月曜日, 6月 04, 2012

20120604_民数記21-22

■民数記21:8すると、主はモーセに仰せられた。「あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ。すべてかまれた者は、それを仰ぎ見れば、生きる。」21:9モーセは一つの青銅の蛇を作り、それを旗ざおの上につけた。もし蛇が人をかんでも、その者が青銅の蛇を仰ぎ見ると、生きた。
★迂回路を通ることになった民は途中で我慢できなくなりモーセに逆らいます。あまりの民の態度に主は燃えるヘビを送られ、民を噛ませたので多くの民が息絶えます。恐れを抱いた民がモーセを通して神様に憐れみを求めたとき、上の御言葉の解決策を与えて下さいました。「仰ぎ見れば生きる」とはまさに主の救いの方法です。主は「地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。わたしが神である。ほかにはいない。」(イザヤ45:22)と語られ、また主はご自身、全人類の罪をご自身身に負われて、いわば呪いのヘビとなって十字架に掛かかれ、仰ぐものを永遠の滅びから救う道を開いて下さいました。仰ぐのです。そうすれば救われるのです。

■民数記22:38バラムはバラクに言った。「ご覧なさい。私は今あなたのところに来ているではありませんか。私に何が言えるでしょう。神が私の口に置かれることば、それを私は語らなければなりません。」
★イスラエルを恐れた王バラクは預言者バラムを招いてイスラエルを呪わせようとします。イスラエルを呪うべきか、そうすべきでないかはあまりに明白なことですが、預言者バラムは目の前におかれた報酬と様々な誘惑に心が揺れ動きます。結果、彼を乗せたロバと抜き身の剣を持つ御使いによって悔い改めへと導かれた彼は、やっとの事で悔い改めに導かれ、上の言葉を語る者とされました。人は神様に用いられるためにはまず聖別が必要です。そうでなければ自らに死を招きます。ヒデ


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