のろわれている」とは実に深いな響きでしょう。しかし、それはあくまでも土地であって、神様は決してカインを呪ってはいません。むしろ恐れおののくカインが守られるように一つの印さえ下さいました。知ってください。たとえどんなことがあっても神様はカイン同様、決してあなたを呪うことはなさいません。神様の憐れみと慈しみは尽きることがないのです。宝のあなたをどうして失うことができますか。あなたは徹頭徹尾、父なる神様から愛されています。

■マルコ3:35神のみこころを行う人はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです。」
★「神のみこころ」とは何でしょう。これを知らずして父なる神様によって造られたあなたの霊が喜び、あなたの心が満足で満たされることはありません。「神のみこころ」それはあなたが生活のただ中で、神様を愛し隣人を愛することです。愛し赦すことさえ選択できる存在として造られているとは何という光栄でしょう。今日も一日その光栄によってあなた自身が輝きますように。いってらっしゃい。

木曜日, 4月 03, 2014

20140403_創世記3 マルコ2

■創世記3:9神である主は、人に呼びかけ、彼に仰せられた。「あなたは、どこにいるのか。」
★罪を犯させるまでサタンはあなたに巧妙に近づきますが、いざ罪を犯し、あなたが良心に苦しむとき、サタンはあなたを糾弾し続けることはあっても何の助けも与えません。しかし神様はあなたを救うために近づかれます。「どこにいるのか」と。言い訳によって自分を誤魔化すのではなく、自分の状況を正直に認め神様を仰ぐことこそが大切です。その為に近づいて下さるお方こそが真の父なる神様です。神様は愛ゆえにあなたを放って置くことができません。

■マルコ2:17イエスはこれを聞いて、彼らにこう言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」
★なにゆえ神の御子であるお方が御位を捨てて、遜って人の姿にまでならなければならなかったのか。この御言葉はその理由を端的にあらわします。もし神様から離れた人が罪人でなければ、わざわざイエスは人の姿などとる必要はなかったのです。全ての人は霊の医者を必要とする罪「神様との断絶」に犯されました。ただそれを自覚しているか、まだ気付いていないかの違いです。自分の内に霊の病があることを認めて神様を仰ぐ人は幸いです。そこには豊かな赦しと罪からの解放があるのですから。

水曜日, 4月 02, 2014

20140402_創世記2 マルコ1@21-45

■創世記2:17しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」
★人の内にまだ罪が入らぬ時の唯一の戒めが「取って食べてはならない」とのこれです。すなわち神様の主権に手を延べてはならない。越権してはならない。なぜなら神様は全てのことをはなはだ良いものとして造られたのですから。これに触れることなく、神様のわざを受け取って行く時、そこには感謝と喜びが人の内に生じるはずでしたが、ここに人が手を延べる時、自らが神様を越えて主権者となり、自分中心の価値観で「なぜ、どうして」と人と物事を裁くようになるのです。それが罪の支払う報酬で、不安と怒りの生涯のはじまりです。

■マルコ1:40さて、ツァラアトに冒された人がイエスのみもとにお願いに来て、ひざまずいて言った。「お心一つで、私をきよくしていただけます。」
★もし人が自分の汚れを知り、それを悲しみ主に求めることができるなら、そこには「わたしの心だ。きよくなれ。」という癒やしがあるのに。しかし汚れを知ることなしには、飢え渇きさえ人は抱くことができません。せいぜい「私も他の人にくらべたら結構……なんじゃない」と言ったことが関の山です。その意味においても日ごとに神様の御言葉から光を頂くことを選び取ったあなたは何と幸いでしょう。主があなたを喜んでいらっしゃいます。今日も光の中を歩みましょう。いってらっしゃい。

火曜日, 4月 01, 2014

20140401_創世記1 マルコ1@1-20

■創世記1:27神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。
★あなたを母の胎に宿し形づくられたのは主です。偶然ではありません。それは主のみゆるしの内になされた喜ばしい出来事です。主が祝福されなければいのちは宿りません。主があなたのいのちを祝福しご自身の形に似せて造られたのです。与えられたいのちを主の御名のゆえに受け取りましょう。そこからあなたのいのちは主の愛と恵みを受けて輝やきます。

■マルコ1:13イエスは四十日間荒野にいて、サタンの誘惑を受けられた。野の獣とともにおられたが、御使いたちがイエスに仕えていた。
★御心をなそうとする時、イエス様ですら困難を覚えたとするなら、どうして神様を愛し隣人を愛そうとするあなたが困難を覚えないはずがありましょう。さあ今日も神様の前に助けを求め祈りましょう。主があなたの前に立たれます。

土曜日, 3月 29, 2014

20140329_黙示録22@1-21 マラキ

■黙示録22:18私は、この書の預言のことばを聞くすべての者にあかしする。もし、これにつけ加える者があれば、神はこの書に書いてある災害をその人に加えられる。22:19また、この預言の書のことばを少しでも取り除く者があれば、神は、この書に書いてあるいのちの木と聖なる都から、その人の受ける分を取り除かれる。
★遂に神様の歴史を通しての事業、人の救いについてのご計画の完成です。付け加えることが許されず、取り除くことも許されない理由はまさに聖書は神様が人類に下さった契約書ゆえです。やがて来られる王なるキリスト、神なるキリストの前にあなたは立ちます。そして聖書はおそくなることはないと記します。

■マラキ1:11日の出る所から、その沈む所まで、わたしの名は諸国の民の間であがめられ、すべての場所で、わたしの名のために、きよいささげ物がささげられ、香がたかれる。わたしの名が諸国の民の間であがめられているからだ。──万軍の主は仰せられる──

■マラキ2:10私たちはみな、ただひとりの父を持っているではないか。ただひとりの神が、私たちを創造したではないか。なぜ私たちは、互いに裏切り合い、私たちの先祖の契約を汚すのか。

■マラキ3:10十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。──万軍の主は仰せられる──わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。

■マラキ4:5見よ。わたしは、主の大いなる恐ろしい日が来る前に、預言者エリヤをあなたがたに遣わす。4:6彼は、父の心を子に向けさせ、子の心をその父に向けさせる。それは、わたしが来て、のろいでこの地を打ち滅ぼさないためだ。

金曜日, 3月 28, 2014

20140328_黙示録21@1-27 ゼカリヤ12-14

■黙示録21:3そのとき私は、御座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、21:4彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」
★真の神様とはあなたの目の涙を拭って下さるお方です。

■ゼカリヤ12:10わたしは、ダビデの家とエルサレムの住民の上に、恵みと哀願の霊を注ぐ。彼らは、自分たちが突き刺した者、わたしを仰ぎ見、ひとり子を失って嘆くように、その者のために嘆き、初子を失って激しく泣くように、その者のために激しく泣く。
★主イエス・キリストだけが自分の命を懸けて救うお方であることが一度キリストを退けた選民イスラエルにあっても明らかになる時が。

■ゼカリヤ13:9わたしは、その三分の一を火の中に入れ、銀を練るように彼らを練り、金をためすように彼らをためす。彼らはわたしの名を呼び、わたしは彼らに答える。わたしは「これはわたしの民」と言い、彼らは「主は私の神」と言う。

■ゼカリヤ14:9主は地のすべての王となられる。その日には、主はただひとり、御名もただ一つとなる。



木曜日, 3月 27, 2014

20140327_黙示録20@01-15 ゼカリヤ9-11

■黙示録20:12また私は、死んだ人々が、大きい者も、小さい者も御座の前に立っているのを見た。そして、数々の書物が開かれた。また、別の一つの書物も開かれたが、それは、いのちの書であった。死んだ人々は、これらの書物に書きしるされているところに従って、自分の行いに応じてさばかれた。

■ゼカリヤ9:9シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜り、柔和で、ろばに乗られる。それも、雌ろばの子の子ろばに。

■ゼカリヤ10:6わたしはユダの家を強め、ヨセフの家を救う。わたしは彼らを連れ戻す。わたしが彼らをあわれむからだ。彼らは、わたしに捨てられなかった者のようになる。わたしが、彼らの神、主であり、彼らに答えるからだ。

■11:13主は私に仰せられた。「彼らによってわたしが値積もりされた尊い価を、陶器師に投げ与えよ。」そこで、私は銀三十を取り、それを主の宮の陶器師に投げ与えた。
★イスカリオテのユダがイエス様を打った値段が丁度銀貨三十枚。値が付けられないほど尊いお方が、奴隷の値段で売られました。あなたを私を生かすためです。

火曜日, 3月 25, 2014

20140326_黙示録19@01-21 ゼカリヤ5-8

■黙示録19:10そこで、私は彼を拝もうとして、その足もとにひれ伏した。すると、彼は私に言った。「いけません。私は、あなたや、イエスのあかしを堅く保っているあなたの兄弟たちと同じしもべです。神を拝みなさい。イエスのあかしは預言の霊です。」

■ゼカリヤ5:4「わたしが、それを出て行かせる。──万軍の主の御告げ──それは、盗人の家に入り、また、わたしの名を使って偽りの誓いを立てる者の家に入り、その家の真ん中にとどまり、その家を梁と石とともに絶ち滅ぼす。」

■ゼカリヤ6:13彼は主の神殿を建て、彼は尊厳を帯び、その王座に着いて支配する。その王座のかたわらに、ひとりの祭司がいて、このふたりの間には平和の一致がある。』

■ゼカリヤ7:9万軍の主はこう仰せられる。「正しいさばきを行い、互いに誠実を尽くし、あわれみ合え。7:10やもめ、みなしご、在留異国人、貧しい者をしいたげるな。互いに心の中で悪をたくらむな。」

■ゼカリヤ8:7万軍の主はこう仰せられる。「見よ。わたしは、わたしの民を日の出る地と日の入る地から救い、8:8彼らを連れ帰り、エルサレムの中に住ませる。このとき、彼らはわたしの民となり、わたしは真実と正義をもって彼らの神となる。」

20140325_黙示録18@11-24 ゼカリヤ1-4

■黙示録18:11また、地上の商人たちは彼女のことで泣き悲しみます。もはや彼らの商品を買う者がだれもいないからです。18:12商品とは、金、銀、宝石、真珠、麻布、紫布、絹、緋布、香木、さまざまの象牙細工、高価な木や銅や鉄や大理石で造ったあらゆる種類の器具、18:13また、肉桂、香料、香、香油、乳香、ぶどう酒、オリーブ油、麦粉、麦、牛、羊、それに馬、車、奴隷、また人のいのちです。
★神の民はお永遠の世界では価値のない金の為に生きるべきではありません。私たちは私たちを支配しようとする貪欲に警戒して、神様から託された財を正しく管理し、健全に用いる必要があります。いつの間にかお金が私たちの人生の偽りの神となることのないように。

■ゼカリヤ1:16それゆえ、主はこう仰せられる。『わたしは、あわれみをもってエルサレムに帰る。そこにわたしの宮が建て直される。──万軍の主の御告げ──測りなわはエルサレムの上に張られる。』

■ゼカリヤ2:8主の栄光が、あなたがたを略奪した国々に私を遣わして後、万軍の主はこう仰せられる。『あなたがたに触れる者は、わたしのひとみに触れる者だ。

■ゼカリヤ3:7「万軍の主はこう仰せられる。もし、あなたがわたしの道に歩み、わたしの戒めを守るなら、あなたはまた、わたしの宮を治め、わたしの庭を守るようになる。わたしは、あなたをこれらの立っている者たちの間で、宮に出入りする者とする。

■ゼカリヤ4:6すると彼は、私に答えてこう言った。「これは、ゼルバベルへの主のことばだ。『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって』と万軍の主は仰せられる。

月曜日, 3月 24, 2014

20140324_黙示録17@9-18@10 ハガイ

■黙示録17:14この者どもは小羊と戦いますが、小羊は彼らに打ち勝ちます。なぜならば、小羊は主の主、王の王だからです。また彼とともにいる者たちは、召された者、選ばれた者、忠実な者だからです。」

■ハガイ1:14主は、シェアルティエルの子、ユダの総督ゼルバベルの心と、エホツァダクの子、大祭司ヨシュアの心と、民のすべての残りの者の心とを奮い立たせたので、彼らは彼らの神、万軍の主の宮に行って、仕事に取りかかった。

■ハガイ2:23その日、──万軍の主の御告げ──シェアルティエルの子、わたしのしもべゼルバベルよ、わたしはあなたを選び取る。──主の御告げ──わたしはあなたを印形のようにする。わたしがあなたを選んだからだ。──万軍の主の御告げ──」

日曜日, 3月 23, 2014

20140323_黙示録16@12-17@8 ゼパニヤ

■黙示録17:8あなたの見た獣は、昔いたが、今はいません。しかし、やがて底知れぬ所から上って来ます。そして彼は、ついには滅びます。地上に住む者たちで、世の初めからいのちの書に名を書きしるされていない者は、その獣が、昔はいたが、今はおらず、やがて現れるのを見て驚きます。
★最後の最後まで人を誘惑し、陥れようとするサタン。私たちはそれを悔い改め神の子とされました。

■ゼパニヤ1:7神である主の前に静まれ。主の日は近い。主が一頭のほふる獣を備え、主に招かれた者を聖別されたからだ。

■ゼパニヤ2:15これが、安らかに過ごし、心の中で、「私だけは特別だ」と言ったあのおごった町なのか。ああ、その町は荒れ果てて、獣の伏す所となる。そこを通り過ぎる者はみな、あざけって、手を振ろう。

■ゼパニヤ3:15主はあなたへの宣告を取り除き、あなたの敵を追い払われた。イスラエルの王、主は、あなたのただ中におられる。あなたはもう、わざわいを恐れない。3:16その日、エルサレムはこう言われる。シオンよ。恐れるな。気力を失うな。3:17あなたの神、主は、あなたのただ中におられる。救いの勇士だ。主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によって安らぎを与える。主は高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる。

土曜日, 3月 22, 2014

20140322_黙示録15@1-16@11 ハバクク

■黙示録16:10第五の御使いが鉢を獣の座にぶちまけた。すると、獣の国は暗くなり、人々は苦しみのあまり舌をかんだ。16:11そして、その苦しみと、はれものとのゆえに、天の神に対してけがしごとを言い、自分の行いを悔い改めようとしなかった。
★7つの鉢の裁きの一つです。神様のわざが現れるとき人々は様々な反応をします。その時自らの内の汚れに気づき、神様にひれ伏すことができる人は幸いです。危機は常に恵みの扉が開かれるチャンスです。

■ハバクク1:13あなたの目はあまりきよくて、悪を見ず、労苦に目を留めることができないのでしょう。なぜ、裏切り者をながめておられるのですか。悪者が自分より正しい者をのみこむとき、なぜ黙っておられるのですか。
★ここに形式的にではなく、心を開き注ぎだして近づく者を喜ばれる父なる神様の姿が。

■ハバクク2:4見よ。彼の心はうぬぼれていて、まっすぐでない。しかし、正しい人はその信仰によって生きる。

■ハバクク3:18しかし、私は主にあって喜び勇み、私の救いの神にあって喜ぼう。3:19私の主、神は、私の力。私の足を雌鹿のようにし、私に高い所を歩ませる。

金曜日, 3月 21, 2014

20140321_黙示録14 ナホム

■黙示録14:11そして、彼らの苦しみの煙は、永遠にまでも立ち上る。獣とその像とを拝む者、まただれでも獣の名の刻印を受ける者は、昼も夜も休みを得ない。14:12神の戒めを守り、イエスに対する信仰を持ち続ける聖徒たちの忍耐はここにある。」
★偶像を神とし自らを神とする者の末路。永遠の滅びがここに。永遠の滅びとイエス・キリストの救いは現実です。

■ナホム1:15見よ。良い知らせを伝える者、平和を告げ知らせる者の足が山々の上にある。ユダよ。あなたの祭りを祝い、あなたの誓願を果たせ。よこしまな者は、もう二度と、あなたの間を通り過ぎない。彼らはみな、断ち滅ぼされた。

■ナホム2:13見よ。わたしはあなたに立ち向かう。──万軍の主の御告げ──わたしはあなたの戦車を燃やして煙とする。剣はあなたの若い獅子を食い尽くす。わたしはあなたの獲物を地から絶やす。あなたの使者たちの声はもう聞かれない。

■ナホム3:18アッシリヤの王よ。あなたの牧者たちは眠り、あなたの貴人たちは寝込んでいる。あなたの民は山々の上に散らされ、だれも集める者はいない。3:19あなたの傷は、いやされない。あなたの打ち傷は、いやしがたい。あなたのうわさを聞く者はみな、あなたに向かって手をたたく。だれもかれも、あなたに絶えずいじめられていたからだ。
★力を求めて我策するアッシリヤの王の末路です。だからこそより頼むべきは造り主なる神様、主イエス・キリストの父なる神様です。時に私に立ち向かい、私を砕き、私を柔和にし、私を建て上げてくださるお方はこのお方以外にありません。

木曜日, 3月 20, 2014

20140319_黙示録13 ミカ5-7

■黙示録13:8地に住む者で、ほふられた小羊のいのちの書に、世の初めからその名の書きしるされていない者はみな、彼を拝むようになる。13:9耳のある者は聞きなさい。13:10とりこになるべき者は、とりこにされて行く。剣で殺す者は、自分も剣で殺されなければならない。ここに聖徒の忍耐と信仰がある。

■ミカ5:2ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである。

■ミカ6:11不正なはかりと、欺きの重り石の袋を使っている者を罪なしとすることがわたしにできようか。

■ミカ7:8私の敵。私のことで喜ぶな。私は倒れても起き上がり、やみの中にすわっていても、主が私の光であるからだ。7:9私は主の激しい怒りを身に受けている。私が主に罪を犯したからだ。しかし、それは、主が私の訴えを取り上げ、私を正しくさばいてくださるまでだ。主は私を光に連れ出し、私はその義を見ることができる。

水曜日, 3月 19, 2014

20140319_黙示録12 ミカ1-4

■黙示録12:11兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。

■ミカ1:2 すべての国々の民よ。聞け。地と、それに満ちるものよ。耳を傾けよ。神である主は、あなたがたのうちで証人となり、主はその聖なる宮から来て証人となる。1:3見よ。主は御住まいを出、降りて来て、地の高い所を踏まれる。

■ミカ2:13打ち破る者は、彼らの先頭に立って上って行き、彼らは門を打ち破って進んで行き、そこを出て行く。彼らの王は彼らの前を進み、主が彼らの真っ先に進まれる。

■ミカ3:11そのかしらたちはわいろを取ってさばき、その祭司たちは代金を取って教え、その預言者たちは金を取って占いをする。しかもなお、彼らは主に寄りかかって、「主は私たちの中におられるではないか。わざわいは私たちの上にかかって来ない」と言う。

■ミカ4:3主は多くの国々の民の間をさばき、遠く離れた強い国々に、判決を下す。彼らはその剣を鋤に、その槍をかまに打ち直し、国は国に向かって剣を上げず、二度と戦いのことを習わない。

火曜日, 3月 18, 2014

20140318_黙示録11 ヨナ

■黙示録11:18諸国の民は怒りました。しかし、あなたの御怒りの日が来ました。死者のさばかれる時、あなたのしもべである預言者たち、聖徒たち、また小さい者も大きい者もすべてあなたの御名を恐れかしこむ者たちに報いの与えられる時、地を滅ぼす者どもの滅ぼされる時です。」
★神様を畏れる者が報われる時は必ず来ます。その時まで忍耐が大切です。

■ヨナ1:12ヨナは彼らに言った。「私を捕らえて、海に投げ込みなさい。そうすれば、海はあなたがたのために静かになるでしょう。わかっています。この激しい暴風は、私のためにあなたがたを襲ったのです。」
★たとえ殺されても神様の御心には従いたくない。それがヨナの心です。ヨナが持つ愛国心に勝る大きな愛を神様はお持ちです。ヨナがそれを悟るには今しばらくの時間が必要です。

■ヨナ2:4私は言った。『私はあなたの目の前から追われました。しかし、もう一度、私はあなたの聖なる宮を仰ぎ見たいのです』と。

■ヨナ3:10神は、彼らが悪の道から立ち返るために努力していることをご覧になった。それで、神は彼らに下すと言っておられたわざわいを思い直し、そうされなかった。
★神様の御心の通りにニネベに悔い改めを迫ったヨナ。それによりニネベは悔い改め、神様は裁きを思い留まられます。その結果「滅びる」と宣告したのにそうならなかった自分のめんつにヨナは捕えられます。なおヨナは学ぶ必要が。
■ヨナ4:11まして、わたしは、この大きな町ニネベを惜しまないでいられようか。そこには、右も左もわきまえない十二万以上の人間と、数多くの家畜とがいるではないか。」

月曜日, 3月 17, 2014

20140317_黙示録9@13-10@11 オバデヤ

■黙示録10:6永遠に生き、天とその中にあるもの、地とその中にあるもの、海とその中にあるものを創造された方をさして、誓った。「もはや時が延ばされることはない。10:7第七の御使いが吹き鳴らそうとしているラッパの音が響くその日には、神の奥義は、神がご自身のしもべである預言者たちに告げられたとおりに成就する。」

■オバデヤ1:3あなたの心の高慢は自分自身を欺いた。あなたは岩の裂け目に住み、高い所を住まいとし、「だれが私を地に引きずり降ろせようか」と心のうちに言っている。1:4あなたが鷲のように高く上っても、星の間に巣を作っても、わたしはそこから引き降ろす。─主の御告げ─
★「誰からも私は引き下ろされることはない。なぜなら私はこの硬い岩によって身を守っているのだから」とそう思う時、確かに頼りにならなくても人の心はかたくなになり、高慢になります。聖書はそれを高慢と呼びます。神様以外のもので身を守ろうとするものが刈り取らなければならない罪の酬いです。共に歩んでくださる神様にこそより頼みましょう。

日曜日, 3月 16, 2014

20140316_黙示録8@1-9@12 アモス6-9

■黙示録8:3また、もうひとりの御使いが出て来て、金の香炉を持って祭壇のところに立った。彼にたくさんの香が与えられた。すべての聖徒の祈りとともに、御座の前にある金の祭壇の上にささげるためであった。8:7第一の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、血の混じった雹と火とが現れ、地上に投げられた。そして地上の三分の一が焼け、木の三分の一も焼け、青草が全部焼けてしまった。
★聖徒の祈りと地上の悲惨、世の終わりにはいよいよその事が顕著です。神様を畏れましょう。

■アモス6:8神である主は、ご自分にかけて誓われる。──万軍の神、主の御告げ──わたしはヤコブの誇りを忌みきらい、その宮殿を憎む。わたしはこの町と、その中のすべての者を引き渡す。

■アモス7:8主は私に仰せられた。「アモス。何を見ているのか。」私が「重りなわです」と言うと、主は仰せられた。「見よ。わたしは重りなわを、わたしの民イスラエルの真ん中に垂れ下げよう。わたしはもう二度と彼らを見過ごさない。
★憐れみの機会は再三与えられたのに。神様をあなどるイスラエル。残念でなりません。

■アモス8:11見よ。その日が来る。──神である主の御告げ──その日、わたしは、この地にききんを送る。パンのききんではない。水に渇くのでもない。実に、主のことばを聞くことのききんである。
★神様の言葉を聞く機会が取り去られるとは。

■アモス9:15わたしは彼らを彼らの地に植える。彼らは、わたしが彼らに与えたその土地から、もう、引き抜かれることはない」とあなたの神、主は、仰せられる。

土曜日, 3月 15, 2014

20140315_黙示録7@1-17 アモス4-5

■黙示録7:16彼らはもはや、飢えることもなく、渇くこともなく、太陽もどんな炎熱も彼らを打つことはありません。7:17なぜなら、御座の正面におられる小羊が、彼らの牧者となり、いのちの水の泉に導いてくださるからです。また、神は彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださるのです。」
★あなたの涙をぬぐってくださる方がおられます。

■アモス4:11わたしは、あなたがたをくつがえした。神がソドムとゴモラをくつがえしたように。あなたがたは炎の中から取り出された燃えさしのようであった。それでも、あなたがたはわたしのもとに帰って来なかった。──主の御告げ──4:12それゆえ、イスラエルよ、わたしはあなたにこうしよう。わたしはあなたにこのことをするから、イスラエル、あなたはあなたの神に会う備えをせよ。

■アモス5:4まことに主は、イスラエルの家にこう仰せられる。「わたしを求めて生きよ。5:5ベテルを求めるな。ギルガルに行くな。ベエル・シェバにおもむくな。ギルガルは必ず捕らえ移され、ベテルは無に帰するからだ。」5:6主を求めて生きよ。さもないと、主は火のように、ヨセフの家に激しく下り、これを焼き尽くし、ベテルのためにこれを消す者がいなくなる。
★生きる道はただ一つ。それはあまりにも明確です。

金曜日, 3月 14, 2014

20140314_黙示録5@9-6@17 アモス1-3

■黙示録6:10彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行わず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」6:11すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい」と言い渡された。
★主は殉教者の血を決して忘れることはありません。そして信仰ゆえのあなたの忍耐も同様です。

■アモス1:13主はこう仰せられる。「アモン人の犯した三つのそむきの罪、四つのそむきの罪のために、わたしはその刑罰を取り消さない。彼らが、自分たちの領土を広げるために、ギルアデの妊婦たちを切り裂いたからだ。

■アモス2:7彼らは弱い者の頭を地のちりに踏みつけ、貧しい者の道を曲げ、父と子が同じ女のところに通って、わたしの聖なる名を汚している。

■アモス3:3ふたりの者は、仲がよくないのに、いっしょに歩くだろうか。

木曜日, 3月 13, 2014

20140313_黙示録4@1-5@8 ヨエル

■黙示録5:4巻き物を開くのにも、見るのにも、ふさわしい者がだれも見つからなかったので、私は激しく泣いていた。5:5すると、長老のひとりが、私に言った。「泣いてはいけない。見なさい。ユダ族から出た獅子、ダビデの根が勝利を得たので、その巻き物を開いて、七つの封印を解くことができます。」
★あなたの涙をぬぐい、歴史に希望をもたらすことのできるお方。それがイエス・キリストです。

■ヨエル2:13あなたがたの着物ではなく、あなたがたの心を引き裂け。あなたがたの神、主に立ち返れ。主は情け深く、あわれみ深く、怒るのにおそく、恵み豊かで、わざわいを思い直してくださるからだ。

水曜日, 3月 12, 2014

20140312_黙示録3@7-22 ホセア12-14

■黙示録3:19わたしは、愛する者をしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって、悔い改めなさい。3:20 見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところに入って、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。3:21勝利を得る者を、わたしとともにわたしの座に着かせよう。それは、わたしが勝利を得て、わたしの父とともに父の御座に着いたのと同じである。

■ホセア12:6あなたはあなたの神に立ち返り、誠実と公義とを守り、絶えずあなたの神を待ち望め。

■ホセア13:5このわたしは荒野で、かわいた地で、あなたを知っていた。13:6しかし、彼らは牧草を食べて、食べ飽きたとき、彼らの心は高ぶり、わたしを忘れた。13:9イスラエルよ。わたしがあなたを滅ぼしたら、だれがあなたを助けよう。

■ホセア14:4わたしは彼らの背信をいやし、喜んでこれを愛する。わたしの怒りは彼らを離れ去ったからだ。14:5わたしはイスラエルには露のようになる。彼はゆりのように花咲き、ポプラのように根を張る。14:6その若枝は伸び、その美しさはオリーブの木のように、そのかおりはレバノンのようになる。

火曜日, 3月 11, 2014

20140311_黙示録2@18-3@6 ホセア9-11

■黙示録3:3だから、あなたがどのように受け、また聞いたのかを思い出しなさい。それを堅く守り、また悔い改めなさい。もし、目をさまさなければ、わたしは盗人のように来る。あなたには、わたしがいつあなたのところに来るか、決してわからない。3:4しかし、サルデスには、その衣を汚さなかった者が幾人かいる。彼らは白い衣を着て、わたしとともに歩む。彼らはそれにふさわしい者だからである。

■ホセア9:15彼らのすべての悪はギルガルにある。わたしはその所で彼らを憎んだ。彼らの悪い行いのために、彼らをわたしの宮から追い出し、重ねて彼らを愛さない。その首長たちはみな頑迷な者だ。

■ホセア10:12あなたがたは正義の種を蒔き、誠実の実を刈り入れよ。あなたがたは耕地を開拓せよ。今が、主を求める時だ。ついに、主は来て、正義をあなたがたに注がれる。

■ホセア11:8エフライムよ。わたしはどうしてあなたを引き渡すことができようか。イスラエルよ。どうしてあなたを見捨てることができようか。どうしてわたしはあなたをアデマのように引き渡すことができようか。どうしてあなたをツェボイムのようにすることができようか。わたしの心はわたしのうちで沸き返り、わたしはあわれみで胸が熱くなっている。

月曜日, 3月 10, 2014

20140310_黙示録2@1-17 ホセア5-8

■黙示録2:10あなたが受けようとしている苦しみを恐れてはいけない。見よ。悪魔はあなたがたをためすために、あなたがたのうちのある人たちを牢に投げ入れようとしている。あなたがたは十日の間苦しみを受ける。死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう。

■ホセア5:15彼らが自分の罪を認め、わたしの顔を慕い求めるまで、わたしはわたしの所に戻っていよう。彼らは苦しみながら、わたしを捜し求めよう。

■ホセア6:1「さあ、主に立ち返ろう。主は私たちを引き裂いたが、また、いやし、私たちを打ったが、また、包んでくださるからだ。6:2主は二日の後、私たちを生き返らせ、三日目に私たちを立ち上がらせる。私たちは、御前に生きるのだ。6:3私たちは、知ろう。主を知ることを切に追い求めよう。主は暁の光のように、確かに現れ、大雨のように、私たちのところに来、後の雨のように、地を潤される。」

■ホセア7:1わたしがイスラエルをいやすとき、エフライムの不義と、サマリヤの悪とは、あらわにされる。彼らは偽りを行い、盗人が押し入り、外では略奪隊が襲うからだ。

■ホセア8:14イスラエルは自分の造り主を忘れて、多くの神殿を建て、ユダは城壁のある町々を増し加えた。しかし、わたしはその町々に火を放ち、その宮殿を焼き尽くす。

日曜日, 3月 09, 2014

20140309_黙示録1 ホセア1-4

■黙示録1:7見よ、彼が、雲に乗って来られる。すべての目、ことに彼を突き刺した者たちが、彼を見る。地上の諸族はみな、彼のゆえに嘆く。しかり。アーメン。1:8神である主、今いまし、昔いまし、後に来られる方、万物の支配者がこう言われる。「わたしはアルファであり、オメガである。」

■ホセア1:6ゴメルはまたみごもって、女の子を産んだ。主は彼に仰せられた。「その子をロ・ルハマと名づけよ。わたしはもう二度とイスラエルの家を愛することはなく、決して彼らを赦さないからだ。

■ホセア2:15わたしはその所を彼女のためにぶどう畑にし、アコルの谷を望みの門としよう。彼女が若かった日のように、彼女がエジプトの国から上って来たときのように、彼女はその所で答えよう。

■ホセア3:1主は私に仰せられた。「再び行って、夫に愛されていながら姦通している女を愛せよ。ちょうど、ほかの神々に向かい、干しぶどうの菓子を愛しているイスラエルの人々を主が愛しておられるように。」3:2そこで、私は銀十五シェケルと大麦一ホメル半で彼女を買い取った。

■ホセア4:16まことに、イスラエルはかたくなな雌牛のようにかたくなだ。しかし今、主は、彼らを広い所にいる子羊のように養う。

土曜日, 3月 08, 2014

20140308_ユダ1 ダニエル11-12

■ユダ1:24あなたがたを、つまずかないように守ることができ、傷のない者として、大きな喜びをもって栄光の御前に立たせることのできる方に、1:25すなわち、私たちの救い主である唯一の神に、栄光、尊厳、支配、権威が、私たちの主イエス・キリストを通して、永遠の先にも、今も、また世々限りなくありますように。アーメン。

■ダニエル11:36この王は、思いのままにふるまい、すべての神よりも自分を高め、大いなるものとし、神の神に向かってあきれ果てるようなことを語り、憤りが終わるまで栄える。定められていることが、なされるからである。
★神の主権をあらわす善悪を知る知識の木から取って食べる時、恐ろしいほどに人は神様を畏れることに鈍感になります。神様の主権を侵してはなりません。

■ダニエル12:9彼は言った。「ダニエルよ。行け。このことばは、終わりの時まで、秘められ、封じられているからだ。12:10多くの者は、身を清め、白くし、こうして練られる。悪者どもは悪を行い、ひとりも悟る者がいない。しかし、思慮深い人々は悟る」

金曜日, 3月 07, 2014

20140307_3ヨハネ ダニエル9-10

■3ヨハネ1:13あなたに書き送りたいことがたくさんありましたが、筆と墨でしたくはありません。1:14間もなくあなたに会いたいと思います。そして顔を合わせて話し合いましょう。
★交わりにおいては可能な限りの愛をもって、そのヨハネの思いが記されています。そしてこの愛が関係を和解へと進ませいのちへと導きます。

■ダニエル9:25それゆえ、知れ。悟れ。引き揚げてエルサレムを再建せよ、との命令が出てから、油そそがれた者、君主の来るまでが七週。また六十二週の間、その苦しみの時代に再び広場とほりが建て直される。
★キリスト誕生の預言のみことばの一つです。いつ、どこで、誰の子孫として油注がれた者・キリストは誕生するか。神様は愛のゆえに教えて下さっています。

■ダニエル10:19言った。「神に愛されている人よ。恐れるな。安心せよ。強くあれ。強くあれ。」彼が私にこう言ったとき、私は奮い立って言った。「わが主よ。お話しください。あなたは私を力づけてくださいましたから。」
★あなたにもこのように仰って下さる方があります。イエス・キリストです。ヒデ

木曜日, 3月 06, 2014

20140306_2ヨハネ ダニエル7-8

■2ヨハネ1:9だれでも行き過ぎをして、キリストの教えのうちにとどまらない者は、神を持っていません。その教えのうちにとどまっている者は、御父をも御子をも持っています。
★大切なことはキリストとのいきた命の関係に生きること。静まって主の御声が聞ける周波数に心を合わせて歩み続けること。頭と心がバラバラになり頭だけが先走りすることがありませんように。

■ダニエル7:27国と、主権と、天下の国々の権威とは、いと高き方の聖徒である民に与えられる。その御国は永遠の国。すべての主権は彼らに仕え、服従する。』7:28ここでこの話は終わる。私、ダニエルは、ひどくおびえ、顔色が変わった。しかし、私はこのことを心に留めていた。」

■ダニエル8:17彼は私の立っている所に来た。彼が来たとき、私は恐れて、ひれ伏した。すると彼は私に言った。「悟れ。人の子よ。その幻は、終わりの時のことである。」

水曜日, 3月 05, 2014

20140305_1ヨハネ5@1-21 ダニエル5-6

■1ヨハネ5:12御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子を持たない者はいのちを持っていません。5:13私が神の御子の名を信じているあなたがたに対してこれらのことを書いたのは、あなたがたが永遠のいのちを持っていることを、あなたがたによくわからせるためです。5:14何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です

■ダニエル5:25その書かれた文字はこうです。『メネ、メネ、テケル、ウ・パルシン。』5:26そのことばの解き明かしはこうです。『メネ』とは、神があなたの治世を数えて終わらせられたということです。5:27『テケル』とは、あなたがはかりで量られて、目方の足りないことがわかったということです。5:28『パルシン』とは、あなたの国が分割され、メディヤとペルシヤとに与えられるということです。」
★自ら神様の前に出て計られても十分という人は一人としていません。みな足りないのです。その事実を受けとめ、謙虚な気持ちでキリストを礼拝出来ることは何という恵みでしょうか。

■ダニエル6:23そこで王は非常に喜び、ダニエルをその穴から出せと命じた。ダニエルは穴から出されたが、彼に何の傷も認められなかった。彼が神に信頼していたからである。6:24王が命じたので、ダニエルを訴えた者たちは、その妻子とともに捕らえられ、獅子の穴に投げ込まれた。彼らが穴の底に落ちないうちに、獅子は彼らをわがものにして、その骨をことごとくかみ砕いてしまった。
★策略をねり、人を陥れようとするものはその刈り取りを必ずします。決して人によって侮られるることのない神様がおられるからです。

火曜日, 3月 04, 2014

20140304_1ヨハネ4@1-21 ダニエル3-4

■1ヨハネ4:8愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。4:9神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。4:10私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。
★赦し得ない者を赦す、贖いの愛がキリストの十字架を通して明らかにされました。

■ダニエル3:29それゆえ、私は命令する。諸民、諸国、諸国語の者のうち、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの神を侮る者はだれでも、その手足は切り離され、その家をごみの山とさせる。このように救い出すことのできる神は、ほかにないからだ。」
★この王の言葉の背後には、「私たちはこのことについて、あなたにお答えする必要はありません。もし、そうなれば、私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません。」とのダニエルの言葉がありました。その告白を受けて主の使いが激しい炎の試練の中でもダニエルたちを守ったのです。主の民にとって危機は主にある祝福を見るチャンスでもあります。

■ダニエル4:37今、私、ネブカデネザルは、天の王を賛美し、あがめ、ほめたたえる。そのみわざはことごとく真実であり、その道は正義である。また、高ぶって歩む者をへりくだった者とされる。
★神様の憐れみによって理性を回復したネブカデネザル王の言葉です。

月曜日, 3月 03, 2014

20140303_1ヨハネ3@1-24 ダニエル1-2

■1ヨハネ3:2愛する者たち。私たちは、今すでに神の子どもです。後の状態はまだ明らかにされていません。しかし、キリストが現れたなら、私たちはキリストに似た者となることがわかっています。なぜならそのとき、私たちはキリストのありのままの姿を見るからです。3:3キリストに対するこの望みをいだく者はみな、キリストが清くあられるように、自分を清くします。
★さて、キリストとの再会の希望はあなたにどんなものをもたらしますか。

■ダニエル1:21ダニエルはクロス王の元年までそこにいた。
★いくら時代が変わろうとも、必要とされるダニエル。その秘訣は、王の食べるごちそうや王の飲むぶどう酒で捕囚の民のリーダーを骨抜きにしようとするバビロンの誘惑にも身を汚すまいとする彼の生き方にありました。いつの時代にも神様は私を尊ぶ者を私も尊ぶと語られます。

■ダニエル2:27ダニエルは王に答えて言った。「王が求められる秘密は、知者、呪文師、呪法師、星占いも王に示すことはできません。2:28しかし、天に秘密をあらわすひとりの神がおられ、この方が終わりの日に起こることをネブカデネザル王に示されたのです。あなたの夢と、寝床であなたの頭に浮かんだ幻はこれです。
★「私ではありません。主です」と、これが神を畏れる者の生き方です。