木曜日, 12月 03, 2009

20091203_ヨブ03-04_ヨナ04-03_ヘブル10

■ヨブ4:7さあ思い出せ。だれか罪がないのに滅びた者があるか。どこに正しい人で絶たれた者があるか。4:8私の見るところでは、不幸を耕し、害毒を蒔く者が、それを刈り取るのだ。
★ヨブはそもそも神様ご自身が義人であることを認める者。そして、その降りかかった災いも神様を訴えるサタンのゆえに神様が「彼の命には触れるな」と、制限を加えた上で許されたもの。しかしそれを知らされていないヨブの心には「私の生まれた日は滅びうせよ。男の子が胎に宿ったと言ったその夜も。その日はやみになれ」との思いさえ湧きあがります。その原因が分からない苦悩ほど人を痛めることのないことを覚えましょう。
初めの御言葉は、その中で友人エリファズがヨブに語った言葉です。友人として1週間寄り添いながら一言も語らなかったエリファズが口にした言葉です。「さあ思い出せ。だれが罪がないのに滅びた者があるか……」は確かに原則でしょう。しかしその友情さえも今はヨブを苦しめるのです。苦難の中にある友への友情をきよめて頂きましょう。また、原因の分からない苦悩の中におかたれたとき、一旦深く自らを内省した後は、神様を仰ぐことの尊さをも心に留めましょう。イエス・キリストの弟子パウロは「私は自分で自分をさばくことさえしません」と語りました。神様の御手の中にただ陥るのです。

■ヨナ4:2主に祈って言った。「ああ、主よ。私がまだ国にいたときに、このことを申し上げたではありませんか。それで、私は初めタルシシュへのがれようとしたのです。私は、あなたが情け深くあわれみ深い神であり、怒るのにおそく、恵み豊かであり、わざわいを思い直されることを知っていたからです。
★罪とは何でしょう。その本質は神様の恵みにさも突き上げるような思いが涌きあがるヨナのその心です。預言者ヨナさへもその心は痛んでいたのです。人は皆キリストにある十字架の癒しが必要です。

■ヘブル10:36あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。ヒデ

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