日曜日, 1月 29, 2012

20120129_マラキ1_使徒4

■マラキ1:7あなたがたは、わたしの祭壇の上に汚れたパンをささげて、『どのようにして、私たちがあなたを汚しましたか』と言う。『主の食卓はさげすまれてもよい』とあなたがたは思っている。
★預言者ハガイとゼカリヤの激励を受けてイスラエルはバビロンからの帰還後、神殿再建後に立ち上がります。しかし彼らが期待するような祝福が訪れなかったとき、イスラエルの礼拝は空虚な形式と化し、神様へのささげ物、律法の遵守は軽視されます。そんな時預言者マラキは上の言葉を取り次ぎます。あなたはあなたの思い、期待が願ったように行かない場合どんな反応を神様にあらわしますか。願わくはお互いの霊の目が近視眼から解放されますように。

■使徒4:12この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです。」4:13彼らはペテロとヨハネとの大胆さを見、またふたりが無学な、普通の人であるのを知って驚いたが、ふたりがイエスとともにいたのだ、ということがわかって来た。
★いったいどうした事でしょう。何がこんなに弟子たちを、ことにペテロを強くしたのでしょう。婦人のことばにさえ臆病風をふかせ逃げ出したペテロなのに。答えは主です。主がどんな時にも共にいてくださる。そこに目が開かれる。そして自らもその主と共にいることを願う。決して自分の意志や努力や能力によって強くなるのではありません。あなたはあなたを強くして下さる主によって何事でもできると聖書が語ることをしんじますか。ヒデ

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