金曜日, 12月 20, 2013

20131220_ガラテヤ1@1-24 イザヤ6-8

■ガラテヤ1:4キリストは、今の悪の世界から私たちを救い出そうとして、私たちの罪のためにご自身をお捨てになりました。私たちの神であり父である方のみこころによったのです。
★父なる神様の御心はあなたを悪の世界から救い出し、あなたが「遣わされたそこ」で愛を生きることができるように導き力を与えてくださることです。「そこ」を御国とするために。

■イザヤ6:8 私は、「だれを遣わそう。だれが、われわれのために行くだろう」と言っておられる主の声を聞いたので、言った。「ここに、私がおります。私を遣わしてください。」
★現実に主を拝した預言者イザヤは「私は滅びる」と嘆きます。なぜならあまりにもまぶしい臨在の中で自らの罪を見たからです。民が災いだと嘆く者から私が災いだと嘆く者へと変えられたイザヤに主は「誰を遣わそう」と語られます。神様の働きは主の愛によって罪赦された者にしか果たせません。あなたはどんなかたちでどこに遣わされていますか。

■イザヤ7:14それゆえ、主みずから、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける。
★キリストの処女懐胎の預言として取り上げられる御言葉です。どうにもならない暗黒の中で神様が一方的に与えて下さる輝きです。

■イザヤ8:17私は主を待つ。ヤコブの家から御顔を隠しておられる方を。私はこの方に、望みをかける。

0 件のコメント:

コメントを投稿