木曜日, 5月 08, 2014

20140508_創世記37 マタイ12@1-21

■創世記37:6ヨセフは彼らに言った。「どうか私の見たこの夢を聞いてください。37:7見ると、私たちは畑で束をたばねていました。すると突然、私の束が立ち上がり、しかもまっすぐに立っているのです。見ると、あなたがたの束が回りに来て、私の束におじぎをしました。」
★「ヨセフは兄たちの悪いうわさを父に告げた」とも聖書は記してありますが、その上にこの夢の紹介です。悪意はないとしてもあまりに幼い、人の気持ちの分からないヨセフでした。もちろんその原因をつくったのはヨセフ本人もさることながら、それ以上に父ヤコブの他の息子たちを差し置いたヨセフへの溺愛でした。親として学ぶべき教訓がここにありますが、そうした人の愚かさをも越えてご自身の計画を進められる神様。この神様の御手に握られ錬り鍛えられた者は、やがて歴史の表舞台で御国への貢献者として輝きます。

■マタイ12:12人間は羊より、はるかに値うちのあるものでしょう。それなら、安息日に良いことをすることは、正しいのです。」
★「七日目は、あなたの神、【主】の安息である。あなたはどんな仕事もしてはならない。あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの男奴隷や女奴隷、家畜、また、あなたの町囲みの中にいる在留異国人も。」との十戒がイスラエルの民に与えられたのは神様がイスラエルにあわれみを示すためでした。規則の背後には必ずその規則の制定者がいます。何より大切なことは、その制定者の心を理解し運用することで、廃すべき悪しきルールか、役割を既に終え廃すべきものかもその基準で見分けます。

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