日曜日, 11月 13, 2011

20111113_イザヤ60_ヨハネ1

■イザヤ60:19太陽がもうあなたの昼の光とはならず、月の輝きもあなたを照らさず、主があなたの永遠の光となり、あなたの神があなたの光栄となる。60:20あなたの太陽はもう沈まず、あなたの月はかげることがない。主があなたの永遠の光となり、あなたの嘆き悲しむ日が終わるからである。
★主の預言はやがてそのことが起こった時すたれます。預言よりも、起こり現れたそのことの方があまりにも尊く栄光に満ちているからです。同様に主ご自身が信じる者の光となる時が来ます。確かに信じるお互いは既に心の中にその光を頂いています。けれど本当にやがての日、主が新天新地の光となる時がくるのです。あなたの涙をぬぐわれるお方がいます。その方は来られます。見あげましょう。主にあったお互いの霊を奮い立たせて頂きましょう。

■ヨハネ1:29その翌日、ヨハネは自分のほうにイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊。
★キリストを「言」と表現し、永遠のはじめからおられたお方として紹介するヨハネの福音書の書き出しです。その「言なるお方が人となって私たちの間に住まわれた」とマリヤの処女降誕を展開するヨハネですが、では何のためにキリストは来られたのか。その答えを一言であらわした言葉が上の御言葉です。私たちの罪の自ら担い、神への贖いの献げ物として死ぬために来られたキリスト。彼はあなたの罪のために刺し通され、あなたの咎のために砕かれたのです。あなたはその打たれた傷によって癒されます。疑うナタナエルに主の弟子ピリポは来てみなさいと語ります。あなたはことばなるキリストの前にもう既に行かれましたか。キリストの言葉に触れることを通して心に感動を覚えるなら、それはもはや聖霊様があなたの心に触れておられるのです。ヒデ

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