土曜日, 9月 10, 2011

20110910_箴言4_箴言6_ローマ8

■箴言4:23力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。4:24偽りを言う口をあなたから取り除き、曲がったことを言うくちびるをあなたから切り離せ。4:25あなたの目は前方を見つめ、あなたのまぶたはあなたの前をまっすぐに見よ。
★23節は有名です。守るべきはあなたの心です。命はそこからわき上がります。そして主は委ねられた御心を成し遂げるために、エルサレムに向かって真っ直ぐに顔を向けられ歩まれました。(ルカ9:51)

■箴言6:20わが子よ。あなたの父の命令を守れ。あなたの母の教えを捨てるな。6:21それをいつも、あなたの心に結び、あなたの首の回りに結びつけよ。6:22これは、あなたが歩くとき、あなたを導き、あなたが寝るとき、あなたを見守り、あなたが目ざめるとき、あなたに話しかける。
★父と母を敬うことが祝福の原則ですが、中には「絶対に赦せない。なぜ赦す必要があるのか」と憤りたくなる両親の場合もあるかも知れません。しかしそう聖書が語るのはあなたの為なのです。あなたの心が神様以外のもので縛られ捕らわれ不自由になることの有りませんように。

■ローマ8:11もしイエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリスト・イエスを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられる御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださるのです。
★こういうわけで今はキリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。そしてあなたの内におられる御霊は言いようもない深いうめきによって取りなして下さいます。ヒデ

金曜日, 9月 09, 2011

20110909_箴言1-3

■箴言1:7主を恐れることは知識の初めである。愚か者は知恵と訓戒をさげすむ。1:8わが子よ。あなたの父の訓戒に聞き従え。あなたの母の教えを捨ててはならない。1:9それらは、あなたの頭の麗しい花輪、あなたの首飾りである。
★「主を恐れることは知識の初めである。」と箴言を代表する言葉がまず最初に、更に1章の締めくくりは「1:32わきまえのない者の背信は自分を殺し、愚かな者の安心は自分を滅ぼす。1:33しかし、わたしに聞き従う者は、安全に住まい、わざわいを恐れることもなく、安らかである。」で閉じられます。神様への畏敬の念が最初に据えられるべき人の人生の土台であると。あなたは最近いつそれを感じ、神様の前に頭を垂れたでしょうか。

■箴言2:1わが子よ。もしあなたが、私のことばを受け入れ、私の命令をあなたのうちにたくわえ、2:2あなたの耳を知恵に傾け、あなたの心を英知に向けるなら、2:3もしあなたが悟りを呼び求め、英知を求めて声をあげ、2:4 銀のように、これを捜し、隠された宝のように、これを探り出すなら、2:5そのとき、あなたは、主を恐れることを悟り、神の知識を見いだそう。
★主を恐れるための最初のステップは御言葉に心を向けることです。なぜなら聖書はそのお方の言葉だからです。

■箴言3:5心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。3:6あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。
★さて次のステップはこのお方の御声に信頼しどこにおいても従順すること。私を迷いのない真っ直ぐな人生へと導くもの差しはあなたの経験でも知識でもなく神の言葉です。ヒデ

木曜日, 9月 08, 2011

20110908_1列王11_ローマ6

■1列王11:29そのころ、ヤロブアムがエルサレムから出て来ると、シロ人で預言者であるアヒヤが道で彼に会った。……11:30アヒヤは着ていた新しい外套をつかみ、それを十二切れに引き裂き、11:31ヤロブアムに言った。「十切れを取りなさい。イスラエルの神、主は、こう仰せられます。『見よ。わたしはソロモンの手から王国を引き裂き、十部族をあなたに与える。
★40年イスラエルを治めたソロモンが、何故このようなことに。聖書は「ソロモン王は、パロの娘のほかに多くの外国の女、すなわちモアブ人の女、アモン人の女、エドム人の女、シドン人の女、ヘテ人の女を愛した。…その妻たちが彼の心を転じた。」とあります。神様の祝福を受ける中、小さな不従順とおごりが彼の生涯を思わぬ形で狂わせます。誰であっても人には越えてはならない一線があります。

■ローマ6:3それとも、あなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、その死にあずかるバプテスマを受けたのではありませんか。6:4私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。
★バプテスマは大切です。それを重んじられたのは主です。あなたは既に受けましたか。その意味は、キリストと共に罪に死に、新しいいのちにキリストにあって甦らされる生涯の始まりです。入学試験を受け合格通知が届けば誰もその資格を自分のものとするために手続きをします。同様にバプテスマは祝福の生涯の扉をあなたの前に開きます。躊躇することなく感謝をもって与りましょう。ヒデ

水曜日, 9月 07, 2011

20110907_詩篇136_ローマ5

■詩篇136:11主はイスラエルをエジプトの真ん中から連れ出された。その恵みはとこしえまで。
★この詩篇には、「……。その恵みはとこしえまで。」と契約に記された神様の恩恵は永遠であることが26回繰り返され、ほめたたえられます。その内容は天地創造から始まり、イスラエルの荒野時代からカナン定着まで取り上げられます。あなたはどの部分が心に響きますか。私は「136:23主は私たちが卑しめられたとき、私たちを御心に留められた。その恵みはとこしえまで。」です。思えば、私たちは人生様々なところを通らされます。しかしいずこにおいても主は「私は決してあなたを離れず、捨てない」との真実な恵みをもって支えて下さるお方です。私たちもいくつ「……。その恵みはとこしえまで。」と挙げれるでしょう。さあ26回に向かって挑戦です。

■ローマ5:20律法が入って来たのは、違反が増し加わるためです。しかし、罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。5:21それは、罪が死によって支配したように、恵みが、私たちの主イエス・キリストにより、義の賜物によって支配し、永遠のいのちを得させるためなのです。
★父なる神様は私たちに永遠のいのちを得させるために、私たちがまだ罪人であった時、キリストを十字架にかけ、私たちに対する愛を明らかにされました。そのためキリストは神ご自身であられたにもかかわらず、人となってこの地に来て下さいました。乙女マリヤのお腹を借りて。知性においては理解出来ず、あり得ないことです。しかし神様はそれをよしとなさいました。まさに恵み深いお方ゆえに。あなたを捨てないお方があります。とことん憐れまれるお方があります。このお方の愛で心を満たし今日も生きるのです。ヒデ

火曜日, 9月 06, 2011

20110906_2歴代志7_詩篇135_ローマ4

■2歴代7:9 彼らは話し合って言った。「私たちのしていることは正しくない。きょうは、良い知らせの日なのに、私たちはためらっている。もし明け方まで待っていたら、私たちは罰を受けるだろう。さあ、行って、王の家に知らせよう。」
★アラムの軍勢に取り囲まれたイスラエルは、サマリヤに隠れこんで反撃の時を待ちます。しかし戦いが長期にわたり、遂に食料も底をつき、もはや死を待つばかりと、そんな状況にまでイスラエルは陥ります。その時、どうせ死ぬなら、敵国アラムの憐れみを求めてみようと、ツァラアトにおかされ4人が出かけます。しかしその時彼らが目にしたものは、不思議な神様の方法で、慌てふためいて逃げたアラムの陣営の有様と、そのままにされた穀物でした。そのとき彼らは上の御言葉を語ります。Good Newsは常に神様の恵みの計らいによるものです。分かち合うべきことを覚えましょう。受けるより与える方が幸いです。

■詩篇135:4まことに、主はヤコブを選び、ご自分のものとされ、イスラエルを選んで、ご自分の宝とされた。

■ローマ4:19アブラハムは、およそ百歳になって、自分のからだが死んだも同然であることと、サラの胎の死んでいることとを認めても、その信仰は弱りませんでした。4:20彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、4:21神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。4:22だからこそ、それが彼の義とみなされたのです。
★信仰とは神様への直向きな信頼と従順です。自分にではなく、なして下さる主に目を注ぐのです。ヒデ

月曜日, 9月 05, 2011

20110905_1列王8_詩篇99_ローマ3

■1列王8:38だれでも、あなたの民イスラエルがおのおの自分の心の悩みを知り、この宮に向かって両手を差し伸べて祈るとき、どのような祈り、願いも、8:39あなたご自身が、あなたの御住まいの所である天で聞いて、赦し、またかなえてください。ひとりひとりに、そのすべての生き方にしたがって報いてください。あなたはその心を知っておられます。あなただけがすべての人の子の心を知っておられるからです。
★神殿建設が遂に完成したときソロモン王は感謝をもって神様の前にひとつひとつの祈りをささげます。その特徴は「あなたの御住まいの所である天で聞いて……」で、人が造ったものなどに、到底お入れできない神様であることをわきまえた謙遜なそれでした。祈りにはその人の心が表れますね。あなたにとって神様とはどんなお方でしょう。祈りの中にそれを告白してみませんか。

■詩篇99:7主は、雲の柱から、彼らに語られた。彼らは、主のさとしと、彼らに賜ったおきてとを守った。

■ローマ3:25神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現すためです。というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。3:26それは、今の時にご自身の義を現すためであり、こうして神ご自身が義であり、また、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです。
★今まで見逃して来られた神様の罪に対する正当な怒り「義」は何によって満たされたのでしょう。十字架上のキリストの上に呵責のない神様の裁きが下されたからです。その打たれた傷によってあなたは癒されるのです。ヒデ

日曜日, 9月 04, 2011

20110904_詩篇98_ローマ2

■詩篇98:9確かに、主は地をさばくために来られる。主は義をもって世界をさばき、公正をもって国々の民を、さばかれる。
★聖書の最後の黙示録で神様は「もし、これにつけ加える者があれば、神はこの書に書いてある災害をその人に加えられる。また、この預言の書のことばを少しでも取り除く者があれば、神は、この書に書いてあるいのちの木と聖なる都から、その人の受ける分を取り除かれる。」と語られますが、まさにこの詩篇に記されている通り主は再び来られます。あなたは思われませんか。なんと聖書は繰り返し繰り返し、かくも主の再臨と、終末について語っているものかと。目的は、お互いが、そのことは知っていると、慣れっこになるためではなく、身を慎み努めて祈る為です。主は来られます。またそのお出では近いです。

■ローマ2:6神は、ひとりひとりに、その人の行いに従って報いをお与えになります。……2:11神にはえこひいきなどはないからです。……2:16私の福音によれば、神のさばきは、神がキリスト・イエスによって人々の隠れたことをさばかれる日に、行われるのです。
★「キリスト・イエスによって人々の隠れたことをさばかれる日」と、このことが主の再臨の時に成就します。何を基準に裁かれますか。「行い」です。それは一人も偏り見ることのないためです。その結果、自分の行いによって天国に行ける人は?誰もいません。だからキリストが十字架の上で、まさに命をかけてあなたのために信仰による救いを開いて下さったのです。既にいのちの代価が払われました。信じて救いを受け取りましょう。そこから不思議の生涯ははじまります。ヒデ

土曜日, 9月 03, 2011

20110903_1列王6_詩篇97_ローマ1

■1列王6:12「あなたが建てているこの神殿については、もし、あなたがわたしのおきてに歩み、わたしの定めを行い、わたしのすべての命令を守り、これによって歩むなら、わたしがあなたの父ダビデにあなたについて約束したことを成就しよう。6:13わたしはイスラエルの子らのただ中に住み、わたしの民イスラエルを捨てることはしない。」
★「彼らの中に住み、捨てることはない」とは、父ダビデ王に与えられた神殿建設のビジョンを受け取ったソロモンに対する主からの約束です。キリストは、十字架でご自身の命を懸けて、神殿建設、すなわち教会に必要な代価を払って下さいました。そしてキリストの志を受け取ったあなたにも主は語られます。「私は決してあなたを離れず、あなたを捨てない」と。(ヘブル13:5)

■詩篇97:9まことに主よ。あなたは全地の上に、すぐれて高い方。すべての神々をはるかに抜いて、高きにおられます。97:10主を愛する者たちよ。悪を憎め。主は聖徒たちのいのちを守り、悪者どもの手から、彼らを救い出される。
★全てを超越しておられるお方。オールマイティーの表現を用いるのに相応しい方はこの方以外にはありません。

■ローマ1:2この福音は、神がその預言者たちを通して、聖書において前から約束されたもので、1:3御子に関することです。御子は、肉によればダビデの子孫として生まれ、1:4聖い御霊によれば、死者の中からの復活により、大能によって公に神の御子として示された方、私たちの主イエス・キリストです。
★福音とは何か、御子に関することです。教えがあなたを救い解放するのではありません。キリストご自身に目を注ぎましょう。ヒデ

金曜日, 9月 02, 2011

20110902_詩篇101_2テサロニケ3

■詩篇101:2私は、全き道に心を留めます。いつ、あなたは私のところに来てくださいますか。私は、正しい心で、自分の家の中を歩みます。101:3私の目の前に卑しいことを置きません。私は曲がったわざを憎みます。それは私にまといつきません。……101:8朝ごとに、私は国の中の悪者をことごとく滅ぼします。それは主の都から、不法を行う者をことごとく断ち切るためです。
★主の弟子パウロは、御名によって命じる祈りの尊さ(使徒16:18)を分かち合います。ダビデもここでその尊さを歌っています。彼は朝ごとに、悪しき霊の力が彼の働きの上に影響を与えないようにと「裁ち切りの祈り」をささげます。また「悪を行う者どもよ。私から離れて行け。私は、わが神の仰せを守る。」(詩119:115)とも祈りました。あなたも御名の力により頼み、この祈りにチャレンジしてみませんか。

■2テサロニケ3:6兄弟たちよ。主イエス・キリストの御名によって命じます。締まりのない歩み方をして私たちから受けた言い伝えに従わないでいる、すべての兄弟たちから離れていなさい。3:7どのように私たちを見ならうべきかは、あなたがた自身が知っているのです。あなたがたのところで、私たちは締まりのないことはしなかったし、3:8人のパンをただで食べることもしませんでした。かえって、あなたがたのだれにも負担をかけまいとして、昼も夜も労苦しながら働き続けました。
★パウロはここでも祈りではありませんが、御名の権威によって命じています。その背後にはやはり祈りがあるのです。主ご自身が、またあなたを愛する人が、あなたに命じる時、そこには隠れた所で積み上げられた執り成しの祈りがあることを知る人は幸いです。ヒデ

木曜日, 9月 01, 2011

20110901_1列王紀3_詩篇78_2テサロニケ2

■1列王3:9善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えてください。さもなければ、だれに、このおびただしいあなたの民をさばくことができるでしょうか。」
★これは「あなたに何を与えようか。願え」との主のことば対してソロモンが求めた答えでした。その結果ソロモンは大いに祝福されます。以下その時の神様の言葉です。「あなたがこのことを求め、自分のために長寿を求めず、自分のために富を求めず、あなたの敵のいのちをも求めず、むしろ、自分のために正しい訴えを聞き分ける判断力を求めたので、3:12今、わたしはあなたの言ったとおりにする。3:13そのうえ、あなたの願わなかったもの、富と誉れとをあなたに与える。あなたの生きているかぎり、王たちの中であなたに並ぶ者はひとりもないであろう。」人は求むべきものがあります。

■詩篇78:39神は、彼らが肉にすぎず、吹き去れば、返って来ない風であることを心に留めてくださった。
★罪深い愚かさを繰り返し繰り返し重ねるイスラエル。しかし主はいったいどこまで、また、いつまでと思うほどに民を憐れまれます。その理由が上の御言葉です。主はあなたが弱い者であることを知って下さっています。

■2テサロニケ2:3だれにも、どのようにも、だまされないようにしなさい。なぜなら、まず背教が起こり、不法の人、すなわち滅びの子が現れなければ、主の日は来ないからです。
★主は必ず再び来られます。しかしそれには順番があります。まずは高慢の霊につかれたものが、すべて神と呼ばれるものに反抗し、その上に自分を高く上げ、自分こそ神であると宣言します。捨てるべきは高慢です。ヒデ

水曜日, 8月 31, 2011

20110831_1歴代志29_詩篇95_2テサロニケ1

■1歴代29:29ダビデ王の業績は、最初から最後まで、予見者サムエルの言行録、預言者ナタンの言行録、先見者ガドの言行録にまさしくしるされている。29:30それには、彼のすべての統治、彼の力、また、彼およびイスラエル、それに各地の諸王国が過ごした時代についてしるされている。
★イスラエルの王となったダビデの生涯最後の記述です。彼のしたことは国を統一し、神の国の拡大の為の神殿建築の備え、そして後継者へのバトンタッチでした。これらのことは先見者ガドの言行録となりましたが、あなたは与えられた人生でどんなことをなすでしょう。神様に覚えられる貢献の価値観に生きることが大切です。

■詩篇95:7主は、私たちの神。私たちは、その牧場の民、その御手の羊である。きょう、もし御声を聞くなら、95:8メリバでのときのように、荒野のマサでの日のように、あなたがたの心をかたくなにしてはならない。
★主の前にふさわしくないことは心を頑なにすること。恵みに心を開くのです。

■2テサロニケ1:8そのとき主は、神を知らない人々や、私たちの主イエスの福音に従わない人々に報復されます。1:9そのような人々は、主の御顔の前とその御力の栄光から退けられて、永遠の滅びの刑罰を受けるのです。1:10その日に、主イエスは来られて、ご自分の聖徒たちによって栄光を受け、信じたすべての者の──そうです。あなたがたに対する私たちの証言は、信じられたのです──感嘆の的となられます。
★「そのとき」とは主が再び来られる「再臨」を意味します。主は来られます。確かに。その時、あなたの全ての労は酬われます。試練の中でのあなたの従順は「再臨」の警鐘として主が用いられます。ヒデ

火曜日, 8月 30, 2011

20110830_1歴代志28_詩篇91_1テサロニケ5

■1歴代28:9わが子ソロモンよ。今あなたはあなたの父の神を知りなさい。全き心と喜ばしい心持ちをもって神に仕えなさい。主はすべての心を探り、すべての思いの向かうところを読み取られるからである。もし、あなたが神を求めるなら、神はあなたにご自分を現される。もし、あなたが神を離れるなら、神はあなたをとこしえまでも退けられる。28:10今、心に留めなさい。主は聖所となる宮を建てさせるため、あなたを選ばれた。勇気を出して実行しなさい。」
★ソロモンは何と偉大な父ダビデを頂いたことでしょう。しかし私たちのために天のお父様はイエス様をお与え下さいました。このお方の御声に聞き、このお方の生き様に従うなら間違うことはありません。

■詩篇91:14彼がわたしを愛しているから、わたしは彼を助け出そう。彼がわたしの名を知っているから、わたしは彼を高く上げよう。91:15彼が、わたしを呼び求めれば、わたしは、彼に答えよう。わたしは苦しみのときに彼とともにいて、彼を救い彼に誉れを与えよう。
★ソロモンにも勝る神様からの約束がここに。あなたは愛されています。声に出して告白してみませんか。「主よ感謝します。これらもあなたを愛し、あなたに従います」と。

■1テサロニケ5:9神は、私たちが御怒りに会うようにお定めになったのではなく、主イエス・キリストにあって救いを得るようにお定めになったからです。
★信仰とは自分の努力にではなく、上の御言葉の様に、救いの計画を定めて下さった神様の真実にかかっています。その救いの中にあなたは定められたのです。恐れることはありません。信頼して踏み出しましょう。ヒデ

月曜日, 8月 29, 2011

20110829_1テサロニケ4

■1テサロ4:14私たちはイエスが死んで復活されたことを信じています。それならば、神はまたそのように、イエスにあって眠った人々をイエスといっしょに連れて来られるはずです。4:15私たちは主のみことばのとおりに言いますが、主が再び来られるときまで生き残っている私たちが、死んでいる人々に優先するようなことは決してありません。4:16主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、4:17次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。
★かつて御使いは「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。」(使徒行伝1:11)とイエス様の昇天を見ていた弟子たちに語られましたが、その通りに主は再び来られます。その順番は1.まず主が雲に乗って来られ。2.聖霊の働きによって主にあって既に死んでしまっていた人々の体が主と同じ栄光の体に変えられ。3.今地上で生きている主にある人々の体が聖霊の働きによって同じく主と同じ栄光の体に変えられ。4.これらのことがおこった次の瞬時、私たちは空中におられる主の御もとに引き上げられ、いつまでも主と共に生きることになります。これは作り話ではありません。主が語られた言葉です。そしてこれを可能にするのはあなたの力ではありません。あなたの内におられる聖霊様の力によってです。主は必ずあなたを迎えに来ます。私たちが聖く憐れみ深く生活すくべき最大の理由がここにあります。主は来られます。ヒデ

日曜日, 8月 28, 2011

20110828_1歴代22_1テサロニケ3

■1歴代22:19そこで今、あなたがたは心を尽くし、精神を尽くして、あなたがたの神、主に求めなさい。立ち上がって、神である主の聖所を建て上げ、主の御名のために建てられた宮に、主の契約の箱と神の聖なる器具を運び入れなさい。」
★イスラエルを統一するに至るまでに自らを省みて下さった主の恵みに応えて、ダビデは神殿建設のための備えを滞りなく行います。そして上記の御言葉を民への励ましとして語ります。これが旧約の神の民に課せられた使命です。では新約の祭司として召されたお互いの使命はなんでしょう。目に見える神殿ではなく、心の内にキリストを主とあがめ迎え入れることです。主の弟子ペテロは「ただ、心の中でキリストを主とあがめなさい。また、あなたがたのうちにある望みについて説明を求める人には、いつでも弁明のできる用意をしていなさい。」と励まします。

■1テサロ3:7このようなわけで、兄弟たち。私たちはあらゆる苦しみと患難のうちにも、あなたがたのことでは、その信仰によって、慰めを受けました。3:8あなたがたが主にあって堅く立っていてくれるなら、私たちは今、生きがいがあります。
★テサロニケの人たちの中にも、まもなくキリストは再臨するのだから働く必要はないと考える人々や、あるいは、すでに死んだ者はキリストの再臨にあずかれないのだからと考え、悲しみの中、自暴自棄になる人々もありました。そんな中、パウロは上の御言葉を送って主の民を励ましたのです。確かに、信仰の故の試練、孤独な戦いもあるでしょう。しかし、あなたがたの心を強め、ご自分がすべての聖徒とともに再び来られるとき、父なる神の御前で、あなたを聖く、責められるところのない者としてくださるお方は、やがてパウロ同様「我がいきがい、誇りよ」とあなたに必ず語って下さいます。ヒデ

土曜日, 8月 27, 2011

20110827_詩篇30_1テサロニケ2

■詩篇30:10聞いてください。主よ。私をあわれんでください。主よ。私の助けとなってください。30:11あなたは私のために、嘆きを踊りに変えてくださいました。あなたは私の荒布を解き、喜びを私に着せてくださいました。30:12私のたましいがあなたをほめ歌い、黙っていることがないために。私の神、主よ。私はとこしえまでも、あなたに感謝します。
★「聞いて下さい。主よ。」と、ダビデはまるで幼子が父親の関心を引くために揺り動かしながら語りかけるように主に語ります。しかもそれは神様に感謝を伝えるためです。ダビデの神様との心の距離を感じ取りましょう。「心がつながっている」との実感。ここに安心感があり喜びがあり、生きている感謝がわいて来ます。あなたはつながるべき人と心をつなげるために心を砕いていますか。

■1テサロニケ2:19私たちの主イエスが再び来られるとき、御前で私たちの望み、喜び、誇りの冠となるのはだれでしょう。あなたがたではありませんか。2:20あなたがたこそ私たちの誉れであり、また喜びなのです。
★上の様に語るパウロはテサロニケの人たちに対して、母がその子どもたちを養い育てるように、優しくふるまい、ただ神様の福音を語るだけではなく、彼自身のいのちまでも、喜んで与えたいと願いつつ接しました。人が人として成熟するために最も効果的な方法は、人の成長に関わることです。それは親が親になるために最も効果的な方法が理屈をこえて、実際に子供をもうけ、その子供の成長にかかわることによって与えられると同様に。知識は人を成熟へと動機付けできても、実際にその人を成熟へと引き上げることができるのは関わること以外にありません。とにかく関わるべき人に、関わりましょう。あなたもパウロのような親の心を持つ人になれます。ヒデ

金曜日, 8月 26, 2011

20110826_2サムエル22_1テサロニケ1

■Ⅱサム22:7私は苦しみの中に主を呼び求め、わが神に叫んだ。主はその宮で私の声を聞かれ、私の叫びは、御耳に届いた。22:8すると、地はゆるぎ、動いた。また、天の基も震え、揺れた。主がお怒りになったのだ。22:9煙は鼻から立ち上り、その口から出る火はむさぼり食い、炭火は主から燃え上がった。22:10主は、天を押し曲げて降りて来られた。暗やみをその足の下にして。22:11主は、ケルブに乗って飛び、風の翼の上に現れた。
★上の歌はサウル王の手から救い出されたダビデが歌った主への感謝で、主はダビデの叫びに応えて、ご自身、天を押し曲げて下り、ダビデを助け出して下さいました。同じ主は次回、あなたを救い出すために、まさにこの言葉の通り、天を押し曲げ、暗闇をその足の下にして来られます。このお方にお会いする備えが必要です。

■1テサロニケ1:1パウロ、シルワノ、テモテから、父なる神および主イエス・キリストにあるテサロニケ人の教会へ。恵みと平安があなたがたの上にありますように。1:2私たちは、いつもあなたがたすべてのために神に感謝し、祈りのときにあなたがたを覚え、1:3絶えず、私たちの父なる神の御前に、あなたがたの信仰の働き、愛の労苦、主イエス・キリストへの望みの忍耐を思い起こしています。
★パウロはテサロニケの人々の素晴らしい信仰に驚きを隠しません。何がそうさせたのか。その秘訣はテサロニケの人々が主の再臨のメッセージを差し引くことなく受け止めたところにあると言えます。あなたは救い主キリストが再び来られるその時、どんな形でこられるかご存じですか。関心があれば是非テサロニケの手紙を完読して下さい。真理はあなたを自由にし、何のために生かされている命かを明確にし、あなたの命を強めます。ヒデ

木曜日, 8月 25, 2011

20110825_詩篇55_マタイ28

■詩篇55:22あなたの重荷を主にゆだねよ。主は、あなたのことを心配してくださる。主は決して、正しい者がゆるがされるようにはなさらない。
★主にゆだねるべきものとして、ここでは「重荷」ですが、詩篇37:5には「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。」と、「道」も委ねるべきものとして紹介します。ゆだねるの反対は握りしめるで、神様がお互いの人生、考え、計画に介入されることを許さない生き方です。意外と人は神様を信じていても、これだけは自分の思いや考え通りを何としても明け渡したくないと言うことがあるものです。決して多くはありません。一つです。そしてそれが結果的に人生を重くする場合があります。主はそれをゆだねよと語られます。あなたはどうですか。

■マタイ28:18イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。28:19それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、28:20また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」
★全ての権威を与えられたお方の「世の終わりまでともにいます」は有名ですが、ではそのお方が一番近くいて下さる時とはどんな時でしょう。あなたが主の御心・宣教に、一歩踏み出すときです。このことのために、先日のお勧め通り、既に神殿の隔ての幕は裂けたのです。出て行きましょう。遣わされた祝福の祭司として、そこで主はあなたを用い、御業をあらわされます。ヒデ

水曜日, 8月 24, 2011

20110824_詩篇56_マタイ27

■詩篇56:12神よ。あなたへの誓いは、私の上にあります。私は、感謝のいけにえを、あなたにささげます。56:13あなたは、私のいのちを死から、まことに私の足を、つまずきから、救い出してくださいました。それは、私が、いのちの光のうちに、神の御前を歩むためでした。
★やがてイスラエルを治める王となるダビデ。しかし妬みに駆られるサウル王に追われて敵国ガテの王アキシュのもとにさえ気が違った者として逃れなければならないとは。けれどダビデはそれさえも「それは、私が、いのちの光のうちに、神の御前を歩むためでした」と、恵みによって自分のうちに受け止め王としての備えに変えます。あなたはあれが足りない、このためにだめだと不平をもらす人ですか。それとも感謝によってあなたの生涯に起こることどもを恵みに変える人ですか。

■マタイ27:51すると、見よ。神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。そして、地が揺れ動き、岩が裂けた。
★「血を流すことなしに罪の赦しはあり得ない」の律法の成就のために、ご自身の命を懸けた主の十字架上の執り成しによって、遂に神殿の隔ての幕が人手によらず取り除かれます。神の臨在を象徴する至聖所はどこに行ったのでしょう。旧約時代イスラエルの民はまさにそれを中心に生活し、そこに祝福があるから「来なさい。なぜならここに主の臨在と祝福があるから」のメッセージに歩んでいました。ではキリストの贖いが完成した今は、あなたが至聖所、すなわち主の教会です。だから主の臨在を持ち運ぶ祭司として「行って」なのです。地の塩、世の光として今日も主の教会として、主と共に、置かれたところに主の臨在をもたらすために遣わされましょう。ヒデ

火曜日, 8月 23, 2011

20110823_詩篇71_マタイ26

■詩篇71:15私の口は一日中、あなたの義と、あなたの救いを語り告げましょう。私は、その全部を知ってはおりませんが。71:16神なる主よ。私は、あなたの大能のわざを携えて行き、あなたの義を、ただあなただけを心に留めましょう。
★試練の中に置かれたダビデ、しかし「私は、その全部を知りませんが……」との神様の恵みに対する謙虚な姿勢は彼の生涯を守ります。時に全部知らなければ満足しない誘惑に駆られ、自分を神にしようとしている危険にさらされているにもかかわらず、それに気づかず、その人生を台無しにする人もあります。この朝も神様は高ぶる者を退け、遜るものに恵みを給うお方であることを心に刻みましょう。

■マタイ26:63しかし、イエスは黙っておられた。それで、大祭司はイエスに言った。「私は、生ける神によって、あなたに命じます。あなたは神の子キリストなのか、どうか。その答えを言いなさい。」26:64イエスは彼に言われた。「あなたの言うとおりです。なお、あなたがたに言っておきますが、今からのち、人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見ることになります。」
★弟子たちとの最後の晩餐の後、ゲッセマネの園で祈りをささげられるイエス様でしたがユダの裏切りによって捕らえられ、大祭司の中庭にまで引っ張り出されました。そこで上の質問を受けたのです。「あなたの言うとおりである。……」と、その答えの明確さに驚きますが、キリストが神ご自身でなければ、まさに世を惑わす者、自らを神とする者以外のなにものでもありません。しかし主は本当に神様ご自身なるお方なのです。このお方が再び来られます。そして全てのことを正しく裁かれます。このお方に会う備えをしましょう。ヒデ

月曜日, 8月 22, 2011

20110822_詩篇32_マタイ25

■詩篇32:1幸いなことよ。そのそむきを赦され、罪をおおわれた人は。……32:3私は黙っていたときには、一日中、うめいて、私の骨々は疲れ果てました。32:4それは、御手が昼も夜も私の上に重くのしかかり、私の骨髄は、夏のひでりでかわききったからです。32:5私は、自分の罪を、あなたに知らせ、私の咎を隠しませんでした。私は申しました。「私のそむきの罪を主に告白しよう。」すると、あなたは私の罪のとがめを赦されました。
★上の詩篇はダビデが兵士ナタンの殺害とその妻バテシェバを辱めた罪の指摘を預言者ナタンに受けたときの経験です。神様はあなたの罪を指摘されます。しかしそれはあなたを奴隷にするためにではありません。またあなたを陥れるためでもありません。むしろ解放するためです。

■マタイ25:40すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』……25:45すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、おまえたちに告げます。おまえたちが、この最も小さい者たちのひとりにしなかったのは、わたしにしなかったのです。』25:46 こうして、この人たちは永遠の刑罰に入り、正しい人たちは永遠のいのちに入るのです。」
★王が来られます。その王とはあなたのために十字架に掛かり血潮を流し完全な罪の赦しを完成された主イエス・キリストです。2000年前には救い主として来られました。しかし今度来られるときには裁き主として来られます。このお方、すなわち神様に会う備えをしなければなりません。そしてあなたは愛と貢献の人生の価値観に生きるゆえに、このお方から『最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』との御声を聞くのです。ヒデ