金曜日, 5月 16, 2014

20140516_創世記45 マタイ18

■創世記45:28イスラエルは言った。「それで十分だ。私の子ヨセフがまだ生きているとは。私は死なないうちに彼に会いに行こう。
★ヨセフが兄たちに語った「だから、今、私をここに遣わしたのは、あなたがたではなく、実に、神なのです。神は私をパロには父とし、その全家の主とし、またエジプト全土の統治者とされたのです。」と中心聖句はどちからと迷いますが、父ヤコブがヨセフの存在を喜ぶ方を取りました。生きていてくれるだけでもう十分である。満足である。会いたい。嬉しい。これが父の心です。天のお父様にとってもあなたはそんな存在です。より能力が高いか、豊かか、美しいか、そんなことは関係ありません。ただあなたの存在が嬉しいのです。天の父を求めましょう。

■マタイ18:35「あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天のわたしの父も、あなたがたに、このようになさるのです。」
★赦しはあなたの人生においてオプションではありません。あなたが自由と祝福の人生を生きるための必須条件です。しかし人には、自分を傷つけた人を赦す力はありません。赦しの力は主からです。だから主に赦される経験が不可欠です。主に受けた傷の痛みを知って頂き、受け取って頂き、他者を主に赦されたように赦し、裁きを主に委ねるのです。過去の自分を赦すこともオプションではありません。あなたが幸いを生きるためです。いってらっしゃい。

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