水曜日, 1月 18, 2012

20120118_詩篇150_ルカ15

■詩篇150:1ハレルヤ。神の聖所で、神をほめたたえよ。御力の大空で、神をほめたたえよ。150:2その大能のみわざのゆえに、神をほめたたえよ。そのすぐれた偉大さのゆえに、神をほめたたえよ。150:3角笛を吹き鳴らして、神をほめたたえよ。十弦の琴と立琴をかなでて、神をほめたたえよ。150:4タンバリンと踊りをもって、神をほめたたえよ。緒琴と笛とで、神をほめたたえよ。150:5音の高いシンバルで、神をほめたたえよ。鳴り響くシンバルで、神をほめたたえよ。150:6 息のあるものはみな、主をほめたたえよ。ハレルヤ。
★「主をほめたたえよ」と、勧めとしてではなく、命令形で繰り返されるこの章。あなたはなぜ著者がそのように語るのか納得できますか。ここではその理由、手段、場所と展開し、最後は「息のあるものはみな」と語ります。あなたはこの主によって命与えられました。

■ルカ15:1さて、取税人、罪人たちがみな、イエスの話を聞こうとして、みもとに近寄って来た。15:2すると、パリサイ人、律法学者たちは、つぶやいてこう言った。「この人は、罪人たちを受け入れて、食事までいっしょにする。」15:3そこでイエスは、彼らにこのようなたとえを話された。
★以上の背景からこの章ではイエス様が語られた3つの譬えが紹介されます。失われた羊。失われたコイン、放蕩息子のたとえがそれです。テーマは「失われたものの回復」です。失われかたは、いつのまにか迷子になったもの、不可抗力によって、自分から反発して飛び出した者とそれぞれですが、みな等しく失われています。では回復の方法はと言うなら、やはり同様に主人の方が探し出しているのです。なぜでしょう。主人にとって一人一人は他のものによっては代えることのできない大切な存在だから。主はそのことを伝えるたかったのです。あなたにもです。ヒデ

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