水曜日, 3月 06, 2013

20130306_ルカ19-20

■ルカ19:10人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」
★人の子とはイエス・キリストです。なぜ取税人の頭ザアカイは「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれからでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します。」とまで変えられたのでしょう。イエス・キリストに出会ったからです。キリストとの出会いを通して父なる神様の愛とあわれみ深さを経験したからです。あなたは既にキリストに出会われ、キリストよって変えられた人生を歩んでおられますか。

■ルカ20:8するとイエスは、「わたしも、何の権威によってこれらのことをするのか、あなたがたに話すまい」と言われた。
★策略をめぐらし「何の権威によって、これらのことをしておられるのですか。あなたにその権威を授けたのはだれですか。それを言ってください。」とたずねる宗教家に、イエス様は「ヨハネのバプテスマは、天から来たのですか、人から出たのですか。」と返します。そのとき宗教家は「もし、天から、と言えば、それならなぜ、彼を信じなかったか、と言うだろう。しかし、もし、人から、と言えば、民衆がみなで私たちを石で打ち殺すだろう。ヨハネを預言者と信じているのだから。」と、結果「知りません」と答えます。その結果イエス様が彼らに返された言葉が冒頭の御言葉です。これは心を閉ざしたままで神のことばを求めても、神の言葉が開かれることのない教訓です。人は弱い者で、常に神様以外のよろいで自分を守ろうとする、自己保身の誘惑にさらされているのは否めません。しかしそれを捨て心からキリストにぶつかって行く時、その人の命は輝くのです。ヒデ

火曜日, 3月 05, 2013

20130305_ルカ17-18

■ルカ17:6しかし主は言われた。「もしあなたがたに、からし種ほどの信仰があったなら、この桑の木に、『根こそぎ海の中に植われ』と言えば、言いつけどおりになるのです。
★信仰は量の多さが問題ではありません。あるかないかの問題です。そして主は不信仰なものを励まし立たせて下さるお方です。この主を仰ぎましょう。そしてイエス・キリストの内にある父なる神様に対する信仰を自らの信仰とさせて頂きましょう。

■ルカ18:39彼を黙らせようとして、先頭にいた人々がたしなめたが、盲人は、ますます「ダビデの子よ。私をあわれんでください」と叫び立てた。
★彼はあわれな人でしょうか。一概にそうとはいえません。なぜなら彼は自分の現実と必要を知り、イエス様に真っ直ぐに近づくことができたのですから。むしろあわれとは自分を現実を知らず、生かされていることや、まわりの人々によって支えられていることにも気づかず、その心に感謝のない生き方こそあわれと言うべきでしょう。あなたには主に真っ直ぐに向かおうとする飢え渇きがありますか。ヒデ

月曜日, 3月 04, 2013

20130304 3_ルカ14-16

■ルカ14:5それから、彼らに言われた。「自分の息子や牛が井戸に落ちたのに、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者があなたがたのうちにいるでしょうか。」
★この地上において全てに勝って最も優先されるべきこととは何でしょう。それはいのちにかかわることです。迷う必要はありません。あなたは自分で考え自分の意志で行動し、いのちを守ればよいのです。いのちを軽んじあとまわしにしたら取り返しがつきません。

■ルカ15:31父は彼に言った。『子よ。おまえはいつも私といっしょにいる。私のものは、全部おまえのものだ。15:32だがおまえの弟は、死んでいたのが生き返って来たのだ。いなくなっていたのが見つかったのだから、楽しんで喜ぶのは当然ではないか。』
★息子としての人生を歩むか、奴隷としての人生を歩むか、それはあなた次第です。しかし人生の祝福の秘訣は間違いなく、あなたと父なる神様との距離に奥義か隠されてます。

■ルカ16:13しもべは、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、または一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。」
★まことの神様、造り主なる神様に礼拝をささげ仕えましょう。ひれ伏す者の霊を解き放し、自由を与えることのできるお方はこの方以外にありません。ヒデ

日曜日, 3月 03, 2013

20130303_ルカ12-13

■ルカ12:29何を食べたらよいか、何を飲んだらよいか、と捜し求めることをやめ、気をもむことをやめなさい。12:30これらはみな、この世の異邦人たちが切に求めているものです。しかし、あなたがたの父は、それがあなたがたにも必要であることを知っておられます。12:31何はともあれ、あなたがたは、神の国を求めなさい。そうすれば、これらの物は、それに加えて与えられます。
★決して勘違いなさらないように。主は上に書かれたものが決して必要ないと語っておられるのではありません。どうすればそれが得られるか、その方法を説明しているだけなのです。あなたはその方法を既にご存じですか。それはこの世で一番確実で間違いのない方法です。

■ルカ13:4また、シロアムの塔が倒れ落ちて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいるだれよりも罪深い人たちだったとでも思うのですか。
★確かに蒔いた種は刈り取ると言う霊的な原則はあります。でも災いを人が経験する場合、全部その人の罪と過失ゆえでしょうか。いいえ、違います。にもかかわらずこの世は、こうした事を通して、人をしばり、自分の思い道理に人をコントロールしようとする世です。だまされないようにして下さい。むしろ神様は、その災いさえも用いて祝福に変えることのできるお方ですから、あなたのまわりにおこる災いも制限付きでゆるしておられるのです。ヒデ

土曜日, 3月 02, 2013

20130302_ルカ10-11

■ルカ10:29しかし彼は、自分の正しさを示そうとしてイエスに言った。「では、私の隣人とは、だれのことですか。」
★人にとって最も深い病とは自分が愛すべき人が分からないことかも知れません。あなたの隣人とは誰でしょう。あなたがその人を愛する道を選択すれば、あなたはその人の隣人になることができます。

■ルカ11:41とにかく、うちのものを施しに用いなさい。そうすれば、いっさいが、あなたがたにとってきよいものとなります。
★とにかく物でも、財でも、思いでも、恵みによって与えられたものをあなたが心を開いて分かち合うとき、あなたの心は喜びに満たされるでしょう。そのよろこびは誰も奪うことができません。その喜びは聖霊によって注がれるものだからです。ヒデ

金曜日, 3月 01, 2013

20130301_ルカ8-9

■ルカ8:54しかしイエスは、娘の手を取って、叫んで言われた。「子どもよ。起きなさい。」8:55すると、娘の霊が戻って、娘はただちに起き上がった。それでイエスは、娘に食事をさせるように言いつけられた。
★人はかつて土のちりで肉体をかたちづくられ、その中に霊を吹き込まれることを通して生きたものとなりました。主は人の霊が神様の愛と常につながっていることを願われます。すなわち生きた状態に保たれることを。あなたの霊は神様の愛につながることを通して、死の恐れから解き放たれ、孤独や世の思い煩いから解放されているでしょうか。イエス様は「私につながっていなさい。」と語られます。

■ルカ9:20イエスは、彼らに言われた。「では、あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」ペテロが答えて言った。「神のキリストです。」
★キリストを誰と告白するか。あえて、このことはあなたの人生において一度は立ち止まって真剣に考えるべき最大のテーマであると申し上げます。歴史の中で人々は、これまで、「あなたこそ生ける神の御子キリストです」と告白する人や、無関心を装い考えないようにして生きた人、あるいは愚かと一笑し、キリストに背を向けた人、もしくはあえて敵対の道を選んだ人々もあったでしょう。あなたはどんな選択をなさいますか。願わくは「生ける神の御子キリストです」と告白して、神様の愛がその心に注がれる道を選択なさいますように。ヒデ

木曜日, 2月 28, 2013

20130228_ルカ6-7

■ルカ6:37さばいてはいけません。そうすれば、自分もさばかれません。人を罪に定めてはいけません。そうすれば、自分も罪に定められません。赦しなさい。そうすれば、自分も赦されます。6:38与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。」
★自己保身の為にではありません。人は誤り易いからです。どうしても多角的な視点ではなく一方的な視点で決めつけてしまう傾向に走ることは否めません。だからこそ裁きは天の父に委ねるのです。では私たちのすべきことは?天の父はそれを愛することだと語られます。主の助けなくしてできません。愛することを求めて父なる神様に近づきましょう。主はそのあなたの心を喜び祝福を注いで下さいます。

■ルカ7:15すると、その死人が起き上がって、ものを言い始めたので、イエスは彼を母親に返された。
★主はあなたが諦めることができないその人を知っていて下さるお方です。決して主はあなたを孤独に終わらせることはありません。ヒデ

水曜日, 2月 27, 2013

20130227_ルカ4-5

■ルカ4:42朝になって、イエスは寂しい所に出て行かれた。群衆は、イエスを捜し回って、みもとに来ると、イエスが自分たちから離れて行かないよう引き止めておこうとした。
★あなたは孤独を恐れる人ですか。そもとも人々を恐れる人ですか。これらは両方共に自分の人生で行くべき道を誤まるリスクが高まります。主はしばし人々のもとを離れて静まりました。父なる神様との交わりに生きる為です。この交わりこそがイエス・キリストの人生を偉大した秘訣でした。

■ルカ5:13イエスは手を伸ばして、彼にさわり、「わたしの心だ。きよくなれ」と言われた。すると、すぐに、そのツァラアトが消えた。
★人々が恐れ敬遠する重い皮膚病におかされた人が、癒やしを願い、近づいたとき、主が語られた言葉です。主の願いはご自身に近づく人々が自らの必要だけを受け取ることではありません。主の心を受け取って欲しいと願われます。その時こそその人の心と人生が健やかになるからです。利用する者ではなく、心通わせ、互いに思いやり、いたわり合う関係に生きる者でありましょう。ヒデ

月曜日, 2月 25, 2013

20130226_ルカ2-3

■ルカ2:35剣があなたの心さえも刺し貫くでしょう。それは多くの人の心の思いが現れるためです。」
★女預言者シメオンによって語られた言葉です。主を愛する主の母マリヤの心が刺し貫かれるとは。何と理不尽なことでしょう。しかし、罪なき者の心が刺し貫かれるようなことがなければ、罪を自覚できないこの世です。主の恵みによってキリストを救い主と受け入れる事が出来たことを感謝しましょう。

■ルカ3:8それならそれで、悔い改めにふさわしい実を結びなさい。『われわれの父はアブラハムだ』などと心の中で言い始めてはいけません。よく言っておくが、神は、こんな石ころからでも、アブラハムの子孫を起こすことがおできになるのです。
★そうです。神様とはまさに土の塵から人をおこされるお方です。しかし人は偶像を造りたがり、手柄を自分や自分の関係者に帰したがるものです。いのちを与え、今日まで保って下さっている主に感謝しましょう。このお方の御力とご計画によって、今日もあなたのいのちが支えられているのですから。ヒデ

日曜日, 2月 24, 2013

20130225_ルカ1

■ルカ1:38マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」こうして御使いは彼女から去って行った。
★こうして主の母マリヤは救い主キリストを信仰によって身ごもりました。あなたがキリストを心に迎え入れる方法も同じ信仰によってです。主が不思議をもってあなたを持ちはこび、あなたの人生のつじつまを合わせて下さる全能者と共に歩む旅はここからはじまります。さあまだの人は踏み出しましょう。ヒデ

20130224_マタイ27-28

■マタイ27:46三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。
★主イエス様が十字架上で語られた数少ないことばの一つです。主は私たちが当然支払うべき罪の代価を、十字架上にささげたご自身のいのちをもって払って下さいました。その打たれた傷によってあなたは癒されました。

■マタイ28:18イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。28:19だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、28:20あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」
★「いつまでもあなたと共にいる」すなわちこれが教会です。教会を新たに創造するために主はご自身のいのちを捨てられました。主の力と祝福はあなたの上に置かれています。信仰をもって隣人を愛し祝福するあなたでありますように。ヒデ

土曜日, 2月 23, 2013

20130222_マタイ23-24

■マタイ25:9しかし、賢い娘たちは答えて言った。『いいえ、あなたがたに分けてあげるにはとうてい足りません。それよりも店に行って、自分のをお買いなさい。』
★人から借りることのできないものがあることをあなたはお気づきですか。すなわち神様との関係です。あなた自身がキリストの言葉に心を開き、十字架の救いは私の為でしたと感謝して受け取ることがどんなに大切なことでしょう。

■マタイ26:64イエスは彼に言われた。「あなたの言うとおりです。なお、あなたがたに言っておきますが、今からのち、人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見ることになります。」
★これがイエス・キリストを死刑に定めた罪状です。あなたは大祭司のこの決定をどう思われますか。ヒデ

木曜日, 2月 21, 2013

20130221_マタイ21-22

■マタイ21:21イエスは答えて言われた。「まことに、あなたがたに告げます。もし、あなたがたが、信仰を持ち、疑うことがなければ、いちじくの木になされたようなことができるだけでなく、たとい、この山に向かって、『動いて、海に入れ』と言っても、そのとおりになります。21:22あなたがたが信じて祈り求めるものなら、何でも与えられます。」
★このイエス様の言葉により頼んで、今まで越えられなかった、自分自身にとっての常識を越えてみませんか。今まで祈ったことのない祈りを、期待して父なる神様にお祈りしてみませんか。あなたの天の父は子であるあなたが、父を期待して心を注ぎ出すことを喜んで下さいます。

■マタイ22:37そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』22:38これがたいせつな第一の戒めです。22:39『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。22:40律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」
★律法と預言者とは旧約聖書のことです。そして人が人生において目指すべきものについて、聖書はそれを、愛の人になることだと語ります。あなたが、私が、神様と人を愛する人となること。あなたは人生の最優先の目標としてこれをあげていらっしゃいますか。ヒデ

火曜日, 2月 19, 2013

20130220_マタイ18-20

■マタイ18:19まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。18:20ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」
★ここに教会の本質があります。主の名によって集められた共同体、そこに主がおられる共同体、それが教会です。

■マタイ19:25弟子たちは、これを聞くと、たいへん驚いて言った。「それでは、だれが救われることができるのでしょう。」19:26イエスは彼らをじっと見て言われた。「それは人にはできないことです。しかし、神にはどんなことでもできます。」
★あなたを救うのはあなた自身ではありません。またあなたの大切な人の救いも同様です。私たちにできることは感謝して、受け取る事、神様とあなたの物語はすべてはそこからはじまります。

■マタイ20:14自分の分を取って帰りなさい。ただ私としては、この最後の人にも、あなたと同じだけ上げたいのです。
★主は残された最後の人の寂しさ、悲しさをも受けとめ、覚えて配慮して下さるお方です。あなたのことを主は決して忘れられることはありません。ヒデ

20130219_マタイ15-17

■マタイ15:5それなのに、あなたがたは、『だれでも、父や母に向かって、私からあなたのために差し上げられる物は、供え物になりましたと言う者は、15:6その物をもって父や母を尊んではならない』と言っています。こうしてあなたがたは、自分たちの言い伝えのために、神のことばを無にしてしまいました。
★神の言葉はあなたに偽りの避け所をつくらせるために与えられたものではありません。むしろ光の中に引き出され、悔い改めと信仰によって神様のいのちに引き出されるためです。

■マタイ16:15イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」16:16シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」
★ではあなたは彼について誰と言いますか。あなたにとってキリストが主であるなら、その告白に基づいた信仰の決断をもって、主の言葉に従順しましょう。その時あなたは、主の力と不思議を体験します。

■マタイ17:8それで、彼らが目を上げて見ると、だれもいなくて、ただイエスおひとりだけであった。17:9彼らが山を降りるとき、イエスは彼らに、「人の子が死人の中からよみがえるときまでは、いま見た幻をだれにも話してはならない」と命じられた。
★恍惚とも言うべきイエス様だけで満たされる経験。しかし私たちはそこから遣わされているこの世に派遣されるものとして召し出されました。山の上にとどまり続けたら世の光、地の塩として召し出されたことの意味がなくなります。あなたの遣わされるべきところはどこでしょう。ヒデ

日曜日, 2月 17, 2013

20130218_マタイ13-14

■マタイ13:20また岩地に蒔かれるとは、みことばを聞くと、すぐに喜んで受け入れる人のことです。13:21しかし、自分のうちに根がないため、しばらくの間そうするだけで、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまいます。
★根がなければ物事は一時的で決して結実には至りません。あなたの関心が感情レベルの反応から、価値観の変換とライフスタイルの変化に向かいますように。

■マタイ14:28すると、ペテロが答えて言った。「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」
★身のほど知らずにもほどがあります。水の上を渡って行かせて下さいなんて。しかし神様は常識を越えてまでも、神様の近くにありたいと願う人を通して神様のわざと祝福を世にもたらされるお方です。あなたはペテロを愚かと笑いますか。それともペテロのような、主への愛が心に乏しいことに嘆かれますか。あるいは同じように告白できるでしょうか。誰も歩いたことのない道を主に向かって歩けたら、それは最高の主との絆になるでしょうね。主はあなたにも語られます。「来なさい」と。ヒデ

20130217_マタイ10-12

■マタイ10:19人々があなたがたを引き渡したとき、どのように話そうか、何を話そうかと心配するには及びません。話すべきことは、そのとき示されるからです。10:20というのは、話すのはあなたがたではなく、あなたがたのうちにあって話されるあなたがたの父の御霊だからです。
★確かに、何をどのように話そうか、と心配する必要はないでしょう。聖霊様が語るべき、ふさわしい言葉をその時、与えて下さるのですから。そのことよりもお互いは、いざと言う時、立つべきところに立っていることができるかを問うべきでしょう。あのペテロでさえも鶏が鳴く前に3度も知らないと語ってしまったのですから。

■マタイ11:28すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。11:29わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。11:30わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」
★多くの人が勘違いしている箇所です。安らぎは全てのくびきから、人が解放される時に与えられるものであるかのように。しかし違います。本当は主が負わせて下さるくびきを負うときにこそ与えられるものです。

■マタイ12:48しかし、イエスはそう言っている人に答えて言われた。「わたしの母とはだれですか。また、わたしの兄弟たちとはだれですか。」12:49それから、イエスは手を弟子たちのほうに差し伸べて言われた。「見なさい。わたしの母、わたしの兄弟たちです。12:50天におられるわたしの父のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです。」
★主はあなたを兄弟として招いておられます。ヒデ

土曜日, 2月 16, 2013

20130216_マタイ8-9

■マタイ8:1イエスが山から降りて来られると、多くの群衆がイエスに従った。8:2すると、ツァラアトに冒された人がみもとに来て、ひれ伏して言った。「主よ。お心一つで、私をきよくしていただけます。」8:3イエスは手を伸ばして、彼にさわり、「わたしの心だ。きよくなれ」と言われた。すると、すぐに彼のツァラアトはきよめられた。
★目には見えませんが、主は今も、高い所から御言葉を語られるだけではなく、聖霊によってあなたに近づき「わたしの心だ。きよくなれ」と語りかけ、あなたの心と身体に触れ、癒やしと命を注いで下さるお方です。この瞬間、あなたに主が触れておられます。信仰と感謝をもって受け取りましょう。

■マタイ9:10イエスが家で食事の席に着いておられるとき、見よ、取税人や罪人が大ぜい来て、イエスやその弟子たちといっしょに食卓に着いていた。9:11すると、これを見たパリサイ人たちが、イエスの弟子たちに言った。「なぜ、あなたがたの先生は、取税人や罪人といっしょに食事をするのですか。」9:12 イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。9:13『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない』とはどういう意味か、行って学んで来なさい。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」
★神様の恵みをとどめるものとは何か、そこれここでは明確です。あわれみのない心と、自分を正しいとし、人をみさげる心です。高慢とはなんと恐ろしい病でしょう。しかしこれほどに本人が自覚できないものはありません。神様ご自身がその人の心に光を照らして下さる以外悟るすべがないのです。神様の恵みとあわれみによって生かされていることに感謝しましょう。ヒデ

金曜日, 2月 15, 2013

20130215_マタイ5-7

■マタイ5:2そこで、イエスは口を開き、彼らに教えて、言われた。5:3「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。5:4悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから。5:5柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐから。5:6義に飢え渇く者は幸いです。その人たちは満ち足りるから。5:7あわれみ深い者は幸いです。その人たちはあわれみを受けるから。5:8心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るから。5:9平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。5:10義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。

■マタイ6:31そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。6:32こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。6:33だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。6:34だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。

■マタイ7:13狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多いのです。7:14いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。

木曜日, 2月 14, 2013

20130214_マタイ1-4

■マタイ1:21マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」
★あなたは既にこのお方に、「その名はイエス。私の救い主です」と告白なさいましたか。ここから神様の祝福を受け取る生涯がはじまります。

■マタイ2:2「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」2:3それを聞いて、ヘロデ王は恐れ惑った。エルサレム中の人も王と同様であった。
★救い主誕生の知らせを聞いて怖じ惑う人々。神様から離れた生活のゆえです。恐れはある面、神様が人に下さっている警報装置です。あなたは今、帰るべき所に、帰る必要のある存在ですか。

■マタイ3:16こうして、イエスはバプテスマを受けて、すぐに水から上がられた。すると、天が開け、神の御霊が鳩のように下って、自分の上に来られるのをご覧になった。3:17また、天からこう告げる声が聞こえた。「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。」
★あなたもバプテスマを受ける事を通して父なる神様への愛をあらわすことができます。迷っているなら心を定めて受けましょう。祝福です。

■マタイ4:19イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。」4:20彼らはすぐに網を捨てて従った。
★ここにあなたが人生を懸けて従っても惜しくないお方がおられます。このお方はあなたにいのちの捨て場所を与えて下さるお方です。いのちは使うために与えられています。守ろうと思う者はそれを失い。福音のために捨てる者は得るのです。ヒデ

水曜日, 2月 13, 2013

20130213_マルコ15-16

■マルコ15:34そして、三時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫ばれた。それは訳すと「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。
★十字架上のイエス・キリストの言葉です。捨てられるはずのないお方が捨てられ、その罪のないいのちによって、罪人が当然払うべき罪の代価を払って下さったゆえに、捨てられて当然の私たちが捨てられずにすむ道が開かれました。その打たれた傷によって私たちは癒されました。

■マルコ16:6青年は言った。「驚いてはいけません。あなたがたは、十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのでしょう。あの方はよみがえられました。ここにはおられません。ご覧なさい。ここがあの方の納められた所です。
★主は、全ての人が絶望のなかに、死の中にとどまり続けることのないように、よみがえられました。この事実のゆえに、主を仰ぎましょう。その時あなたは永遠のいのちによっていかされます。ヒデ

火曜日, 2月 12, 2013

20130212_マルコ14

■マルコ14:35それから、イエスは少し進んで行って、地面にひれ伏し、もしできることなら、この時が自分から過ぎ去るようにと祈り、14:36またこう言われた。「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください。」
★この杯とは自分がかけられる十字架を負い、そこにかけられることです。決して自らそれを選択したいわけではない。しかし愛のゆえにそこに立つことを選択する。なぜでしょうか。そこに神様の御心があるからです。御心を選択することは決してたのしい道ばかりではありません。むしろ十字架の道でしょう。しかし主と共にそこで死ぬ決心をしたものは、必ず主がそこから甦らされるのです。ヒデ

月曜日, 2月 11, 2013

20130211_マルコ12-13

■マルコ12:15イエスは彼らの擬装を見抜いて言われた。「なぜ、わたしをためすのか。デナリ銀貨を持って来て見せなさい。」12:16彼らは持って来た。そこでイエスは彼らに言われた。「これはだれの肖像ですか。だれの銘ですか。」彼らは、「カイザルのです」と言った。12:17するとイエスは言われた。「カイザルのものはカイザルに返しなさい。そして神のものは神に返しなさい。」彼らはイエスに驚嘆した。

★聖書はご自身のかたちに似せてとあります。あなたは「神のかたち」に似せて作られました。あなたは尊厳あるものとして、偶然によってではなく、必然、すなわち神様のご計画の中で造られました。自分を軽く見ないようにしましょう。また安く売ってはなりません。

 

■マルコ13:31この天地は滅びます。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。13:32ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。
★かも知れませんではなく、「滅びます」とキリストは語られます。世の終わりが来るのです。この世界さえも終わらせる罪とはいったいなんでしょう。人の人格を破壊し、人生を台無しにし、家庭を崩壊させ、いのちを奪うことに飽き足らず、この天地さえ滅ぼすとは、しかし、それを贖うために十字架にご自身のいのちを捨てて下さったお方によって、天地は新たにされると聖書は語ります。そのためにこのお方は再び来られます。ヒデ

日曜日, 2月 10, 2013

20130210_マルコ10-11

■マルコ10:42そこで、イエスは彼らを呼び寄せて、言われた。「あなたがたも知っているとおり、異邦人の支配者と認められた者たちは彼らを支配し、また、偉い人たちは彼らの上に権力をふるいます。10:43しかし、あなたがたの間では、そうでありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。10:44あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい。10:45人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」
★「あなたは自分のいのち、すなわち自分に与えられた時間をどのように使おうとしていますか。」と問われるお方です。主は目に見えない愛を、行動に現すために人の姿をとって来て下さいました。あなたはどんなことが出来そうですか。

■マルコ11:22イエスは答えて言われた。「神を信じなさい。11:23まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海に入れ』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。11:24だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。
★チャレンジであり祝福に満ちたことばですね。あなたはこれをどの様に受け取るでしょうか。イエス様は「神様を信じなさい」と語られます。神様のみわざを見るためには、この言葉を受け取る以外ありません。なら感謝して受け取りたいですね。さらに神様への信頼とは、人間の理性や努力によっては越えて行けない、恵みの世界であることも教えられますね。もう一度繰り返します。主は「神様を信じなさい」と語られます。ヒデ

土曜日, 2月 09, 2013

20130209_マルコ8-9

■マルコ8:34それから、イエスは群衆を弟子たちといっしょに呼び寄せて、彼らに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。8:35いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしと福音とのためにいのちを失う者はそれを救うのです。8:36人は、たとい全世界を得ても、いのちを損じたら、何の得がありましょう。
★十字架がなければ冠はありません。十字架を負わなければ、神様のお役にたてたとの満足を心に与えられることもありません。心配しないでも大丈夫です。主があなたに負わせようとなさる十字架であれば、主があなたと共に負って下さいます。「わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」の通りです。

■マルコ9:38ヨハネがイエスに言った。「先生。先生の名を唱えて悪霊を追い出している者を見ましたが、私たちの仲間ではないので、やめさせました。」9:39しかし、イエスは言われた。「やめさせることはありません。わたしの名を唱えて、力あるわざを行いながら、すぐあとで、わたしを悪く言える者はないのです。9:40わたしたちに反対しない者は、わたしたちの味方です。
★主はあえてここで「見方」との表現を使いました。それにしても主の理解は何と広いことでしょうか。人はおうおうにして「敵か、味方か」を、あまりに狭い意味において用いようとする傾向があります。本当のところはみんな見方、神様に愛されている一人一人なのです。ヒデ

金曜日, 2月 08, 2013

20130208_マルコ6-7

■マルコ6:49しかし、弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、幽霊だと思い、叫び声をあげた。6:50というのは、みなイエスを見ておびえてしまったからである。しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。6:51そして舟に乗り込まれると、風がやんだ。彼らの心中の驚きは非常なものであった。
★「私である」と自身を表現されるイエス・キリストが誰であるかを覚えましょう。出エジプトのときモーセに「私である」とご自身を現されたそのお方です。このお方をあなたの心に、人生の主権者としてお迎えするならば嵐はやみます。あなた以上にあなたを知り、あなた以上に力強い御手を持ち、しかもあなたの生涯を上から見渡し、最善に導くことのできるお方がイエス様なのです。

■マルコ7:28しかし、女は答えて言った。「主よ。そのとおりです。でも、食卓の下の小犬でも、子どもたちのパンくずをいただきます。」7:29そこでイエスは言われた。「そうまで言うのですか。それなら家にお帰りなさい。悪霊はあなたの娘から出て行きました。」
★あなたの内側から清さ、愛、謙遜とう最善を引き出されるお方はイエス・キリストです。反対にあなたの中から最悪のものを引き出そうとするのがサタンです。あなたはどちらに反応しますか。またあなたはイエス・キリストの心を知っていますか。イエス・キリストはあなたのために、唯一神様でありながら神であることを捨てることはできないとは考えないで、ご自身の立場を捨てて人となり、十字架にまでかかってくださったお方です。このお方の中にあなたの希望があるのです。ヒデ

木曜日, 2月 07, 2013

20130207_マルコ4-5

■マルコ4:38ところがイエスだけは、とものほうで、枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして言った。「先生。私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思われないのですか。」4:39イエスは起き上がって、風をしかりつけ、湖に「黙れ、静まれ」と言われた。すると風はやみ、大なぎになった。4:41彼らは大きな恐怖に包まれて、互いに言った。「風や湖までが言うことをきくとは、いったいこの方はどういう方なのだろう。」
★「先生。私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思われないのですか。」あなたもこう叫んだりつぶやいたことがありませんか。しかし主は眠っておられるのではありません。まだイエス様が誰であるかについて、目が開かれていない人の霊の目を開くために、あえてこの様な状況をゆるしておられるのです。あなたがすべきことは「主よ、助けて下さい」と叫ぶことです。

■マルコ5:41そして、その子どもの手を取って、「タリタ、クミ」と言われた。(訳して言えば、「少女よ。あなたに言う。起きなさい」という意味である。)5:42すると、少女はすぐさま起き上がり、歩き始めた。十二歳にもなっていたからである。彼らはたちまち非常な驚きに包まれた。
★長血を患う婦人がイエス様の衣の裾に触ったばっかりに……、彼女はおかげで癒されますが、そこで時間がとられた結果、会堂司ヤイロの娘の命は絶えてしまいました。ところがどうでしょう。主が「少女よ。あなたに言う。起きなさい」と命じられたとき、彼女の命はふきかえしたのです。主にあっては、遅すぎることはありません。主は不思議と御力をもってあなたの人生を完成して下さるお方です。あなたも信仰によって「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています」と、パウロと共に告白しませんか。ヒデ

水曜日, 2月 06, 2013

20130206_マルコ1-3

■マルコ1:15「時が満ち、神の国は近くなった。悔い改めて福音を信じなさい。」1:17イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」1:18すると、すぐに、彼らは網を捨て置いて従った。
★イエス・キリストの第一声です。人は信頼し従順すべき神様に背を向けているため、注がれている神様の愛を心に受けとることができず、迷いと恐れから解き放たれることができません。何と幸いなことでしょう。キリストの中に自分の命を懸けて惜しくないと思えるほどの価値を見出した人たちは。イエス・キリストはあなたに死に場所を与えて下さるお方です。

■マルコ2:17イエスはこれを聞いて、彼らにこう言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」
★神様に背を向けているという意味において、人はみな、本来の自分のあるべき姿を知らず、心に孤独という空洞を抱えた、健康というより病人と言うべきでしょう。ただ多くの人はそれに気づかないだけのことです。キリストはそんなあなたの人生を神様の愛によって健やかにしようと近づかれる救い主です。

■マルコ3:35神のみこころを行う人はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです。」
★イエス・キリストは信じる人の心、また信じる人々と人々の間だに「神の国」を築き、真の平和をもたらすために来られました。国には、国を治める王が存在します。王の統治を喜ぶ民が存在し、領土があります。そしてそのキリストの王国ではみな神の家族として豊に生きるのです。ヒデ

月曜日, 2月 04, 2013

20130205_ローマ14-16

■ローマ14:1あなたがたは信仰の弱い人を受け入れなさい。その意見をさばいてはいけません。14:20食べ物のことで神のみわざを破壊してはいけません。すべての物はきよいのです。しかし、それを食べて人につまずきを与えるような人の場合は、悪いのです。14:21肉を食べず、ぶどう酒を飲まず、そのほか兄弟のつまずきになることをしないのは良いことなのです。14:22あなたの持っている信仰は、神の御前でそれを自分の信仰として保ちなさい。自分が、良いと認めていることによって、さばかれない人は幸福です。
★信仰は弱いより、強い方が良いでしょう。しかしもっと大切なことはあなたの信仰が成熟に向かっているかどうかです。

■ローマ15:1私たち力のある者は、力のない人たちの弱さをになうべきです。自分を喜ばせるべきではありません。15:2私たちはひとりひとり、隣人を喜ばせ、その徳を高め、その人の益となるようにすべきです。15:3キリストでさえ、ご自身を喜ばせることはなさらなかったのです。むしろ、「あなたをそしる人々のそしりは、わたしの上にふりかかった」と書いてあるとおりです。

■ローマ16:あなたがたは聖なる口づけをもって互いのあいさつをかわしなさい。キリストの教会はみな、あなたがたによろしくと言っています。16:17兄弟たち。私はあなたがたに願います。あなたがたの学んだ教えにそむいて、分裂とつまずきを引き起こす人たちを警戒してください。彼らから遠ざかりなさい。16:18そういう人たちは、私たちの主キリストに仕えないで、自分の欲に仕えているのです。彼らは、なめらかなことば、へつらいのことばをもって純朴な人たちの心をだましているのです。

20130204_ ローマ11-13

■ローマ11:17もしも、枝の中のあるものが折られて、野生種のオリーブであるあなたがその枝に混じってつがれ、そしてオリーブの根の豊かな養分をともに受けているのだとしたら、11:18あなたはその枝に対して誇ってはいけません。誇ったとしても、あなたが根をささえているのではなく、根があなたをささえているのです。11:21もし神が台木の枝を惜しまれなかったとすれば、あなたをも惜しまれないでしょう。11:22見てごらんなさい。神のいつくしみときびしさを。倒れた者の上にあるのは、きびしさです。あなたの上にあるのは、神のいつくしみです。

■ローマ12:1そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。12:18あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。12:19愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。」12:21悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。

■ローマ13:12夜はふけて、昼が近づきました。ですから、私たちは、やみのわざを打ち捨てて、光の武具を着けようではありませんか。13:13遊興、酩酊、淫乱、好色、争い、ねたみの生活ではなく、昼間らしい、正しい生き方をしようではありませんか。13:14主イエス・キリストを着なさい。肉の欲のために心を用いてはいけません。

日曜日, 2月 03, 2013

20130203_ローマ8-10

■ローマ8:27人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。8:28神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。8:29なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる人々を、御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたからです。それは、御子が多くの兄弟たちの中で長子となられるためです。8:30神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、召した人々をさらに義と認め、義と認めた人々にはさらに栄光をお与えになりました。

■ローマ9:16したがって、事は人間の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。9:30では、どういうことになりますか。義を追い求めなかった異邦人は義を得ました。すなわち、信仰による義です。9:31しかし、イスラエルは、義の律法を追い求めながら、その律法に到達しませんでした。9:32なぜでしょうか。信仰によって追い求めることをしないで、行いによるかのように追い求めたからです。彼らは、つまずきの石につまずいたのです。

■ローマ10:9なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。10:10人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。10:11聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」

土曜日, 2月 02, 2013

20130202_ ローマ4-7

■ローマ4:20彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、4:21神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。4:22だからこそ、それが彼の義とみなされたのです。

■ローマ5:8しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。5:10もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかるのは、なおさらのことです。5:11そればかりでなく、私たちのために今や和解を成り立たせてくださった私たちの主イエス・キリストによって、私たちは神を大いに喜んでいるのです。

■ローマ6:3それとも、あなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、その死にあずかるバプテスマを受けたのではありませんか。6:4私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。6:23罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。
 
■ローマ7:24私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。7:25 私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。ですから、この私は、心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えているのです。

金曜日, 2月 01, 2013

20130201_ローマ1-3

■ローマ1:14私は、ギリシヤ人にも未開人にも、知識のある人にも知識のない人にも、返さなければならない負債を負っています。1:16私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。
★主のものである教会を迫害しましたが、それを赦されたパウロ。その自覚と感謝が上の告白となりました。誰かに強いられたからではなく、人の中に自発と使命を生み出す福音。福音は人をロボット状態や奴隷状態から愛の人へと解き放ちます。キリストを信じるあなたの上に今日もその力がみなぎりますように。

■ローマ2:14律法を持たない異邦人が、生まれつきのままで律法の命じる行いをする場合は、律法を持たなくても、自分自身が自分に対する律法なのです。2:15彼らはこのようにして、律法の命じる行いが彼らの心に書かれていることを示しています。彼らの良心もいっしょになってあかしし、また、彼らの思いは互いに責め合ったり、また、弁明し合ったりしています。
★人は自分で自分を裁くことはできません。ゆえにその人生から迷いが取り去られることができません。しかし福音には明確な罪の指摘と赦しがあります。だから人は福音によって解放されます。

■ローマ3:23すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、3:24ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。
★十字架上で払われたキリストのいのちの代価の重みがここに記されています。すべての人のために。あなたはその全ての人の中の一人ですか。ならば、あなたはただ神様の恵みによって救われます。もうその救いをお受け取りになられましたか。ヒデ

木曜日, 1月 31, 2013

20130131_2コリント10-13

■2コリント10:12私たちは、自己推薦をしているような人たちの中のだれかと自分を同列に置いたり、比較したりしようなどとは思いません。しかし、彼らが自分たちの間で自分を量ったり、比較したりしているのは、知恵のないことなのです。
★にせ教師たちは自分を神様の基準に照らして見ることをせず、他の人と比較することによって、自分の善良さを証明しようとしていました。しかしそこに思い上がりが生まれます。神様を基準にするなら、思い上がりの根拠はないことが明らかになります。他の人の功績を気にしないようにしましょう。どうしたら自分の人生を神様が望んでおられる基準で歩めるか、自らに尋ねるものでありましょう。

■2コリント11:14しかし、驚くには及びません。サタンさえ光の御使いに変装するのです。
★サタンとその手下は魅力的ですぐれていて、道徳的であるように思わせることによって人をだまします。だまされる人は家族をないがしろにしたり、不品行や何か理由を付けて詐欺を正当化します。うわべではだまされます。生き方によって見分けます。

■2コリント12:9しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。12:10ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。

■2コリント13:8私たちは、真理に逆らっては何をすることもできず、真理のためなら、何でもできるのです。

水曜日, 1月 30, 2013

20130130_2コリント5-9

■2コリント5:20こういうわけで、私たちはキリストの使節なのです。ちょうど神が私たちを通して懇願しておられるようです。私たちは、キリストに代わって、あなたがたに願います。神の和解を受け入れなさい。5:21神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。
★「神の和解を受け入れなさい」とは、既に神様の側は赦して下さっている、手を延べて下さっていると言うことです。何と言う恵みでしょう。

■2コリント6:2神は言われます。「わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。」確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。

■2コリント7:10神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。

■2コリント8:9あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。

■2コリント9:6私はこう考えます。少しだけ蒔く者は、少しだけ刈り取り、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ります。9:7ひとりひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい。神は喜んで与える人を愛してくださいます。
★与えるものがあるとは「豊だ」と言うことです。それは物であっても、心であっても。あなたは主によって豊にされていると言うことです。ここ目をとめ、強いられてではなく、あなたの愛を注ぎ出しましょう。さらに祝福は広がります。ヒデ

月曜日, 1月 28, 2013

20130129_2コリント1-4

■1:8兄弟たちよ。私たちがアジヤで会った苦しみについて、ぜひ知っておいてください。私たちは、非常に激しい、耐えられないほどの圧迫を受け、ついにいのちさえも危くなり、1:9ほんとうに、自分の心の中で死を覚悟しました。これは、もはや自分自身を頼まず、死者をよみがえらせてくださる神により頼む者となるためでした。
★この世にはなんだかんだいいつつ、結局は自分頼みの人と、死者をよみがえらせて下さる神様により頼む人と、2種類に分かれます。あなたはどちらでしょう。もう復活の意味を体験として経験なさいましたか。

■2コリント2:14しかし、神に感謝します。神はいつでも、私たちを導いてキリストによる勝利の行列に加え、至る所で私たちを通して、キリストを知る知識のかおりを放ってくださいます。2:15私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神の前にかぐわしいキリストのかおりなのです。
■2コリント3:16しかし、人が主に向くなら、そのおおいは取り除かれるのです。3:17主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由があります。3:18私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。

■2コリント4:16ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。4:17今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。4:18私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。

日曜日, 1月 27, 2013

20130128_1コリント15-16

■1コリント15:57しかし、神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。15:58ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。
★私たちの人生にどんなことがあっても「しかし……」と続ける事によって希望を抱くことができる根拠こそがイエス・キリストの復活です。私は弱い者、しかし主はよみがえられた。私は罪深い者、しかし主はよみがえられた。私は恐れに支配されやすい者、しかし主はよみがえられた。あなたなら「しかし主は……」と続ける前の「私は」のあとに、どんな言葉を続けますか。キリストにあってどんな状況の中にあっても望みを持ち続ける人を主と時代は求めています。

■1コリント16:13目を覚ましていなさい。堅く信仰に立ちなさい。男らしく、強くありなさい。16:14いっさいのことを愛をもって行いなさい。

20130127_1コリント12-14

■1コリント12:6働きにはいろいろの種類がありますが、神はすべての人の中ですべての働きをなさる同じ神です。12:7しかし、みなの益となるために、おのおのに御霊の現れが与えられているのです。
★人は往々にして自分中心に物事を考え、自分と同じようにしないことで人を裁いたりすることがあります。しかし違うからこそ豊かで、実はその様に神様が一つの目的のために造られたと聖書は語ります。お互いの違いを喜び合うものでありましょう。そこに豊かさと可能性が生まれます。

■1コリント13:4愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。13:5礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、13:6不正を喜ばずに真理を喜びます。13:7すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。13:8愛は決して絶えることがありません。
★主の十字架を仰ぎ、内にいて下さる聖霊様の御声により頼みつつ、愛を追い求めましょう。それ以外に託された私たちの人生を完成するすべはありません。

■1コリント14:1愛を追い求めなさい。また、御霊の賜物、特に預言することを熱心に求めなさい。
★世は私たちの目をここからそらそうと、あらん限りの方法と誘惑を持って近づきます。しかし愛を追い求めましょう。愛以外に永遠に繋がり、続くものはないのです。ヒデ

土曜日, 1月 26, 2013

20130126_1コリント9-11

■1コリント9:22弱い人々には、弱い者になりました。弱い人々を獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなりました。それは、何とかして、幾人かでも救うためです。
★パウロは派手好きで、イベントに多くの人を集めようと努力し、それがうまく行けば満足するような人ではありませんでした。彼のまなざしは「幾人か」に向けられていたのです。一人でも永遠のいのちにあずかって頂けたらそれでよい。すなわち滅びに向かう一人の人に、そのまなざしは向けられ、動機は愛でした。多くの人にではなく、その人に届く愛をもって、あなたの大切な人に係わりましょう。その時幾人かの救いが実現します。

■1コリント10:13あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。
★試練のないのに越したことはありません。しかし試練は全ての人に臨みます。自分だけ特別だと思わないようにしましょう。問題はその中でどう生きるかです。神様の前に自分を低くし、愛することと、人と人をつなぐ道を選択しましょう。

■1コリント11:22飲食のためなら、自分の家があるでしょう。それとも、あなたがたは、神の教会を軽んじ、貧しい人たちをはずかしめたいのですか。私はあなたがたに何と言ったらよいでしょう。ほめるべきでしょうか。このことに関しては、ほめるわけにはいきません。
★パウロはここで教会における飲食の目的を記します。交わりのためです。貧しい人、弱い立場にある人が、いずらく、はずかしめられている思いを抱くようなことがあってはなりません。どうかあなたがその人で友であってください。ヒデ

金曜日, 1月 25, 2013

20130125_1コリント5-8

■1コリント5:5このような者をサタンに引き渡したのです。それは彼の肉が滅ぼされるためですが、それによって彼の霊が主の日に救われるためです。5:6あなたがたの高慢は、よくないことです。あなたがたは、ほんのわずかのパン種が、粉のかたまり全体をふくらませることを知らないのですか。
★不品行を悔い改めない、主にある兄弟への対応が記されています。パウロは何のために彼を信者の交わりから閉め出すのか、その理由は復讐ではなく愛のゆえに。あくまでも相手への愛が自分たちの都合に優先した選択であることを心に留めることは大切です。なぜならその選択こそが主にある者にふさわしい生き方ですから。

■1コリント6:20あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現しなさい。
★不品行から離れられない主にある兄弟の目が開かれるようにと書き送ったパウロの言葉です。「キリストのいのちの代価によって贖われた私が、これをすることが本当にふさわしいだろうしか」と問うことは大切です。

■1コリント7:23あなたがたは、代価をもって買われたのです。人間の奴隷となってはいけません。
★結婚にかかわることが記されますが、全て自らの責任と自由意志で選択するテーマであることを理解することが鍵です。

■1コリント8:12あなたがたはこのように兄弟たちに対して罪を犯し、彼らの弱い良心を踏みにじるとき、キリストに対して罪を犯しているのです。
★あなたの良心が弱いか、強いかそれが問題ではありません。成熟に向かう選択を心がけてているかどうかが問われるべきテーマです。ヒデ

木曜日, 1月 24, 2013

20130124_1コリント1-4

■1コリント1:18十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。
★続いてパウロは「1:27しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。1:28また、この世の取るに足りない者や見下されている者を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。1:29これは、神の御前でだれをも誇らせないためです。」と語ります。

■1コリント2:11いったい、人の心のことは、その人のうちにある霊のほかに、だれが知っているでしょう。同じように、神のみこころのことは、神の御霊のほかにはだれも知りません。2:12ところで、私たちは、この世の霊を受けたのではなく、神の御霊を受けました。それは、恵みによって神から私たちに賜ったものを、私たちが知るためです。

■1コリント3:6私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。3:7それで、たいせつなのは、植える者でも水を注ぐ者でもありません。成長させてくださる神なのです。
★目を人に向ける教会には、自ずとあちらこちらに問題が生じてきます。しかし主に目を向ける教会は、キリストの身体として立てられて行きます。

■1コリント4:6 さて、兄弟たち。以上、私は、私自身とアポロに当てはめて、あなたがたのために言って来ました。それは、あなたがたが、私たちの例によって、「書かれていることを越えない」ことを学ぶため、そして、一方にくみし、他方に反対して高慢にならないためです。

水曜日, 1月 23, 2013

20130123_2テサロニケ1-3

■2テサロニケ1:4それゆえ私たちは、神の諸教会の間で、あなたがたがすべての迫害と患難とに耐えながらその従順と信仰とを保っていることを、誇りとしています。
★迫害と患難からたえる秘訣は忍耐と忠実さです。圧倒的な困難に直面しているとき、神様は患難を私たちのために、またご自身の栄光のために用いておられると信じることは大切です。決して神様はあなたのことを忘れておられません。神様は公平なお方、いえ、それ以上のお方で、申し分のないタイミングで神様はあなたを迫害するものを取り除き、裁かれます。神様のそのタイミングを信頼するかどうかが、忍耐と忠実さにおいて成熟に向かう歩みの第一歩です。

■2テサロニケ2:3だれにも、どのようにも、だまされないようにしなさい。なぜなら、まず背教が起こり、不法の人、すなわち滅びの子が現れなければ、主の日は来ないからです。
★キリストの再臨にかかわる教理程に聖徒をだまし、世を惑わす教えはないでしょう。背後にキリストの再臨を正しく受け取らせたくない悪の霊の力を感じます。侮るでもなく、怠惰になるでもなく、聖書が語っているそのとおりに受け取り、あなたの内にある希望をサタンに奪われることがありませんように。

■2テサロニケ3:3しかし、主は真実な方ですから、あなたがたを強くし、悪い者から守ってくださいます。

月曜日, 1月 21, 2013

20130121_ガラテヤ4-6

■ガラテヤ4:4しかし定めの時が来たので、神はご自分の御子を遣わし、この方を、女から生まれた者、また律法の下にある者となさいました。4:5これは律法の下にある者を贖い出すためで、その結果、私たちが子としての身分を受けるようになるためです。
★キリストが来られて罪の贖いのために死んで下さる以前は、人々が律法の奴隷となっていたことを示すために、パウロは奴隷の身分の例を用います。ユダヤ人は律法によって救われることができると考えて、律法の奴隷となり、律法を守ろうと努力し続け、そして失敗し続けます。しかし、かつて奴隷であった私たちは、今、神様との親密な関係を持つ神様の子どもとされたのです。キリストの贖いのゆえに。神様を恐れる理由は無くなりました。父なる神様が私たちを家族として受け入れて下さったのです。

■ガラテヤ5:1キリストは、自由を得させるために、私たちを解放してくださいました。ですから、あなたがたは、しっかり立って、またと奴隷のくびきを負わせられないようにしなさい。5:2よく聞いてください。このパウロがあなたがたに言います。もし、あなたがたが割礼を受けるなら、キリストは、あなたがたにとって、何の益もないのです。
★赦されるための努力ではなく、赦されたゆえの感謝を動機とした愛に生きる生き方こそ、あなたにふさわしい生き方です。ゆえに赦された確信があなたの人生の土台となるのです。

■ガラテヤ6:15割礼を受けているか受けていないかは、大事なことではありません。大事なのは新しい創造です。6:16どうか、この基準に従って進む人々、すなわち神のイスラエルの上に、平安とあわれみがありますように。
★赦された恵みゆえに愛の人として生きようとするライフスタイル、それによって神様はあなたの人生を完成して下さいます。

日曜日, 1月 20, 2013

20130120_ガラテヤ1-3

■ガラテヤ1:4キリストは、今の悪の世界から私たちを救い出そうとして、私たちの罪のためにご自身をお捨てになりました。私たちの神であり父である方のみこころによったのです。
★この事実から人々がそれて行くので、痛みをもってパウロが記した書がガラテヤ書です。決して人にへつらうことのなかったパウロ。その彼が福音を如何に理解し、宣べ伝えたか学んで行きましょう。

■ガラテヤ2:20私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。
★ここはまさに信仰の奥義が描かれた箇所です。あなたの罪の負債の代価は、十字架上でキリストがご自身の命でもって、支払って下さったゆえに、完済され赦されました。ハレルヤ。しかしそれだけではありません。あなたの罪深い肉性・古き人は、既にキリスト共に十字架につけらているのです。ゆえにあなたは罪を犯す必然性はないのです。この真理を信仰によって受けとめなければなりません。そこに信仰生活の勝利の扉が開かれます。
 
■ガラテヤ3:23信仰が現れる以前には、私たちは律法の監督の下に置かれ、閉じ込められていましたが、それは、やがて示される信仰が得られるためでした。3:24こうして、律法は私たちをキリストへ導くための私たちの養育係となりました。私たちが信仰によって義と認められるためなのです。3:26あなたがたはみな、キリスト・イエスに対する信仰によって、神の子どもです。3:28ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。