月曜日, 5月 21, 2012

20120521_レビ記16-18

■レビ記16:9アロンは、主のくじに当たったやぎをささげて、それを罪のためのいけにえとする。16:10アザゼルのためのくじが当たったやぎは、主の前に生きたままで立たせておかなければならない。これは、それによって贖いをするために、アザゼルとして荒野に放つためである。
★贖罪の日にささげられるこの2頭のやぎの意味は、イスラエルの罪に対す2通りの神様の対処法です。いけにえのやぎを通して民の罪が赦され、アザゼルとして解き放たれるやぎを通して罪からの解放を表したのです。旧約時代祭司は多くの準備をして神様の前に出なければなりませんでしたが、あなたはキリストの贖いゆえにいつでも神様に近づく罪の赦しと解放を受けとることができます。

■レビ記17:4主の幕屋の前に主へのささげ物としてささげるために、それを会見の天幕の入口の所に持って来ないなら、血はその人に帰せられる。その人は血を流した。その人はその民の間から断たれる。
★イスラエルの民が偶像礼拝に陥ったのは「めいめいが自分の目に正しいと見える行った」ためでした。この時神様は罪の赦しのためのいけにえ、すなわち献げ物について明確な時間と場所を指定したのです。

■レビ記18:30あなたがたは、わたしの戒めを守り、あなたがたの先に行われていた忌みきらうべき風習を決して行わないようにしなさい。それによって身を汚してはならない。わたしはあなたがたの神、主である。」
★神様はイスラエルをご自身へと分離させることによって民を導き祝福されます。功績中心、業績中心のこの世の価値観の中で、神の子供としての命を失わないようにキリストにつきましょう。ヒデ

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