土曜日, 12月 31, 2016

20161231_2サムエル14

2サムエル14:33 それで、ヨアブは王のところに行き、王に告げたので、王はアブシャロムを呼び寄せた。アブシャロムは王のところに来て、王の前で地にひれ伏して礼をした。王はアブシャロムに口づけした。
★妹タマルを辱められたことに恨みをいだき続け異母兄弟で父ダビデの長男アムノンを殺害したアブシャロム。将軍ヨアブの仲裁によって父であるダビデ王との謁見を2年ぶりにゆるされます。しかしここから神を恐れないアブシャロムの反逆がはじまります。

金曜日, 12月 30, 2016

20161230_2サムエル13

2サムエル13:39 ダビデ王はアブシャロムに会いに出ることはやめた。アムノンが死んだので、アムノンのために悔やんでいたからである。
★ダビデの長男であり王位継承者であったアムノン。しかし彼は異母兄姉のタマルを辱め、彼女の将来を奪います。それについて何も語らない父ダビデ。妹が辱められたことを恨みに抱き続け2年後機会を狙ってタマルの兄アブシャロムはアムノンを妹の敵として殺害します。
武将としては秀でていたダビデでしたが家を治めることにおいては欠けの多い父親でした。彼は自分の子どもたちを訓練し、懲らしめることができませんでした。彼は、アムノンの行いについて真相を知り激怒しましたが、何の対応も取らなかったのです。長男アムノンも、その他の兄弟たちと同じように、自制のできない子でした。父が為さなければ、他の誰にもできないことがあります。そうでなければ家庭の中に憎しみが渦巻くことが。主の助けを切に求める以外にありません。

木曜日, 12月 29, 2016

20161229_2サムエル12

2サムエル12:13 ダビデはナタンに言った、「わたしは主に罪をおかしました」。ナタンはダビデに言った、「主もまたあなたの罪を除かれました。あなたは死ぬことはないでしょう。
★この経験ののちダビデが歌った詩篇が51篇です。 51:1 神よ、あなたのいつくしみによって、わたしをあわれみ、あなたの豊かなあわれみによって、わたしのもろもろのとがをぬぐい去ってください。 51:3 わたしは自分のとがを知っています。わたしの罪はいつもわたしの前にあります。
 51:4 わたしはあなたにむかい、ただあなたに罪を犯し、あなたの前に悪い事を行いました。それゆえ、あなたが宣告をお与えになるときは正しく、あなたが人をさばかれるときは誤りがありません。51:7 ヒソプをもって、わたしを清めてください、わたしは清くなるでしょう。わたしを洗ってください、わたしは雪よりも白くなるでしょう。51:10 神よ、わたしのために清い心をつくり、わたしのうちに新しい、正しい霊を与えてください。 51:13 そうすればわたしは、とがを犯した者に/あなたの道を教え、罪びとはあなたに帰ってくるでしょう。 51:17 神の受けられるいけにえは砕けた魂です。神よ、あなたは砕けた悔いた心を/かろしめられません。

水曜日, 12月 28, 2016

20161228_2サムエル11

2サムエル11:25 ダビデは使者に言った、「あなたはヨアブにこう言いなさい、『この事で心配することはない。つるぎはこれをも彼をも同じく滅ぼすからである。強く町を攻めて戦い、それを攻め落しなさい』と。そしてヨアブを励ましなさい」。
★ウリヤの死に対するダビデの反応は、あまりに軽率で配慮に欠けたものでした。ダビデは敵であったサウルやアブネルの死を深く悼んだにもかかわらず、強く気高い性格を持つ善良なウリヤの死を悼むそぶりも見せません。ここに罪の怖さがあります。罪は人を無感覚、無表情へと引っ張ります。最初の姦淫を隠すただ1つの方法は、それを隠すため、再び罪を犯すことであり、罪を隠そうとすればするほど、罪に対する感覚も鈍ります。それが罪であることを忘れる前に、神の御前に間違った行為を告白することは大切です。また罪は大きな安定と力を得た中で人の心にまとわりつこうとします。神様を恐れましょう。

火曜日, 12月 27, 2016

20161227_2サムエル10

2サムエル10:2 ダビデは、「ナハシュの子ハヌンに真実を尽くそう。彼の父が私に真実を尽くしてくれたように」と考えた。そこで、ダビデは家来を派遣して、彼の父の悔やみを言わせた。ダビデの家来たちがアモン人の地に来たとき、
 10:3 アモン人のつかさたちは、彼らの主君ハヌンに言った。「ダビデがあなたのもとに悔やみの使者をよこしたからといって、彼が父君を敬っているとでもお考えですか。この町を調べ、探り、くつがえすために、ダビデはあなたのところに家来をよこしたのではありませんか。」
★ハヌンは誤った忠告を受け入れたためにダビデの家来たちを疑い、彼らを辱めます。更にダビデの怒りを買ったと知ると、ハヌンは直ちに軍勢を集め戦闘に備えるとは。ハヌンはつかさたちの忠告をもっと注意深く吟味すべきでした。そうでなくとも、ダビデとの交渉を試みるべきで、過ちを認める代わりに、戦争の準備を整えたりすべきではありませんでした。自分の過ちを認め、謝罪し、相手との和解の道を模索するより、怒りや自己防衛の反応に基づく行動を優先してはなりません。

月曜日, 12月 26, 2016

20161226_2サムエル9

2サムエル9:7 ダビデは言った。「恐れることはない。私は、あなたの父ヨナタンのために、あなたに恵みを施したい。あなたの祖父サウルの地所を全部あなたに返そう。あなたはいつも私の食卓で食事をしてよい。」
★メフィボシェテに対するダビデの扱いを見ると、ダビデは誠実な指導者であったことがわかります。ヨナタンと交わした友情の約束ゆえに愛と憐れみを示すダビデ。政治的利益を超えて人として生きるダビデ。人の人格は誠実とあわれみ深さによって強くされることを思わされます。

日曜日, 12月 25, 2016

20161225_ルカ2・8-14

■ルカ2:6 ところが、彼らがそこにいる間に、マリヤは月が満ちて、2:7 男子の初子を産んだ。それで、布にくるんで、飼葉おけに寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。
★史上最大の出来事が起こりました。救い主の誕生です。何とその最初の知らせは身分の低い羊飼いたちに告げられました。様々な理由で自分は神様にさえ忘れられているかも知れないと思ってしまうほど低くされた人々に対しても「私は決してあなたを忘れていない」とのメッセージを伝えるために。救い主イエス様は、ご自分を受け入れるのに十分謙虚な心を持つ人にはだれにでもご自身を明らかにしてくださるお方です。誰でも自分の人生にイエス様を受け入れることができます。特別な資格が必要な訳ではありません。そのままの私を受け入れてくださるイエス様に感謝。

土曜日, 12月 24, 2016

20161224_ルカ2・6-7

■ルカ2:6 ところが、彼らがそこにいる間に、マリヤは月が満ちて、2:7 男子の初子を産んだ。それで、布にくるんで、飼葉おけに寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。
★イエス様の最初のイメージは、飼葉おけの中の赤ちゃんです。が、それが私たちの結末であってはなりません。イエス様をそこに置き去りにしてはなりません。このお方こそが、驚くべき生涯を生き、私たちのために死に、天に上り、そして王の王としてやがてこの世に戻って来られるお方です。歴史をBCADに分け死を打ち破り、天国の扉を開かれたお方です。イエス様を過小評価することなく王の王として礼拝しましょう。

金曜日, 12月 23, 2016

20161223_ルカ2・1-5

■ルカ2:4 ヨセフもダビデの家系であり、またその血統であったので、ガリラヤの町ナザレを出て、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。
★「私は従順にしているのに、なぜ物事はもっと良い方向に進んで行かないのだろうか。」とは、私たちがときに困難や不便に直面するときに抱く感情です。あるいは神の御心の受け取り方を誤ったかも知れないと不安を抱きます。しかし、神様は、この時ヨセフの多難な道を進みやすくはしませんでしたが、彼を強くされ。神様は、ヨセフとマリヤのためにあたたかい宿屋を用意されませんでしたが、粗末な境遇のこの世の中に、御子を連れて来られました。私たちが神の御心を行おうとするとき、慰めや便利さは必ずしも保証されていません。しかし、すべてのことにおいて、神様のご計画には意味があることが示されています。「人口調査をせよ」との命をだしたローマの皇帝さえ。神様はこの命を用いて「救い主の誕生はベツレヘム」(ミカ5:2)との預言さえ成就されます。神様を敬うあなたの人生は神様の御手に支えられています。主にあって安んじましょう。

水曜日, 12月 21, 2016

20161220_マタイ2:13-18

■マタイ2:16 その後、ヘロデは、博士たちにだまされたことがわかると、非常におこって、人をやって、ベツレヘムとその近辺の二歳以下の男の子をひとり残らず殺させた。その年齢は博士たちから突き止めておいた時間から割り出したのである。
★ヘロデは、この生まれたばかりの王がいつか王座を奪うのではないかと恐れます。彼はキリストの到来の理由を完全に誤解しました。イエス・キリストはヘロデの王座を欲してはいません。イエス・キリストはヘロデの人生の王になることを望まれるお方。イエス様はへロデに永遠のいのちを与えたいのであり、彼のこの世のいのちを取り去ろうとは思っていません。イエス・キリストは人々に本当の自由、平安、喜びを与えたいと思っておられるのに、人々は、取り去られることを恐れていることは不思議です。勝利の秘訣はお互いの人生の王座をキリストに明け渡すことです。

火曜日, 12月 20, 2016

20161220_マタイ2:1-12

■マタイ2:9 彼らは王の言ったことを聞いて出かけた。すると、見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。2:10 その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。2:11 そしてその家に入って、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた。
★真の救い主を礼拝したいと願う者を神様は導いてくださりその生涯を完成させてくださるお方です。安心しましょう。握りしめている自分自身の人生の計画と言うものを持っている人がいるなら、その手を一度神様の御前に開きましょう。神様は一番良いものをあなたに返してくださるお方です。

月曜日, 12月 19, 2016

20161219_マタイ1:18-25

■マタイ1:24 ヨセフは眠りからさめ、主の使いに命じられたとおりにして、その妻を迎え入れ、
 1:25 そして、子どもが生まれるまで彼女を知ることがなく、その子どもの名をイエスとつけた。
★ガリラヤの一処女に託された主のご計画、今度は大工の青年ヨセフに託されます。神様は神をおそれる名もない人を用いて人々を祝福する救いの計画を進めれます。さてあなたに示されている計画はどんなものでしょう。

日曜日, 12月 18, 2016

20161218_2サムエル9

2サムエル9:7 ダビデは言った。「恐れることはない。私は、あなたの父ヨナタンのために、あなたに恵みを施したい。あなたの祖父サウルの地所を全部あなたに返そう。あなたはいつも私の食卓で食事をしてよい。」 9:8 彼は礼をして言った。「このしもべが何者だというので、あなたは、この死んだ犬のような私を顧みてくださるのですか。」
★メフィボシェテはダビデ王のもとを訪れることを恐れましたが、ダビデは彼を王子と同様に扱おうと考えていました。相応しくないと感じているメフィボシェテ、かといってダビデの贈り物を拒ばなければならないわけではありません。同様に神様が私たちに罪の赦しと天国の居場所を差し出してくださるとき、私たちはふさわしくないと感じるでしょう。しかし拒まず受け入れるなら、私たちはその賜物を手にすることになるのです。イエス・キリストへの信頼を通して神の賜物を受け取るすべての者には、ダビデがメフィボシェテを迎えたとき以上に温かな歓迎が待っています。それは私たちがふさわしいからではなく、神の約束のゆえ(エペソ2:89)です。

土曜日, 12月 17, 2016

20161217_2サムエル8

2サムエル8:15 ダビデはイスラエルの全部を治め、その民のすべての者に正しいさばきを行った。
★人を喜ばせようとするのではなく、神様の前に喜ばれることを求めるダビデ。それだけまわりの国々は不義が横行していたと言うことでしょうか。神様はダビデを祝福し用いられました。

金曜日, 12月 16, 2016

20161216_2サムエル7

2サムエル7:18 ダビデ王は行って【主】の前に座し、そして言った。「神、主よ。私がいったい何者であり、私の家が何であるからというので、あなたはここまで私を導いてくださったのですか。
 7:19 神、主よ。この私はあなたの御目には取るに足りない者でしたのに、あなたは、このしもべの家にも、はるか先のことまで告げてくださいました。神、主よ。これが人の定めでしょうか。
★ダビデの家系はとこしえまでも続くと語ってくださった主へのダビデの応答です。事実、ダビデの子孫としてお生まれくださったイエス・キリストは十字架によって永久の王国を打ち立て、これを治められます。私たちもその民に加えられました。

木曜日, 12月 15, 2016

20161215_2サムエル6

2サムエル6:16 【主】の箱はダビデの町に入った。サウルの娘ミカルは窓から見おろし、ダビデ王が【主】の前ではねたり踊ったりしているのを見て、心の中で彼をさげすんだ。
★そもそもミカルはダビデの第一夫人です。しかし、父親サウルのダビデへの嫉妬と殺意のゆえに痛んだのでしょう。本来喜ぶべきことも、傷のゆえに素直に喜ぶことができません。とげのある言葉の背後には痛みがあることを思います。その結果ダビデとの間に正妻でありながら生涯子を授かる機会はありませんでした。サウルの生き方の影響がこのミカルにまでかげを落とすとは残念でなりません。それにしてもどんな時でも、あるべき姿勢で神様を礼拝することはその人に祝福をもたらします。ダビデはここでそのことを証ししています。

水曜日, 12月 14, 2016

20161214_2サムエル5

2サムエル5:6 王とその部下がエルサレムに来て、その地の住民エブス人のところに行ったとき、彼らはダビデに言った。「あなたはここに来ることはできない。目の見えない者、足のなえた者でさえ、あなたを追い出せる。」彼らは、ダビデがここに来ることができない、と考えていたからであった。
 5:7 しかし、ダビデはシオンの要害を攻め取った。これが、ダビデの町である。
30歳で王となったダビデの前でエブス人は軍事的には明らかに有利で、難攻不落なシオンの壁の背後でおごりたかぶっていました。しかし、彼らは間もなく、壁の防御が完全ではないと知るはめになります。ダビデは水路を伝って町に入り込み、奇襲をかけて彼らを捕まえたのです。
ただ神様にあってのみ、真の安全と安心は得られます。その他は何であれ、一時的もしくは偽りの安全で、たとえ大きな石垣や、快適な家、安定した仕事に囲まれていても、明日何が起こるかは誰にもわかりません。神様との関係だけが、誰にも取り去られることのない唯一の安全策であことを心に刻むことは何より大切です。

火曜日, 12月 13, 2016

20161213_2サムエル4

2サムエル4:11 まして、この悪者どもが、ひとりの正しい人を、その家の中の、しかも寝床の上で殺したときはなおのこと、今、私は彼の血の責任をおまえたちに問い、この地からおまえたちを除き去らないでおられようか。」
★ダビデはイシュ・ボシェテを「無実の人」と呼びます。サウルの息子として、イシュ・ボシエテは自分を王位継承者と考える根拠がありましたが、彼は王位を狙う人間ではなく、単に不正に抵抗する強さがなかったといえるでしょう。ダビデはイシュ・ボシェテがイスラエル統一に必要な強いリーダーでないと知っていたので、彼を殺すつもりはありませんでした。神様は王国をダビデに約束しておられ、ダビデも神様がご自分の約束を果たされることを知っていたからです。イシュ・ボシェテの死の知らせを受けたとき、ダビデは怒ります。ダビデはサウルに決して害を与えませんでしたし、暗殺という方法は卑怯と考えていました。ダビデはイスラエルの統一を望んでいたのであって、イシュ・ボシェテの支持者との関係を永久的に損なう真似をしたくなかったのです。自分がサウル王の子孫断絶とは無関係であることを示すため、ダビデは暗殺者を殺すよう命令し、イシュ・ボシェテにふさわしい葬儀を行いました。

月曜日, 12月 12, 2016

20161212_2サムエル3

2サムエル3:26 ヨアブはダビデのもとを出てから使者たちを遣わし、アブネルのあとを追わせ、彼をシラの井戸から連れ戻させた。しかしダビデはそのことを知らなかった。3:27 アブネルがヘブロンに戻ったとき、ヨアブは彼とひそかに話すと見せかけて、彼を門のとびらの内側に連れ込み、そこで、下腹を突いて死なせ、自分の兄弟アサエルの血に報いた。
3:26-29ヨアブはざばきを神様にゆだねることをせず、兄弟の死の復讐をします。しかし、その復讐のために彼は自らに災いを招くことに(1列王2:31-34)。神様は復讐すべき相手に復讐をされるお方です。(ローマ12:19)。敵が苦しむのを見て喜んではならないし、復讐しようとしてはなりません。復讐を図れば、自分の心の平和を乱し、ざらなる報復の危険が増すだけです。

日曜日, 12月 11, 2016

20161211_2サムエル2

2サムエル2:22 アブネルはもう一度アサエルに言った。「私を追うのをやめて、ほかへ行け。なんでおまえを地に打ち倒すことができよう。どうしておまえの兄弟ヨアブに顔向けができよう。」2:23 それでもアサエルは、ほかへ行こうとはしなかった。それでアブネルは、槍の石突きで彼の下腹を突き刺した。槍はアサエルを突き抜けた。アサエルはその場に倒れて、そこで死んだ。アサエルが倒れて死んだ場所に来た者はみな、立ち止まった。
★サウル王の軍の指揮官アブネルはダビデの軍の指揮官ヨアブの弟アサエルに対し、引き返ざなければ命を保証しないと繰り返し警告しますが、アサエルは自らに課した義務を翻そうとしませんでした。粘り強さは、価値ある目的のためなら美点です。しかし、目指すものが個人的名誉や利得に過ぎなければ、それは単なる頑固になってしまうかもしれません。アサエルは頑固であったために自分の命を犠牲にしただけでなく、その後何年にもわたってダビデ軍の内部に不幸な亀裂をもたらすことになります。(3:26271列王2:28-35)。目標達成を決断する前に、欲に溺れることなく、それが情熱を傾ける価値のある目標かどうか確かめることは大切です。

土曜日, 12月 10, 2016

20161210_2サムエル1

2サムエル1:14 ダビデは言った。「【主】に油そそがれた方に、手を下して殺すのを恐れなかったとは、どうしたことか。」
 1:15 ダビデは若者のひとりを呼んで言った。「近寄って、これを打て。」そこで彼を打ち殺した。
★サウルの死の場におり、しかも自分がサウル王の息の根を止めたと報告すればダビデから褒美を頂けると思ったこのアマレク人を名乗る男はダビデの人格を見誤りました。神様はイエス・キリストを重んじるお方。神様を見誤ることのないように更にキリストを求めさせて頂きましょう。

金曜日, 12月 09, 2016

20161209_1サムエル31

■1サムエル31:4 サウルは、道具持ちに言った。「おまえの剣を抜いて、それで私を刺し殺してくれ。あの割礼を受けていない者どもがやって来て、私を刺し殺し、私をなぶり者にするといけないから。」しかし、道具持ちは、非常に恐れて、とてもその気になれなかった。そこで、サウルは剣を取り、その上にうつぶせに倒れた。
★サウルは生きてきたように死にました。深傷を負ったときも神様について考えたり神様の導きを求めたりすることなく、自分の手で事を始末します。私たちの生き方が今、もし望んでいるものと違っているなら、後になってそれを簡単に変えることは困難です。死が迫ってくるとき、私たちはこれまでずっとしてきたとおりの方法で神に応えることになります。死と直面するとき、自分がどんな人間かを知ることになります。どのような死に方をしたいか、その答えは今にあります。

木曜日, 12月 08, 2016

20161208_1サムエル30

■1サムエル30:6 ダビデは非常に悩んだ。民がみな、自分たちの息子、娘たちのことで心を悩まし、ダビデを石で打ち殺そうと言いだしたからである。しかし、ダビデは彼の神、【主】によって奮い立った。
★一方的な主の守りの中、アキシュ王のもとを離れイスラエルを敵とする戦いから自らの陣営に帰ったとき、ダビデはアマレク人が妻子や家畜もみなかすめ取っていったことを知らされます。上記の御言葉は、どこに悲しみをぶつけていいか分からないその時の部下たちの言葉です。しかしダビデは直面した問題のただ中にあって、批判する誰かを探したりすることではなく、神様に力を見いだし問題解決の道を模索します。

水曜日, 12月 07, 2016

20161207_1サムエル29

■1サムエル29:4 しかし、ペリシテ人の首長たちはアキシュに対して腹を立てた。ペリシテ人の首長たちは彼に言った。「この男を帰らせてください。あなたが指定した場所に帰し、私たちといっしょに戦いに行かせないでください。戦いの最中に、私たちを裏切るといけませんから。この男は、どんなことをして、主君の好意を得ようとするでしょうか。ここにいる人々の首を使わないでしょうか。
★何と感謝なことでしょう。このペリシテの首長たちの言葉によってダビデはイスラエルを敵とする戦いから外されます。その背後にはダビデを守ってくださる見えない神様の御手が。にも関わらずペリシテの王アキシュを立てての言葉と言えどもダビデは「私が何をしたというのでしょうか。私があなたに仕えた日から今日まで、このしもべに何か、あやまちでもあったのでしょうか。王さまの敵と戦うために私が出陣できないとは。」と意気込みます。人にはみな弱さがあります。その弱さが引き金となって罪に陥ることのないように。しかしそれさえも覆ってご自分の者を守ってくださる主に感謝。

火曜日, 12月 06, 2016

20161206_1サムエル28

■1サムエル28:8 サウルは、変装して身なりを変え、ふたりの部下を連れて、夜、その女のところに行き、そして言った。「霊媒によって、私のために占い、私の名ざす人を呼び出してもらいたい。」
 28:9 すると、この女は彼に言った。「あなたは、サウルがこの国から霊媒や口寄せを断ち滅ぼされたことをご存じのはずです。それなのに、なぜ、私のいのちにわなをかけて、私を殺そうとするのですか。」
★サウルは国土から魔術の罪を取り除きましたが、自分の心から取り除くことはしませんでした。正しいことは何かを知り、間違っていることを非難することは、正しいことを「行う」ことの代わりにはなりません。

月曜日, 12月 05, 2016

20161204_1サムエル26

■1サムエル27:1 ダビデは心の中で言った。「私はいつか、いまに、サウルの手によって滅ぼされるだろう。ペリシテ人の地にのがれるよりほかに道はない。そうすれば、サウルは、私をイスラエルの領土内で、くまなく捜すのをあきらめるであろう。こうして私は彼の手からのがれよう。」
★かつての敵ペリシテの地に下らなければならないとは、どれほどのダビデは屈辱でしょう。しかしそこで彼は神様の時を待ち望みます。主はあなたがどこにいるときにも共にいて下さいます。苦難の時こそ主の名を呼び、罪に陥ることのないように助けを求めましょう。

日曜日, 12月 04, 2016

20161204_1サムエル26

■1サムエル26:10 ダビデは言った。「【主】は生きておられる。【主】は、必ず彼を打たれる。彼はその生涯の終わりに死ぬか、戦いに下ったときに滅ぼされるかだ。
 26:11 私が、【主】に油そそがれた方に手を下すなど、【主】の前に絶対にできないことだ。さあ、今は、あの枕もとにある槍と水差しとを取って行くことにしよう。」
★聖書はサウルとダビデの物語を通して繰り返し、繰り返しさばきについて教えます。「さばきは主のもの」と。

土曜日, 12月 03, 2016

20161203_1サムエル25

■1サムエル25:32 ダビデはアビガイルに言った、「きょう、あなたをつかわして、わたしを迎えさせられたイスラエルの神、主はほむべきかな。
 25:33 あなたの知恵はほむべきかな。またあなたはほむべきかな。あなたは、きょう、わたしがきて血を流し、手ずからあだを報いることをとどめられたのです。
 25:34 わたしがあなたを害することをとどめられたイスラエルの神、主はまことに生きておられる。もしあなたが急いでわたしに会いにこなかったならば、あすの朝までには、ナバルのところに、ひとりの男も残らなかったでしょう」。
★恩に報いることをせずダビデを逃亡した奴隷に譬えるならず者ナバル。それに対してその妻アビガイルは何と聡明で人生の中で神様が働かれる機会を積極的につくることができる婦人でしょう。人は偉大な働きをするのに肩書きを必要としません。

金曜日, 12月 02, 2016

20161202_1サムエル24

■1サムエル24:14 イスラエルの王は、だれを追って出てこられたのですか。あなたは、だれを追っておられるのですか。死んだ犬を追っておられるのです。一匹の蚤を追っておられるのです。
★ダビデの従者たちは彼に言った、「主があなたに告げて、『わたしはあなたの敵をあなたの手に渡す。あなたは自分の良いと思うことを彼にすることができる』と言われた日がきたのです」。そこでダビデは立って、ひそかに、サウルの上着のすそを切った。しかし後になって、ダビデはサウルの上着のすそを切ったことに、心の責めを感じた。」の記事にはあらゆる調整が求められるリーダーの難しさを思います。サウルの裾さえ切りたくないダビデでしたが兵士たちの気持ちを抑えるためにそれをせざるを得ませんでした。しかしダビデの本心はまさに14節の言葉で、自らを傷つける者の自尊心さえ保たせようと心を砕くのです。人を計るはかりで自らも計りかえされることを肝に銘じましょう。

木曜日, 12月 01, 2016

20161201_1サムエル23

■1サムエル23:14 ダビデは荒野や要害に宿ったり、ジフの荒野の山地に宿ったりした。サウルはいつもダビデを追ったが、神はダビデをサウルの手に渡さなかった。
★まさにこのことが25節から記されています。「サウルとその部下がダビデを捜しに出て来たとき、このことがダビデに知らされたので、彼はマオンの荒野の中で、岩のところに下り、そこにとどまった。サウルはこれを聞き、ダビデを追ってマオンの荒野に来た。
 23:26 サウルは山の一方の側を進み、ダビデとその部下は山の他の側を進んだ。ダビデは急いでサウルから逃げようとしていた。サウルとその部下が、ダビデとその部下を捕らえようと迫って来ていたからである。
 23:27 そのとき、ひとりの使者がサウルのもとに来て告げた。「急いで来てください。ペリシテ人がこの国に突入して来ました。」
 23:28 それでサウルはダビデを追うのをやめて帰り、ペリシテ人を迎え撃つために出て行った。こういうわけで、この場所は、「仕切りの岩」と呼ばれた。」と。主はあなたを悪しき者の手から救い出してくださるお方です。