金曜日, 8月 24, 2012

20120824_イザヤ59-63

■イザヤ59:1見よ。主の御手が短くて救えないのではない。その耳が遠くて、聞こえないのではない。59:2あなたがたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。
★責任転嫁という言葉を思い出しました。神様の祝福を受け取る秘訣はそこに罪があるならそれを罪として認め、告白することです。自己弁護をする者に主は顔を背けられますが、認める者には豊かな赦しを与えて下さいます。

■イザヤ60:1起きよ。光を放て。あなたの光が来て、主の栄光があなたの上に輝いているからだ。
★寝ている場合ではありません。主は既にあなたを世の光とされました。これから世の光に「なる」のではありません。一歩踏み出しましょう。あなたから主の光が輝き出ます。

■イザヤ61:1神である主の霊が、わたしの上にある。主はわたしに油をそそぎ、貧しい者に良い知らせを伝え、心の傷ついた者をいやすために、わたしを遣わされた。捕らわれ人には解放を、囚人には釈放を告げ、
イエス様はこの御言葉が私の上に成就したとかつて語られました。(ルカ4:18

■イザヤ62:1シオンのために、わたしは黙っていない。エルサレムのために、黙りこまない。その義が朝日のように光を放ち、その救いが、たいまつのように燃えるまでは。
★徹底して立ち向かって下さる方があります。あなたを守るために。

■イザヤ63:9彼らが苦しむときには、いつも主も苦しみ、ご自身の使いが彼らを救った。その愛とあわれみによって主は彼らを贖い、昔からずっと、彼らを背負い、抱いて来られた。
★「主とはどんなお方か」と尋ねられたら私にとって上の様お方ですと証ししましょう。ヒデ

木曜日, 8月 23, 2012

20120823_イザヤ54-58

■イザヤ54:17あなたを攻めるために作られる武器は、どれも役に立たなくなる。また、さばきの時、あなたを責めたてるどんな舌でも、あなたはそれを罪に定める。これが、主のしもべたちの受け継ぐ分、わたしから受ける彼らの義である。──主の御告げ──
★そもそも「贖い」とは奴隷を買い戻すために払われる代価を意味します。十字架の上でこの代価をキリストが払われたので上の御言葉が成就したのです。

■イザヤ55:11そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。
★これが神のことばです。主はかつてこの言葉を持って「……あれ」と全てのものを創られました。

■イザヤ56:3主に連なる外国人は言ってはならない。「主はきっと、私をその民から切り離される」と。宦官も言ってはならない。「ああ、私は枯れ木だ」と。
望みを抱くことが困難な状況にある人に望みを与えるお方、それが主です。あなたもどんな状況の中にあっても、このお方によって望みがあります。

■イザヤ57:15いと高くあがめられ、永遠の住まいに住み、その名を聖ととなえられる方が、こう仰せられる。「わたしは、高く聖なる所に住み、心砕かれて、へりくだった人とともに住む。へりくだった人の霊を生かし、砕かれた人の心を生かすためである。

■イザヤ58:6わたしの好む断食は、これではないか。悪のきずなを解き、くびきのなわめをほどき、しいたげられた者たちを自由の身とし、すべてのくびきを砕くことではないか。ヒデ

水曜日, 8月 22, 2012

20120822_イザヤ49-53

■イザヤ49:2主は私の口を鋭い剣のようにし、御手の陰に私を隠し、私をとぎすました矢として、矢筒の中に私を隠した。
★続いて主は「あなたはわたしのしもべ、イスラエル。わたしはあなたのうちに、わたしの栄光を現す。」と語られます。何のためにあなたは隠れた所でも忠実に生きるのでしょう。主の御手からとぎすまされた矢として放たれるその時のためにです。

■イザヤ50:8私を義とする方が近くにおられる。だれが私と争うのか。さあ、さばきの座に共に立とう。どんな者が、私を訴えるのか。私のところに出て来い。
★勝利者とは、死後の裁きの座に立ったとき、傍らで弁護者なる主から弁護を頂けるあなたです。

■イザヤ51:1義を追い求める者、主を尋ね求める者よ。わたしに聞け。あなたがたの切り出された岩、掘り出された穴を見よ。
人がここに帰るなら間違いがないと言われる場所とは、あなたがひとり孤独であった時に主が出会って下さったその場所です。

■イザヤ52:11去れよ。去れよ。そこを出よ。汚れたものに触れてはならない。その中から出て、身をきよめよ。主の器をになう者たち。
去るべき、捨てるべきと示されながら、あなたは今なお留まり、抱えたままになっている場所がありますか。

イザヤ53:5しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。
★イエス・キリストの十字架の預言です。その打たれた傷によってあなたは赦されました。ヒデ

火曜日, 8月 21, 2012

20120821_イザヤ45-48

■イザヤ45:22地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。わたしが神である。ほかにはいない。
★主はイスラエルるだけの救い主ではありません。すべての人の主です。では、どのようにすれば人は救われるのでしょう。主を信頼してただ仰ぐことを通してです。救いとは何でしょう。人間の側が踏みにじった神様との関係を回復して下さった救い主キリストを受け入れることです。

■イザヤ46:4あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたがしらがになっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って、救い出そう。
口語訳では「わたしはあなたがたの年老いるまで変らず、白髪となるまで、あなたがたを持ち運ぶ。わたしは造ったゆえ、必ず負い、持ち運び、かつ救う。」と語られています。主は必ずあなたを救って下さいます。

■イザヤ47:10あなたは自分の悪に拠り頼み、『私を見る者はない』と言う。あなたの知恵と知識、これがあなたを迷わせた。だから、あなたは心の中で言う。『私だけは特別だ。』。
そう「あなたは特別です」。しかしあなたのまわりにいる人も神様にとっては特別です。「あなただけ」ではありません。高ぶりが双葉となり地表に現れる前にキャッチしその芽を抜き去ることは大切です。

イザヤ48:17あなたを贖う主、イスラエルの聖なる方はこう仰せられる。「わたしは、あなたの神、主である。わたしは、あなたに益になることを教え、あなたの歩むべき道にあなたを導く。
★ただ主の願いは人の祝福と関係の回復です。そしてその心はあなたに向けられています。ヒデ

月曜日, 8月 20, 2012

20120820_イザヤ42-44

■イザヤ42:3 彼はいたんだ葦を折ることもなく、くすぶる燈心を消すこともなく、まことをもって公義をもたらす。42:4彼は衰えず、くじけない。ついには、地に公義を打ち立てる。島々も、そのおしえを待ち望む。
★イエス・キリストの預言です。彼は、あなたが自分の人生をあきらめかけるようなことがあったとしても、あなたの人生の完成をあきらめないお方です。前半の預言は2000年前に成就し、後半は再臨の時に成就します。

■イザヤ43:1だが、今、ヤコブよ。あなたを造り出した方、主はこう仰せられる。イスラエルよ。あなたを形造った方、主はこう仰せられる。「恐れるな。わたしがあなたを贖ったのだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのもの。
この後「あなたが水の中を過ぎるときも、わたしはあなたとともにおり、川を渡るときも、あなたは押し流されない。火の中を歩いても、あなたは焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。」と続きますが、主はご自分の民が霊的堕落ゆえにバビロンで捕囚の身になったとしても、そこから連れ帰ると約束されるのです。「贖う」とはそういう意味です。主の憐れみ深さを思います。そしてあなたもこのお方によって贖われました。

■イザヤ44:24あなたを贖い、あなたを母の胎内にいる時から形造った方、主はこう仰せられる。「わたしは万物を造った主だ。わたしはひとりで天を張り延ばし、ただ、わたしだけで、地を押し広げた。
このように言えるお方は主だけです。しかし人は時に「私が全部やった」と語ります。その背後には頑張りが評価されない悔しさがあるためです。人の前にではなく、主の前にささげる人生を思いましょう。主はあなたに酬いて下さるお方。唯一その価値観があなたを救います。ヒデ

日曜日, 8月 19, 2012

20120819_イザヤ36-41

■イザヤ36:21しかし人々は黙っており、彼に一言も答えなかった。「彼に答えるな」というのが、王の命令だったからである。
★ユダの人々を挑発しようと仕掛けてくるアッシリヤの王の使者ラブシャケ。上の御言葉はその彼に対するユダの人々の姿です。羊は飼い主の声を聞き分けます。

■イザヤ37:31ユダの家ののがれて残った者は下に根を張り、上に実を結ぶ。
★アッシリヤの挑発の中で主の救いを待ち望むユダの人々の為に、主はイザヤを通してはげまします。試練は堅固な根をはるチャンスでもあります。

■イザヤ38:17ああ、私の苦しんだ苦しみは平安のためでした。あなたは、滅びの穴から、私のたましいを引き戻されました。あなたは私のすべての罪を、あなたのうしろに投げやられました。
試練の中でこそヒゼキヤ王はこの真理に目が開かれます。あなたの後ろにです。それは二度とあなたの罪を思わないとの主の赦しの宣言です。

■イザヤ39:2ヒゼキヤはそれらを喜び、宝庫、銀、金、香料、高価な油、いっさいの武器庫、彼の宝物倉にあるすべての物を彼らに見せた。ヒゼキヤがその家の中、および国中で、彼らに見せなかった物は一つもなかった。
★心が解放されたヒゼキヤ王は高ぶりのゆえに過ちを犯します。敵に宝物倉の全てを明らかにし自らを誇ったのです。その結果全てを失うことに。残念。

■イザヤ40:31しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。

■イザヤ41:15見よ。わたしはあなたを鋭い、新しいもろ刃の打穀機とする。あなたは、山々を踏みつけて粉々に砕く。丘をもみがらのようにする。
ヒデ

土曜日, 8月 18, 2012

20120818_イザヤ31-35

■イザヤ31:3エジプト人は人間であって神ではなく、彼らの馬も、肉であって霊ではない。主が御手を伸ばすと、助ける者はつまずき、助けられる者は倒れて、みな共に滅び果てる。
★アッシリヤの脅威の前にエジプトにより頼もうとするイスラエル。主は、「それは神か人か、霊か肉か」と問われます。霊を生かす主にある幸いを感謝しましょう。

■イザヤ32:15しかし、ついには、上から霊が私たちに注がれ、荒野が果樹園となり、果樹園が森とみなされるようになる。
★キリストの十字架を通して今やこの預言は成就し、信じる者の内にキリストの霊が上から注がれています。あなたの内にそれは成就しました。

■イザヤ33:1ああ。自分は踏みにじられなかったのに、人を踏みにじり、自分は裏切られなかったのに、人を裏切るあなたは。あなたが踏みにじることを終えるとき、あなたは踏みにじられ、あなたが裏切りをやめるとき、あなたは裏切られる。
いじめる者が仕返しを恐れていじめを止められない姿を見るようです。こうした恐れから主の愛によって無縁とされたことを感謝しましょう。

■イザヤ34:12そのおもだった人たちのうち、王権を宣言する者が、だれもそこにはいない。すべての首長たちもいなくなる。
★主の民に敵対したエドム人に対する預言ですが、ここに記されている通りに成就しました。

■イザヤ35:10主に贖われた者たちは帰って来る。彼らは喜び歌いながらシオンに入り、その頭にはとこしえの喜びをいただく。楽しみと喜びがついて来、悲しみと嘆きとは逃げ去る。
★キリストの再臨をもってこの預言も成就します。主の霊があなたの内にあることを感謝しましょう。ヒデ

金曜日, 8月 17, 2012

20120817_イザヤ28-30


■イザヤ28:16だから、神である主は、こう仰せられる。「見よ。わたしはシオンに一つの石を礎として据える。これは、試みを経た石、堅く据えられた礎の、尊いかしら石。これを信じる者は、あわてることがない。
★救い主イエス・キリストが教会のすみの頭石となる預言です。もしあなたが何かを建てているなら堅い礎が必要です。自分の成功や夢と言った基礎の上ではない、堅固な礎が。キリストの上に人生を築きましょう。それは永遠へとつながっています。

■イザヤ29:13そこで主は仰せられた。「この民は口先で近づき、くちびるでわたしをあがめるが、その心はわたしから遠く離れている。彼らがわたしを恐れるのは、人間の命令を教え込まれてのことにすぎない。
★受肉されたキリストが律法学者、パリサイ人に語られた言葉はこの預言の成就でした。キリストを通して父なる神様の心を知らされ、口先ではなく心をもって神様に応答する生涯に導かれたことを感謝しましょう。それは確かにあなたの心に聖霊様が来て下さっている証拠です。

■イザヤ30:15神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」しかし、あなたがたは、これを望まなかった。
かつてのイスラエルは残念です。これを望みませんでした。しかしあなたはキリストに留まることを願っておられます。そんなあなたを父なる神様は喜び祝福されます。父なる神様が愛する御子の支配の中にとどまり続けましょう。ヒデ

木曜日, 8月 16, 2012

20120816_イザヤ23-27

■イザヤ23:1ツロに対する宣告。タルシシュの船よ。泣きわめけ。ツロは荒らされて、家も港もなくなった、とキティムの地から、彼らに示されたのだ。
★他民族に対するイザヤの預言は東のバビロンにはじまり西はフェニキアにあるツロに終わります。安定しない隣国との政治的同盟に対する警告です。

■イザヤ24:23月ははずかしめを受け、日も恥を見る。万軍の主がシオンの山、エルサレムで王とな り、栄光がその長老たちの前に輝くからである。
★揺るがされない道は主を畏れる以外に道はありません。

■イザヤ25:4あなたは弱っている者のとりで、貧しい者の悩みのときのとりで、あらしのときの避け所、暑さを避ける陰となられたからです。横暴な者たちの息は、壁に吹きつけるあらしのようだからです。
★貧しいものを気にかけ、避け所となって下さるお方、それが主です。

■イザヤ26:13私たちの神、主よ。あなた以外の多くの君主が、私たちを治めましたが、私たちは、ただあなたによってのみ、御名を唱えます。
★詩篇記者は「苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを学ぶことができました。」(詩篇119:71)と苦い経験を恵みに変えて下さった主を誉め称えます。

■イザヤ27:12……あなたがたは、ひとりひとり拾い上げられる。27:13その日、大きな角笛が鳴り渡り、アッシリヤの地に失われていた者や、エジプトの地に散らされていた者たちが来て、エルサレムの聖なる山で、主を礼拝する。
★すでにあなたは主の御手で拾い上げられました。ヒデ

水曜日, 8月 15, 2012

20120815_イザヤ18-22

■イザヤ18:7その時、川々の分れる国のたけ高く、膚のなめらかな民、遠くの者にも近くの者にも恐れられる民、力強く、戦いに勝つ民から万軍の主にささげる贈り物を携えて、万軍の主のみ名のある所、シオンの山に来る。
★遠くエチオピアもアッシリアを主が裁かれるとき、その主権を認めてエルサレムに礼拝に訪れるとの預言です。

■イザヤ19:21主はご自分をエジプトびとに知らせられる。その日、エジプトびとは主を知り、犠牲と供え物とをもって主に仕え、主に誓願をたててこれを果す。
★エチオピアのみならずエジプトも主の主権を認めざるを得ない時がおとずれます。

■イザヤ20:5彼らはその頼みとしたエチオピヤのゆえに、その誇としたエジプトのゆえに恐れ、かつ恥じる。
★押し迫る危険、脅威の前で何により頼むか。主はそれを問われます。あなたが何の役にもたたないものにだまされることのないためです。

■イザヤ21:9見よ、馬に乗って二列に並んだ者がここに来ます」。彼は答えて言った、「倒れた、バビロンは倒れた、その神々の像はことごとく打ち砕かれて地に伏した」。
★主の主権はやがてバビロンにも及ぶとは、それ以外の全ては主に明け渡され、主の主権を認めているにも関わらず、唯一ある領域についてのみ明け渡されいない領域があったとしても、主はそこにも勝利を注いでくださるとの預言です。

■イザヤ22:25万軍の主は言われる、「その日、堅い所に打ったくぎは抜け、切られて落ちる。その上にかかっている荷もまた取り去られる」と主は語られた。
★憂いのもとを取り除き、重荷を取り除かれるのは主です。主に近づきましょう。ヒデ

火曜日, 8月 14, 2012

20120814_イザヤ13-17

■イザヤ13:9見よ、主の日が来る。残忍で、憤りと激しい怒りとをもってこの地を荒し、その中から罪びとを断ち滅ぼすために来る。
★異教の国々、すなわちバビロン帝国に対する主の託宣です。バビロンは現在イラクに位置しますが地面の下に埋まっています。

■イザヤ14:13あなたはさきに心のうちに言った、『わたしは天にのぼり、わたしの王座を高く神の星の上におき、北の果なる集会の山に座し、14:14雲のいただきにのぼり、いと高き者のようになろう』。
★バビロンの滅亡と重ね合わせ、天使長ルシファーが堕落した動機がうたわれます。「いと高き者のように」すなわち「自分がそれを握らなければ」と、自分を特別とする動機の背後にあるものに要注意です。

■イザヤ15:1モアブについての託宣。アルは一夜のうちに荒されて、モアブは滅びうせ、キルは一夜のうちに荒されて、モアブは滅びうせた。
★モアブとはロトとその長女の近親相姦によって生まれた子孫ですがイスラエルをひどく扱ったことによって罰せられます。

■イザヤ16:12モアブが高き所に出て、おのれを疲れさせ、またその聖所にきて祈っても、効果はない。
★自分の手による問題回避がいかに難しいか。まずは遜ることの尊さを主はモアブに示します。

■イザヤ17:8おのれの手のわざである祭壇を仰ぎのぞまず、おのれの指が造ったアシラ像と香の祭壇とに目をとめない。
★アシラ像とはバアル神の配偶者のことで、イゼベルがイスラエルに持ち込み多くの人を魅了します。しかしこれに心を動かす者の人生は滅びです。ヒデ

月曜日, 8月 13, 2012

20120813_イザヤ9-12

■イザヤ9:6ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。
★救い主イエス・キリストの誕生の預言です。「わざわいだ、私は滅びるばかりだ……」と、神殿に座する主の姿を見たイザヤにはキリストの霊がとどまり、それ以降主のしもべとしてのキリストを預言し続けます。あなたの上にもキリストの霊がとどまっています。

■イザヤ10:21残りの者、ヤコブの残りの者は、力ある神に立ち返る。10:22たとい、あなたの民イスラエルが海辺の砂のようであっても、その中の残りの者だけが立ち返る。壊滅は定められており、義があふれようとしている。
★あなたもここに記された「残りの者」の一人です。

■イザヤ11:1エッサイの根株から新芽が生え、その根から若枝が出て実を結ぶ。11:2その上に、主の霊がとどまる。それは知恵と悟りの霊、はかりごとと能力の霊、主を知る知識と主を恐れる霊である。
★ダビデの子孫として誕生する救い主イエス・キリストの預言です。神であるキリストはこうした預言のひとつひとつを成就されるかたちで、おとめマリヤのお腹をかりて受肉されました。あなたのために主の霊を注ぐために。

■イザヤ12:6シオンに住む者。大声をあげて、喜び歌え。イスラエルの聖なる方は、あなたの中におられる、大いなる方。」
★心を開いた時、あなたの内に来て下さったお方はこのお方です。ヒデ

日曜日, 8月 12, 2012

20120812_イザヤ5-8

■イザヤ5:1「さあ、わが愛する者のためにわたしは歌おう。そのぶどう畑についてのわが愛の歌を。わが愛する者は、よく肥えた山腹に、ぶどう畑を持っていた。5:2彼はそこを掘り起こし、石を取り除き、そこに良いぶどうを植え、その中にやぐらを立て、酒ぶねまでも掘って、甘いぶどうのなるのを待ち望んでいた。ところが、酸いぶどうができてしまった。
★神様の選びの民の不信仰と汚れのための主の心の痛みが語られています。愛しておられるゆえのそれです。

■イザヤ6:7彼は、私の口に触れて言った。「見よ。これがあなたのくちびるに触れたので、あなたの不義は取り去られ、あなたの罪も贖われた。」
★預言者イザヤが自身、主を見たときの経験です。「私はわざわいだ」と、主の目で自分の汚れを知り、赦された人の生涯は変わります。

■イザヤ7:14それゆえ、主みずから、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける。
マリヤのいいなづけヨセフに、マリヤの胎にやどった幼子は、このイザヤの預言の成就としてのキリストの誕生であると御使いは知らせます。「神ともにいます。」これそこが時代によっても変わらない神様からのあなたへのメッセージです。

■イザヤ8:13万軍の主、この方を、聖なる方とし、この方を、あなたがたの恐れ、この方を、あなたがたのおののきとせよ。8:14そうすれば、この方が聖所となられる。
★まさに神様からのストレートなメッセージです。この姿勢があり続けさえすれば、イスラエルはここまで見てきた様な苦しみを経験することはなかったでしょう。ヒデ

土曜日, 8月 11, 2012

20120811_イザヤ1-4

■イザヤ1:18「さあ、来たれ。論じ合おう」と主は仰せられる。「たとい、あなたがたの罪が緋のように赤くても、雪のように白くなる。たとい、紅のように赤くても、羊の毛のようになる。1:19もし喜んで聞こうとするなら、あなたがたは、この国の良い物を食べることができる。
★南ユダ王国でウジヤ、ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの時代に宮廷預言者として仕えた預言者イザヤの言葉です。イザヤは受肉後のキリストの生涯をまさに目で見ているかのように預言しています。「さあ、来たれ。論じよう。……あなたの罪は雪のように白くなる」は、十字架で贖いを完成された主が、今も天の御座から語っておられる言葉です。

■イザヤ2:22鼻で息をする人間をたよりにするな。そんな者に、何の値うちがあろうか。。
★主は、あなたの生涯に責任を持てるのは私だと語っておられます。あなたが近づかれることを喜び、心を開いて語り合うことを願っておられます。

■イザヤ3:14主は民の長老たちや、民のつかさたちと、さばきの座に入る。「あなたがたは、ぶどう畑を荒れすたらせ、貧しい者からかすめた物を、あなたがたの家に置いている。3:15なぜ、あなたがたは、わが民を砕き、貧しい者の顔をすりつぶすのか。万軍の神、主の御告げ」。
正義は神様のご性質で偽ることができません。私たちはこのお方の前に申し開きをするのです。

■イザヤ4:2その日、主の若枝は、麗しく、栄光に輝き、地の実は、イスラエルののがれた者の威光と飾りになる。
★「主の若枝」とは、やがての救い主の預言です。ダビデの若枝、子孫として生まれたキリストをいつも思っていましょう。ヒデ

木曜日, 8月 09, 2012

20120810_2列王記23-25

■2列王記23:21王は民全体に命じて言った。「この契約の書にしるされているとおりに、あなたがたの神、主に、過越のいけにえをささげなさい。」23:22事実、さばきつかさたちがイスラエルをさばいた時代からこのかた、イスラエルの王たちとユダの王たちのどの時代にも、このような過越のいけにえがささげられたことはなかった。
★思い思いの礼拝がささげられていた時代の中で、神の言葉を発見したヨシヤ王は神様の言葉に基づいた真心からの礼拝をささげました。あなたの心の中に神の言葉は輝いていますか。

■2列王記24:17バビロンの王は、エホヤキンのおじマタヌヤをエホヤキンの代わりに王とし、その名をゼデキヤと改めさせた。
★南ユダ王の名がバビロンの王によって変えられるとは残念です。しかしあなたは反対でキリストの血潮の代価のゆえに、世から「神の子供・キリストの花嫁」と、栄光に満ちた名に変えられたかけがえのない存在です。感謝をもって今日も一日を始めましょう。

■2列王記25:27ユダの王エホヤキンが捕らえ移されて三十七年目の第十二の月の二十七日に、バビロンの王エビル・メロダクは、彼が王となったその年のうちに、ユダの王エホヤキンを牢獄から釈放し、25:28彼に優しいことばをかけ、彼の位をバビロンで彼とともにいた王たちの位よりも高くした。
記されていることはただ神様の憐れみです。この憐れみで生かされているお互いであることを心に刻み、どんなときにも望みを捨てず、栄光を主に帰しつつ歩みましょう。ヒデ


20120809_2列王記20-22

■2列王記20:19ヒゼキヤはイザヤに言った。「あなたが告げてくれた主のことばはありがたい。」彼は、自分が生きている間は、平和で安全ではなかろうか、と思ったからである。
★必至の主への懇願によって奇跡的に寿命が15年も延ばされたヒゼキヤ王。ただ神様の憐れみ深さを思います。しかしヒゼキヤ王は、それで私は特別と誇り、パビロンからの使者に自分の力を見せつけようと、宝物倉の全てを見せ、その力を顕示するのです。預言者イザヤはその愚かさを指摘し、全てがバビロンに取り去られ、ヒゼキヤ王の息子の中からさえ宦官としてバビロンで仕えさせられるようになると預言します。その時イザヤの言葉に返してヒゼキヤの語った言葉が上の言葉です。自分の時代のことしか考えないそこには愚かさが。神様の特別な恵みを受けた身であるにも関わらず残念です。

■2列王記21:3彼は、父ヒゼキヤが打ちこわした高き所を築き直し、バアルのために祭壇を立て、イスラエルの王アハブがしたようにアシェラ像を造り、天の万象を拝み、これに仕えた。
自分の時代さえよければそれでいいと思っていたヒゼキヤに育てられたマナセ王がしたことです。父の愛が流れてなかったのです。権力は人を眩ませ、本来すべきことを人に見誤らせます。次の世代に愛を注ぎ育てる事こそヒゼキヤ王のなすべきことでした。

■2列王記22:13「行って、この見つかった書物のことばについて、私のため、民のため、ユダ全体のために、主のみこころを求めなさい。私たちの先祖が、この書物のことばに聞き従わず、すべて私たちについてしるされているとおりに行わなかったため、私たちに向かって燃え上がった主の憤りは激しいから。」
★そう、神の御心を尋ねることは神のことばを聞くことからはじまります。南ユダ王国で神の言葉(旧約聖書)が発見されたことは幸いでした。ヒデ

水曜日, 8月 08, 2012

20120808_2列王記18-19

■2列王記18:30ヒゼキヤが、主は必ずわれわれを救い出してくださる、この町は決してアッシリヤの王の手に渡されることはない、と言って、おまえたちに主を信頼させようとするが、そうはさせない。18:31ヒゼキヤの言うことを聞くな。アッシリヤの王はこう言っておられるからだ。私と和を結び、私に降参せよ。そうすれば、おまえたちはみな、自分のぶどうと自分のいちじくを食べ、また、自分の井戸の水を飲めるのだ。
★上の言葉は、南ユダ王国を陥落させるためにアッシリヤの王が語った言葉です。しかも公用語のアラム語ではないユダの言葉を用いて。それは王ヒゼキヤに向かった語ったと言うよりも、民に向かって語り、南ユダを混乱させ、主により頼まないようにさせるためでした。同じ誘惑をあなたも受けるはずです。イエス様は同じような状況で「引き下がれサタン。ただ主にだけ仕えよ」(マタイ4:10)と語られました。

■2列王記19:15ヒゼキヤは主の前で祈って言った。「ケルビムの上に座しておられるイスラエルの神、主よ。ただ、あなただけが、地のすべての王国の神です。あなたが天と地を造られました。……19:17主よ。アッシリヤの王たちが、国々と、その国土とを廃墟としたのは事実です。19:18彼らはその神々を火に投げ込みました。それらは神ではなく、人の手の細工、木や石にすぎなかったので、滅ぼすことができたのです。19:19私たちの神、主よ。どうか今、私たちを彼の手から救ってください。そうすれば、地のすべての王国は、主よ、あなただけが神であることを知りましょう。」
何と力強い信仰満ちたユダの王が祈るべき、ヒゼキヤ王の祈りでしょう。主はこの祈りに耳を傾けアッシリヤの軍勢185000人をご自身の方法をもって討ち滅ぼします。いいですか。主があなたに求めておられるのは状況に支配されない信仰です。主はあなたの信仰が「下に根を張る」ことを願っておられます。その時状況を主が変えられるのです。信じましょう。ヒデ

月曜日, 8月 06, 2012

20120807_2列王記15-17

■2列王記15:18彼は主の目の前に悪を行い、一生、イスラエルに罪を犯させたネバテの子ヤロブアムの罪から離れなかった。
★この15章だけでもゼカリヤ、シャルム、メナヘム、ペカフヤ、ペカ、ホセヤとめまぐるしい程に北イスラエルの王は替わります。いえ、そこには続かない原因があったのです。それが上の御言葉に記されています。神様はこうして繰り返し繰り返し警告の信号を送られます。神様の祝福を受けとる最初の原則は分離にあることに心をとめましょう。

■2列王記16:17アハズ王は、車輪つきの台の鏡板を切り離し、その台の上から洗盤をはずし、またその下にある青銅の牛の上から海も降ろして、それを敷石の上に置いた。16:18彼は宮の中に造られていた安息日用のおおいのある道も、外側の王の出入口も、アッシリヤの王のために主の宮から取り除いた。
南ユダ王国のアハズはアッシリヤの属国となっていたためアッシリヤの王を喜ばせるため、偶像礼拝者まがいの妥協をしてへつらいます。しかし、いかに世の力が魅力的であっても、イスラエルの王たるものは、唯一の神様以外に、私たちの人生のリーダーシップを他の者に取って変わらせ、握らせてはならないのです。

■2列王記17:41このようにして、これらの民は【主】を恐れ、同時に、彼らの刻んだ像に仕えた。その子たちも、孫たちも、その先祖たちがしたとおりに行った。今日もそうである。
★気持ちが滅入るばかりに同じことの繰り返しです。なぜ彼らは上を仰いで「主よ」と叫ばないのでしょう。せめてこの朝、私たちが叫ばせて頂きましょう。「主よ、分かりました。あなたは決してご自身の栄光を他のものに与えることはなさいません。しかしあなたを畏れる者には豊かに報い返して下さるお方です。私はあなたに全て明け渡して従います」と。ヒデ

20120806_2列王記12-14

■2列王記12:15 また、工事する者に支払うように金を渡した人々と、残高を勘定することもしなかった。彼らが忠実に働いていたからである。
★宮の破損の修理について、不正をしている訳ではないにしてもそれを行う力のない祭司に代わり、忠実に働きをなす人々の姿が描かれます。神様の仕事が献身的な兄弟姉妹たちの手によってなされたのです。あなたの訓練や地位が足りないために、神の国のために貢献できなくなることのないように。神様の仕事を行うに皆の力が必要です。

■2列王記13:21人々が、ひとりの人を葬ろうとしていたちょうどその時、略奪隊を見たので、その人をエリシャの墓に投げ入れて去って行った。その人がエリシャの骨に触れるや、その人は生き返り、自分の足で立ち上がった。
不思議なことがあるものです。彼は生前にも人を甦らせ、死後にもこうして人を甦らせています。その力はエリシャの生前の神様の御前にある生き方にあったことでしょう。あなたの証しがあなたの死後にも大切な人を生かすメッセージとなりますように。エジプトにあったヨセフは「神様は必ずあなたがたを顧みられる」とそのことをなしました。

■2列王記14:10「あなたは、エドムを打ちに打って、それであなたの心は高ぶっている。誇ってもよいが、自分の家にとどまっていなさい。なぜ、争いをしかけてわざわいを求め、あなたもユダも共に倒れようとするのか。」
★エドム人を撃ち殺し、自らを正当と自負する南ユダ王国のアマツヤは北イスラエルの王ヨアシュに向けて「さあ勝敗をきめよう」と息巻きます。その時イスラエルの王から送り返された手紙が上の内容です。振る舞うべき謙遜を勝利の中で表すことは難しいですね。多くの人はみなそれで失敗します。ヒデ

日曜日, 8月 05, 2012

20120805_2列王記9-11

■2列王記9:6エフーは立って、家に入った。そこで若い者は油をエフーの頭にそそいで言った。「イスラエルの神、主は、こう仰せられる。『わたしはあなたに油をそそいで、主の民イスラエルの王とする。
★若い者はエリシャに命じられた通り、主から王として召し出されたエフーに油を注ぎます。あなたも主から召し出された一人で、主ご自身から油注ぎを受けたのです。祈りと愛をもって、恐れないで手を伸ばし、心を傾け実際に行動してみましょう。神様はあなたを用いてみわざをなして下さいます。

■2列王記10:30主はエフーに仰せられた。「あなたはわたしの見る目にかなったことをよくやり遂げ、アハブの家に対して、わたしが心に定めたことをことごとく行ったので、あなたの子孫は四代目まで、イスラエルの王座に着こう。」10:31しかし、エフーは、心を尽くしてイスラエルの神、主の律法に歩もうと心がけず、イスラエルに罪を犯させたヤロブアムの罪から離れなかった。
主の言葉です。北イスラエルの王でここまで宗教改革に取り組んだ王はいません。すごいことです。しかしそれでも、完全に成し遂げることは自分の力ではできないようです。あと一歩のところ、そこに実はその人の偶像が潜んでいるのです。

■2列王記11:17エホヤダは、主と王と民との間で、主の民となるという契約を結び、王と民との間でも契約を結んだ。
★祭司エホヤダは100年以上も無視されていた申命記に記された国民の憲法を復活させようとつとめます。エホヤダの死後その改革は続きませんが、どんな時代にも神様を畏れる人が少数派であってもいます。あなたもその一人となるように主が召し出されました。ヒデ

土曜日, 8月 04, 2012

20120804_2列王記6-8

■2列王記6:22エリシャは言った。「打ってはなりません。あなたは自分の剣と弓でとりこにした者を打ち殺しますか。彼らにパンと水をあてがい、飲み食いさせて、彼らの主君のもとに行かせなさい。」6:23そこで、王は彼らのために盛大なもてなしをして、彼らに飲み食いをさせて後、彼らを帰した。こうして彼らは自分たちの主君のもとに戻って行った。それからはアラムの略奪隊は、二度とイスラエルの地に侵入して来なかった。
★あなたがたを迫害する者を祝福しなさい。祝福すべきであって、のろってはいけません。(ロマ12:14)とありますが、エリシャはまさにそのようにイスラエルを攻略し支配しようとするアラムの軍勢に対します。赦すことの力とその意味が目に見える形で描かれた箇所です。

■2列王記7:1エリシャは言った。「主のことばを聞きなさい。主はこう仰せられる。『あすの今ごろ、サマリヤの門で、上等の小麦粉一セアが一シェケルで、大麦二セアが一シェケルで売られるようになる。』」
ひどい飢饉に見舞われるのみならず、アラムの王に包囲された北イスラエルの都サマリヤ。あまりの飢饉のひどさに婦人は隠れて自分の産んだばかりの子を煮て食する程に。荒野でイスラエルにウズラの肉を食べきれないほどにもたらし、マナを降らせた主は、アラムの軍勢をけ散らし、イスラエルを救います。目には見えませんが主の軍勢は現実に働かれるのです。

■2列王記8:5 彼が王に、死人を生き返らせたあのことを話していると、ちょうどそこに、子どもを生き返らせてもらった女が、自分の家と畑のことについて王に訴えに来た。そこで、ゲハジは言った。「王さま。これがその女です。これが、エリシャが生き返らせたその子どもです。」
★こうしてシュネムの女は自分の持ち物を回復します。神様は機会と出会いをもつかさどられるお方です。このお方に信頼し祈りましょう。ヒデ

金曜日, 8月 03, 2012

20120803_2列王記4-5

■2列王記4:9女は夫に言った。「いつも私たちのところに立ち寄って行かれるあの方は、きっと神の聖なる方に違いありません。
★預言者エリヤの霊を受け継いだエリシャの人柄と働きが豊かに表された箇所です。彼は預言者仲間が亡くなった時、残された妻と子供のためにカメにいっぱいの油をもってその窮乏と将来を救います。また、よいもてなしをしてくれるシュネムの女のために、子を授け、その子が突然死んだ時、その子を甦らせます。更にナベの中に入れた瓜に毒が入っていたとき、小麦粉をもって、その毒を消し去りました。エリヤより民の内にあって、もっと親しく、更に憐れみ深い者として神様の性質を表しました。イエス・キリストにあってあなたの内にも預言者エリシャの霊が注がれています。

■2列王記5:14そこで、ナアマンは下って行き、神の人の言ったとおりに、ヨルダン川に七たび身を浸した。すると彼のからだは元どおりになって、幼子のからだのようになり、きよくなった。
重い皮膚病ツアラァトの癒やしのために、ナアマンが預言者エリシャから求められたことは遜りと信仰でした。なにゆえにヨルダン川に7度身を浸すことが癒やしにつながるのか。多くの人はこの遜りに生きることができないゆえに、神様がその人に注がれる癒やしと祝福を受け損ないます。信仰と遜りをもって神様の恵みを受けとる人は幸いです。ヒデ

木曜日, 8月 02, 2012

20120802_2列王記1-3

■2列王記1:2さて、アハズヤはサマリヤにある彼の屋上の部屋の欄干から落ちて病気になった。彼は使者たちを遣わし、「行って、エクロンの神、バアル・ゼブブに、私のこの病気が直るかどうか、伺いを立てなさい」と命じた。
★悪王アハブの後、北イスラエルの王となったアハズヤ。病の時に、なぜ主ではなくエクロンの神バアル・ゼブブに伺いを立てに使者を遣わすのか。それが問題です。自分の中に負い目がある時、人は主に近づき難くなります。しかしその時こそ、十字架の血潮を仰ぎ、赦しを受けとって主の御声を聞くのです。それ以外、命に至る道はありません。

■2列王記2:23エリシャはそこからベテルへ上って行った。彼が道を上って行くと、この町から小さい子どもたちが出て来て、彼をからかって、「上って来い、はげ頭。上って来い、はげ頭」と言ったので、2:24彼は振り向いて、彼らをにらみ、主の名によって彼らをのろった。すると、森の中から二頭の雌熊が出て来て、彼らのうち、四十二人の子どもをかき裂いた。
エリヤの霊を受け継ぎ、多くの慰めに満ちたわざを行ったエリシャ。なぜこんなことが起こるのか。許されるのか。わかりません。しかも小さなこどもの言葉です。その上で言えることは、不遜さから発する言葉は、どんなに幼くても、その自身がその言葉の責任を負うと言うことです。

■2列王記3:10それで、イスラエルの王は、「ああ、主が、この三人の王を召されたのは、モアブの手に渡すためだったのだ」と言った。
★偶像礼拝に心が支配されている時、人は希望を持つことができません。偶像は人に真の希望を与え得ないことを覚えましょう。あなたの人生を導き、それを完成に至らせて下さる神様は、紅海を二つに分け、キリストを死人の中から甦られて下さった神様です。ヒデ

水曜日, 8月 01, 2012

20120801_1列王記21-22

■1列王記21:7妻イゼベルは彼に言った。「今、あなたはイスラエルの王権をとっているのでしょう。さあ、起きて食事をし、元気を出してください。この私がイズレエル人ナボテのぶどう畑をあなたのために手に入れてあげましょう。」
★イスラエルの王アハブは自分の宮殿近くにブドウ畑を持つナボテに、野菜畑にしたいので更によい地とその土地を交換してもらえないかと持ちかけます。しかし「無理です。」との返事が返ってきたとき、不機嫌になり、食事も取らす寝台でふて寝します。その姿に「私が手に入れてあげましょう」と語ったのが妻のイゼベルです。なんたるアハブ王の幼児性。まるで妻イゼベルに妻と言うより母親役を願っているのです。頭の一つも撫でて欲しかったのでしょうか。殺戮に次ぐ殺戮の北イスラエルの歴史の中で、王ヤラベアムの家系の王子たちは父に関わられることなく育ち、父性が育まれる機会が無かったのです。男が男として立てない家系と国はやがて滅びます。父なる神様の中には完全な父性があります。キリストを通して大胆に「アバ父」と近づき、父の愛によって養われましょう。

■1列王記22:34ところが、ひとりの兵士が何げなく弓を放つと、イスラエルの王の胸当てと草摺の間を射抜いた。そこで、王は自分の戦車の御者に言った。「手綱を返して、私を敵陣から抜け出させてくれ。傷を負ってしまった。」
アハブ王の最期です。預言者ミカヤの預言の通り、彼はアラムの王との戦いで息を引き取ります。彼は戦場に変装して出かけ、敵がアハブを探しても見つからない状況でした。しかしアラムの兵が何気なく放った矢によって息を引き取ることに。罪を隠し持つあなたに、主が弓を放たれるとき、それは恵みで偶然ではありません。心に主の語りかけが刺さったとき、隠すことなく告白し、キリストの血潮を仰ぎましょう。主はその罪のためにこそ、ご自身の命を十字架上で注ぎだして下さったお方なのですから。あなたは自分の罪のために滅んではなりません。告白して生きるのです。ヒデ

火曜日, 7月 31, 2012

20120731_1列王記18-20

■1列王記18:21エリヤはみなの前に進み出て言った。「あなたがたは、いつまでどっちつかずによろめいているのか。もし、主が神であれば、それに従い、もし、バアルが神であれば、それに従え。」しかし、民は一言も彼に答えなかった。
★「火をもって応える神を神とせよ。」と、この後エリヤはバアルの預言者450人と、どちらが用意した燔祭を焼き尽くす神様か戦います。そして勝利したエリヤはイスラエルからバアルとアシタロテの預言者400人を一掃します。神様が偶像礼拝に翻弄されるイスラエルのために働かれたのです。聖霊の語りかけと火をもってあなたに語りかけられ、あなたの罪を焼き尽くして下さる神様は、このバアルに勝利した主以外にありません。

■1列王記19:18しかし、わたしはイスラエルの中に七千人を残しておく。これらの者はみな、バアルにひざをかがめず、バアルに口づけしなかった者である。」。
★イスラエルにバアル崇拝を持ち込んだアハブ王の妃イゼベルに、バアルの預言者が一掃されたことが耳に入ったとき、「私は命をかけて預言者エリヤを殺す」と誓います。その報告を受けたエリヤはあれほどの勝利をもたらしたにもかかわらず、力を失い恐れを抱き、自分の死さえ願うのです。そのしばらく後に主がエリヤに語りかけられたのが上のみ言葉です。私だけが頑張ったのには、人が陥りやすい過ちですが、しかしそこにも神様の助けがあるのです。

■1列王20:42彼は王に言った。「主はこう仰せられる。『わたしが聖絶しようとした者をあなたが逃がしたから、あなたのいのちは彼のいのちの代わりとなり、あなたの民は彼の民の代わりとなる。』」
主の勝利を自分の手柄としたアハブ王に語られた主の言葉です。どんな時にも栄光は主のものです。ヒデ

月曜日, 7月 30, 2012

20120730_1列王記15-17

■1列王記15:32アサとイスラエルの王バシャとの間には、彼らの生きている間、争いがあった。
★この表現が同じ15章に2度繰り返され、互いに隣国アラムの王ベン・ハダデを自分の側につけてまで対抗しようと貢ぎを送ります。そもそも兄弟として仲良くすべき北イスラエルと南ユダ。最初は一つでした。隣国にではなく、互いに神様に助けを求めることができたならばと思うばかりです。

■1列王記16:31彼にとっては、ネバテの子ヤロブアムの罪のうちを歩むことは軽いことであった。それどころか彼は、シドン人の王エテバアルの娘イゼベルを妻にめとり、行ってバアルに仕え、それを拝んだ。
56年間の内に8人の王が入れ替わる北イスラエルです。そこには謀反につぐ謀反。心が神様から離れ、自分の都合で偶像を拝む価値観が生み出す負の連鎖です。罪から離れましょう。

■1列王17:1ギルアデのティシュベの出のティシュベ人エリヤはアハブに言った。「私の仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。私のことばによらなければ、ここ二、三年の間は露も雨も降らないであろう。」
罪に溺れる北イスラエル。しかし神様は選びの民を捨てることができません。そして、預言者エリヤをアハブ王に遣わします。あなたも新約の預言者です。さて主は、あなたはどこに遣わされるでしょう。主の名によって遣わされるあなたにも、主はエリヤ同様「かめの粉は尽きず、つぼの油はなくならない」権威を与えて用いられます。信じ受けとりましょう。ヒデ

日曜日, 7月 29, 2012

20120729_1列王記12-14

■1列王記12:13王は荒々しく民に答え、長老たちが彼に与えた助言を退け、12:14若者たちの助言どおり、彼らに答えてこう言った。「私の父はおまえたちのくびきを重くしたが、私はおまえたちのくびきをもっと重くしよう。父はおまえたちをむちで懲らしめたが、私はさそりでおまえたちを懲らしめよう。」
12:28そこで、王(北イスラエルの王となったヤラベアム)は相談して、金の子牛を二つ造り、彼らに言った。「もう、エルサレムに上る必要はない。イスラエルよ。ここに、あなたをエジプトから連れ上ったあなたの神々がおられる。」。
★ソロモンの王位を継いだ息子レハブアム、北イスラエルの王となったヤラベアムともに残念でならない言葉です。この結果イスラエルは二つに分断され、やがて消え去る国になるとは。過信へと人を導く力の魔力に驚きます。

■1列王記13:33このことがあって後も、ヤロブアムは悪い道から立ち返ることもせず、引き続いて、一般の民の中から高き所の祭司たちを任命し、だれでも志願する者を任職して高き所の祭司にした。
★北イスラエルの王となったヤラベアムはやがて民がエルサレムに帰ることがないようにと、サマリヤに祭壇を築きます。この結果今なお人を惑わすことに。どうかあなたが神様について自分なりの「何か」を持つのではなく、聖書のキリストの中に留まられますように。

■1列王14:9ところが、あなたはこれまでのだれよりも悪いことをし、行って、自分のためにほかの神々と、鋳物の像を造り、わたしの怒りを引き起こし、わたしをあなたのうしろに捨て去った。
★悪に対して悪をもってむくいてはなりません。自らを滅ぼすことになります。ヤラベアムはソロモンの息子レハベアム王の非情な言葉に反応してしまったのです。ヒデ

土曜日, 7月 28, 2012

20120728_1列王記10-11

■1列王記10:23ソロモン王は、富と知恵とにおいて、地上のどの王よりもまさっていた。10:26ソロモンは戦車と騎兵を集めたが、戦車一千四百台、騎兵一万二千人が彼のもとに集まった。そこで、彼はこれらを戦車の町々に配置し、また、エルサレムの王のもとにも置いた。
★聖書注解者の言葉です。戦車や馬を集めるソロモン。巨大な宮殿を築き、信じられない程の富を得た彼は、王に与えられた神様のご命令に反します。それは政治的にも霊的にも国を破壊する行為。ソロモンの宮殿が贅沢になればなるほど国民に課される税金も増え。高すぎる税金のために情勢は不安定になり、やがて革命の起こる条件が整って行くことに。求めるものを全て得たソロモンは神様を忘れ、異教徒の妻たちを通じて異教の影響が王宮に入ることを許すことに。かくして国の霊的腐敗が。
主は一度も「なぜわたしのために杉材の家を建てなかったのか」と言われなかったことを心に覚えることは大切です。主に最高のものをささげようとしたその動機にさえ、世界に自らの名を知らしめようとした罠が潜んでいるのですから。私たちは皆、ただただ遜る以外にありません。

■1列王記11:2この女たちは、主がかつてイスラエル人に、「あなたがたは彼らの中に入って行ってはならない。彼らをもあなたがたの中に入れてはならない。さもないと、彼らは必ずあなたがたの心を転じて彼らの神々に従わせる」と言われたその国々の者であった。それなのに、ソロモンは彼女たちを愛して、離れなかった。
★主はこのことについては2度も彼に現れたのにと続きます。誘惑は個々人違います。しかし何と強いものでしょう。誰がこの誘惑から離れることが出来ましょう。主により頼む意外にありません。ヒデ

金曜日, 7月 27, 2012

20120727_1列王記8-9

■1列王記8:27それにしても、神ははたして地の上に住まわれるでしょうか。実に、天も、天の天も、あなたをお入れすることはできません。まして、私の建てたこの宮など、なおさらのことです。8:28けれども、あなたのしもべの祈りと願いに御顔を向けてください。私の神、主よ。あなたのしもべが、きょう、御前にささげる叫びと祈りを聞いてください。8:29そして、この宮、すなわち、あなたが『わたしの名をそこに置く』と仰せられたこの所に、夜も昼も御目を開いていてくださって、あなたのしもべがこの所に向かってささげる祈りを聞いてください。
★神殿が完成した時、ソロモンが祈った祈りです。このあとソロモンは一つ一つ国と民のために祈りをささげますが、王の民に対する心が表れます。祈りにはその人の心があらわれるものですね。普段の執り成しを大切にするものでありましょう。

■1列王記9:4あなたが、あなたの父ダビデが歩んだように、全き心と正しさをもって、わたしの前に歩み、わたしがあなたに命じたことをすべてそのまま実行し、わたしのおきてと定めとを守るなら、9:5わたしが、あなたの父ダビデに、『あなたには、イスラエルの王座から人が断たれない』と言って約束したとおり、あなたの王国の王座をイスラエルの上に永遠に確立しよう。
★ソロモンの祈りにこたえて主が語りかけて下さった内容です。主は恵みを持ってむくいて下さるお方。あなたの祈りを顧み、みわざをなしてくださるお方。ソロモンはこの時20年をかけて神殿をつくりましたが、あなたは自分の人生をかけて、共にいて下さるイエス様と一緒に聖霊の宮であるあなた自身を建て上げるのです。主に求めましょう。主の前に最高の宮を建て上げられますようにと。ヒデ

木曜日, 7月 26, 2012

20120726_1列王記6-7

■1列王記6:12「あなたが建てているこの神殿については、もし、あなたがわたしのおきてに歩み、わたしの定めを行い、わたしのすべての命令を守り、これによって歩むなら、わたしがあなたの父ダビデにあなたについて約束したことを成就しよう。6:13わたしはイスラエルの子らのただ中に住み、わたしの民イスラエルを捨てることはしない。」
★神殿を完成したソロモンに対して神様が語られた言葉です。戒めに歩むように!イスラエルの民は掟の小さな部分を守れなかったからといって、神様から切り離されたりはしませんでした。罪の大小にかかわらず、あらゆる罪に対して豊かな赦しが与えられています。掟を破るからではなく、心が神様から離れるから掟を破り、神様の臨在を失うのです。神様の祝福の中を歩むために「ただ、心の中でキリストを主とあがめなさい。」(1ペテ3:15)の中を生きましょう。

■1列王記7:13ソロモン王は人をやって、ツロからヒラムを呼んで来た。7:14彼はナフタリ族のやもめの子であった。彼の父はツロの人で、青銅の細工師であった。それでヒラムは青銅の細工物全般に関する知恵と、英知と、知識とに満ちていた。彼はソロモン王のもとにやって来て、そのいっさいの細工を行った。
★ヒラムは最高の熟練の職人でした。生きていくためにしかたなく働くか、神様の栄光をあらわすために生きるか、その違いはやがて目に見える形となって現れます。主の弟子として召された12弟子の共通点も、それぞれおかれた場所で精一杯生きようとする姿勢にありました。あなたも神の宮を建て上げるために召し出されています。与えられた、あなたにしかない特性を感謝し、今日も精一杯主の御前に生きましょう。ヒデ

水曜日, 7月 25, 2012

20120725_1列王記3-5

■1列王記3:3ソロモンは主を愛し、父ダビデのおきてに歩んでいたが、ただし、彼は高き所でいけにえをささげ、香をたいていた。
★この章はダビデの後継の王が、なぜソロモンなのかが明らかにされる章です。神様が王ソロモンに「何を与えよう。願え」と語られたとき、彼は自分の名誉や欲のためではなく、民を愛して、ただ知恵を求め、その結果驚くばかりの知恵と、それに添えて多くの祝福を受けとります。だからこそ上のことが残念でなりません。彼は高き所でいけにえをささげ、しかも貿易を優先してエジプト王パロの娘をめとるのです。全世界を驚かす程の知恵と力、しかしこの時すでに、国を分裂する種が蒔かれていたとは。いえ、ソロモンはその種を取り除くことが出来なかったのです。結果、彼の息子レハベアムの時代に国は北と南に分かれます。知恵があるに越したことはありません。しかし、心の内に生じるいと小さな偶像を取り除かなければ、立てられた立場が高ければ高い程、その現れはやがて隠すことのできない大きな愚かさとして形を表すことになります。世界のソロモンに対して私ごときが言うべきことではありません。しかし当事者には見えないことがあるのです。間違ってはなりません。

■1列王記4:21ソロモンは、大河からペリシテ人の地、さらには、エジプトの国境に至るすべての王国を支配した。これらの王国は、ソロモンの一生の間みつぎものを持って来て、彼に仕えた。
★繁栄と成功の中だからこそ、注意しなければならないことがあるとしたら、あなたにとってそれは何でしょう。

■1列王記5:1さて、ツロの王ヒラムは、ソロモンが油をそそがれ、彼の父に代わって王となったことを聞いて、自分の家来たちをソロモンのところへ遣わした。ヒラムはダビデといつも友情を保っていたからである。
★この結果、遂に神殿を建てる時が。一人一人ソロモン同様、心の内に神殿を建てることを主に委ねられています。さてあなたの神殿はどんな神殿となるでしょう。ヒデ

火曜日, 7月 24, 2012

20120724_1列王記1-2

■1列王記1:13さあ、ダビデ王のもとに行って、『王さま。あなたは、このはしために、必ず、あなたの子ソロモンが私の跡を継いで王となる。彼が私の王座に着く、と言って誓われたではありませんか。それなのに、なぜ、アドニヤが王となったのですか』と言いなさい。
★ダビデ王が年老いて、政がおろそかになっていたとき、ハギテの子アドニヤは野心をいだき「私が王になろう」と、人々を集めたときのことです。かつてバテシェバとのことで王に直言した預言者ナタンは、バテシェバのもとに来て、ソロモンのために上のように助言します。当然王となるべき人、評価されるべき人なのにその栄誉を受けていない人があなたのまわりにいませんか。そのためにナタンが立ち振る舞ったように、あなたが振る舞うべき人がいませんか。

■1列王記2:6だから、あなたは自分の知恵に従って行動しなさい。彼のしらが頭を安らかによみに下らせてはならない。2:7しかし、ギルアデ人バルジライの子らには恵みを施してやり、彼らをあなたの食事の席に連ならせなさい。私があなたの兄弟アブシャロムの前から逃げたとき、彼らは私の近くに来てくれたからだ。
40年間イスラエルの王として国を治めたダビデ。彼は死ぬ日が近づいた時、上の言葉をもって新しい王ソロモンに語りかけます。最後まで憐れみを忘れないだダビデ。あなたはここから何を受けとりますか。ヒデ

月曜日, 7月 23, 2012

20120723_2サムエル記22-24

■2サムエル記22:10主は、天を押し曲げて降りて来られた。暗やみをその足の下にして。
★主が、ダビデのすべての敵の手、特にサウルの手から彼を救い出された日に、ダビデが歌った内容の一部です。キリストが十字架に掛かられた時には父なる神様は天を押し曲げ降りて来られませんでした。御子ではなくダビデをそしてあなたを救うために。その打たれた傷によってあなたは癒されるのです。

■2サムエル記23:5まことにわが家は、このように神とともにある。とこしえの契約が私に立てられているからだ。このすべては備えられ、また守られる。まことに神は、私の救いと願いとを、すべて、育て上げてくださる。
★「これはダビデの最後のことばである。」と記された内容の一部です。ダビデの確信、それは、神様が私に下さった契約はとこしえのもので途切れることのないもの。しかも自分が願った願いを育て上げて下さる、とのものでした。あの少年ダビデがゴリアテに「イスラエルの神をなじるとは何ごとか。私を用いてゴリアテを滅ぼさせて下さい」と願ったその時から、主はダビデの願いを育てあけ続けて下さいました。

■2サムエル記24:2王は側近の軍隊の長ヨアブに言った。「さあ、ダンからベエル・シェバに知る間でのイスラエルの全部族の間を行き巡り、その民を登録し、私に、民の数を知らせなさい。」
★「天国の入り口の脇にさえ地獄に通じる罠(穴)がある」とはよく言ったものです。生涯の最後の最後にダビデはもう一度過ちを犯します。自分自身の存在と名が消え去ることを恐れて、生涯の功績を歴史に刻もうとしたのでしょうか。しかし私たちがこの事から心に刻むべき事は、人は蒔いたものの刈り取りを必ず求められると言うことです。この時ダビデは7万人の罪なき民の命が奪われる苦しみを、自分の罪の結果として見せられることに。ヒデ

日曜日, 7月 22, 2012

20120722_2サムエル記19-21

■2サムエル記19:7それで今、立って外に行き、あなたの家来たちに、ねんごろに語ってください。私は主によって誓います。あなたが外においでにならなければ、今夜、だれひとりあなたのそばに、とどまらないでしょう。そうなれば、そのわざわいは、あなたの幼いころから今に至るまでにあなたに降りかかった、どんなわざわいよりもひどいでしょう。」
★謀反を起こした張本人であるアブシャロムの首が取られたとき、父ダビデは自分のために命がけで戦ってくれた兵士をねぎらうよりも、息子の死を悼み悲しみます。その時将軍ヨアブがダビデに直言したのが上の御言葉です。あなたには本当にあなたのことを思い、直言してくれる友がありますか。その友のために感謝しましょう。またそんな友にあなた自身がなれますように。

■2サムエル記20:21そうではない。実はビクリの子で、その名をシェバというエフライムの山地の出の男が、ダビデ王にそむいたのだ。この男だけを引き渡してくれたら、私はこの町から引き揚げよう。」するとこの女はヨアブに言った。「では、その男の首を城壁の上からあなたのところに投げ落としてごらんにいれます。」
★主がダビデに授けた主権を認めず、横柄にふるまったシェバの人生の最後です。彼の命は一人の婦人によって主の前に取られました。

■2サムエル記21:3ダビデはギブオン人たちに言った。「あなたがたのために、私は何をしなければならないのか。私が何を償ったら、あなたがたは主のゆずりの地を祝福できるのか。」
★ダビデは国に飢饉が続く理由を求め、その問題の解決と和解のために心を砕きます。マタイ5:23の「もし兄弟に恨まれていることをそこで思い出したなら、」と同じ考えです。恵みに生きる本来のダビデの復活です。ヒデ

土曜日, 7月 21, 2012

20120721_2サムエル記16-18

■2サムエル記16:11ダビデはアビシャイと彼のすべての家来たちに言った。「見よ。私の身から出た私の子さえ、私のいのちをねらっている。今、このベニヤミン人としては、なおさらのことだ。ほうっておきなさい。彼にのろわせなさい。主が彼に命じられたのだから。16:12たぶん、主は私の心をご覧になり、主は、きょうの彼ののろいに代えて、私にしあわせを報いてくださるだろう。」
★アブシャロムの謀反に乗じて、城を追われるダビデに罵倒、嘲笑するサウル王の家系の面々です。今までの鬱憤がこの時とばかり吹き出たのです。「人は外の顔かたちを見るが主は心を見る」を、サムエルから教えられたダビデの対応に学びましょう。

■2サムエル記17:23アヒトフェルは、自分のはかりごとが行われないのを見て、ろばに鞍を置き、自分の町の家に帰って行き、家を整理して、首をくくって死に、彼の父の墓に葬られた。
★新たな王となったアブシャロムの助言者であるアヒトフェル。自分の意見が退けられた反応として上のように自害します。有能な知恵に満ちた器が注意すべきプライドの問題です。あなたはプライドを傷つけられた時どんな反応をしますか。投げ出しますか。ことごとく反発しますか。祈りますか。

■2サムエル記18:9アブシャロムはダビデの家来たちに出会った。アブシャロムは騾馬に乗っていたが、騾馬が大きな樫の木の茂った枝の下を通ったとき、アブシャロムの頭が樫の木に引っ掛かり、彼は宙づりになった。彼が乗っていた騾馬はそのまま行った。
★謀反を起こしたアブシャロム。誰の手に落ちたわけでもありません。主です。こうして彼は自ら犯した罪の刈り取りをさせられます。神様は侮るべきお方ではありません。卑怯な生き方を決して羨むことのないように。ヒデ

金曜日, 7月 20, 2012

20120720_2サムエル記13-15

■2サムエル記13:28アブシャロムは自分に仕える若い者たちに命じて言った。「よく注意して、アムノンが酔って上きげんになったとき、私が『アムノンを打て』と言ったら、彼を殺せ。恐れてはならない。この私が命じるのではないか。強くあれ。力ある者となれ。」
★こうしてアムノンはアブシャロムの妹タマルを辱めた刈り取りを身に受けます。そもそもアムノンに悪知恵を授け、罪を犯させたのは悪友でした。自分の内にある罪の思いと悪友のそそのかしがある時、人は何と愚かになることか。あなたの本当の友はイエス様です。

■2サムエル記14:14 私たちは、必ず死ぬ者です。私たちは地面にこぼれて、もう集めることのできない水のようなものです。神は死んだ者をよみがえらせてはくださいません。どうか追放されている者を追放されたままにしておかないように、ご計画をお立てください。
★アムノンの命を奪った息子アブシャロムを赦せないダビデに、将軍ヨアブは一人の女を用いて和解のためにつとめます。ダビデはヨアブの働きかけを受け入れ和解しますが、心から赦せたわけではありません。さてその結末は。

■2サムエル記15:6アブシャロムは、さばきのために王のところに来るすべてのイスラエル人にこのようにした。こうしてアブシャロムはイスラエル人の心を盗んだ。
★自分に対する父ダビデの扱いに不満を募らせていたアブシャロムは、王ダビデのもとに陳情に来る人々の心を「私がイスラエルの王であったら、あなたの願いを聞き入れてやれるのだが」とエルサレムの門の前で人々の心を盗みます。愛し合うべき親子、それがいつの間にか憎しみ合う関係に。そして今やアブシャロムは謀反を計画しているのです。人ごとではありません。まずあなたが本来大切な人を赦さなければなりません。そうしなければ全てを失ってしまいます。ヒデ

木曜日, 7月 19, 2012

20120719_2サムエル記8-12

■2サムエル記8:14彼はエドムに守備隊を、すなわち、エドム全土に守備隊を置いた。こうして、エドムの全部がダビデのしもべとなった。このように主は、ダビデの行く先々で、彼に勝利を与えられた。
★行く先々での勝利。これは偶然ではありません。これまでの神様を畏れるダビデの刈り取りです。良い種を蒔けば、よい実を刈り取り、悪い種を蒔けば悪い実を刈り取ります。

■2サムエル記9:1ダビデが言った。「サウルの家の者で、まだ生き残っている者はいないか。私はヨナタンのために、その者に恵みを施したい。」
★ダビデの憐れみの心の現れです。7:18で神様の憐れみを経験した彼の心にはいよいよ憐れみが満ちあふれます。あなたは神様の憐れみを豊かに受けとっていらっしゃいますか。

■2サムエル記10:3アモン人のつかさたちは、彼らの主君ハヌンに言った。「ダビデがあなたのもとに悔やみの使者をよこしたからといって、彼が父君を敬っているとでもお考えですか。この町を調べ、探り、くつがえすために、ダビデはあなたのところに家来をよこしたのではありませんか。」
★ダビデに真実を尽くしてくれたナハシュの子ハヌンに真実を尽くそうとダビデは使者を送ります。しかしハヌンのつかさたちの言葉は上のようでした。「悪者は自分の咎に捕らえられ、自分の罪のなわにつながれる。」(箴5:22)との言葉通りです。

■2サムエル記11:8それからダビデはウリヤに言った。「家に帰って、あなたの足を洗いなさい。」
★罪をもみ消そうとするダビデ。高慢が一線を越えさせてしまうのです。そのあとは悔いばかりです。

■2サムエル記12:13ダビデはナタンに言った。「私は主に対して罪を犯した。」ナタンはダビデに言った。「主もまた、あなたの罪を見過ごしてくださった。あなたは死なない。
★神様の指摘のチャンスを失ってはなりません。ヒデ

水曜日, 7月 18, 2012

20120718_2サムエル記4-7

■2サムエル記4:11 まして、この悪者どもが、ひとりの正しい人を、その家の中の、しかも寝床の上で殺したときはなおのこと、今、私は彼の血の責任をおまえたちに問い、この地からおまえたちを除き去らないでおられようか。」
★サウル王の子イシュ・ボシェテの首をはねたことを手柄として報告しようとした者へのダビデの言葉です。あくまでも主を畏れるダビデの心が読み取れます。

■2サムエル記5:23そこで、ダビデが主に伺ったところ、主は仰せられた。「上って行くな。彼らのうしろに回って行き、バルサム樹の林の前から彼らに向かえ。
★この章でも2回ダビデは主に「上って行くべきでしょうか」と問います。大切なことは主に聞いて決断する、この姿勢が主の祝福を受け取る者の姿勢です。

■2サムエル記6:20 ダビデが自分の家族を祝福するために戻ると、サウルの娘ミカルがダビデを迎えに出て来て言った。「イスラエルの王は、きょう、ほんとうに威厳がございましたね。ごろつきが恥ずかしげもなく裸になるように、きょう、あなたは自分の家来のはしための目の前で裸におなりになって。」
★神の箱を喜びと感謝を持って町に迎え入れたダビデ。それを侮辱するミカル。かつては父の手からダビデを救い出したミカルですが、人の心の複雑さを思います。神のことばなしにどうしてこの心を収めることができましょう。

■2サムエル記7:18ダビデ王は行って主の前に座し、そして言った。「神、主よ。私がいったい何者であり、私の家が何であるからというので、あなたはここまで私を導いてくださったのですか。
★有名なダビデの主への感謝です。あなたのくちびるによっても、この神様への賛美が豊かにささげられますように。ヒデ

火曜日, 7月 17, 2012

20120717_2サムエル記1-3

■2サムエル記1:14 ダビデは言った。「主に油そそがれた方に、手を下して殺すのを恐れなかったとは、どうしたことか。」
★サウルが戦場で傷を負ってひどいけいれんが起こったので殺してくれと頼まれた兵士。彼はそれでサウル王に手をかけ命を奪います。それをダビデに報告した結果が上の内容です。サウルを敵と思っていないダビデから見れば何と言うことをしたのかということです。神様は私が○○をすることを願っておられるに違いないと思うことと、実際の神様の私に対する願いが違わないことは幸いです。

■2サムエル記2:4そこへユダの人々がやって来て、ダビデに油をそそいでユダの家の王とした。ヤベシュ・ギルアデの人々がサウルを葬った、ということがダビデに知らされたとき、2:5ダビデはヤベシュ・ギルアデの人々に使いを送り、彼らに言った。「あなたがたの主君サウルに、このような真実を尽くして、彼を葬ったあなたがたに、主の祝福があるように。
★どこまで油注がれた者を敬おうとするダビデの姿、結局彼のその生き様が多くの人々の心を動かすメッセージに。そして自らの生涯に祝福をもたらします。聖書は「あなたの父と母を敬え」と明確に記します。

■2サムエル記3:27アブネルがヘブロンに戻ったとき、ヨアブは彼とひそかに話すと見せかけて、彼を門のとびらの内側に連れ込み、そこで、下腹を突いて死なせ、自分の兄弟アサエルの血に報いた。3:28あとになって、ダビデはそのことを聞いて言った。「私にも私の王国にも、ネルの子アブネルの血については、主の前にとこしえまでも罪はない。
★権力の座についたダビデのまわりには様々な力がうごめきます。力とは危険なものです。間違いや罠に陥りませんように。ヒデ

月曜日, 7月 16, 2012

20120716_1サムエル記28-31

■1サムエル記28:14サウルは彼女に尋ねた。「どんな様子をしておられるか。」彼女は言った。「年老いた方が上って来られます。外套を着ておられます。」サウルは、その人がサムエルであることがわかって、地にひれ伏して、おじぎをした。
★預言者サムエルが亡くなったあとペリシテ人の襲撃を恐れた王サウルは霊媒をする女のもとへ。なぜ霊媒が禁じられているのでしょうか。この後、王サウルはこの女の前でひれ伏しますが、出て来た霊が預言者サムエルと信じたからです。しかし、どうしてその霊がサムエルと言えるでしょうか。単に迷う王サウルを混乱させようとする悪霊の場合の方が多いのです。そうなると完全に悪霊の言いなりとなる王サウルがそこに誕生するのです。決して偶像の前にひれ伏し、霊媒を侮ってはなりません。

■1サムエル記29:8ダビデはアキシュに言った。「私が何をしたというのでしょうか。私があなたに仕えた日から今日まで、このしもべに何か、あやまちでもあったのでしょうか。王さまの敵と戦うために私が出陣できないとは。」
★ダビデと言えども、もしここでペリシテ人の側に立ってイスラエルと戦っていたら、彼の生涯の祝福はみな閉ざされたことでしょう。ある意味彼の生涯における最大の危機です。彼はここでこんな強気な発言をすべきではありませんでした。そこを不思議なように回避できたのはただ神様の選びと憐れみとしか言いようがありません。

■1サムエル記30:24だれが、このことについて、あなたがたの言うことを聞くだろうか。戦いに下って行った者への分け前も、荷物のそばにとどまっていた者への分け前も同じだ。共に同じく分け合わなければならない。」

■1サムエル31:2ペリシテ人はサウルとその息子たちに追い迫って、サウルの息子ヨナタン、アビナダブ、マルキ・シュアを打ち殺した。

日曜日, 7月 15, 2012

20120715_1サムエル記25-27

■1サムエル記25:30主が、あなたについて約束されたすべての良いことを、ご主人さまに成し遂げ、あなたをイスラエルの君主に任じられたとき、25:31むだに血を流したり、ご主人さま自身で復讐されたりしたことが、あなたのつまずきとなり、ご主人さまの心の妨げとなりませんように。主がご主人さまをしあわせにされたなら、このはしためを思い出してください。」
★ダビデの善意を知りつつも、その申し出を退けたナバルとは何と愚かな男でしょう。しかしその妻アビガイルの賢さと謙虚さによって一族は守られます。薄情な者、恩を仇でかえすような者であってはなりません。いつの時代においても神様は高ぶる者を退け、遜る者に恵みを注がれます。

■1サムエル記26:11私が、主に油そそがれた方に手を下すなど、主の前に絶対にできないことだ。さあ、今は、あの枕もとにある槍と水差しとを取って行くことにしよう。」26:12こうしてダビデはサウルの枕もとの槍と水差しとを取り、ふたりは立ち去ったが、だれひとりとしてこれを見た者も、気づいた者も、目をさました者もなかった。主が彼らを深い眠りに陥れられたので、みな眠りこけていたからである。。
★ダビデ討伐に出かけた宿営で兵士達の護衛のもと休みについたサウル王。その宿営からダビデはサウルの枕元の槍と水差しを持ち出します。敵意と殺意がないことを示すために。セルフコントロール出来なくなったサウル王のあわれさを思います。

■1サムエル記27:1ダビデは心の中で言った。「私はいつか、いまに、サウルの手によって滅ぼされるだろう。ペリシテ人の地にのがれるよりほかに道はない。そうすれば、サウルは、私をイスラエルの領土内で、くまなく捜すのをあきらめるであろう。こうして私は彼の手からのがれよう。」
★窮地に追い込まれたダビデ。彼も人の子この章でも罪を犯します。ヒデ

土曜日, 7月 14, 2012

20120714_1サムエル記21-24

■1サムエル記21:13それでダビデは彼らの前で気が違ったかのようにふるまい、捕らえられて狂ったふりをし、門のとびらに傷をつけたり、ひげによだれを流したりした。
★ガテの王アキシュのもとで「サウルは千を打ち、ダビデは万を……と言ったあのダビデではないですか。」の言葉を聞いたとき、ダビデの心の中に恐れが入ります。自分を守るために気が違った者を装わなければならない程の不安。あなたならどうするでしょう。

■1サムエル記22:17それから、王はそばに立っていた近衛兵たちに言った。「近寄って、主の祭司たちを殺せ。彼らはダビデにくみし、彼が逃げているのを知りながら、それを私の耳に入れなかったからだ。」しかし王の家来たちは、主の祭司たちに手を出して撃ちかかろうとはしなかった。
★前章で祭司アビメレクの前でついたダビデの小さなうそのために、アビメレク全家はサウル王の妬みを買い「ダビデに加担した」と殺されます。小さなうそを侮ってはいけません。

■1サムエル記23:27そのとき、ひとりの使者がサウルのもとに来て告げた。「急いで来てください。ペリシテ人がこの国に突入して来ました。」
★主の守りの豊かさです。ダビデがサウル王に追い詰められようとしたとき、ペリシテ人がイスラエルを襲って来たので、サウル王は王宮に帰らざるを得なくなります。まさに神様の守りです。

■1サムエル記24:19人が自分の敵を見つけたとき、無事にその敵を去らせるであろうか。あなたがきょう、私にしてくれた事の報いとして、主があなたに幸いを与えられるように。
★洞穴で着物を裾は切りましたが、命には手を掛けなかったダビデに対するサウルの言葉です。「今がチャンスのその時です」は十分に吟味する必要があります。ヒデ

金曜日, 7月 13, 2012

20120713_1サムエル記18-20

■1サムエル記18:1ダビデがサウルと語り終えたとき、ヨナタンの心はダビデの心に結びついた。ヨナタンは、自分と同じほどにダビデを愛した。
18:7女たちは、笑いながら、くり返してこう歌った。「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った。」18:8サウルは、このことばを聞いて、非常に怒り、不満に思って言った。「ダビデには万を当て、私には千を当てた。彼にないのは王位だけだ。」18:9その日以来、サウルはダビデを疑いの目で見るようになった。
★イスラエルに勝利をもたらしたダビデへのサウル王とその息子ヨナタンの対応ですが、こんなにも異なるとは。息子ヨナタンは国を愛していますが、父サウル王は自分を愛しています。あなたは何を愛していますか。

■1サムエル記19:10サウルが槍でダビデを壁に突き刺そうとしたとき、ダビデはサウルから身を避けたので、サウルは槍を壁に打ちつけた。ダビデは逃げ、その夜は難をのがれた。
★わざわいをもたらす主の霊がサウルに臨んだとき、サウルは上の行動を取ります。妬み、貪欲等、罪の思いを持ち続けるならそれが足がかりとなって、その人を思いもよらない滅びへと引っぱって行きます。きっぱりとその思いを告白して捨てるのです。あなたはそれを告白できる神の家族をお持ちですか。

■1サムエル記20:12ヨナタンはイスラエルの神、主に誓ってダビデに言った。「あすかあさってかの今ごろ、私は父の気持ちを探ってみます。ダビデに対して寛大であれば、必ず人をやって、あなたの耳に入れましょう。
★信頼する友に何とか自分が置かれている状況を理解して欲しいと願うダビデの姿がここにあります。この友情によってダビデはどれ程支えられ、慰められたことでしょう。ヒデ

木曜日, 7月 12, 2012

20120712_1サムエル記15-17

■1サムエル記15:22するとサムエルは言った。「主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。15:23まことに、そむくことは占いの罪、従わないことは偶像礼拝の罪だ。あなたが主のことばを退けたので、主もあなたを王位から退けた。」
★アマレク人との戦いで、主から受けた聖絶の命。しかしサウル王は、値打ちのないものだけを聖絶し最もよいものは惜しんで自分のために隠します。にもかかわらずサウル王はサムエルの指摘に「私は主の御声に聞き従いました」と繰り返します。小さな罪、神様への不従順は、人の心を、もう自ら悔い改められない程に頑なにしてしまいます。

■1サムエル記16:7しかし主はサムエルに仰せられた。「彼の容貌や、背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る。」
★主がダビデを王にするために、ダビデの父エッサイのところにサムエルを遣わしたときのことばです。あなたの人を見る価値観と主の価値観は同じですか。

■1サムエル記17:40自分の杖を手に取り、川から五つのなめらかな石を選んできて、それを羊飼いの使う袋、投石袋に入れ、石投げを手にして、あのペリシテ人に近づいた。
★少年ダビデはペリシテ人の兵士ゴリアテがイスラエルの神様をなじるを聞いて彼との一騎打ちに立ち上がります。で、その戦い方は。サウル王が着せて下さった鎧ではなく、羊飼いとしての普段着のまま、石投げと河原か取り上げた5つの石でした。人のまねをする必要はありません。神様はあなた自身を助けてくださるお方です。ヒデ

水曜日, 7月 11, 2012

20120711_1サムエル記13-14

■1サムエル記13:11サムエルは言った。「あなたは、なんということをしたのか。」サウルは答えた。「民が私から離れ去って行こうとし、また、あなたも定められた日にお見えにならず、ペリシテ人がミクマスに集まったのを見たからです。13:12今にもペリシテ人がギルガルの私のところに下って来ようとしているのに、私は、まだ主に嘆願していないと考え、思い切って全焼のいけにえをささげたのです。」
★この後サウル王は祭司サムエルに「あなたは愚かなことをした。しなければ王国は永遠に確立されたであろうに」と語られます。何が愚かなのでしょう。越権行為です。祭司しかささげられないいけにえを、王であるサウルがささげたのです。しかもその動機は民が自分から去って行くのを恐れて。イスラエル全体がペリシテ人の襲来という緊張の中でした。そもそも信仰とはそうした中で試されます。「思い切って」すべきことと、そうすべきでないことがあなたの内で明確になりますように。

■1サムエル記14:19サウルが祭司とまだ話しているうちに、ペリシテ人の陣営の騒動は、ますます大きくなっていった。そこでサウルは祭司に、「もう手をしまいなさい」と言った。
★「もう手をしまいなさい」とは、祭司が神意を伺う手続きを省き、ペリシテ人が混乱しているその隙に戦いを始め、有利に戦いを進めようとした動機の現れです。同じようなことがこの章の36節にも記され、祭司が「ここで、われわれは神の前に出ましょう。」とサウル王に語っています。神様はその人が本当に神様により頼む人か、それともいざとなれば「肉」・「罪深い自我」で事を押し切ろうとする人かを見定めるお方です。あなたが真に神様を畏れ、委ねられた領域で神様の勝利をもたらす真の王でありますように。ヒデ

火曜日, 7月 10, 2012

20120710_1サムエル記9-12

■1サムエル記9:15主は、サウルが来る前の日に、サムエルの耳を開いて仰せられた。9:16「あすの今ごろ、わたしはひとりの人をベニヤミンの地からあなたのところに遣わす。あなたは彼に油をそそいで、わたしの民イスラエルの君主とせよ。彼はわたしの民をペリシテ人の手から救うであろう。民の叫びがわたしに届いたので、わたしは自分の民を見たからだ。」
★預言者サムエルとイスラエルの初代の王となるサウルとの出会いです。出会いの背後には神様の御手とご計画がありました。

■1サムエル記10:27しかし、よこしまな者たちは、「この者がどうしてわれわれを救えよう」と言って軽蔑し、彼に贈り物を持って来なかった。しかしサウルは黙っていた。
★遂にイスラエルに王が立てられました。神様の選びに恐れおののき荷物の間だに隠れ、よこしまな者の言葉も黙って対応するサウルです。確かにこの章で、彼は生ける神様を体験したことが記されます。

■1サムエル記11:13しかしサウルは言った。「きょうは人を殺してはならない。きょう、主がイスラエルを救ってくださったのだから。」
★アモン人ナハシュが「おまえたちの皆の者の右目をえぐり取るなら赦してやろう」とイスラエルに攻め込んだ時、サウルは立ち上がりイスラエルを救います。上の言葉は、勝利の歓喜の中、「サウルに何ができる」と軽蔑した同胞を裁きましょうと言ったとき、サウル自ら語ったことばです。最初はこの様に彼は柔和な人でした。

■1サムエル記12:20サムエルは民に言った。「恐れてはならない。あなたがたは、このすべての悪を行った。しかし主に従い、わきにそれず、心を尽くして主に仕えなさい。
★主より託された使命を完成させようとするサムエルの言葉です。主を畏れること。それこそが人の本分、このことは今も昔も変わりません。ヒデ

月曜日, 7月 09, 2012

20120709_1サムエル記4-8

■1サムエル記4:3民が陣営に戻って来たとき、イスラエルの長老たちは言った。「なぜ主は、きょう、ペリシテ人の前でわれわれを打ったのだろう。シロから主の契約の箱をわれわれのところに持って来よう。そうすれば、それがわれわれの真ん中に来て、われわれを敵の手から救おう。」
★どこが異邦人が偶像に向かう姿勢と違うのでしょう。イスラエルの民の神様に向かう態度がまるでお守りのようです。

■1サムエル記5:7アシュドデの人々は、この有様を見て言った。「イスラエルの神の箱を、私たちのもとにとどめておいてはならない。その神の手が私たちと、私たちの神ダゴンを、ひどいめに会わせるから。」
★神様の臨在の力がその地の人々に及びます。きよい者には祝福、罪を侮る者には裁きです。

■1サムエル記6:19主はベテ・シェメシュの人たちを打たれた。主の箱の中を見たからである。そのとき主は、その民五万七十人を打たれた。主が民を激しく打たれたので、民は喪に服した。
★興味本位で契約の箱に向かった民の刈り取りの結果です。神様を畏れることが祝福です。

■1サムエル記7:9サムエルは乳離れしていない子羊一頭を取り、焼き尽くす全焼のいけにえとして主にささげた。サムエルはイスラエルのために主に叫んだ。それで主は彼に答えられた。
★心を注ぎだして主に向かう。これが神様を畏れる民の姿勢です。

■1サムエル記8:19それでもこの民は、サムエルの言うことを聞こうとしなかった。そして言った。「いや。どうしても、私たちの上には王がいなくてはなりません。
★あなたはどうですか。神様だけでは足りませんか。ヒデ

日曜日, 7月 08, 2012

20120708_1サムエル記1-3

■1サムエル記1:14エリは彼女に言った。「いつまで酔っているのか。酔いをさましなさい。」1:15ハンナは答えて言った。「いいえ、祭司さま。私は心に悩みのある女でございます。ぶどう酒も、お酒も飲んではおりません。私は主の前に、私の心を注ぎ出していたのです。
★子供が与えられないハンナの悲しみ。しかし神様はその悲しみの中からサムエルを誕生させ、イスラエルを被うの悲しみに変えて希望をもたらします。耐えられぬあまりの憂いのゆえに、あなたが心を神様の前に注ぎだしたのはいつだったでしょう。それは価値あることです。

■1サムエル記2:21事実、主はハンナを顧み、彼女はみごもって、三人の息子と、ふたりの娘を産んだ。少年サムエルは、主のみもとで成長した。
★「男の子が与えられたら、あなたにおささげします」と主に約束したハンナ。幼子サムエルをささげたとき、それはまさにハンナの、主の前における献身の時でした。しかし神様はそんなハンナを喜び、それにもまさる子供をハンナに授けます。主の真実を覚えましょう。

■1サムエル記3:10そのうちに主が来られ、そばに立って、これまでと同じように、「サムエル。サムエル」と呼ばれた。サムエルは、「お話しください。しもべは聞いております」と申し上げた。
★幼くして幕屋のともしびに油を注ぐ働きをはじめたサムエル。すでにサムエルは主に仕えていましたが、まだ神様の御声の聞き方を知らず、神様に呼ばれる度にエリ先生の元へ。しかしこの時、彼は自分に直接語りかけてくださる神様の御声の聞き方をマスターしたのです。あなたは既にマスターなさいましたか。神様は神の人がまずこの土台を注意深く築くことを願われるお方です。ヒデ

土曜日, 7月 07, 2012

20120707_士師記19-21

■士師記19:28それで、彼はその女に、「立ちなさい。行こう」と言ったが、何の返事もなかった。それで、その人は彼女をろばに乗せ、立って自分の所へ向かって行った。
★イスラエルにおいて今まで聞いたことのない、信じがたい破廉恥なことが。ギブア地方のベミアミン族の地に一人のレビ人が旅の途中宿泊したところ、その地の人々はその人を辱めようとします。それでその人は自分のそばめをとって戸の外に出したとき、彼らは彼女を夜通し辱め遂に彼女は死んでしまうのです。レビ人はこの事を全イスラエルに伝えます。さあどんな展開となるでしょう。

■士師記20:28当時、アロンの子エルアザルの子ピネハスが、御前に仕えていた──そして言った。「私はまた、出て行って、私の兄弟ベニヤミン族と戦うべきでしょうか。それとも、やめるべきでしょうか。」主は仰せられた。「攻め上れ。あす、彼らをあなたがたの手に渡す。」
★恥ずべき事をおこなったベニヤミン族は部族全体で激しく対抗すしようとすることをも見ても、その罪深さは個人のレベルではなく部族の考えとなっていることを思います。それゆえに主は「攻め上れ」と命じられたのです。父ヤコブに愛されたベニヤミンの部族です。小さな罪に関する侮りの体質が部族全体をこんなにまで汚してしまうことへの恐ろしさを忘れてはなりません。

■士師記21:25そのころ、イスラエルには王がなく、めいめいが自分の目に正しいと見えることを行っていた。
★士師記を締めくくる最後の言葉です。神様をあなどり、偶像に心奪われ、自分を神とする生き方がどんなに虚しく罪深いものか。神様はこの士師記を通して語られます。それにしても人はどうして偶像へと流れるのでしょう。人ごとではありません。ヒデ

金曜日, 7月 06, 2012

20120706_士師記16-18

■士師記16:16こうして、毎日彼女が同じことを言って、しきりにせがみ、責め立てたので、彼は死ぬほどつらかった。16:17それで、ついにサムソンは、自分の心をみな彼女に明かして言った。「私の頭には、かみそりが当てられたことがない。私は母の胎内にいるときから、神へのナジル人だからだ。もし私の髪の毛がそり落とされたら、私の力は私から去り、私は弱くなり、普通の人のようになろう。」
★イスラエルを20年さばいたサムソン。しかし彼は、自分の力の源を奪われる誘惑の場所から離れることができず、目をえぐり取られ奴隷とされます。生涯の最後、神殿の柱を倒し、命を投げ出して三千人のペリシテ人を倒しますが、残念でなりません。力の源である神様との交わりに敏感でありましょう。

■士師記17:13そこで、ミカは言った。「私は主が私をしあわせにしてくださることをいま知った。レビ人を私の祭司に得たから。」
★銀で偶像をつくり、自分の家に神の宮を持ち、息子の一人を自分の祭司にしていたミカ。おかしいです。これでは神を自分のために利用する道具には出来ても、真の神様に真の礼拝を帰することはできません。レビ人もレビ人です。霊とまことをもって主を礼拝する人は幸いです。

■士師記18:19 彼らは祭司に言った。「黙っていてください。あなたの手を口に当てて、私たちといっしょに来て、私たちのために父となり、また祭司となってください。あなたはひとりの家の祭司になるのと、イスラエルで部族または氏族の祭司になるのと、どちらがよいですか。」18:20祭司の心ははずんだ。彼はエポデとテラフィムと彫像を取り、この人々の中に入って行った。
★偽りの祭司の姿がここにあります。真の神様にではなく自分の欲に仕える祭司の姿です。ヒデ