月曜日, 6月 13, 2016

20160613_ハガイ1 ローマ4

■ハガイ1:8 山に登り、木を運んで来て、宮を建てよ。そうすれば、わたしはそれを喜び、わたしの栄光を現そう。【主】は仰せられる。 1:9 あなたがたは多くを期待したが、見よ、わずかであった。あなたがたが家に持ち帰ったとき、わたしはそれを吹き飛ばした。それはなぜか。──万軍の【主】の御告げ──それは、廃墟となったわたしの宮のためだ。あなたがたがみな、自分の家のために走り回っていたからだ。
★「まず神の国とその義とを求めよ」とありますが、自分の生活に埋没し、その思いから神様を押し出してしまっている民の姿への戒めがここにあります。その背後には約束に従う者を必ず豊かにされる神様がおられるからです。

■ローマ  4:21 神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。 4:22 だからこそ、それが彼の義とみなされたのです。
★アブラハムが信仰の父とされたゆえんです。「神様は約束されたことを成就する力がある」。あなたは神様の力と約束に対する姿勢についてどのように受け取っておられますか。

日曜日, 6月 12, 2016

20160612_ゼパニヤ3 ローマ3

■ゼパニヤ3:17 あなたの神、【主】は、あなたのただ中におられる。救いの勇士だ。主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によって安らぎを与える。主は高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる。

■ローマ  3:20 なぜなら、律法を行うことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。 3:21 しかし、今は、律法とは別に、しかも律法と預言者によってあかしされて、神の義が示されました。 3:22 すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。
★なぜ神様は信仰によってのみ私たちを救われるのでしょう。信仰は私たちが行う行為ではないので、人間の努力という思い上がりを取り除きます。信仰は、私たちが行うことではなく、神様がなさったことを賛美すること。信仰は、私たちには律法を守ることができず、神様の基準に達することができないことを認めること。信仰は、神様に対する自らの功績ではなく、神様との関係に基づいているもの。信じて仰ぎましょう。そこに救いがあります。

土曜日, 6月 11, 2016

20160611_ゼパニヤ2 ローマ2

■ゼパニヤ2:3 主の定めを行うこの国のすべてのへりくだる者よ。【主】を尋ね求めよ。義を求めよ。柔和を求めよ。そうすれば、【主】の怒りの日にかくまわれるかもしれない。
★旧約時代の預言者たちはみな滅びを警告しますが、同時に滅びから逃れる方法も教えています。罪から離れ、神様と共に歩むそれれです。

■ローマ  2:28 外見上のユダヤ人がユダヤ人なのではなく、外見上のからだの割礼が割礼なのではありません。 2:29 かえって人目に隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、文字ではなく、御霊による、心の割礼こそ割礼です。その誉れは、人からではなく、神から来るものです。
★自分の姿が見えていない故ですが、いかにも自分は全ての律法を守り行うことができますとのおごった生き方は決して神様の御前に受け入れられることはありません。そうではなく、砕かれた心をもって神様に近づくことがいかに尊いことか。水は高いところから低いところに流れるように神様の恵みも同じように流れます。

金曜日, 6月 10, 2016

20160610_ゼパニヤ1 ローマ1

■ゼパニヤ1:7 神である主の前に静まれ。【主】の日は近い。【主】が一頭のほふる獣を備え、主に招かれた者を聖別されたからだ。
★ゼパニヤはユダの王ヨシヤの時代(前640-609年)の預言者です。ヨシヤは神に従う者であり、その治世に律法の書が神殿内で発見されます。ヨシヤはそれを読むと、ユダ王国で宗教的大改革を始めました(2列王22:1-23:25)。ゼパニヤは民に、もし罪から離れなければ神様のさばきが下ると警告し、この大改革を応援しました。民はこの大改革によりわずかな期間、神様に立ち返りますが、完全に偶像礼拝を捨てることができず、ヨシヤの死後4年経って、ネブカデネザルのもとイスラエル人は捕囚の民となります。

■ローマ 1:2 ──この福音は、神がその預言者たちを通して、聖書において前から約束されたもので、
 1:3 御子に関することです。御子は、肉によればダビデの子孫として生まれ、
★福音とは御子そのものです。キリスト教教理が人を救うのではありません。キリストとの出会いがあなたを救います。

木曜日, 6月 09, 2016

20160609_エゼキエル48 2コリント13

■エゼキエル48:35 町の周囲は一万八千キュビトあり、その日からこの町の名は、『主はここにおられる』と呼ばれる。」
★エゼキエル書の最終章で、最後は新しい神殿、新しい場所での礼拝です。主の者とされたあなたがこそが神殿であり、キリストによって回復された神様との交わりは永遠に続きます。

■2コリント13:5 あなたがたは、信仰に立っているかどうか、自分自身をためし、また吟味しなさい。それとも、あなたがたのうちにはイエス・キリストがおられることを、自分で認めないのですか──あなたがたがそれに不適格であれば別です。──
 13:8 私たちは、真理に逆らっては何をすることもできず、真理のためなら、何でもできるのです。
★信仰によって、高価で貴い者として回復された自分を受け入れ、信仰に立って行動することが祝福を受け取る秘訣です。

水曜日, 6月 08, 2016

2020160608_エゼキエル47 2コリント12

■エゼキエル47:9 この川が流れて行く所はどこででも、そこに群がるあらゆる生物は生き、非常に多くの魚がいるようになる。この水が入ると、そこの水が良くなるからである。この川が入る所では、すべてのものが生きる。
★この川とは聖霊を意味し、あなたを生かします。

■2コリント12:9 しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。12:10 ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。
★弱いときにこそ強い。キリストにある奥義です。

火曜日, 6月 07, 2016

20160607_エゼキエル46 2コリント11

■エゼキエル46:2 君主は外側の門の玄関の間を通って入り、門の戸口の柱のそばに立っていなければならない。祭司たちは彼の全焼のいけにえと、和解のいけにえをささげ、彼は門の敷居のところで礼拝して出て行かなければならない。門は夕暮れまで閉じてはならない。
★あなたのために神様に近づく戸はいつも開かれています。

■2コリント11:21 言うのも恥ずかしいことですが、言わなければなりません。私たちは弱かったのです。しかし、人があえて誇ろうとすることなら、──私は愚かになって言いますが──私もあえて誇りましょう。
★このあとパウロはあえて自分の肉の誇りを紹介しますが、その理由はコリントの中に自らの肉を尊大に誇り、幼いクリスチャンを混乱させている者がいたからです。残念なかぎりです。パウロのこの言葉によって彼らは自らの愚かさに気がつけばいいのですが。

月曜日, 6月 06, 2016

20160606_エゼキエル45 2コリント10

■エゼキエル45:1 あなたがたがその地を相続地として、くじで分けるとき、その地の聖なる区域を奉納地として【主】にささげなければならない。その長さは二万五千キュビト、幅は一万キュビト。その周囲の全域は聖なる地である。
★神殿のために割り当てられた土地は、国の中央に位置します。神様は私たちの生活の中心でなければなりません。

■2コリント10:12 私たちは、自己推薦をしているような人たちの中のだれかと自分を同列に置いたり、比較したりしようなどとは思いません。しかし、彼らが自分たちの間で自分を量ったり、比較したりしているのは、知恵のないことなのです。10:17 誇る者は、主を誇りなさい。 10:18 自分で自分を推薦する人でなく、主に推薦される人こそ、受け入れられる人です。
★あなたは自分を人と較べる必要は全くありません。主との交わりの中で感謝の応答を主にささげる者でありましょう。

日曜日, 6月 05, 2016

20160605_エゼキエル44 2コリント9

■エゼキエル44:15 しかし、イスラエル人が迷ってわたしから離れたときもわたしの聖所の任務を果たした、ツァドクの子孫のレビ人の祭司たちは、わたしに近づいてわたしに仕え、わたしに脂肪と血とをささげてわたしに仕えることができる。──神である主の御告げ──
★この章でツァドクの子孫に言及されているのは、他の部族が腐敗する中、ツァドクの家系の多くの者が神様に忠実であり続けたからです。ツァドクは神様がソロモンをダビデの跡継ぎとして選ばれたことを支持したため、ソロモンの治世の間、大祭司に任命されます。(1列王1:32-35、2:27、35)。ツァドクの子孫は旧約聖書と新約聖書の中間の時代を通じて、真の祭司の家系とされます。主はまさにあなたの隠れた忠実を見ておられるお方です。

■2コリント9:6 私はこう考えます。少しだけ蒔く者は、少しだけ刈り取り、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ります。9:7 ひとりひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい。神は喜んで与える人を愛してくださいます。9:8 神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ち足りて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。
★聖徒の入り用についてのパウロの記述です。主によって豊かにされた感謝をもって強いられることなく応答しましょう。主はむくいてくださいます。

土曜日, 6月 04, 2016

20160604_エゼキエル43 2コリント8

■エゼキエル43:7 その方は私に言われた。「人の子よ。ここはわたしの玉座のある所、わたしの足の踏む所、わたしが永遠にイスラエルの子らの中で住む所である。イスラエルの家は、その民もその王たちも、もう二度と、淫行や高き所の王たちの死体で、わたしの聖なる名を汚さない。43:9 今、彼らにその淫行や王たちの死体をわたしから遠く取り除かせなければならない。わたしは永遠に彼らの中に住もう。
★清くあろうとする人の努力によってではなく、主の臨在に触れるとき人は清くされます。主ご自身を求めましょう。思いを主に向けましょう。主の臨在に触れて頂けるように。

■2コリント8:9 あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。
 8:12 もし熱意があるならば、持たない物によってではなく、持っている程度に応じて、それは受納されるのです。
★主から富む者とされたお互いが成熟へと進む方向性が示されています。与えることに富む姿勢。主からのチャレンジに応答しましょう。

金曜日, 6月 03, 2016

20160603_エゼキエル41-42 2コリント7

■エゼキエル41:4 彼はまた、本堂に面して長さ二十キュビト、幅二十キュビトを測って、私に「これが至聖所だ」と言った。
★「これ」とは今やあなたです。あなたこそが神の聖所とされました。一つ一つ神殿の詳細を計るようにと命じられた背景には、理解するようにとの意図がありました。いたずらに信じないで、父なる神様によってもたらされたキリストの贖いをしっかりと理解し、受け入れるとき、あなたは永遠の命と天国への約束を手にします

■2コリント7:8 あの手紙によってあなたがたを悲しませたけれども、私はそれを悔いていません。あの手紙がしばらくの間であったにしろあなたがたを悲しませたのを見て、悔いたけれども、7:9 今は喜んでいます。あなたがたが悲しんだからではなく、あなたがたが悲しんで悔い改めたからです。あなたがたは神のみこころに添って悲しんだので、私たちのために何の害も受けなかったのです。7:10 神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。
★罪をいかに悲しむかによって人の人生は変わります。世の悲しみとは、罪自体を悲しまず、罪がもたらす結果や、罪を犯していることがばれることを悲しむように人を導きますが、御心にそう悲しみはひとを罪のゆるしと救いへと導きます。ペテロの激しい後悔と悔い改めと、イスカリオテ・ユダの悲しみと自殺と比較してみましょう。罪そのものを悲しむ者であれますように。

木曜日, 6月 02, 2016

20160602_エゼキエル40 2コリント6

■エゼキエル40:1 私たちが捕囚となって二十五年目の年の初め、その月の十日、町が占領されてから十四年目のちょうどその日、【主】の御手が私の上にあり、私をそこへ連れて行った。 40:2 すなわち、神々しい幻のうちに、私はイスラエルの地へ連れて行かれ、非常に高い山の上に降ろされた。その南のほうに町が建てられているようであった。
★捕囚の中で希望を失った民を、再び主が完全な神殿へと連れ戻す希望のメッセージです。どんなところにあっても主はあなたを完全な場所へと連れ戻すことのできるお方です。

■2コリント6:16 神の宮と偶像とに、何の一致があるでしょう。私たちは生ける神の宮なのです。神はこう言われました。「わたしは彼らの間に住み、また歩む。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。
★「神の宮となるために私はどうしたらよいのでしょう」ではありません。あなたは既にキリストによって神の宮とされました。神様はあなたを通してキリストの香りを放たれます。行ってらっしゃい。

水曜日, 6月 01, 2016

20160601_エゼキエル39 2コリント5

■エゼキエル39:7 わたしは、わたしの聖なる名をわたしの民イスラエルの中に知らせ、二度とわたしの聖なる名を汚させない。諸国の民は、わたしが【主】であり、イスラエルの聖なる者であることを知ろう。39:29 わたしは二度とわたしの顔を彼らから隠さず、わたしの霊をイスラエルの家の上に注ぐ。──神である主の御告げ──」
★こうして注がれた御霊が主の復活50日目のペンテコステの出来事で、今あなたの内におられる御霊様です。

■2コリント5:17 だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。 5:18 これらのことはすべて、神から出ているのです。神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。 5:19 すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。
★ただでゆるされた者に責めではなく、和解の言葉を託された。これは強いられすることではなく、ゆるされた者としてむしろ当然そうしたいと願うこと。主のなされた証しの生涯に生きる幸いを覚えます。

火曜日, 5月 31, 2016

20160531_エゼキエル38 2コリント4

■エゼキエル38:3 言え。神である主はこう仰せられる。メシェクとトバルの大首長であるゴグよ。今、わたしは、あなたに立ち向かう。38:23 わたしがわたしの大いなることを示し、わたしの聖なることを示して、多くの国々の見ている前で、わたしを知らせるとき、彼らは、わたしが【主】であることを知ろう。」
★神様の栄光が明らかになり、やがて諸国民は神様のみが人間の歴史を支配しておられることを理解する時が来ます。神様はご自分の民を祖国に復興ざせ、その愛をはっきりと示されます。その時そこにあなたはいます。

■2コリント3:2  4:16 ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。 4:17 今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。4:18 私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。
★勇気を失わない理由は4:14 「主イエスをよみがえらせた方が、私たちをもイエスとともによみがえらせ、御前に立たせてくださる」からです。

月曜日, 5月 30, 2016

20160530_エゼキエル37 2コリント3

■エゼキエル37:26 わたしは彼らと平和の契約を結ぶ。これは彼らとのとこしえの契約となる。わたしは彼らをかばい、彼らをふやし、わたしの聖所を彼らのうちに永遠に置く。37:27 わたしの住まいは彼らとともにあり、わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。37:28 わたしの聖所が永遠に彼らのうちにあるとき、諸国の民は、わたしがイスラエルを聖別する【主】であることを知ろう。」
★「息に預言せよ。人の子よ。預言してその息に言え。神である主はこう仰せられる。息よ。四方から吹いて来い。この殺された者たちに吹きつけて、彼らを生き返らせよ。」と命じられる主の約束です。

■2コリント3:2 私たちの推薦状はあなたがたです。それは私たちの心にしるされていて、すべての人に知られ、また読まれているのです。
 3:3 あなたがたが私たちの奉仕によるキリストの手紙であり、墨によってではなく、生ける神の御霊によって書かれ、石の板にではなく、人の心の板に書かれたものであることが明らかだからです。
★イエス様の命の代価によって神様の者とされたあなた。あなたは父なる神様の喜びであり誇りです。

土曜日, 5月 28, 2016

20160528_エゼキエル35 2コリント1

■エゼキエル35:15 おまえは、イスラエルの家の相続地が荒れ果てたのを喜んだが、わたしはおまえに同じようにしよう。セイルの山よ。おまえは荒れ果て、エドム全体もそうなる。人々は、わたしが【主】であることを知ろう。
★「わたしは聞いている。……わたしが主であることを知ろう。」が繰り返される章です。裁きのゆえにではなく、恵みのゆえに主であることを悟る謙虚な霊に生かされる者でありますように。

■2コリント1:19 私たち、すなわち、私とシルワノとテモテとが、あなたがたに宣べ伝えた神の子キリスト・イエスは、「しかり」と同時に「否」であるような方ではありません。この方には「しかり」だけがあるのです。 1:20 神の約束はことごとく、この方において「しかり」となりました。それで私たちは、この方によって「アーメン」と言い、神に栄光を帰するのです。

金曜日, 5月 27, 2016

20160527_エゼキエル34 1コリント16

■エゼキエル34:11 まことに、神である主はこう仰せられる。見よ。わたしは自分でわたしの羊を捜し出し、これの世話をする。34:12 牧者が昼間、散らされていた自分の羊の中にいて、その群れの世話をするように、わたしはわたしの羊を、雲と暗やみの日に散らされたすべての所から救い出して、世話をする。
★あなたのことをとことん愛しておられるお方がおられます。

■1コリント16:13 目を覚ましていなさい。堅く信仰に立ちなさい。男らしく、強くありなさい。 16:14 いっさいのことを愛をもって行いなさい。
★愛を基としなければ高慢になり、問題を引き起こす人になります。主の愛で心が常に満ち足りている者であれるように主に求めましょう。

木曜日, 5月 26, 2016

20160526_エゼキエル33 1コリント15@29-58

■エゼキエル33:13 わたしが正しい人に、『あなたは必ず生きる』と言っても、もし彼が自分の正しさに拠り頼み、不正をするなら、彼の正しい行いは何一つ覚えられず、彼は自分の行った不正によって死ななければならない。33:14 わたしが悪者に、『あなたは必ず死ぬ』と言っても、もし彼が自分の罪を悔い改め、公義と正義とを行い、33:15 その悪者が質物を返し、かすめた物を償い、不正をせず、いのちのおきてに従って歩むなら、彼は必ず生き、死ぬことはない。
★何とかして救おうとする父なる神様の心が鮮やかです。

■1コリント15:49 私たちは土で造られた者のかたちを持っていたように、天上のかたちをも持つのです。15:51 聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみな、眠ることになるのではなく変えられるのです。15:52 終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。15:58 ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。
★ どうか希望を持たない者であるかの様に歩むことがありませんように。

水曜日, 5月 25, 2016

20160525_エゼキエル32 1コリント15@1-28

■エゼキエル32:18 「人の子よ。エジプトの群集のために嘆け。その民と強国の民の娘たちとを、穴に下る者たちとともに地下の国に下らせよ。32:19 『あなたはだれよりもすぐれているのか。下って行って、割礼を受けていない者たちとともに横たわれ。』
★私たちの死と死後のいのちを支配しておられる神様に栄光がありますように。

■1コリント15:12 ところで、キリストは死者の中から復活された、と宣べ伝えられているのなら、どうして、あなたがたの中に、死者の復活はない、と言っている人がいるのですか。15:13 もし、死者の復活がないのなら、キリストも復活されなかったでしょう。
★ 死後、肉体から離れた魂の永遠の生ではなりません。復活です。栄光の身体が伴う復活です。その復活がキリストにあって約束されました。霊を持つ者であり栄光の身体を持つ者として。キリストが再び来られその時、あなたのうちにおられる聖霊がそのことをしてくださいます。

火曜日, 5月 24, 2016

20160524_エゼキエル31 1コリント14

■エゼキエル31:10 それゆえ、神である主はこう仰せられる。そのたけが高くなり、そのこずえが雲の中にそびえ、その心がおごり高ぶったから、31:11 わたしは、これを諸国の民のうちの力ある者の手に渡した。彼はこれをひどく罰し、わたしも、その悪行に応じてこれを追い出した。
★アッシリア同様にエジプトもその力と美しさを誇ります。しかし神様は上の御言葉のように語られます。

■1コリント14:31 あなたがたは、みながかわるがわる預言できるのであって、すべての人が学ぶことができ、すべての人が勧めを受けることができるのです。14:32 預言者たちの霊は預言者たちに服従するものなのです。
★ 神様は混乱の神ではなく、平和の神様です。自由と秩序が調和した人生を、聖霊様の助けによって歩めますように。

月曜日, 5月 23, 2016

20160523_エゼキエル30 1コリント13

■エゼキエル30:12 わたしはナイル川を干上がった地とし、その国を悪人どもの手に売り、他国人の手によって、その国とそこにあるすべての物を荒れ果てさせる。【主】であるわたしがこれを語る。
★エジプトにとってナイル川はいのちある者の生命線。もし主がそれを干上がらせられるなら。限度をこえて人は主の前に誇ってはなりません。

■1コリント13:13 こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。
★主の贖いによって永遠に続くものを3つも頂けたとは、どのようにこの感謝をあらわせばよいのでしょう。

日曜日, 5月 22, 2016

20160522_エゼキエル29 1コリント12

■エゼキエル29:9 エジプトの地は荒れ果てて廃墟となる。このとき、彼らは、わたしが【主】であることを知ろう。それは彼が、『川は私のもの。私がこれを造った』と言ったからだ。
★『川は私のもの。私がこれを造った』と、この言葉ゆえにエジプトは「どの王国にも劣り、二度と諸国の民の上にぬきんでることはない。彼らが諸国の民を支配しないように、わたしは彼らを小さくする。」(29:15)との神様からの宣告をうけることに。

■1コリント12:7 しかし、みなの益となるために、おのおのに御霊の現れが与えられているのです。
★何のために御霊の賜物をいただいたのでしょう。

土曜日, 5月 21, 2016

20160521_エゼキエル28 1コリント11

■エゼキエル28:2 「人の子よ。ツロの君主に言え。神である主はこう仰せられる。あなたは心高ぶり、『私は神だ。海の真ん中で神の座に着いている』と言った。あなたは自分の心を神のようにみなしたが、あなたは人であって、神ではない。
★あまりにも当たり前のこと。この真理を受け取る時、人は神様の前にも人の前にも謙虚であることができます。しかし、この真理を退けるならやがてその人自身が退けられます。天使長のひとりであったルシファーがサタンとなって神様の前から退けられたその動機が書かれた箇所でもあります。

■1コリント11:33 ですから、兄弟たち。食事に集まるときは、互いに待ち合わせなさい。 11:34 空腹な人は家で食べなさい。それは、あなたがたが集まることによって、さばきを受けることにならないためです。その他のことについては、私が行ったときに決めましょう。
★分かち合うこともいたわり合うことも乏しい教会、それがコリントの教会の課題でした。

金曜日, 5月 20, 2016

20160520_エゼキエル27 1コリント10

■エゼキエル27:3 あなたはツロに言え。海の出入口に住み、多くの島々の民と取り引きをする者よ。神である主はこう仰せられる。ツロよ。『私は全く美しい』とおまえは言った。27:4 おまえの領土は海の真ん中にあり、おまえを築いた者は、おまえを全く美しく仕上げた。
★ツロの美しざはおごりの源であり、そのおごりは神様のざばきを確実なものとします。自分の功績に対するうぬぼれやプライドは危険信号です。神は私たちが自分のしたことに対して喜びを持ったり、満足したりすることに反対なさるわけではありませんが、尊大さや膨らみすぎた自尊心によって人を見下すことははっきりと非難なさいます。

■1コリント10:12 ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。10:13 あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。

木曜日, 5月 19, 2016

20160519_エゼキエル26 1コリント9

■エゼキエル26:2 「人の子よ。ツロはエルサレムについて、『あはは。国々の民の門はこわされ、私に明け渡された。私は豊かになり、エルサレムは廃墟となった』と言ってあざけった。26:21 わたしはおまえを恐怖とする。おまえはもう存在しなくなり、人がおまえを尋ねても、永久におまえを見つけることはない。──神である主の御告げ──」
★フェニキアの首都ツロとユダは、南はエジプト、北はメソポタミヤとの貿易で競い合うものでした。ユダは陸路、ツロは海路を用いて。ユダの廃墟を喜んだツロへの神様のこの言葉を通して、いかに神様が選びの民を愛していることか。義に満ちておられるお方かが分かります。隣人に関わる動機が恵みと真で満たされるように祈りましょう。


■1コリント9:22 弱い人々には、弱い者になりました。弱い人々を獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなりました。それは、何とかして、幾人かでも救うためです。9:27 私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。
★もちろんパウロの願いは、鎖は別としてすべての人が自分の様になってくれること。しかし具体的には、いま関われる幾人かの人の救いのために仕えることでした。パウロは福音の力を生き方と切り離して、単なることばとして表すことなく、彼自身の存在をかけて証しするものとして理解します。宣べ伝えておきながら失格者とならないように。

水曜日, 5月 18, 2016

20160518_エゼキエル25 1コリント8

■エゼキエル25:3 あなたはアモン人に言え。神である主のことばを聞け。神である主はこう仰せられる。わたしの聖所が汚されたとき、イスラエルの地が荒れ果てたとき、ユダの家が捕囚となって行ったとき、あなたは、あはは、と言ってあざけった。
★25章は南ユダ王国を取り巻く7つの国に与えられたメッセージです。アモン人は神殿の破壊を喜んだことでざばかれ、モアブ人は、ユダを特別な人たちとしてあざけったことで、エドム人はユダヤ人を特に嫌ったことで、ペリシテ人は復讐したことでさばかれます。これらあざけったすべての国はすぐに、神様が畏怖すべきお方であることを知ることになります。どれほど神様は真実を持ってご自身の選びの民を導こうとしてくださっていることか。

■1コリント8:11 その弱い人は、あなたの知識によって、滅びることになるのです。キリストはその兄弟のためにも死んでくださったのです。 8:12 あなたがたはこのように兄弟たちに対して罪を犯し、彼らの弱い良心を踏みにじるとき、キリストに対して罪を犯しているのです。8:13 ですから、もし食物が私の兄弟をつまずかせるなら、私は今後いっさい肉を食べません。それは、私の兄弟につまずきを与えないためです。
★キリスト者がいかに生きるべきか。弱い良心の兄弟たちをつまずかせないために。食べなくても飲まなくても損にはなりませんし、食べても飲まなくても益にはなりません。弱い者への思いやりをもって生きることは神様の前に歩むことです。

火曜日, 5月 17, 2016

20160517_エゼキエル24 1コリント7

■エゼキエル24:14 【主】であるわたしは言った。それは必ず起こる。わたしはそれを行って、なおざりにせず、惜しまず、思い直しもしない。あなたの行いや、わざにしたがって、あなたをさばく。──神である主の御告げ──」
★神様はエゼキエルに何と難しい宿題を与えたことでしょう。死ぬ妻のために嘆いてはならないと。しかしエゼキエルは完全に従いました。このような普通ではない出来事は、神様がその民との関係を象徴的に示すために用いられることがあります。神の民の救いの為に見えないところで誰かが犠牲を払っている場合があります。その極みは父なる神様が私たちのためにイエス様を十字架にまで与えてくださった愛と、イエス様の死に至るまでの十字架でした。その打たれた傷によってあなたは癒やされました。


■1コリント7:19 割礼は取るに足らぬこと、無割礼も取るに足らぬことです。重要なのは神の命令を守ることです。7:20 おのおの自分が召されたときの状態にとどまっていなさい。7:21 奴隷の状態で召されたのなら、それを気にしてはいけません。しかし、もし自由の身になれるなら、むしろ自由になりなさい。
★主に受け入れていただくために自分が何をするかが重要ではありません。キリストの恵みによって受け入れられた者としていかに従順に主の前を生きるかが重要です。自分のことを忘れれるほどキリストの愛に捉えられますように。

月曜日, 5月 16, 2016

20160516_エゼキエル23 1コリント6

■エゼキエル23:39 偶像のために、自分たちの子どもを殺し、その同じ日にわたしの聖所に来て、これを汚した。彼らはなんと、このようなことをわたしの家の中でした。
★オホラとオホリバとは主ではなく他の国々との同盟によって自らを守ろうとするサマリヤとエルサレムを表しています。あまりに情けなく読むのを止め、目を覆いたくなるような記述の原因は偶像礼拝がイスラエルにもたらしたものです。

■1コリント6:19 あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。6:20 あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現しなさい。

日曜日, 5月 15, 2016

201605153_エゼキエル22 1コリント5

■エゼキエル22:18 「人の子よ。イスラエルの家はわたしにとってかなかすとなった。彼らはみな、炉の中の青銅、すず、鉄、鉛であって、銀のかなかすとなった。
★試された結果、かなかすとは何と残念なことでしょう。主以外の者に心を向けより頼んだ結果です。しかし人が主に向くとき栄光から栄光へと変えられて行きます。

■1コリント5:4 あなたがたが集まったときに、私も、霊においてともにおり、私たちの主イエスの権能をもって、5:5 このような者をサタンに引き渡したのです。それは彼の肉が滅ぼされるためですが、それによって彼の霊が主の日に救われるためです。
★もし教会が人を裁くとしたらその本質は回復のためです。根底に主にある深い愛がないとするならばあなたはその思いをためらうことなく大胆に捨てなければなりません。教会とは人が回復し、主の恵みによって建てあげられて行く希望の交わりです。

土曜日, 5月 14, 2016

20160514_エゼキエル21 1コリント4

■エゼキエル21:2 「人の子よ。顔をエルサレムに向け、聖所に向かって語りかけよ。イスラエルの地に向かって預言せよ。21:3 イスラエルの地に言え。『【主】はこう仰せられる。今、わたしはあなたに立ち向かう。わたしは剣をさやから抜き、あなたのうちから、正しい者も悪者も断ち滅ぼす。
★かつてダビデは民の数をかぞえさせ罪を犯しその指摘を受けたとき、人の手にではなく神様あなたの手に陥らせてくださいと語りました。神様は間違いのないお方、神様に立ち向かっていただき、正しい裁きを頂ける民の幸いを覚えます。

■1コリント4:4私にはやましいことは少しもありませんが、だからといって、それで無罪とされるのではありません。私をさばく方は主です。 4:5 ですから、あなたがたは、主が来られるまでは、何についても、先走ったさばきをしてはいけません。主は、やみの中に隠れた事も明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされます。そのとき、神から各人に対する称賛が届くのです。4:20 神の国はことばにはなく、力にあるのです。
★人とは自分に対しても他者に対してもレッテルを貼り、それでもって理解したつもりとなり、安心しやすい者。関わる基準を貼ったレッテルで決めることができるからでしょうか。しかしパウロは自らを神とする、その間違いをここで指摘します。自分を救う道は、完全な裁きをなせるお方は主以外にないことを告白し続ける延長線上にあります。

金曜日, 5月 13, 2016

20160513_エゼキエル20 1コリント3

■エゼキエル20:33 わたしは生きている、──神である主の御告げ──わたしは憤りを注ぎ、力強い手と伸ばした腕をもって、必ずあなたがたを治める。20:34 わたしは、力強い手と伸ばした腕、注ぎ出る憤りをもって、あなたがたを国々の民の中から連れ出し、その散らされている国々からあなたがたを集める。20:35 わたしはあなたがたを国々の民の荒野に連れて行き、そこで、顔と顔とを合わせて、あなたがたをさばく。20:36 わたしがあなたがたの先祖をエジプトの地の荒野でさばいたように、あなたがたをさばく。──神である主の御告げ──
★たとえどんなことがあってもここまで関わり責任を持ってくださる神様があるでしょうか。恵みと誠に満ちる神様に裁いて頂ける民の幸いを覚えます。

■1コリント3:6 私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。3:7 それで、たいせつなのは、植える者でも水を注ぐ者でもありません。成長させてくださる神なのです。

木曜日, 5月 12, 2016

20160512_エゼキエル19 1コリント2

■エゼキエル19:8 そこで、諸国の民は、回りの州から攻め上り、その獅子に彼らの網を打ちかけた。その獅子は彼らの落とし穴で捕らえられた。19:9 彼らはそれを鉤にかけておりに入れ、バビロンの王のもとに引いて行った。彼らはそれをとりでに閉じ込め、二度とその声がイスラエルの山々に聞こえないようにした。
★この章に登場する雌獅子はユダを子獅子は王たちを表し、かつ、ユダには捕囚から早く帰還できるという望みも、近づいて来るバビロニヤ人の軍隊から逃れることができるという希望もないことを示しています。神様を侮る者が払わなければならない代価です。

■1コリント2:11 いったい、人の心のことは、その人のうちにある霊のほかに、だれが知っているでしょう。同じように、神のみこころのことは、神の御霊のほかにはだれも知りません。2:12 ところで、私たちは、この世の霊を受けたのではなく、神の御霊を受けました。それは、恵みによって神から私たちに賜ったものを、私たちが知るためです。
★神様の御霊を受けたとは驚くべき恵みです。外からではなく内側から語りかけられる御声を大切にしましょう。

水曜日, 5月 11, 2016

20160511_エゼキエル18 1コリント1

■エゼキエル18:30 それゆえ、イスラエルの家よ、わたしはあなたがたをそれぞれその態度にしたがってさばく。──神である主の御告げ──悔い改めて、あなたがたのすべてのそむきの罪を振り捨てよ。不義に引き込まれることがないようにせよ。18:31 あなたがたの犯したすべてのそむきの罪をあなたがたの中から放り出せ。こうして、新しい心と新しい霊を得よ。イスラエルの家よ。なぜ、あなたがたは死のうとするのか。18:32 わたしは、だれが死ぬのも喜ばないからだ。──神である主の御告げ──だから、悔い改めて、生きよ。

■1コリント1:10 さて、兄弟たち。私は、私たちの主イエス・キリストの御名によって、あなたがたにお願いします。どうか、みなが一致して、仲間割れすることなく、同じ心、同じ判断を完全に保ってください。1:18 十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。

火曜日, 5月 10, 2016

20160510_エゼキエル17 ガラテヤ6

■エゼキエル17:23 わたしがそれをイスラエルの高い山に植えると、それは枝を伸ばし、実を結び、みごとな杉の木となり、その下にはあらゆる種類の鳥が住みつき、その枝の陰に宿る。 17:24 このとき、野のすべての木は、【主】であるわたしが、高い木を低くし、低い木を高くし、緑の木を枯らし、枯れ木に芽を出させることを知るようになる。【主】であるわたしが語り、わたしが行う。」
★エゼキエルのざばきの預言は希望をもって終わります。イスラエルがエジプトとの同盟に希望を置いたとき、彼らは失望させられます。本物の希望を神の民に与えることができるのはただ神様のみです。若枝とはより頼む者の避難所となる救い主イエス様のことをさしています。

■ガラテヤ6:14 しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私も世界に対して十字架につけられたのです。6:15 割礼を受けているか受けていないかは、大事なことではありません。大事なのは新しい創造です。

月曜日, 5月 09, 2016

20160509_エゼキエル16 ガラテヤ5

■エゼキエ16:59 まことに、神である主はこう仰せられる。わたしはあなたがしたとおりの事をあなたに返す。あなたは誓いをさげすんで、契約を破った。16:60 だが、わたしは、あなたの若かった時にあなたと結んだわたしの契約を覚え、あなたととこしえの契約を立てる。

■ガラテヤ5:1 キリストは、自由を得させるために、私たちを解放してくださいました。ですから、あなたがたは、しっかり立って、またと奴隷のくびきを負わせられないようにしなさい。5:6 キリスト・イエスにあっては、割礼を受ける受けないは大事なことではなく、愛によって働く信仰だけが大事なのです。

日曜日, 5月 08, 2016

20160508_エゼキエル14-15 ガラテヤ4

■エゼキエル14:14 たとい、そこに、ノアとダニエルとヨブの、これら三人の者がいても、彼らは自分たちの義によって自分たちのいのちを救い出すだけだ。──神である主の御告げ──
★救いに至る神様との関係はいつの時代も誰かにかたがわりしてもらうわけにはいきません。自分自身で神様を仰ぎましょう。

■ガラテヤ 4:17 あなたがたに対するあの人々の熱心は正しいものではありません。彼らはあなたがたを自分たちに熱心にならせようとして、あなたがたを福音の恵みから締め出そうとしているのです。
★律法主義に支配されれないようにとの警告です。あなたは主にある自由人とされました。二度と奴隷のくびきに繋がれてはなりません。

土曜日, 5月 07, 2016

20160507_エゼキエル13 ガラテヤ3

■エゼキエル13:10 実に、彼らは、平安がないのに『平安』と言って、わたしの民を惑わし、壁を建てると、すぐ、それをしっくいで上塗りしてしまう。13:11 しっくいで上塗りする者どもに言え。『それは、すぐはげ落ちる。』大雨が降り注ぎ、わたしが雹を降らせ、激しい風を吹きつける。13:12 すると、壁が倒れ落ちる。人々はあなたがたに向かって、『上塗りしたしっくいはどこにあるのか』と言わないだろうか。13:13 それゆえ、神である主はこう仰せられる。わたしは、憤って激しい風を吹きつけ、怒って大雨を降り注がせ、憤って雹を降らせて、こわしてしまう。
 13:14 あなたがたがしっくいで上塗りした壁を、わたしが打ちこわし、地に倒してしまうので、その土台までもあばかれてしまう。それが倒れ落ちて、あなたがたがその中で滅びるとき、あなたがたは、わたしが【主】であることを知ろう。
★キリストにあって新約の預言者として召されたお互いは「はい」を「はい」、「いいえ」を「いいえ」とする責任が委ねられています。

■ガラテヤ3:27 バプテスマを受けてキリストにつく者とされたあなたがたはみな、キリストをその身に着たのです。3:28 ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。3:29 もしあなたがたがキリストのものであれば、それによってアブラハムの子孫であり、約束による相続人なのです。

金曜日, 5月 06, 2016

20160506_エゼキエル12 ガラテヤ2

■エゼキエル12:6 彼らの見ている前で、あなたは荷物を肩に負い、暗いうちに出て行き、顔をおおって地を見るな。わたしがあなたをイスラエルの家のためにしるしとしたからだ。」
★これから何が起こるか。バビロンに捕囚の民とされるイスラエルの姿を主は預言者エゼキエルを用いてあらわされます。

■ガラテヤ2:19 しかし私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。2:20 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。2:21 私は神の恵みを無にはしません。もし義が律法によって得られるとしたら、それこそキリストの死は無意味です。」
★私のためのキリストの十字架と共に、キリストと共に私の古き人がつけられる十字架。神様との関係の中で日ごとにこの恵みに生かされることがキリスト者としての成熟の歩みです。

木曜日, 5月 05, 2016

20160505_エゼキエル11 ガラテヤ1

■エゼキエル11:19 わたしは彼らに一つの心を与える。すなわち、わたしはあなたがたのうちに新しい霊を与える。わたしは彼らのからだから石の心を取り除き、彼らに肉の心を与える。 11:20 それは、彼らがわたしのおきてに従って歩み、わたしの定めを守り行うためである。こうして、彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。

■ガラテヤ 1:15 けれども、生まれたときから私を選び分け、恵みをもって召してくださった方が、1:16 異邦人の間に御子を宣べ伝えさせるために、御子を私のうちに啓示することをよしとされたとき、私はすぐに、人には相談せず、 1:17 先輩の使徒たちに会うためにエルサレムにも上らず、アラビヤに出て行き、またダマスコに戻りました。
★パウロを生まれたときから選び分けられた主はあなたをも同様になさいました。

水曜日, 5月 04, 2016

20160504_エゼキエル10 1テサロニケ5

■エゼキエル10:2 主は亜麻布の衣を着た者に命じて言われた。「ケルブの下にある車輪の間に入り、ケルビムの間の炭火をあなたの両手に満たし、それを町の上にまき散らせ。」すると、この人は私の目の前でそこに入って行った。
★この預言のすぐ後に、バビロニヤ人たちはエルサレムを焼きつくします(ll列王25:9、Il歴代36:19)。都にまき散らざれた燃える炭火は罪の悔い改めを導こうとする神様の哀れみですが、それを拒んだ民は結果的に滅びを刈り取りました。神様の完全なきよさは罪に対するざばきを要求します。ケルビムとは創世記3章にも記されている力ある御使いたちです。

■1テサロニケ5:19 御霊を消してはなりません。
★言葉を変えると信者は自分の都合で御霊の語りかけに耳を塞ぎ、御霊の働きを退けることができると言うことです。私たちが御怒りに会うことのないようにと定めてくださった神様の恵みを覚えその恵みの中を歩ませて頂きましょう。

火曜日, 5月 03, 2016

20160503_エゼキエル8-9 1テサロニケ4

■エゼキエル9:3 そのとき、ケルブの上にあったイスラエルの神の栄光が、ケルブから立ち上り、神殿の敷居へ向かった。それから、腰に書記の筆入れをつけ、亜麻布の衣を着ている者を呼び寄せて、9:4 【主】は彼にこう仰せられた。「町の中、エルサレムの中を行き巡り、この町で行われているすべての忌みきらうべきことのために嘆き、悲しんでいる人々の額にしるしをつけよ。」
★神様は忠実な者にしるしをつけよと命じられます。神様はあなたのことを覚えておられます。

■1テサロニケ4:16 主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、4:17 次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。4:18 こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。

月曜日, 5月 02, 2016

20160502_エゼキエル7 1テサロニケ3

■エゼキエル7:20彼らはこれを、美しい飾り物として誇り、これで彼らの忌みきらうべきもの、忌むべきものの像を造った。それで、わたしはそれを、彼らにとって汚物とする。7:21 わたしはそれを他国人の手に獲物として渡し、この国の悪者どもに分捕り物として渡し、それを汚させる。
★神様はイスラエルに銀と金を与えましたが、彼らはその銀や金を偶像を作るのに用いました。神様が与えてくだざる資源は神様の計画を遂行するために使うべきですが、イスラエルはそれを自分たちの欲望を満たすために使ってしまいました。神様から託された使命と目的を逃してしまうことは偶像崇拝と同じくらいむなしいことです。

■1テサロニケ3:13 また、あなたがたの心を強め、私たちの主イエスがご自分のすべての聖徒とともに再び来られるとき、私たちの父なる神の御前で、聖く、責められるところのない者としてくださいますように。
★教会を愛する者の祈りです。

日曜日, 5月 01, 2016

20160501_エゼキエル6 1テサロニケ2

■エゼキエル6:8 しかし、わたしは、あなたがたのある者を残しておく。わたしがあなたがたを国々に追い散らすとき、剣をのがれた者たちを諸国の民の中におらせる。
★「主であることを知ろう」これでもかと言うほど繰り返される章です。何とか民が主に立ち返ることができたなら、回復の道が。

■1テサロニケ2:19 私たちの主イエスが再び来られるとき、御前で私たちの望み、喜び、誇りの冠となるのはだれでしょう。あなたがたではありませんか。2:20 あなたがたこそ私たちの誉れであり、また喜びなのです。
★あなたのことをこのように見ておられる方があります。

土曜日, 4月 30, 2016

20160430_エゼキエル4-5 1テサロニケ1

■エゼキエル4:4 あなたは左わきを下にして横たわり、イスラエルの家の咎を自分の身の上に置け。あなたがそこに横たわっている日数だけ彼らの咎を負え。4:5 わたしは彼らの咎の年数を日数にして三百九十日とする。その間、あなたはイスラエルの家の咎を負わなければならない。
★バビロンへの捕囚を神様はこうした形で預言者エゼキエルを用いてあらわされました。預言者の生き方とは如何なるものかを覚えます。生き方その者が民にとってのメッセージでした。

■1テサロニケ1:8 主のことばが、あなたがたのところから出てマケドニヤとアカヤに響き渡っただけでなく、神に対するあなたがたの信仰はあらゆる所に伝わっているので、私たちは何も言わなくてよいほどです。1:9 私たちがどのようにあなたがたに受け入れられたか、また、あなたがたがどのように偶像から神に立ち返って、生けるまことの神に仕えるようになり、1:10 また、神が死者の中からよみがえらせなさった御子、すなわち、やがて来る御怒りから私たちを救い出してくださるイエスが天から来られるのを待ち望むようになったか、それらのことは他の人々が言い広めているのです。
★他の人によって証しされる信仰。まさに聖霊に満たされたクリスチャンの姿です。

金曜日, 4月 29, 2016

20160429_エゼキエル3 使徒28

■エゼキエル3:18 わたしが悪者に、『あなたは必ず死ぬ』と言うとき、もしあなたが彼に警告を与えず、悪者に悪の道から離れて生きのびるように語って、警告しないなら、その悪者は自分の不義のために死ぬ。そして、わたしは彼の血の責任をあなたに問う。3:19 もしあなたが悪者に警告を与えても、彼がその悪を悔い改めず、その悪の道から立ち返らないなら、彼は自分の不義のために死ななければならない。しかしあなたは自分のいのちを救うことになる。
★預言者に求められることは神様に従うこと。人々の反応について責任を持つ必要はありまん。求められていることは神様の裁きと救いのメッセージを明確に語ること。黙っていようとの誘惑に駆られるときこの箇所を思い出すことが大切です。

■使徒の働28:30 こうしてパウロは満二年の間、自費で借りた家に住み、たずねて来る人たちをみな迎えて、28:31 大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。
★実に不思議です。しかし「あなたは必ずローマで……」と語られた神様の約束はこうした形で成就されました。神様の御力の偉大さを見ます。 神様があなたの生涯について約束されたことも必ず実現します。

木曜日, 4月 28, 2016

20160428_エゼキエル1-2 使徒27@27-44

■エゼキエル2:6 人の子よ。彼らや、彼らのことばを恐れるな。たとい、あざみといばらがあなたといっしょにあっても、またあなたがさそりの中に住んでも、恐れるな。彼らは反逆の家だから、そのことばを恐れるな。彼らの顔にひるむな。2:7 彼らは反逆の家だから、彼らが聞いても、聞かなくても、あなたはわたしのことばを彼らに語れ。
★民が聞く聞かないのいかんにかかわらず神様から与えられた言葉を語り、そこに生きる。それが預言者として召し出された者の歩みです。人の顔を恐れると罠に陥ります。

■使徒の働27:30 ところが、水夫たちは船から逃げ出そうとして、へさきから錨を降ろすように見せかけて、小舟を海に降ろしていたので、 27:31 パウロは百人隊長や兵士たちに、「あの人たちが船にとどまっていなければ、あなたがたも助かりません」と言った。27:32 そこで兵士たちは、小舟の綱を断ち切って、そのまま流れ去るのに任せた。
★何と人とは弱い者でしょう。責任を放棄する者は人によってその逃避の道が断ち切られなけばどうにもならないとは。パウロは全体のために明確な発言をすることを恐れませんでした。

水曜日, 4月 27, 2016

20160427_ネヘミヤ13 使徒27@1-26

■ネヘミヤ13:30 私はすべての異教的なものから彼らをきよめ、祭司とレビ人のそれぞれの務めの規程を定め、13:31 定まった時に行うたきぎのささげ物と、初物についての規程も定めた。私の神。どうか私を覚えて、いつくしんでください。
★ネヘミヤ記は町の城壁の再建について記されていますが、民が霊的に新生し主に立ち返った物語でもあります。私たちも主から目をそらしたら、人生は崩れていってしまいます。主イエス様を見上げ続ける者でありましょう。

■使徒の働27:11 しかし百人隊長は、パウロのことばよりも、航海士や船長のほうを信用した。 27:13 おりから、穏やかな南風が吹いて来ると、人々はこの時とばかり錨を上げて、クレテの海岸に沿って航行した。
★結果難船し、乗船した人々は命からがら何とか助かる状況となります。「おりから」とは恵みでもありますが、ときにそれは人生を破船させる誘惑の場合もあります。それを見分けるのが心です。油断することなく心を主にあって守って頂きましょう。

火曜日, 4月 26, 2016

20160426_ネヘミヤ12 使徒26

■ネヘミヤ12:35 祭司のうちのある者もラッパを持って進んだ。すなわち、ヨナタンの子ゼカリヤであった。このヨナタンはシェマヤの子、順次さかのぼって、マタヌヤの子、ミカヤの子、ザクルの子、アサフの子である。
★使われていたラッパは、工事をしている者に敵の襲撃を知らせる道具でした。しかし、ここでは城壁完成を祝い、民が主に立ち返ったしるしとして、また神様を賛美するための楽器として使われています。神の宮を破壊したネブカデネザルも、その礼拝や音楽は破壊できませんでした。神の宮と城壁が再建され、再び礼拝の音楽隊が心から楽しんで音楽を奏でることができるよになりました。

■使徒の働26:29 パウロはこう答えた。「ことばが少なかろうと、多かろうと、私が神に願うことは、あなたばかりでなく、きょう私の話を聞いている人がみな、この鎖は別として、私のようになってくださることです。」
★パウロの真剣さが伝わる言葉です。臆することのないパウロ。主の愛を受け取ったパウロ。復活の主に出会ったパウロの言葉です。

月曜日, 4月 25, 2016

20160425_ネヘミヤ11 使徒25

■ネヘミヤ11:1 民のつかさたちはエルサレムに住んでいたが、ほかの民は、くじを引いて、十人のうちからひとりずつ、聖なる都エルサレムに来て住むようにし、あとの九人をほかの町々に住まわせた。11:2 すると民は、自分から進んでエルサレムに住もうとする人々をみな、祝福した。
★ネヘミヤは帰還した民の中からエルサレムに住む人を募ります。エルサレムの住民が少なかったからです。エルサレムに住むことは神殿にの近くに住むことであり、神の言葉への従順もより厳しく求められるなか、結果、くじで決めることとなりました。

■使徒の働25:26 ところが、彼について、わが君に書き送るべき確かな事がらが一つもないのです。それで皆さんの前に、わけてもアグリッパ王よ、あなたの前に、彼を連れてまいりました。取り調べをしてみたら、何か書き送るべきことが得られましょう。25:27 囚人を送るのに、その訴えの個条を示さないのは、理に合わないと思うのです。」
★パウロはローマで福音を語ることを切望していましたが、まさかこうした形で道が開かれようとは。今まさにその扉が開こうとしています。

日曜日, 4月 24, 2016

20160424_ネヘミヤ10 使徒24

■ネヘミヤ10:32 私たちは、私たちの神の宮の礼拝のために、毎年シェケルの三分の一をささげるとの命令を自分たちで定めた。
★この章には繰り返し「自分たちで決めた。……定めた。……した」とあり、最後は「こうして私たちは、私たちの神の宮をなおざりにしないのである。」とあります。強いられてではない、主の愛への応答としての自発的な信仰のスタートです。命の泉はここから湧き上がります。

■使徒の働24:27 二年たって後、ポルキオ・フェストがペリクスの後任になったが、ペリクスはユダヤ人に恩を売ろうとして、パウロを牢につないだままにしておいた。
★神様は、パウロがローマで福音を伝道することを約束してくださいましたが、パウロはペリクスによって放置され、2年以上もの間、苦痛に耐えなければなりませんでした。神様に信頼して、神様が行動してくださるのを待つことしかできない時、私たちの忍耐や信仰は試されます。しかし、その中でパウロはキリストの似姿へと変えられて行きました。

土曜日, 4月 23, 2016

20160423_ネヘミヤ9 使徒23

■ネヘミヤ9:1 その月の二十四日に、イスラエル人は断食をし、荒布を着け、土をかぶって集まった。 9:2 そして、すべての外国人との縁を絶ったイスラエルの子孫は立ち上がって、自分たちの罪と、先祖の咎を告白した。9:36 ご覧ください。私たちは今、奴隷です。あなたが私たちの先祖に与えて、その実りと、その良い物を食べるようにされたこの地で、ご覧ください、私たちは奴隷です。
★旧約聖書の中でここほどイスラエルの歴史が簡潔かつまとまって記されている箇所はありません。自分たちが何をしたか。蓋をすることなくそれを告白し悔い改めたイスラエル。ここからどんな事があっても偶像を礼拝しない祝福の歩みが始まります。

■使徒の働き23:5 パウロが言った。「兄弟たち。私は彼が大祭司だとは知らなかった。確かに、『あなたの民の指導者を悪く言ってはいけない』と書いてあります。」
★パウロは、アナニヤの不法な命令に反発します。アナニヤが審理なしにパウロは有罪であると決けたからです。律法に違反する行為です。アナニヤが大祭司だとは知らなかったとは、アナニヤが、大祭司が当然守るべき律法を犯したため、パウロが大祭司としては認識できなかったということかもしれません。お互いはクリスチャンとして、「あなたがクリスチャンだとは知らなかった」と言われることのない歩みが求められていることを思います。主の助けを求めましょう。

金曜日, 4月 22, 2016

20160422_ネヘミヤ8 使徒22

■ネヘミヤ8:9 総督であるネヘミヤと、祭司であり学者であるエズラと、民に解き明かすレビ人たちは、民全部に向かって言った。「きょうは、あなたがたの神、【主】のために聖別された日である。悲しんではならない。泣いてはならない。」民が律法のことばを聞いたときに、みな泣いていたからである。
★民は律法のことばを聞いたとき、自分たちはそこから何とかけ離れてしまったのだろうかと思い、声をあげて泣きます。「神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。」(Ⅱコリ 7:10)が心に響きます。

■使徒の働き22:6 ところが、旅を続けて、真昼ごろダマスコに近づいたとき、突然、天からまばゆい光が私の回りを照らしたのです。 22:7 私は地に倒れ、『サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか』という声を聞きました。
★発言の機会を得、聴衆と共通の立場を確立した後、パウロはどのように自分がキリストへの信仰に至ったかをあかしします。理にかなった論法も大事ですが、主が自分の人生にどのようなことをしてくださったかを率直に伝えます。しかし、それですべての人が受け入れるとは限りません。パウロはそれを知り、あとは神様に委ねます。

木曜日, 4月 21, 2016

20160421_ネヘミヤ7 使徒21

■ネヘミヤ7:2 私は、兄弟ハナニと、この城のつかさハナヌヤとに、エルサレムを治めるように命じた。これは、ハナヌヤが誠実な人であり、多くの人にまさって神を恐れていたからである。
★エルサレムを治める者は、主に誠実であり、主を恐れる者でなければなりません。主に誠実であれば、民の信頼を得て任務を行うことができます。主を恐れる者は、主を第1に置いて、その道から逸れずに仕事を進めるからです。ここに書かれている2人は、その2つの条件を満たしています。リーダーの資質で大切なことは、この誠実さと主への恐れです。

■使徒の働き21:23 ですから、私たちの言うとおりにしてください。私たちの中に誓願を立てている者が四人います。21:24 この人たちを連れて、あなたも彼らといっしょに身を清め、彼らが頭をそる費用を出してやりなさい。そうすれば、あなたについて聞かされていることは根も葉もないことで、あなたも律法を守って正しく歩んでいることが、みなにわかるでしょう。
★パウロはエルサレム教会内の平和を保つために、ユダヤ人の誓願の習慣を甘んじて受けます。パウロは強い確信の人ですが、幾人かでも救うために、すべての人に、すべてのものとなって、重要ではない点では妥協することをいといませんでした。教会は、重要でない問題で時に分裂することがあります。パウロのように、重要でないものについてはもっと柔軟に考えることができたら。自分の確信を捨てるべきではありません。しかし福音のために第三の道を模索することは大切です。

水曜日, 4月 20, 2016

20160420_ネヘミヤ6 使徒20

■ネヘミヤ6:9 事実、これらのことはみな、「あの者たちが気力を失って工事をやめ、中止するだろう」と考えて、私たちをおどすためであった。ああ、今、私を力づけてください。
★反対者が立ちはだかり、その御心を行おうとするネヘミヤの心をくじこうとする者が現れたとき、ネヘミヤは「この苦しみから脱出させてください。私を助け出してください。」ではなく「責任を果たせるように勇気を与えてください」と祈ります。ことを成し遂げる人の祈りです。

■使徒の働き20:23 ただわかっているのは、聖霊がどの町でも私にはっきりとあかしされて、なわめと苦しみが私を待っていると言われることです。20:24 けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。
★ネヘミヤのうちにある情熱と勇気をパウロの中にも見ます。命とは与えてくださった神様の前に使い果たすものとの価値観が人をどれほど強くするか教えられます。

火曜日, 4月 19, 2016

20160419_ネヘミヤ5 使徒19

■ネヘミヤ5:9 私は言い続けた。「あなたがたのしていることは良くない。あなたがたは、私たちの敵である異邦人のそしりを受けないために、私たちの神を恐れながら歩むべきではないか。
 5:10 私も、私の親類の者も、私に仕える若い者たちも、彼らに金や穀物を貸してやったが、私たちはその負債を帳消しにしよう。
★ネヘミヤは、富裕なユダヤ人が貧しい同胞のユダヤ人に貸し付けるときは、利子をつけるのを禁じます。人の不幸につけ込んで利益を得ようとすることを、主が望まれないからです。この世の一般的価値観とは異なり、互いにいたわり合うことは自分の利益よりも大切なことだと、主は言われます。主を信じる者が助けを求めているときは、その人から搾取するのではなく、助けるべき。(箴言28:27)には「貧しい者に施す者は不足することがない」とあります。

■使徒の働き19:13 ところが、諸国を巡回しているユダヤ人の魔よけ祈祷師の中のある者たちも、ためしに、悪霊につかれている者に向かって主イエスの御名をとなえ、「パウロの宣べ伝えているイエスによって、おまえたちに命じる」と言ってみた。19:15 すると悪霊が答えて、「自分はイエスを知っているし、パウロもよく知っている。けれどおまえたちは何者だ」と言った。
★目には見えませんが霊の世界は存在します。私たちは神様の前に生き、動き、存在させられていることをもう一度確認させていただきましょう。御前に歩めますようにとの祈り以上に、事実御前なのです。

月曜日, 4月 18, 2016

20160418_ネヘミヤ4 使徒18

■ネヘミヤ4:20 どこででも、あなたがたが角笛の鳴るのを聞いたら、私たちのところに集まって来なさい。私たちの神が私たちのために戦ってくださるのだ。」4:21 こうして、私たちはこの工事を進めたが、その半分の者は、夜明けから星の現れる時まで、槍を手に取っていた。
★神の民は神の事業にあずかるときチームで戦うべきことを教えています。孤立してはなりません。敵の思う壷にはまってしまいます。

■使徒の働き18:9 ある夜、主は幻によってパウロに、「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。18:10 わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。この町には、わたしの民がたくさんいるから」と言われた。
★そこは主がおられ主が助けてくださるところです。

日曜日, 4月 17, 2016

20160417_ネヘミヤ3 使徒17

■ネヘミヤ3:31 そのあとに、金細工人のひとりマルキヤは、召集の門の向かい側にある宮に仕えるしもべたちや商人たちの家を、かどの二階の部屋のところまで修理した。3:32 かどの二階の部屋と羊の門の間は、金細工人と商人たちが修理した。
★この章では「そのあとに」とのことばが16回記されています。「全部わたしが……」ではないと言うことです。今あなたがそこに立てている背景にはどれほど多くの人の祈りと支えがあってのことでしょう。神様の働きはこうして続きます。自分の為したことにではなく、導いてくださる神様の恵みに心を留め、できることを持って神の国のために労する者であらせて頂きましょう。

■使徒の働き17:28 私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。あなたがたのある詩人たちも、『私たちもまたその子孫である』と言ったとおりです。

土曜日, 4月 16, 2016

20160416_ネヘミヤ2 使徒16

ネヘミヤ2:17 それから、私は彼らに言った。「あなたがたは、私たちの当面している困難を見ている。エルサレムは廃墟となり、その門は火で焼き払われたままである。さあ、エルサレムの城壁を建て直し、もうこれ以上そしりを受けないようにしよう。」
★ネヘミヤはこの言葉を語るために、隠れたところで崩れてしまっている城壁の状況、程度を自分の目と足で確認して回ります。その行動のもう一つの目的は祈りをささげることでした。どんな時にも祈りは人に与えられている最大の武器、恵みの手段で、絶望を希望に変える力があります。

■使徒の働き16:6 それから彼らは、アジヤでみことばを語ることを聖霊によって禁じられたので、フルギヤ・ガラテヤの地方を通った。          16:7 こうしてムシヤに面した所に来たとき、ビテニヤのほうに行こうとしたが、イエスの御霊がそれをお許しにならなかった。
★注意深くあらればならぬような状況に置かれるとき、それは神様が新しい扉を開こうとしておられる恵みの機会であるここを覚えましょう。失望に支配されるのではなく、見るべきものを見、聞くべきものを聞き、信仰の目をもって受け取るべきものを受けとることができますように。

金曜日, 4月 15, 2016

20160415_ネヘミヤ1 使徒15

■ネヘミヤ1:11 ああ、主よ。どうぞ、このしもべの祈りと、あなたの名を喜んで敬うあなたのしもべたちの祈りとに、耳を傾けてください。どうぞ、きょう、このしもべに幸いを見せ、この人の前に、あわれみを受けさせてくださいますように。」そのとき、私は王の献酌官であった。
★1:11ネヘミヤは王に話ができる立場の献酌官でした。王の飲食の安全と質を確保する仕事です。ネヘミヤは思慮深く、王に主の民のことを伝える機会を待ちます。どんな立場にあっても、それぞれの方法で神に仕えることができ、ネヘミヤは王から信頼を受けている立場を利用してユダヤ人たちのためにとりなしました。

■使徒の働き15:38 しかしパウロは、パンフリヤで一行から離れてしまい、仕事のために同行しなかったような者はいっしょに連れて行かないほうがよいと考えた。15:39 そして激しい反目となり、その結果、互いに別行動をとることになって、バルナバはマルコを連れて、船でキプロスに渡って行った。
★バルナバの働きの尊さを思います。後日パウロはマルコのことを有用な者と頼りにしています。主の愛によって人は変化し、成長できるとは何と感謝でしょう。

木曜日, 4月 14, 2016

20160414_エズラ10 使徒14

■エズラ10:44 これらの者はみな、外国の女をめとった者である。彼らの妻たちのうちには、すでに子どもを産んだ者もいた。
★エズラ記は、廃」虚となった神殿と、バビロンに捕囚となったユダの民から始まります。そこでエズラは、神殿再建といけにえを伴う礼拝制度の再開のために主に用いられました。同様に、今日でも、主は私たちの生活を再建し、回復ざせてくだざるお方です。再建不可能なほど神から離れてしまう人はありません。求められているのは、悔い改め。どんなに遠く迷い離れていても、どんなに長く神を礼拝しなかったとしても、主は私たちとの関係をいつでも立て直し、やり直せるようにしてくださいます。

■使徒の働き14:19 ところが、アンテオケとイコニオムからユダヤ人たちが来て、群衆を抱き込み、パウロを石打ちにし、死んだものと思って、町の外に引きずり出した。
★パウロとバルナバを神々としてあがめたほんの数日後、人々はパウロを石打ちにして、置き去りにします。そこに人間の姿が。
真の神様のことが語られる時、人の心から、人が願う神と、人の罪を真に赦し愛してくださる神様にたいする応答の違いが引き出されます。それが自分自身を知る機会とされ、神様の恵みによって祝福とされますように。

水曜日, 4月 13, 2016

20160413_エズラ9 使徒13@26-52

■エズラ9:15 イスラエルの神、【主】。あなたは正しい方です。まことに、今日あるように、私たちは、のがれた者として残されています。ご覧ください。私たちは罪過の中であなたの御前におります。このような状態で、だれもあなたの御前に立つことはできないのに。」
★9:15民がその行いに値するさばきを受けるとしたら、神様の前に出ることすらできないことを、エズラは知っています。暴力を受けたり不正に扱われたりしたとき、私たちは正義のさばきを求めますが、自分の犯した罪や受けるべきさばきについては忘れやすいものです。神様がさばきではなく、恵みとあわれみをくだざるお方であるとは、何と幸いなことでしょう。神様に公正なさばきを求めるときには、私たちが受けるべきざばきを実際に受けたらどうなるかを考えてみることは助けになります。ざばきではなく、あわれみを求める者、それがエズラの生き方でした。

■使徒の働き13:49 こうして、主のみことばは、この地方全体に広まった。13:50ところが、ユダヤ人たちは、神を敬う貴婦人たちや町の有力者たちを扇動して、パウロとバルナバを迫害させ、ふたりをその地方から追い出した。
★福音が語られたときの一つのあらわれがここに。多くの人々は喜びをもって主を受け入れますが、同時にユダヤ人指導者たちは真理を受け入れず、反対者を扇動して、パウロとバルナバを町から追い出します。邪魔になる真理に直面するとき、しばしば人は顔をそむけ、耳を傾けることを拒絶します。聖霊が、私たちの人生に変化が必要であることを指摘するときは、その細き声に注意深く耳を傾けなければなりません。そうしなければ、自分に影響を及ぼざなくなるほど遠くに真理を押しやってしまう可能性さえあるのですから。「この聖書は私を罪から守る。そうでなければ罪がこの聖書から私を隔てる」とはある神の僕が語った言葉です。

火曜日, 4月 12, 2016

20160412_エズラ8 使徒13@1-25

■エズラ8:28ついで、私は彼らに言った。「あなたがたは【主】の聖なるものである。この器類も聖なるものとされている。この銀と金は、あなたがたの父祖の神、【主】への進んでささげるささげ物である。8:29 あなたがたは、エルサレムの【主】の宮の部屋で、祭司長たち、レビ人たち、イスラエルの一族の長たちの前で量るまで、寝ずの番をして守りなさい。」
★主の宮で礼拝に使うものはすべて主にささげられ、どれも聖なる宝物で、慎重に取り扱われ、主がそれをお用いになるときまで大切に保管されます。「寝ずの番をする」とは、神様から託されたものを大切に守り通すという意味です。お互いにとって主から任せていただいたものとは何でしょう。

■使徒の働き13:2 彼らが主を礼拝し、断食をしていると、聖霊が、「バルナバとサウロをわたしのために聖別して、わたしが召した任務につかせなさい」と言われた。13:3 そこで彼らは、断食と祈りをして、ふたりの上に手を置いてから、送り出した。
★教会歴史において最も宣教的な教会としてのひとつの姿をここにみます。リーダーを宣教のために派遣する。自分たちの群れのためではありません。ゆえに留める理由はいくらでもあったでしょう。その根底には聖霊様の「さあ」との語りかけがあったからです。神様の働きを実現へと導いてくださる聖霊様に感謝。御声の語りかけを大切にしましょう。

月曜日, 4月 11, 2016

20160411_エズラ7 使徒12

■エズラ7:6エズラはバビロンから上って来た者であるが、イスラエルの神、【主】が賜ったモーセの律法に通じている学者であった。彼の神、【主】の御手が彼の上にあったので、王は彼の願いをみなかなえた。
★「彼の神、主の御手が彼の上にあったので」王から難なく勅令を受け取れたとは、エズラがアルタシャスタ王の治世において、卓越した人物だったということを示しています。彼は、故郷イスラエルに戻って、イスラエル人に主の律法を教えるという目的のために、高い地位を喜んで捨てた人物でした。

■使徒の働き12:11 そのとき、ペテロは我に返って言った。「今、確かにわかった。主は御使いを遣わして、ヘロデの手から、また、ユダヤ人たちが待ち構えていたすべての災いから、私を救い出してくださったのだ。」
★迫害の中で獄に捕らわれ、明日の朝には見せしめのため処刑されるかも知れないペテロ。ところがまるで夢心地の中でふと気づいてみると獄の外にいるではありませんか。まさに神様のご配慮のもと御使いが為したわざでした。そこでペテロは気づきます。主から託された使命を成し遂げたいと願い、そこに生きようとする者のいのちの責任は神様ご自身が負ってくださるということを。

日曜日, 4月 10, 2016

20160410_エズラ6 使徒11

■エズラ6:11 私は命令を下す。だれであれ、この法令を犯す者があれば、その家から梁を引き抜き、その者をその上にはりつけにしなければならない。このことのため、その家はごみの山としなければならない。6:12 エルサレムに御名を住まわせられた神は、この命令をあえて犯しエルサレムにあるこの神の宮を破壊しようとして手を出す王や民をみな、くつがえされますように。私ダリヨスは命令を下す。まちがいなくこれを守れ。」
★神様の為されることは不思議です。反対者の口を異教徒の図書館に埋もれていた文書の記録から閉ざされ、神の事業を神の僕たちができるように進めたのです。八方塞がりでも上は開かれているとよく言われますが信じましょう。

■使徒の働き11:17 こういうわけですから、私たちが主イエス・キリストを信じたとき、神が私たちに下さったのと同じ賜物を、彼らにもお授けになったのなら、どうして私などが神のなさることを妨げることができましょう。」11:18 人々はこれを聞いて沈黙し、「それでは、神は、いのちに至る悔い改めを異邦人にもお与えになったのだ」と言って、神をほめたたえた。
★多少時間がかかっても感情によっては神様の御心を退けない謙虚な人々の集まりがここにあります。議論のための議論でも、反対、攻撃のための議論でもなく、御心を真摯に尋ね求め、御心が分かったなら、そこに心を合わせ、ひとつとなって進む人々です。初代教会はその歩みの中で主の祝福を流すために用いられました。

土曜日, 4月 09, 2016

20160409_エズラ5 使徒10@23-48

■エズラ5:3 そのとき、川向こうの総督タテナイと、シェタル・ボズナイと、その同僚とがやって来て、こう言った。「だれがあなたがたに命令を下して、この宮を建て、この城壁を修復させようとしたのか。」5:4 そしてまた、「この建物を建てている者たちの名は何というのか」と尋ねた。5:5 しかし、ユダヤ人の長老たちの上には神の目が注がれていたので、このことがダリヨスに報告され、ついで、このことについての書状が来るまで、この者たちは彼らの働きをやめさせることができなかった。
★人が神様の働きを進めようとする時、それを止めようとする力は必ず働きます。しかしここに記されたユダヤ人は、人ではなく神様の御心を優先にします。神様の約束に対する確信と勇気がなければ成し遂げられません。神様は神の民に命じたことを必ず完成させて下さるお方との確信の中で、神に仕えることに集中しましょう。陰謀や中傷に惑わされてはなりません。

■使徒の働き10:34 そこでペテロは、口を開いてこう言った。「これで私は、はっきりわかりました。神はかたよったことをなさらず、10:35 どの国の人であっても、神を恐れかしこみ、正義を行う人なら、神に受け入れられるのです。10:36 神はイエス・キリストによって、平和を宣べ伝え、イスラエルの子孫にみことばをお送りになりました。このイエス・キリストはすべての人の主です。
★「このイエス・キリストはすべての人の主です。」とは霊の目の開かれた人の確信の言葉です。ペテロがここに立てるように、主は汚れた食物の幻、コルネリオとの出会いさえ用意して、ペテロになくてはならないものを与えられます。ペテロが神の事業に携われるようになるために。神様を恐れる者の生涯に起る事に偶然はありません。日ごとの生活の中に、神様の導きを求める者でありましょう。

金曜日, 4月 08, 2016

20160408_エズラ4 使徒10@1-23

■エズラ4:4 すると、その地の民は、建てさせまいとして、ユダの民の気力を失わせ、彼らをおどした。4:5 さらに、議官を買収して彼らに反対させ、この計画を打ちこわそうとした。このことはペルシヤの王クロスの時代からペルシヤの王ダリヨスの治世の時まで続いた。
★神の民が神の事業に取りかかろうとするとき、それを妨げようとする力が様々な角度から臨むことをみせられます。ねたみ、恐れ、怒り等によるものです。失望によって民の心が萎えてしまわないように父なる神様が取りなしてくださっていることを覚えましょう。また主の働きであれば主が成し遂げられます。足から靴を脱ぎ自分に委ねられている使命をひとつひとつ忠実に為して行きましょう。

■使徒の働き10:13 そして、彼に、「ペテロ。さあ、ほふって食べなさい」という声が聞こえた。 10:14 しかしペテロは言った。「主よ。それはできません。私はまだ一度も、きよくない物や汚れた物を食べたことがありません。」 10:15 すると、再び声があって、彼にこう言った。「神がきよめた物を、きよくないと言ってはならない。」
★目には見えませんがその人をその人たらしめ、その人を支配しているのがその人の持つ価値観です。主はここでその価値観に触れようとし始められます。価値観の変化なくして人は変わりませんが、主はここで本当にペテロの価値観に変化を起こそうとしておられます。ペテロの生涯が神様の栄光のため用いられるものとなり豊かな祝福を受け取るものとなるためです。

木曜日, 4月 07, 2016

20160407_エズラ3 使徒9@23-43

■エズラ3:4 彼らは、書かれているとおりに仮庵の祭りを祝い、毎日の分として定められた数にしたがって、日々の全焼のいけにえをささげた。3:5 その後、常供の全焼のいけにえと、新月の祭りのいけにえと、【主】の例祭のすべての聖なるささげ物、それからめいめいが喜んで進んでささげるささげ物を【主】にささげた。
★新しい地に着くや否や、帰郷したユダヤ人たちは祭壇を築き、神殿の土台ができ上がる前に、いけにえをざざげて神様をあがめます。彼らは長期にわたるバビロン捕囚の結果、神は神を無視する者に特別な保護をお与えになることがないということを知ったからです。つらい捕囚時代、しかしすべてを益とかえて下さる主は、この捕囚時代さえも恵みとなるようにかえて下さいした。神の力に頼らなければ前進めないこの時、民は習慣からではなく、心から神により頼もうと祭壇を築いたのです。そもは大きな仕事である神殿を築くことにもまさって優先されるものとして。

■使徒の働き9:27 ところが、バルナバは彼を引き受けて、使徒たちのところへ連れて行き、彼がダマスコへ行く途中で主を見た様子や、主が彼に向かって語られたこと、また彼がダマスコでイエスの御名を大胆に宣べた様子などを彼らに説明した。9:28 それからサウロは、エルサレムで弟子たちとともにいて自由に出はいりし、主の御名によって大胆に語った。
★「兄弟愛に愛を加えなさい」との御言葉がありますが、まさにこの場面がそうでした。劇的回心はしたものの、以前のサウロのイメージのままの弟子たちはサウロに近づくことができません。その恐れの壁を崩したのがバルナバの愛でした。自分のためでにではなく主を愛し、サウロのことを思うバルナバに多くのことを教えられます。

水曜日, 4月 06, 2016

20160406_エズラ2 使徒9@1-22

■エズラ2:1 バビロンの王ネブカデネザルがバビロンに引いて行った捕囚の民で、その捕囚の身から解かれて上り、エルサレムとユダに戻り、めいめい自分の町に戻ったこの州の人々は次のとおりである。
★ユダヤの民の捕囚からの帰還はBC538年ゼルバベルを指導者として50000人、BC458年エズラを指導者として2000人の男子とその家族、BC445年ネヘミヤを指導者として少数人でした。その間、世界はバビロンからペルシャへと移りますが、ご自身の民への神様の哀れみ深さを思います。さらに帰還後に建てた神殿はソロモンが建てた神殿の1000分の1ですから、泣く者もありましたが、ひとりひとり置かれた状況の中で精一杯をなします。これらの経験の後イスラエルはどんな事があっても主なる神様以外に膝をかがめない民へと変えられました。

■使徒の働き9:17 そこでアナニヤは出かけて行って、その家に入り、サウロの上に手を置いてこう言った。「兄弟サウロ。あなたの来る途中、あなたに現れた主イエスが、私を遣わされました。あなたが再び見えるようになり、聖霊に満たされるためです。」
★「兄弟サウロ」ここにクリスチャンとしての生き方を見ます。サウロは主の幻を見たのではありません。復活の主に直にであったのです。「関心とはこうあるべき」と、限られた枠の中に納めようとすることはには注意しなければなりません。復活の主は人間がつくるどんな枠をもこえて更に偉大なお方なのですから。

火曜日, 4月 05, 2016

20160405_エズラ1 使徒8

■エズラ1:5 そこで、ユダとベニヤミンの一族のかしらたち、祭司たち、レビ人たち、すなわち、神にその霊を奮い立たされた者はみな、エルサレムにある【主】の宮を建てるために上って行こうと立ち上がった。
★まさに(ピリピ2:13)「あなたがたのうちに働きかけて、その願いを起させ、かつ実現に至らせるのは神であって、それは神のよしとされるところだからである。」ですが、あなたなら神様からのチャレンジにどうお応えなさるでしょう。神様はあなたの生涯のただ中に神殿を建てようと願われるお方です。

■使徒の働き8:26 ところが、主の使いがピリポに向かってこう言った。「立って南へ行き、エルサレムからガザに下る道に出なさい。」(このガザは今、荒れ果てている。)8:27 そこで、彼は立って出かけた。すると、そこに、エチオピヤ人の女王カンダケの高官で、女王の財産全部を管理していた宦官のエチオピヤ人がいた。彼は礼拝のためエルサレムに上り、
★エチオピアの大リバイバルのきっかけとなった出来事です。神様はすべてをご存じで摂理のうちに人を出会わせ、人を用い、人を救い祝福されるお方です。ひとりの人がその主からの語りかけに従順するか否かの違いの大きさを心に留めましょう。

月曜日, 4月 04, 2016

20160404_哀歌5 使徒7@30-60

■哀歌5:19 しかし、【主】よ。あなたはとこしえに御座に着き、あなたの御座は代々に続きます。5:20 なぜ、いつまでも、私たちを忘れておられるのですか。私たちを長い間、捨てられるのですか。5:21 【主】よ。あなたのみもとに帰らせてください。私たちは帰りたいのです。私たちの日を昔のように新しくしてください。5:22 それとも、あなたはほんとうに、私たちを退けられるのですか。きわみまで私たちを怒られるのですか。

■使徒の働き7:58 そして彼を町の外に追い出して、石で打ち殺した。証人たちは、自分たちの着物をサウロという青年の足もとに置いた。 7:59 こうして彼らがステパノに石を投げつけていると、ステパノは主を呼んで、こう言った。「主イエスよ。私の霊をお受けください。」 7:60 そして、ひざまずいて、大声でこう叫んだ。「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」こう言って、眠りについた。

日曜日, 4月 03, 2016

20160403_哀歌4 使徒7@1-29

■哀歌4:1 ああ、金は曇り、美しい黄金は色を変え、聖なる石は、あらゆる道ばたに投げ出されている。4:3 ジャッカルさえも乳房をあらわし、その子に乳を飲ませるのに、私の民の娘は、荒野のだちょうのように無慈悲になった。
★この章は、エルサレムの包囲前と包囲後の状況を対比しています。繁栄の光景も雑踏も、民の罪により消え去りました。この章は私たちに、生活が好調なときに、それが常に続くと考えてはならないことを警告しています。私たちは自分の繁栄を誇りにしてはなりません。気をつけないと霊的な貧困に陥ってしまうかもしれないからです。

■使徒の働き7:2 そこでステパノは言った。「兄弟たち、父たちよ。聞いてください。私たちの父アブラハムが、ハランに住む以前まだメソポタミヤにいたとき、栄光の神が彼に現れて、 7:3 『あなたの土地とあなたの親族を離れ、わたしがあなたに示す地に行け』と言われました。
★ステパノは、裁判の席に立たされたとき自分の立場を弁護しませんでした。むしろ彼はそこをイエス様についての教えを要約して述べる機会ととらえ、反対にイエス様同様、宗教指導者たちを、自分たちが守っていると主張していた律法に従っていないことで訴えます。私たちはキリストについての証言をするとき、自分の信仰を率直に伝えればよく、自分を弁護する必要はありません。

土曜日, 4月 02, 2016

20160402_哀歌3 使徒6

■哀歌3:33 主は人の子らを、ただ苦しめ悩まそうとは、思っておられない。3:34地上のすべての捕らわれ人を足の下に踏みにじり、3:35 人の権利を、いと高き方の前で曲げ、3:36 人がそのさばきをゆがめることを、主は見ておられないだろうか。
★あなをはずかしめ陥れようとする者の不義を主はすべてご存じです。だからこそ主は「3:26 【主】の救いを黙って待つのは良い。3:27 人が、若い時に、くびきを負うのは良い。3:28 それを負わされたなら、ひとり黙ってすわっているがよい。3:29 口をちりにつけよ。もしや希望があるかもしれない。3:30 自分を打つ者に頬を与え、十分そしりを受けよ。3:31 主は、いつまでも見放してはおられない。」と語られます。

■使徒の働き6:4 そして、私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。」
★ときに上の御言葉が持てはやされるときがありますが、日々の配給と言った慈善の奉仕もなくてはならない教会にとっての大切な働きです。教会が希望でありますように。ひとりひとりの賜物が生かされて用いられますように。

金曜日, 4月 01, 2016

20160401_哀歌2 使徒5@17-42

■哀歌2:19 夜の間、夜の見張りが立つころから、立って大声で叫び、あなたの心を水のように、主の前に注ぎ出せ。主に向かって手を差し上げ、あなたの幼子たちのために祈れ。彼らは、あらゆる街頭で、飢えのために弱り果てている。
★民の苦しみと罪は、彼らに涙を流して赦しを求めさせ、神様のもとに連れ戻すはずでした。民のおごりに満ちた独立心の強い心が罪のために破れたときにのみ、神様は民を罪から救うことができます。罪のもたらす結果を経験しても、自分がかわいそうだと思っているだけでは赦を受けとることができません。しかし民が反省し、神様に嘆いて立ち返るなら、神様は私たちを豊に赦してくださいます。

■使徒の働き5:38 そこで今、あなたがたに申したいのです。あの人たちから手を引き、放っておきなさい。もし、その計画や行動が人から出たものならば、自滅してしまうでしょう。
 5:39 しかし、もし神から出たものならば、あなたがたには彼らを滅ぼすことはできないでしょう。もしかすれば、あなたがたは神に敵対する者になってしまいます。」彼らは彼に説得され、
★ひょっとすると自分たちの方が間違っているかも知れないとの謙虚さを持ち続けることの尊さを思います。