木曜日, 3月 21, 2013

20130321_使徒21-23

使徒21:28こう叫んだ。「イスラエルの人々。手を貸してください。この男は、この民と、律法と、この場所に逆らうことを、至る所ですべての人に教えている者です。そのうえ、ギリシヤ人を宮の中に連れ込んで、この神聖な場所をけがしています。」
★全くの言いがかりです。結果このことによってパウロは捕らえられ、カイザルの前での裁判を望み、ローマで殉教することになります。しかしこの時、宮の中にパウロが導いたのは異邦人ではなく、誓願を立てていたユダヤ人なのです。人々の偏見、思い込みがパウロを死に追いやることになったのです。自分と主義主張が違う人を先走り裁くことのないようにしなければなりません。

■使徒22:1「兄弟たち、父たちよ。いま私が皆さんにしようとする弁明を聞いてください。」
★このあとパウロのイエス・キリストとの出会いが語られます。いつ証しをすればよいのかと言われるなら。「今でしょ」ではないですが、現実難しい場合も……。自分の方から証しすることが難しい場合、職場や学舎の中で、日曜日何しているの、何か○○さんは大切にしているものあるの、信じているの等、聞いてもらえるように祈りませんか。そしてそのチャンスを生かして証しできるように備えましょう。

■使徒23:11その夜、主がパウロのそばに立って、「勇気を出しなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなければならない」と言われた。
★主はかつて旧約時代サムエルに向かって「私を尊ぶ者を私も尊ぶ」と語られましたが、パウロの時代もそうでした。そしてそれは今も変わりません。「私は福音を恥としません。それは全て信じる人に救いを与える神の力です」と告白できるお互いでありますように。ヒデ

火曜日, 3月 19, 2013

20130319_使徒16-17

使徒16:6それから彼らは、アジヤでみことばを語ることを聖霊によって禁じられたので、フルギヤ・ガラテヤの地方を通った。16:7こうしてムシヤに面した所に来たとき、ビテニヤのほうに行こうとしたが、イエスの御霊がそれをお許しにならなかった。
★この結果福音はアジアのみならず、ローマに届けられることとなりました。そして世界が変えられたのです。ベストの前に最大の誘惑であり克服すべき課題はベターに留まること。人知を越えた神様の配剤にこの朝心を向けてみませんか。

17:28私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。あなたがたのある詩人たちも、『私たちもまたその子孫である』と言ったとおりです。
★唯一この神様を閉め出すことができるのが私たちの心です。聖書はそれを罪と呼びます。ヒデ

月曜日, 3月 18, 2013

20130318_使徒14-15

使徒14:15言った。「皆さん。どうしてこんなことをするのですか。私たちも皆さんと同じ人間です。そして、あなたがたがこのようなむなしいことを捨てて、天と地と海とその中にあるすべてのものをお造りになった生ける神に立ち返るように、福音を宣べ伝えている者たちです。
★ルステラでのことです。ある生まれつき足のなえた人で、彼にいやされる信仰があるのをみたパウロは大声で、「自分の足で、まっすぐに立ちなさい」と語ったところ歩けるようになりました。さてそれを見た群衆はどうだったでしょう。声を張り上げ、ルカオニヤ語で、「神々が人間の姿をとって、私たちのところにお下りになったのだ」と言い、バルナバをゼウスと呼び、パウロをヘルメスとし、いけにえをささげようとしたのです。それを見たパウロとバルナバの反応が上の御言葉です。すなわち自らを決して神とすることのない神を畏れる者としての反応です。あなたならどんな反応をなさいますか。

■使徒15:28聖霊と私たちは、次のぜひ必要な事のほかは、あなたがたにその上、どんな重荷も負わせないことを決めました。15:29すなわち、偶像に供えた物と、血と、絞め殺した物と、不品行とを避けることです。これらのことを注意深く避けていれば、それで結構です。以上。」
★イエス・キリストを信じたパリサイ派の人々はキリストに回心する異邦人がおこされてくる中、彼らを受け入れるとするなら、割礼を受けさせ、モーセの律法を守らせなければならないと主張します。そのために教会の指導者の中で激論がおこりましたが、上の御言葉のとおりとなりました。律法は異邦人をキリストに導く為の言わば養育係であり、物差しです。それに自らをあてると当然のごとく足らなさを示されますが、……しなければ裁かれる、ねばならない基準ではありません。教会は人を縛るところではなく、人の心の内に潜み人を縛る律法から人を解放するところです。

日曜日, 3月 17, 2013

20130317_使徒11-13

使徒11:19さて、ステパノのことから起こった迫害によって散らされた人々は、フェニキヤ、キプロス、アンテオケまでも進んで行ったが、ユダヤ人以外の者にはだれにも、みことばを語らなかった。
★今でこそ福音は全世界の人のため、と私たちは理解しています。あまりにも当たり前のこととして。しかしユダヤ人と言う枠の中で生きていた彼らにとって、それはどうひっくり返っても生まれてこない視点でした。私たちはみな自分では気づかない色眼鏡を掛けさせられたり、自ら好んで掛けたりしてるんですよね。それを唯一変えることのできるのが神の言葉。ああ何と感謝なことでしょうか。

■使徒12:11そのとき、ペテロは我に返って言った。「今、確かにわかった。主は御使いを遣わして、ヘロデの手から、また、ユダヤ人たちが待ち構えていたすべての災いから、私を救い出してくださったのだ。」
★この時ペテロは、人とは神様から託された使命を成し遂げるまで、そのいのちは支えられることを体験しました。確かにやがては朽ちる身体です。けれど生かされている間だ、御心を求め続けましょう。

■使徒13:36ダビデは、その生きていた時代において神のみこころに仕えて後、死んで父祖たちの仲間に加えられ、ついに朽ち果てました。
★それぞれ仕える時代は異なります。しかしこの、同じ主を見上げ愛し従うことが祝福の秘訣です。時代とはある面、その時代の人を反映するものです。横を見てはなりません。丁度嵐を見て溺れそうになったペテロのように、飲み込まれて沈んでしまいます。主を見上げましょう。ヒデ

土曜日, 3月 16, 2013

20130316_使徒9-10

使徒9:17そこでアナニヤは出かけて行って、その家に入り、サウロの上に手を置いてこう言った。「兄弟サウロ。あなたの来る途中、あなたに現れた主イエスが、私を遣わされました。あなたが再び見えるようになり、聖霊に満たされるためです。」
★サウロはただキリストがよみがえったと宣べ伝える教会をゆるすことができず、迫害したのです。ところが「サウロ、サウロなぜ私を迫害するのか」と、天からの声を聞きました。まさかイエス様が神様だったとは思いもよらないことでした。そして彼の生涯を決定的に変えた出来事が、主の弟子アナニヤから「兄弟サウロ」と手を置かれたことでした。そうです人が内側から変えられるものは、唯一愛以外にありません。主の愛を受け取りましょう。また人を愛する者でありましょう。

使徒10:34そこでペテロは、口を開いてこう言った。「これで私は、はっきりわかりました。神はかたよったことをなさらず、10:35どの国の人であっても、神を恐れかしこみ、正義を行う人なら、神に受け入れられるのです。
★夢の中で「とって食べよ」と言われて、もどうしてユダヤ人であるペテロが律法を越えてまで、汚れた動物を食べることができるでしょう。しかしイタリヤ隊のコルネリオとの出会いを通して、ユダヤ人のみならず異邦人をも愛しておられる神様の心を知らされるのです。1コリント13章には「今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見ていますが、その時には顔と顔とを合わせて見ることになります。今、私は一部分しか知りませんが、その時には、私が完全に知られているのと同じように、私も完全に知ることになります。こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。」とあります。神様が新たに開いて下さる真理を受け取れるだけの謙虚さを常に持てるお互いでありますように。ヒデ

金曜日, 3月 15, 2013

20130315_使徒7-8

使徒7:59こうして彼らがステパノに石を投げつけていると、ステパノは主を呼んで、こう言った。「主イエスよ。私の霊をお受けください。」7:60そして、ひざまずいて、大声でこう叫んだ。「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」こう言って、眠りについた。
★迫害が激化する中においてもステパノの主への姿勢は変わりませんでした。その結果彼は主の御手によって自分の霊を受け取ってもらうことに。しかし、彼がこの章で語ったイスラエル史は必読です。彼が自分で考え語ったと言うよりも、聖霊が彼を導き語らされたと言う方が適切です。歴史はその人の立つ位置で様々な見方が可能でが、しかし、ここに記されている理解に立つなら、聖書はあなたにとって豊かに開かれて行く神の言葉となるでしょう。

■使徒8:26ところが、主の使いがピリポに向かってこう言った。「立って南へ行き、エルサレムからガザに下る道に出なさい。」(このガザは今、荒れ果てている。)
★この聖霊の語りかけに主の弟子ピリポが従順したことを通して、彼はエチオピアの女王に仕える宦官に出会います。彼は女王から託された仕事を終え、帰途につく途中でした。もしピリポが聖霊の声に従順していなければこの出会いはありません。結果、この宦官は主の救いにあずかり人生が変えられ、国に祝福をもたらすものとなりました。人生の祝福をのかぎを握っているのは聖霊様の語りかけを聞くことのできるあなたです。ヒデ

木曜日, 3月 14, 2013

20130314_使徒4-6

使徒4:12この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです。」4:13彼らはペテロとヨハネとの大胆さを見、またふたりが無学な、普通の人であるのを知って驚いたが、ふたりがイエスとともにいたのだ、ということがわかって来た。
★人を大胆に、強くすることのできるのはイエス・キリストです。あなたはキリストと共にいますか。

■使徒5:40使徒たちを呼んで、彼らをむちで打ち、イエスの名によって語ってはならないと言い渡したうえで釈放した。5:41そこで、使徒たちは、御名のためにはずかしめられるに値する者とされたことを喜びながら、議会から出て行った。
★何を喜ぶかによってその人の価値観やいのちの質が明らかにされます。彼らはお金や、地位や様々なものを得ること以上に、キリストの名のゆえに辱められることを喜んだのです。キリストを愛していたからです。あなたは何を一番愛していますか。あなたの神は何でしょう。

■使徒6:1そのころ、弟子たちがふえるにつれて、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちが、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して苦情を申し立てた。彼らのうちのやもめたちが、毎日の配給でなおざりにされていたからである。
★教会とはキリストによって罪赦された、罪人の集まりです。もちろん主を愛し、地上で唯一、御心を行うことを願う人々の集いでもありますが、だからこそ自分を知り、愛を学ぶ必要があるのです。あなたが横を見るなら、どうでしょう、その証拠に、自分の意志と感情では決して共にいることを願わないタイプの人もいるのではないですか。主が為されたのです。愛とは何かを学んでゆきましょう。主はそこにご自身を示されます。ヒデ

水曜日, 3月 13, 2013

20130313_使徒1-3

使徒1:11そして、こう言った。「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。」
★全てのわざを成し遂げ、復活の主が弟子たちの見ている前で天に帰って行くときの光景です。主は弟子たちを捨てられた訳ではありません。だからこの時あわせて「1:8 しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」と語られたのです。この「使徒行伝」は「聖霊行伝」とも呼ばれます。聖霊なる神様がいかなるお方に目を留めて味わわれることをお勧めします。

■使徒2:38そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。
★ペテロの説教に「私たちはどうしたらいいのでしょうか」と問う、心さされた人々へのペテロの答えです。あなたはもう聖霊を心の内にやどされましたか。キリストを救い主として心に迎え入れられたなら大丈夫。聖霊はあなたの内におられます。

■使徒3:6すると、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」と言って、3:7彼の右手を取って立たせた。するとたちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、3:8おどり上がってまっすぐに立ち、歩きだした。そして歩いたり、はねたりしながら、神を賛美しつつ、ふたりといっしょに宮に入って行った。
★人を強め立ち上がらせるのは、何だとあなたは思いますか。ヒデ

火曜日, 3月 12, 2013

20130312_ピリピ1-4

ピリピ1:6あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださることを私は堅く信じているのです。
★この様にピリピの教会に手紙を書き送る主の弟子使徒パウロの祈りは「あなたがたの愛が真の知識とあらゆる識別力によって、いよいよ豊かになり、あなたがたが、真にすぐれたものを見分けることができるようになりますように。またあなたがたが、キリストの日には純真で非難されるところがなく、イエス・キリストによって与えられる義の実に満たされている者となり、神の御栄えと誉れが現されますように。」でした。

■ピリピ2:13神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。2:14すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行いなさい。

■ピリピ3:20けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。

■ピリピ4:6何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。4:7そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。

月曜日, 3月 11, 2013

20130311_コロサイ1-4・ピレモン1

■コロサイ1:13神は、私たちを暗やみの圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。
★すなわち御子イエス様にあって守られてる。覆われているということです。あなたはこのお方の内に隠れ込む限り、誰もあなたを傷つけることはできません。このお方の保護を離れてどうぞ一人で世と戦うこのありませんように。

■コロサイ2:12あなたがたは、バプテスマによってキリストとともに葬られ、また、キリストを死者の中からよみがえらせた神の力を信じる信仰によって、キリストとともによみがえらされたのです。
★ここにしるされた確信こそがキリスト教信仰の土台でありキリストが成し遂げられた贖いの内容です。あなたはこの御言葉にアーメント信仰によって一つになることができますか。

■コロサイ3:16キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。

■コロサイ4:6あなたがたのことばが、いつも親切で、塩味のきいたものであるようにしなさい。そうすれば、ひとりひとりに対する答え方がわかります。
★あなたが、その人にかかわる動機は、その人がより神様を愛し、隣人を愛する人として、神様の祝福の中を歩まれますように、でありますように。

■ピレモン1:12そのオネシモを、あなたのもとに送り返します。彼は私の心そのものです。
★父なる神様も、パウロがオネシモに対して「彼は私の心そのものです」と言うのと同様、主もあなたのことを「私の心そのものです」と語られるのをあなたはご存じですか。ヒデ

日曜日, 3月 10, 2013

20130310_エペソ4-6

■エペソ4:25ですから、あなたがたは偽りを捨て、おのおの隣人に対して真実を語りなさい。私たちはからだの一部分として互いにそれぞれのものだからです。
★この価値観はまさに教会的と言えるでしょう。キリストを頭として私たち一人一人は肢体である。だからこそ、自分自身を他者のために差し出し、共に神様の栄光を求めて仕え合うべきである。人はこの価値観に立って生きる時、孤独から解放されキリスト者としての成熟の道に進むことができます。

■エペソ5:14明らかにされたものはみな、光だからです。それで、こう言われています。「眠っている人よ。目をさませ。死者の中から起き上がれ。そうすれば、キリストが、あなたを照らされる。」
★神様はあなたの人生が、キリストによっててらされる光によって輝くように計画しておられます。キリストの内にとどまり続けましょう。

■エペソ6:10終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。
★この章には、主を信じる私たちが本来どこに遣わされて行くべき者かが明確に描かれれた箇所です。夫婦、親子、そして様々な主従関係です。教会堂の中で輝くことも大切ですが、遣わされたこの世で輝く人生をめざしましょう。ヒデ

土曜日, 3月 09, 2013

20130309_エペソ1-3

■エペソ1:3私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにあって、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。
★これが天地が造られる前から事前に計画し、2000前に成し遂げられた、神様の私たちに向けられている祝福の内容です。これからではありません。既に確定された事実です。ゆえにあとはそれを引き出すだけ。信仰によってあなたがキリストを通して父なる神様に繋がればその祝福はすぐさま豊かにあなたの内に注ぎ込まれます。

■エペソ2:5罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし、──あなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのです──
★神様から離れ、「おまえの存在そのものに価値がある。おまえはわが誇りの息子、娘」との神様からの肯定の言葉が聞けなくなった人は、自らの価値を何とか見出そうと行いに頼ろうとします。しかし、それを続ける限り、平安と満足は与えられません。ただ恵みによってあなたはキリストゆえに父なる神様に受け入れられているのです。

■エペソ3:8すべての聖徒たちのうちで一番小さな私に、この恵みが与えられたのは、私がキリストの測りがたい富を異邦人に宣べ伝え、3:9また、万物を創造した神のうちに世々隠されていた奥義の実現が何であるかを、明らかにするためです。
★これが使徒パウロの自覚です。人は恵みによって救いに預かった自らの存在目的と生き方を自分自身で決定しなければなりません。あなたの決定が神様に喜ばれるものとなりますように。ヒデ

金曜日, 3月 08, 2013

20130308_ルカ23-24

■ルカ23:34そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」彼らは、くじを引いて、イエスの着物を分けた。23:46イエスは大声で叫んで、言われた。「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」こう言って、息を引き取られた。
★礼拝の本質は神様を愛し、人を愛することです。イエス様はその姿勢を十字架の上でさえ示されました。あなたの礼拝者としての姿勢は、ある曜日や時間、状況といったことに限定されてはいませんか。聖書を集約するならこの二つだとキリストが語られた、神様を愛することと、自分を愛するように隣人を愛するライフスタイルの尊さを覚えましょう。

■ルカ24:6ここにはおられません。よみがえられたのです。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。
★絶望や死を象徴する墓の中で朽ちて行くキリストを私たちが見出そうとしても、そこにはキリストはおられません。むしろそうしたところから私たちを引き出すために、キリストはよみがえられました。だから、仰ぐ必要があるのです。仰ぎましょう。そして生きましょう。キリストはあなたのために甦られたのです。ヒデ

木曜日, 3月 07, 2013

20130307_ルカ21-22

■ルカ21:33この天地は滅びます。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。
★主がこの地上に人となって来られ、十字架の上でいのちを捨てられた目的は、私たちを永遠の世界に導きたいゆえです。しかし、そのことに目が開かれていない人は、ややもすればこの目に見える世界が永遠に続くかのごとくに錯覚し、そこに都を築こうとします。主が時にこの天地を震われるのは、愛する者がそれに気づくようにとの愛ゆえです。

■ルカ22:39それからイエスは出て、いつものようにオリーブ山に行かれ、弟子たちも従った。22:40いつもの場所に着いたとき、イエスは彼らに、「誘惑に陥らないように祈っていなさい」と言われた。
★主はこの「いつものように」、「いつもの」とよべる場所があったゆえに、十字架の上で敵をゆるし、迫害する者のために祈り、御心を成し遂げる勝利を得ることができました。十字架の勝利は主と言えども、偶然ではなく、隠れたこのオリーブ山の祈りのゆえでした。あなたにはこの「いつものように」、「いつもの」と呼べる場所がありますか。ヒデ

水曜日, 3月 06, 2013

20130306_ルカ19-20

■ルカ19:10人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」
★人の子とはイエス・キリストです。なぜ取税人の頭ザアカイは「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれからでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します。」とまで変えられたのでしょう。イエス・キリストに出会ったからです。キリストとの出会いを通して父なる神様の愛とあわれみ深さを経験したからです。あなたは既にキリストに出会われ、キリストよって変えられた人生を歩んでおられますか。

■ルカ20:8するとイエスは、「わたしも、何の権威によってこれらのことをするのか、あなたがたに話すまい」と言われた。
★策略をめぐらし「何の権威によって、これらのことをしておられるのですか。あなたにその権威を授けたのはだれですか。それを言ってください。」とたずねる宗教家に、イエス様は「ヨハネのバプテスマは、天から来たのですか、人から出たのですか。」と返します。そのとき宗教家は「もし、天から、と言えば、それならなぜ、彼を信じなかったか、と言うだろう。しかし、もし、人から、と言えば、民衆がみなで私たちを石で打ち殺すだろう。ヨハネを預言者と信じているのだから。」と、結果「知りません」と答えます。その結果イエス様が彼らに返された言葉が冒頭の御言葉です。これは心を閉ざしたままで神のことばを求めても、神の言葉が開かれることのない教訓です。人は弱い者で、常に神様以外のよろいで自分を守ろうとする、自己保身の誘惑にさらされているのは否めません。しかしそれを捨て心からキリストにぶつかって行く時、その人の命は輝くのです。ヒデ

火曜日, 3月 05, 2013

20130305_ルカ17-18

■ルカ17:6しかし主は言われた。「もしあなたがたに、からし種ほどの信仰があったなら、この桑の木に、『根こそぎ海の中に植われ』と言えば、言いつけどおりになるのです。
★信仰は量の多さが問題ではありません。あるかないかの問題です。そして主は不信仰なものを励まし立たせて下さるお方です。この主を仰ぎましょう。そしてイエス・キリストの内にある父なる神様に対する信仰を自らの信仰とさせて頂きましょう。

■ルカ18:39彼を黙らせようとして、先頭にいた人々がたしなめたが、盲人は、ますます「ダビデの子よ。私をあわれんでください」と叫び立てた。
★彼はあわれな人でしょうか。一概にそうとはいえません。なぜなら彼は自分の現実と必要を知り、イエス様に真っ直ぐに近づくことができたのですから。むしろあわれとは自分を現実を知らず、生かされていることや、まわりの人々によって支えられていることにも気づかず、その心に感謝のない生き方こそあわれと言うべきでしょう。あなたには主に真っ直ぐに向かおうとする飢え渇きがありますか。ヒデ

月曜日, 3月 04, 2013

20130304 3_ルカ14-16

■ルカ14:5それから、彼らに言われた。「自分の息子や牛が井戸に落ちたのに、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者があなたがたのうちにいるでしょうか。」
★この地上において全てに勝って最も優先されるべきこととは何でしょう。それはいのちにかかわることです。迷う必要はありません。あなたは自分で考え自分の意志で行動し、いのちを守ればよいのです。いのちを軽んじあとまわしにしたら取り返しがつきません。

■ルカ15:31父は彼に言った。『子よ。おまえはいつも私といっしょにいる。私のものは、全部おまえのものだ。15:32だがおまえの弟は、死んでいたのが生き返って来たのだ。いなくなっていたのが見つかったのだから、楽しんで喜ぶのは当然ではないか。』
★息子としての人生を歩むか、奴隷としての人生を歩むか、それはあなた次第です。しかし人生の祝福の秘訣は間違いなく、あなたと父なる神様との距離に奥義か隠されてます。

■ルカ16:13しもべは、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、または一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。」
★まことの神様、造り主なる神様に礼拝をささげ仕えましょう。ひれ伏す者の霊を解き放し、自由を与えることのできるお方はこの方以外にありません。ヒデ

日曜日, 3月 03, 2013

20130303_ルカ12-13

■ルカ12:29何を食べたらよいか、何を飲んだらよいか、と捜し求めることをやめ、気をもむことをやめなさい。12:30これらはみな、この世の異邦人たちが切に求めているものです。しかし、あなたがたの父は、それがあなたがたにも必要であることを知っておられます。12:31何はともあれ、あなたがたは、神の国を求めなさい。そうすれば、これらの物は、それに加えて与えられます。
★決して勘違いなさらないように。主は上に書かれたものが決して必要ないと語っておられるのではありません。どうすればそれが得られるか、その方法を説明しているだけなのです。あなたはその方法を既にご存じですか。それはこの世で一番確実で間違いのない方法です。

■ルカ13:4また、シロアムの塔が倒れ落ちて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいるだれよりも罪深い人たちだったとでも思うのですか。
★確かに蒔いた種は刈り取ると言う霊的な原則はあります。でも災いを人が経験する場合、全部その人の罪と過失ゆえでしょうか。いいえ、違います。にもかかわらずこの世は、こうした事を通して、人をしばり、自分の思い道理に人をコントロールしようとする世です。だまされないようにして下さい。むしろ神様は、その災いさえも用いて祝福に変えることのできるお方ですから、あなたのまわりにおこる災いも制限付きでゆるしておられるのです。ヒデ

土曜日, 3月 02, 2013

20130302_ルカ10-11

■ルカ10:29しかし彼は、自分の正しさを示そうとしてイエスに言った。「では、私の隣人とは、だれのことですか。」
★人にとって最も深い病とは自分が愛すべき人が分からないことかも知れません。あなたの隣人とは誰でしょう。あなたがその人を愛する道を選択すれば、あなたはその人の隣人になることができます。

■ルカ11:41とにかく、うちのものを施しに用いなさい。そうすれば、いっさいが、あなたがたにとってきよいものとなります。
★とにかく物でも、財でも、思いでも、恵みによって与えられたものをあなたが心を開いて分かち合うとき、あなたの心は喜びに満たされるでしょう。そのよろこびは誰も奪うことができません。その喜びは聖霊によって注がれるものだからです。ヒデ

金曜日, 3月 01, 2013

20130301_ルカ8-9

■ルカ8:54しかしイエスは、娘の手を取って、叫んで言われた。「子どもよ。起きなさい。」8:55すると、娘の霊が戻って、娘はただちに起き上がった。それでイエスは、娘に食事をさせるように言いつけられた。
★人はかつて土のちりで肉体をかたちづくられ、その中に霊を吹き込まれることを通して生きたものとなりました。主は人の霊が神様の愛と常につながっていることを願われます。すなわち生きた状態に保たれることを。あなたの霊は神様の愛につながることを通して、死の恐れから解き放たれ、孤独や世の思い煩いから解放されているでしょうか。イエス様は「私につながっていなさい。」と語られます。

■ルカ9:20イエスは、彼らに言われた。「では、あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」ペテロが答えて言った。「神のキリストです。」
★キリストを誰と告白するか。あえて、このことはあなたの人生において一度は立ち止まって真剣に考えるべき最大のテーマであると申し上げます。歴史の中で人々は、これまで、「あなたこそ生ける神の御子キリストです」と告白する人や、無関心を装い考えないようにして生きた人、あるいは愚かと一笑し、キリストに背を向けた人、もしくはあえて敵対の道を選んだ人々もあったでしょう。あなたはどんな選択をなさいますか。願わくは「生ける神の御子キリストです」と告白して、神様の愛がその心に注がれる道を選択なさいますように。ヒデ

木曜日, 2月 28, 2013

20130228_ルカ6-7

■ルカ6:37さばいてはいけません。そうすれば、自分もさばかれません。人を罪に定めてはいけません。そうすれば、自分も罪に定められません。赦しなさい。そうすれば、自分も赦されます。6:38与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。」
★自己保身の為にではありません。人は誤り易いからです。どうしても多角的な視点ではなく一方的な視点で決めつけてしまう傾向に走ることは否めません。だからこそ裁きは天の父に委ねるのです。では私たちのすべきことは?天の父はそれを愛することだと語られます。主の助けなくしてできません。愛することを求めて父なる神様に近づきましょう。主はそのあなたの心を喜び祝福を注いで下さいます。

■ルカ7:15すると、その死人が起き上がって、ものを言い始めたので、イエスは彼を母親に返された。
★主はあなたが諦めることができないその人を知っていて下さるお方です。決して主はあなたを孤独に終わらせることはありません。ヒデ

水曜日, 2月 27, 2013

20130227_ルカ4-5

■ルカ4:42朝になって、イエスは寂しい所に出て行かれた。群衆は、イエスを捜し回って、みもとに来ると、イエスが自分たちから離れて行かないよう引き止めておこうとした。
★あなたは孤独を恐れる人ですか。そもとも人々を恐れる人ですか。これらは両方共に自分の人生で行くべき道を誤まるリスクが高まります。主はしばし人々のもとを離れて静まりました。父なる神様との交わりに生きる為です。この交わりこそがイエス・キリストの人生を偉大した秘訣でした。

■ルカ5:13イエスは手を伸ばして、彼にさわり、「わたしの心だ。きよくなれ」と言われた。すると、すぐに、そのツァラアトが消えた。
★人々が恐れ敬遠する重い皮膚病におかされた人が、癒やしを願い、近づいたとき、主が語られた言葉です。主の願いはご自身に近づく人々が自らの必要だけを受け取ることではありません。主の心を受け取って欲しいと願われます。その時こそその人の心と人生が健やかになるからです。利用する者ではなく、心通わせ、互いに思いやり、いたわり合う関係に生きる者でありましょう。ヒデ

月曜日, 2月 25, 2013

20130226_ルカ2-3

■ルカ2:35剣があなたの心さえも刺し貫くでしょう。それは多くの人の心の思いが現れるためです。」
★女預言者シメオンによって語られた言葉です。主を愛する主の母マリヤの心が刺し貫かれるとは。何と理不尽なことでしょう。しかし、罪なき者の心が刺し貫かれるようなことがなければ、罪を自覚できないこの世です。主の恵みによってキリストを救い主と受け入れる事が出来たことを感謝しましょう。

■ルカ3:8それならそれで、悔い改めにふさわしい実を結びなさい。『われわれの父はアブラハムだ』などと心の中で言い始めてはいけません。よく言っておくが、神は、こんな石ころからでも、アブラハムの子孫を起こすことがおできになるのです。
★そうです。神様とはまさに土の塵から人をおこされるお方です。しかし人は偶像を造りたがり、手柄を自分や自分の関係者に帰したがるものです。いのちを与え、今日まで保って下さっている主に感謝しましょう。このお方の御力とご計画によって、今日もあなたのいのちが支えられているのですから。ヒデ

日曜日, 2月 24, 2013

20130225_ルカ1

■ルカ1:38マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」こうして御使いは彼女から去って行った。
★こうして主の母マリヤは救い主キリストを信仰によって身ごもりました。あなたがキリストを心に迎え入れる方法も同じ信仰によってです。主が不思議をもってあなたを持ちはこび、あなたの人生のつじつまを合わせて下さる全能者と共に歩む旅はここからはじまります。さあまだの人は踏み出しましょう。ヒデ

20130224_マタイ27-28

■マタイ27:46三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。
★主イエス様が十字架上で語られた数少ないことばの一つです。主は私たちが当然支払うべき罪の代価を、十字架上にささげたご自身のいのちをもって払って下さいました。その打たれた傷によってあなたは癒されました。

■マタイ28:18イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。28:19だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、28:20あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」
★「いつまでもあなたと共にいる」すなわちこれが教会です。教会を新たに創造するために主はご自身のいのちを捨てられました。主の力と祝福はあなたの上に置かれています。信仰をもって隣人を愛し祝福するあなたでありますように。ヒデ

土曜日, 2月 23, 2013

20130222_マタイ23-24

■マタイ25:9しかし、賢い娘たちは答えて言った。『いいえ、あなたがたに分けてあげるにはとうてい足りません。それよりも店に行って、自分のをお買いなさい。』
★人から借りることのできないものがあることをあなたはお気づきですか。すなわち神様との関係です。あなた自身がキリストの言葉に心を開き、十字架の救いは私の為でしたと感謝して受け取ることがどんなに大切なことでしょう。

■マタイ26:64イエスは彼に言われた。「あなたの言うとおりです。なお、あなたがたに言っておきますが、今からのち、人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見ることになります。」
★これがイエス・キリストを死刑に定めた罪状です。あなたは大祭司のこの決定をどう思われますか。ヒデ

木曜日, 2月 21, 2013

20130221_マタイ21-22

■マタイ21:21イエスは答えて言われた。「まことに、あなたがたに告げます。もし、あなたがたが、信仰を持ち、疑うことがなければ、いちじくの木になされたようなことができるだけでなく、たとい、この山に向かって、『動いて、海に入れ』と言っても、そのとおりになります。21:22あなたがたが信じて祈り求めるものなら、何でも与えられます。」
★このイエス様の言葉により頼んで、今まで越えられなかった、自分自身にとっての常識を越えてみませんか。今まで祈ったことのない祈りを、期待して父なる神様にお祈りしてみませんか。あなたの天の父は子であるあなたが、父を期待して心を注ぎ出すことを喜んで下さいます。

■マタイ22:37そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』22:38これがたいせつな第一の戒めです。22:39『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。22:40律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」
★律法と預言者とは旧約聖書のことです。そして人が人生において目指すべきものについて、聖書はそれを、愛の人になることだと語ります。あなたが、私が、神様と人を愛する人となること。あなたは人生の最優先の目標としてこれをあげていらっしゃいますか。ヒデ

火曜日, 2月 19, 2013

20130220_マタイ18-20

■マタイ18:19まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。18:20ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」
★ここに教会の本質があります。主の名によって集められた共同体、そこに主がおられる共同体、それが教会です。

■マタイ19:25弟子たちは、これを聞くと、たいへん驚いて言った。「それでは、だれが救われることができるのでしょう。」19:26イエスは彼らをじっと見て言われた。「それは人にはできないことです。しかし、神にはどんなことでもできます。」
★あなたを救うのはあなた自身ではありません。またあなたの大切な人の救いも同様です。私たちにできることは感謝して、受け取る事、神様とあなたの物語はすべてはそこからはじまります。

■マタイ20:14自分の分を取って帰りなさい。ただ私としては、この最後の人にも、あなたと同じだけ上げたいのです。
★主は残された最後の人の寂しさ、悲しさをも受けとめ、覚えて配慮して下さるお方です。あなたのことを主は決して忘れられることはありません。ヒデ

20130219_マタイ15-17

■マタイ15:5それなのに、あなたがたは、『だれでも、父や母に向かって、私からあなたのために差し上げられる物は、供え物になりましたと言う者は、15:6その物をもって父や母を尊んではならない』と言っています。こうしてあなたがたは、自分たちの言い伝えのために、神のことばを無にしてしまいました。
★神の言葉はあなたに偽りの避け所をつくらせるために与えられたものではありません。むしろ光の中に引き出され、悔い改めと信仰によって神様のいのちに引き出されるためです。

■マタイ16:15イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」16:16シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」
★ではあなたは彼について誰と言いますか。あなたにとってキリストが主であるなら、その告白に基づいた信仰の決断をもって、主の言葉に従順しましょう。その時あなたは、主の力と不思議を体験します。

■マタイ17:8それで、彼らが目を上げて見ると、だれもいなくて、ただイエスおひとりだけであった。17:9彼らが山を降りるとき、イエスは彼らに、「人の子が死人の中からよみがえるときまでは、いま見た幻をだれにも話してはならない」と命じられた。
★恍惚とも言うべきイエス様だけで満たされる経験。しかし私たちはそこから遣わされているこの世に派遣されるものとして召し出されました。山の上にとどまり続けたら世の光、地の塩として召し出されたことの意味がなくなります。あなたの遣わされるべきところはどこでしょう。ヒデ

日曜日, 2月 17, 2013

20130218_マタイ13-14

■マタイ13:20また岩地に蒔かれるとは、みことばを聞くと、すぐに喜んで受け入れる人のことです。13:21しかし、自分のうちに根がないため、しばらくの間そうするだけで、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまいます。
★根がなければ物事は一時的で決して結実には至りません。あなたの関心が感情レベルの反応から、価値観の変換とライフスタイルの変化に向かいますように。

■マタイ14:28すると、ペテロが答えて言った。「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」
★身のほど知らずにもほどがあります。水の上を渡って行かせて下さいなんて。しかし神様は常識を越えてまでも、神様の近くにありたいと願う人を通して神様のわざと祝福を世にもたらされるお方です。あなたはペテロを愚かと笑いますか。それともペテロのような、主への愛が心に乏しいことに嘆かれますか。あるいは同じように告白できるでしょうか。誰も歩いたことのない道を主に向かって歩けたら、それは最高の主との絆になるでしょうね。主はあなたにも語られます。「来なさい」と。ヒデ

20130217_マタイ10-12

■マタイ10:19人々があなたがたを引き渡したとき、どのように話そうか、何を話そうかと心配するには及びません。話すべきことは、そのとき示されるからです。10:20というのは、話すのはあなたがたではなく、あなたがたのうちにあって話されるあなたがたの父の御霊だからです。
★確かに、何をどのように話そうか、と心配する必要はないでしょう。聖霊様が語るべき、ふさわしい言葉をその時、与えて下さるのですから。そのことよりもお互いは、いざと言う時、立つべきところに立っていることができるかを問うべきでしょう。あのペテロでさえも鶏が鳴く前に3度も知らないと語ってしまったのですから。

■マタイ11:28すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。11:29わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。11:30わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」
★多くの人が勘違いしている箇所です。安らぎは全てのくびきから、人が解放される時に与えられるものであるかのように。しかし違います。本当は主が負わせて下さるくびきを負うときにこそ与えられるものです。

■マタイ12:48しかし、イエスはそう言っている人に答えて言われた。「わたしの母とはだれですか。また、わたしの兄弟たちとはだれですか。」12:49それから、イエスは手を弟子たちのほうに差し伸べて言われた。「見なさい。わたしの母、わたしの兄弟たちです。12:50天におられるわたしの父のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです。」
★主はあなたを兄弟として招いておられます。ヒデ

土曜日, 2月 16, 2013

20130216_マタイ8-9

■マタイ8:1イエスが山から降りて来られると、多くの群衆がイエスに従った。8:2すると、ツァラアトに冒された人がみもとに来て、ひれ伏して言った。「主よ。お心一つで、私をきよくしていただけます。」8:3イエスは手を伸ばして、彼にさわり、「わたしの心だ。きよくなれ」と言われた。すると、すぐに彼のツァラアトはきよめられた。
★目には見えませんが、主は今も、高い所から御言葉を語られるだけではなく、聖霊によってあなたに近づき「わたしの心だ。きよくなれ」と語りかけ、あなたの心と身体に触れ、癒やしと命を注いで下さるお方です。この瞬間、あなたに主が触れておられます。信仰と感謝をもって受け取りましょう。

■マタイ9:10イエスが家で食事の席に着いておられるとき、見よ、取税人や罪人が大ぜい来て、イエスやその弟子たちといっしょに食卓に着いていた。9:11すると、これを見たパリサイ人たちが、イエスの弟子たちに言った。「なぜ、あなたがたの先生は、取税人や罪人といっしょに食事をするのですか。」9:12 イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。9:13『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない』とはどういう意味か、行って学んで来なさい。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」
★神様の恵みをとどめるものとは何か、そこれここでは明確です。あわれみのない心と、自分を正しいとし、人をみさげる心です。高慢とはなんと恐ろしい病でしょう。しかしこれほどに本人が自覚できないものはありません。神様ご自身がその人の心に光を照らして下さる以外悟るすべがないのです。神様の恵みとあわれみによって生かされていることに感謝しましょう。ヒデ

金曜日, 2月 15, 2013

20130215_マタイ5-7

■マタイ5:2そこで、イエスは口を開き、彼らに教えて、言われた。5:3「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。5:4悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから。5:5柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐから。5:6義に飢え渇く者は幸いです。その人たちは満ち足りるから。5:7あわれみ深い者は幸いです。その人たちはあわれみを受けるから。5:8心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るから。5:9平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。5:10義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。

■マタイ6:31そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。6:32こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。6:33だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。6:34だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。

マタイ7:13狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多いのです。7:14いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。

木曜日, 2月 14, 2013

20130214_マタイ1-4

■マタイ1:21マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」
★あなたは既にこのお方に、「その名はイエス。私の救い主です」と告白なさいましたか。ここから神様の祝福を受け取る生涯がはじまります。

■マタイ2:2「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」2:3それを聞いて、ヘロデ王は恐れ惑った。エルサレム中の人も王と同様であった。
★救い主誕生の知らせを聞いて怖じ惑う人々。神様から離れた生活のゆえです。恐れはある面、神様が人に下さっている警報装置です。あなたは今、帰るべき所に、帰る必要のある存在ですか。

■マタイ3:16こうして、イエスはバプテスマを受けて、すぐに水から上がられた。すると、天が開け、神の御霊が鳩のように下って、自分の上に来られるのをご覧になった。3:17また、天からこう告げる声が聞こえた。「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。」
★あなたもバプテスマを受ける事を通して父なる神様への愛をあらわすことができます。迷っているなら心を定めて受けましょう。祝福です。

■マタイ4:19イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。」4:20彼らはすぐに網を捨てて従った。
★ここにあなたが人生を懸けて従っても惜しくないお方がおられます。このお方はあなたにいのちの捨て場所を与えて下さるお方です。いのちは使うために与えられています。守ろうと思う者はそれを失い。福音のために捨てる者は得るのです。ヒデ

水曜日, 2月 13, 2013

20130213_マルコ15-16

■マルコ15:34そして、三時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫ばれた。それは訳すと「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。
★十字架上のイエス・キリストの言葉です。捨てられるはずのないお方が捨てられ、その罪のないいのちによって、罪人が当然払うべき罪の代価を払って下さったゆえに、捨てられて当然の私たちが捨てられずにすむ道が開かれました。その打たれた傷によって私たちは癒されました。

■マルコ16:6青年は言った。「驚いてはいけません。あなたがたは、十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのでしょう。あの方はよみがえられました。ここにはおられません。ご覧なさい。ここがあの方の納められた所です。
★主は、全ての人が絶望のなかに、死の中にとどまり続けることのないように、よみがえられました。この事実のゆえに、主を仰ぎましょう。その時あなたは永遠のいのちによっていかされます。ヒデ

火曜日, 2月 12, 2013

20130212_マルコ14

■マルコ14:35それから、イエスは少し進んで行って、地面にひれ伏し、もしできることなら、この時が自分から過ぎ去るようにと祈り、14:36またこう言われた。「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください。」
★この杯とは自分がかけられる十字架を負い、そこにかけられることです。決して自らそれを選択したいわけではない。しかし愛のゆえにそこに立つことを選択する。なぜでしょうか。そこに神様の御心があるからです。御心を選択することは決してたのしい道ばかりではありません。むしろ十字架の道でしょう。しかし主と共にそこで死ぬ決心をしたものは、必ず主がそこから甦らされるのです。ヒデ

月曜日, 2月 11, 2013

20130211_マルコ12-13

マルコ12:15イエスは彼らの擬装を見抜いて言われた。「なぜ、わたしをためすのか。デナリ銀貨を持って来て見せなさい。」12:16彼らは持って来た。そこでイエスは彼らに言われた。「これはだれの肖像ですか。だれの銘ですか。」彼らは、「カイザルのです」と言った。12:17するとイエスは言われた。「カイザルのものはカイザルに返しなさい。そして神のものは神に返しなさい。」彼らはイエスに驚嘆した。

★聖書はご自身のかたちに似せてとあります。あなたは「神のかたち」に似せて作られました。あなたは尊厳あるものとして、偶然によってではなく、必然、すなわち神様のご計画の中で造られました。自分を軽く見ないようにしましょう。また安く売ってはなりません。

 

■マルコ13:31この天地は滅びます。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。13:32ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。
★かも知れませんではなく、「滅びます」とキリストは語られます。世の終わりが来るのです。この世界さえも終わらせる罪とはいったいなんでしょう。人の人格を破壊し、人生を台無しにし、家庭を崩壊させ、いのちを奪うことに飽き足らず、この天地さえ滅ぼすとは、しかし、それを贖うために十字架にご自身のいのちを捨てて下さったお方によって、天地は新たにされると聖書は語ります。そのためにこのお方は再び来られます。ヒデ

日曜日, 2月 10, 2013

20130210_マルコ10-11

マルコ10:42そこで、イエスは彼らを呼び寄せて、言われた。「あなたがたも知っているとおり、異邦人の支配者と認められた者たちは彼らを支配し、また、偉い人たちは彼らの上に権力をふるいます。10:43しかし、あなたがたの間では、そうでありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。10:44あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい。10:45人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」
★「あなたは自分のいのち、すなわち自分に与えられた時間をどのように使おうとしていますか。」と問われるお方です。主は目に見えない愛を、行動に現すために人の姿をとって来て下さいました。あなたはどんなことが出来そうですか。

■マルコ11:22イエスは答えて言われた。「神を信じなさい。11:23まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海に入れ』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。11:24だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。
★チャレンジであり祝福に満ちたことばですね。あなたはこれをどの様に受け取るでしょうか。イエス様は「神様を信じなさい」と語られます。神様のみわざを見るためには、この言葉を受け取る以外ありません。なら感謝して受け取りたいですね。さらに神様への信頼とは、人間の理性や努力によっては越えて行けない、恵みの世界であることも教えられますね。もう一度繰り返します。主は「神様を信じなさい」と語られます。ヒデ

土曜日, 2月 09, 2013

20130209_マルコ8-9

マルコ8:34それから、イエスは群衆を弟子たちといっしょに呼び寄せて、彼らに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。8:35いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしと福音とのためにいのちを失う者はそれを救うのです。8:36人は、たとい全世界を得ても、いのちを損じたら、何の得がありましょう。
★十字架がなければ冠はありません。十字架を負わなければ、神様のお役にたてたとの満足を心に与えられることもありません。心配しないでも大丈夫です。主があなたに負わせようとなさる十字架であれば、主があなたと共に負って下さいます。「わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」の通りです。

■マルコ9:38ヨハネがイエスに言った。「先生。先生の名を唱えて悪霊を追い出している者を見ましたが、私たちの仲間ではないので、やめさせました。」9:39しかし、イエスは言われた。「やめさせることはありません。わたしの名を唱えて、力あるわざを行いながら、すぐあとで、わたしを悪く言える者はないのです。9:40わたしたちに反対しない者は、わたしたちの味方です。
★主はあえてここで「見方」との表現を使いました。それにしても主の理解は何と広いことでしょうか。人はおうおうにして「敵か、味方か」を、あまりに狭い意味において用いようとする傾向があります。本当のところはみんな見方、神様に愛されている一人一人なのです。ヒデ

金曜日, 2月 08, 2013

20130208_マルコ6-7

マルコ6:49しかし、弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、幽霊だと思い、叫び声をあげた。6:50というのは、みなイエスを見ておびえてしまったからである。しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。6:51そして舟に乗り込まれると、風がやんだ。彼らの心中の驚きは非常なものであった。
★「私である」と自身を表現されるイエス・キリストが誰であるかを覚えましょう。出エジプトのときモーセに「私である」とご自身を現されたそのお方です。このお方をあなたの心に、人生の主権者としてお迎えするならば嵐はやみます。あなた以上にあなたを知り、あなた以上に力強い御手を持ち、しかもあなたの生涯を上から見渡し、最善に導くことのできるお方がイエス様なのです。

■マルコ7:28しかし、女は答えて言った。「主よ。そのとおりです。でも、食卓の下の小犬でも、子どもたちのパンくずをいただきます。」7:29そこでイエスは言われた。「そうまで言うのですか。それなら家にお帰りなさい。悪霊はあなたの娘から出て行きました。」
★あなたの内側から清さ、愛、謙遜とう最善を引き出されるお方はイエス・キリストです。反対にあなたの中から最悪のものを引き出そうとするのがサタンです。あなたはどちらに反応しますか。またあなたはイエス・キリストの心を知っていますか。イエス・キリストはあなたのために、唯一神様でありながら神であることを捨てることはできないとは考えないで、ご自身の立場を捨てて人となり、十字架にまでかかってくださったお方です。このお方の中にあなたの希望があるのです。ヒデ

木曜日, 2月 07, 2013

20130207_マルコ4-5

マルコ4:38ところがイエスだけは、とものほうで、枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして言った。「先生。私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思われないのですか。」4:39イエスは起き上がって、風をしかりつけ、湖に「黙れ、静まれ」と言われた。すると風はやみ、大なぎになった。4:41彼らは大きな恐怖に包まれて、互いに言った。「風や湖までが言うことをきくとは、いったいこの方はどういう方なのだろう。」
★「先生。私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思われないのですか。」あなたもこう叫んだりつぶやいたことがありませんか。しかし主は眠っておられるのではありません。まだイエス様が誰であるかについて、目が開かれていない人の霊の目を開くために、あえてこの様な状況をゆるしておられるのです。あなたがすべきことは「主よ、助けて下さい」と叫ぶことです。

■マルコ5:41そして、その子どもの手を取って、「タリタ、クミ」と言われた。(訳して言えば、「少女よ。あなたに言う。起きなさい」という意味である。)5:42すると、少女はすぐさま起き上がり、歩き始めた。十二歳にもなっていたからである。彼らはたちまち非常な驚きに包まれた。
★長血を患う婦人がイエス様の衣の裾に触ったばっかりに……、彼女はおかげで癒されますが、そこで時間がとられた結果、会堂司ヤイロの娘の命は絶えてしまいました。ところがどうでしょう。主が「少女よ。あなたに言う。起きなさい」と命じられたとき、彼女の命はふきかえしたのです。主にあっては、遅すぎることはありません。主は不思議と御力をもってあなたの人生を完成して下さるお方です。あなたも信仰によって「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています」と、パウロと共に告白しませんか。ヒデ

水曜日, 2月 06, 2013

20130206_マルコ1-3

マルコ1:15「時が満ち、神の国は近くなった。悔い改めて福音を信じなさい。」1:17イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」1:18すると、すぐに、彼らは網を捨て置いて従った。
★イエス・キリストの第一声です。人は信頼し従順すべき神様に背を向けているため、注がれている神様の愛を心に受けとることができず、迷いと恐れから解き放たれることができません。何と幸いなことでしょう。キリストの中に自分の命を懸けて惜しくないと思えるほどの価値を見出した人たちは。イエス・キリストはあなたに死に場所を与えて下さるお方です。

■マルコ2:17イエスはこれを聞いて、彼らにこう言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」
★神様に背を向けているという意味において、人はみな、本来の自分のあるべき姿を知らず、心に孤独という空洞を抱えた、健康というより病人と言うべきでしょう。ただ多くの人はそれに気づかないだけのことです。キリストはそんなあなたの人生を神様の愛によって健やかにしようと近づかれる救い主です。

■マルコ3:35神のみこころを行う人はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです。」
★イエス・キリストは信じる人の心、また信じる人々と人々の間だに「神の国」を築き、真の平和をもたらすために来られました。国には、国を治める王が存在します。王の統治を喜ぶ民が存在し、領土があります。そしてそのキリストの王国ではみな神の家族として豊に生きるのです。ヒデ

月曜日, 2月 04, 2013

20130205_ローマ14-16

ローマ14:1あなたがたは信仰の弱い人を受け入れなさい。その意見をさばいてはいけません。14:20食べ物のことで神のみわざを破壊してはいけません。すべての物はきよいのです。しかし、それを食べて人につまずきを与えるような人の場合は、悪いのです。14:21肉を食べず、ぶどう酒を飲まず、そのほか兄弟のつまずきになることをしないのは良いことなのです。14:22あなたの持っている信仰は、神の御前でそれを自分の信仰として保ちなさい。自分が、良いと認めていることによって、さばかれない人は幸福です。
★信仰は弱いより、強い方が良いでしょう。しかしもっと大切なことはあなたの信仰が成熟に向かっているかどうかです。

■ローマ15:1私たち力のある者は、力のない人たちの弱さをになうべきです。自分を喜ばせるべきではありません。15:2私たちはひとりひとり、隣人を喜ばせ、その徳を高め、その人の益となるようにすべきです。15:3キリストでさえ、ご自身を喜ばせることはなさらなかったのです。むしろ、「あなたをそしる人々のそしりは、わたしの上にふりかかった」と書いてあるとおりです。

■ローマ16:あなたがたは聖なる口づけをもって互いのあいさつをかわしなさい。キリストの教会はみな、あなたがたによろしくと言っています。16:17兄弟たち。私はあなたがたに願います。あなたがたの学んだ教えにそむいて、分裂とつまずきを引き起こす人たちを警戒してください。彼らから遠ざかりなさい。16:18そういう人たちは、私たちの主キリストに仕えないで、自分の欲に仕えているのです。彼らは、なめらかなことば、へつらいのことばをもって純朴な人たちの心をだましているのです。

20130204_ ローマ11-13

ローマ11:17もしも、枝の中のあるものが折られて、野生種のオリーブであるあなたがその枝に混じってつがれ、そしてオリーブの根の豊かな養分をともに受けているのだとしたら、11:18あなたはその枝に対して誇ってはいけません。誇ったとしても、あなたが根をささえているのではなく、根があなたをささえているのです。11:21もし神が台木の枝を惜しまれなかったとすれば、あなたをも惜しまれないでしょう。11:22見てごらんなさい。神のいつくしみときびしさを。倒れた者の上にあるのは、きびしさです。あなたの上にあるのは、神のいつくしみです。

■ローマ12:1そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。12:18あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。12:19愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。」12:21悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。

■ローマ13:12夜はふけて、昼が近づきました。ですから、私たちは、やみのわざを打ち捨てて、光の武具を着けようではありませんか。13:13遊興、酩酊、淫乱、好色、争い、ねたみの生活ではなく、昼間らしい、正しい生き方をしようではありませんか。13:14主イエス・キリストを着なさい。肉の欲のために心を用いてはいけません。

日曜日, 2月 03, 2013

20130203_ローマ8-10

ローマ8:27人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。8:28神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。8:29なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる人々を、御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたからです。それは、御子が多くの兄弟たちの中で長子となられるためです。8:30神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、召した人々をさらに義と認め、義と認めた人々にはさらに栄光をお与えになりました。

■ローマ9:16したがって、事は人間の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。9:30では、どういうことになりますか。義を追い求めなかった異邦人は義を得ました。すなわち、信仰による義です。9:31しかし、イスラエルは、義の律法を追い求めながら、その律法に到達しませんでした。9:32なぜでしょうか。信仰によって追い求めることをしないで、行いによるかのように追い求めたからです。彼らは、つまずきの石につまずいたのです。

■ローマ10:9なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。10:10人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。10:11聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」

土曜日, 2月 02, 2013

20130202_ ローマ4-7

ローマ4:20彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、4:21神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。4:22だからこそ、それが彼の義とみなされたのです。

■ローマ5:8しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。5:10もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかるのは、なおさらのことです。5:11そればかりでなく、私たちのために今や和解を成り立たせてくださった私たちの主イエス・キリストによって、私たちは神を大いに喜んでいるのです。

■ローマ6:3それとも、あなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、その死にあずかるバプテスマを受けたのではありませんか。6:4私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。6:23罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。
 
■ローマ7:24私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。7:25 私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。ですから、この私は、心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えているのです。

金曜日, 2月 01, 2013

20130201_ローマ1-3

ローマ1:14私は、ギリシヤ人にも未開人にも、知識のある人にも知識のない人にも、返さなければならない負債を負っています。1:16私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。
★主のものである教会を迫害しましたが、それを赦されたパウロ。その自覚と感謝が上の告白となりました。誰かに強いられたからではなく、人の中に自発と使命を生み出す福音。福音は人をロボット状態や奴隷状態から愛の人へと解き放ちます。キリストを信じるあなたの上に今日もその力がみなぎりますように。

■ローマ2:14律法を持たない異邦人が、生まれつきのままで律法の命じる行いをする場合は、律法を持たなくても、自分自身が自分に対する律法なのです。2:15彼らはこのようにして、律法の命じる行いが彼らの心に書かれていることを示しています。彼らの良心もいっしょになってあかしし、また、彼らの思いは互いに責め合ったり、また、弁明し合ったりしています。
人は自分で自分を裁くことはできません。ゆえにその人生から迷いが取り去られることができません。しかし福音には明確な罪の指摘と赦しがあります。だから人は福音によって解放されます。

■ローマ3:23すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、3:24ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。
★十字架上で払われたキリストのいのちの代価の重みがここに記されています。すべての人のために。あなたはその全ての人の中の一人ですか。ならば、あなたはただ神様の恵みによって救われます。もうその救いをお受け取りになられましたか。ヒデ