火曜日, 4月 02, 2013

20130402_マタイ3 創世記6-9

■マタイ3:15ところが、イエスは答えて言われた。「今はそうさせてもらいたい。このようにして、すべての正しいことを実行するのは、わたしたちにふさわしいのです。」そこで、ヨハネは承知した。
★イエス様こそが罪の赦しのために受ける、悔い改めのバプテスマを受ける必要のないお方です。にもかかわらず罪人となって、また私たちの模範となって受けて下さいました。神の御子がへりくだられたのです。あなたは神様の前にこうべを垂れ、人の前にあたまを下げる心がありますか。イエス様は石ころからでもアブラハムの子孫をおこすことができるお方です。

■創世記6:7そして主は仰せられた。「わたしが創造した人を地の面から消し去ろう。人をはじめ、家畜やはうもの、空の鳥に至るまで。わたしは、これらを造ったことを残念に思うからだ。」
★愛をもって世界を創造しひとつひとつのものにいのちを与えた神様の無念な思いを想像してみましょう。人の罪ゆえに世界が汚れたのです。その神様の無念さを唯一受け取ることができたのがノアでした。神様はこのノアの心を用いて救いの計画を進められます。

■創世記7:16入ったものは、すべての肉なるものの雄と雌であって、神がノアに命じられたとおりであった。それから、主は、彼のうしろの戸を閉ざされた。

■創世記8:20ノアは、主のために祭壇を築き、すべてのきよい家畜と、すべてのきよい鳥のうちから幾つかを選び取って、祭壇の上で全焼のいけにえをささげた。

■創世記9:16虹が雲の中にあるとき、わたしはそれを見て、神と、すべての生き物、地上のすべて肉なるものとの間の永遠の契約を思い出そう。」

月曜日, 4月 01, 2013

20130401_マタイ2・創世記4-5

■マタイ2:2「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」2:3それを聞いて、ヘロデ王は恐れ惑った。エルサレム中の人も王と同様であった。
★神様が当時のユダヤの人々に、東方の博士達を用いて語られた挑戦です。「あなたの救い主であり、王であるお方はどこにおられますか。」「あなたの心の中心にですか。それ以外の場所ですか」。キリストを心の中心に迎える人のみが希望と平安、感謝という別の道を通って御国に帰る道を歩むことができます。

■創世記4:7あなたが正しく行ったのであれば、受け入れられる。ただし、あなたが正しく行っていないのなら、罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋い慕っている。だが、あなたは、それを治めるべきである。」
★人類最初の殺人は兄弟に対するねたみによるものでした。ねたみは人を殺し、キリストさえ十字架に追いやる罪です。心に巣をつくろうとするねたみの感情を断固ゆるしてはなりません。あなたを滅ぼすサタンの罠です。悔い改め、告白して捨てるのです。

■創世記5:24エノクは神とともに歩んだ。神が彼を取られたので、彼はいなくなった。
★主が再臨なさるとき、主にある人々が空中に引き上げられるひな形です。あなたは既に心を開いてキリストを受け入れられましたか。あなたの力によるのではありません。あなたの心の内に住んで下さる聖霊様の力によってあなたは引き上げられるのです。あなたを高き良き所へと引き上げて下さる物事の背後には常に神様の支えと励ましがあることを覚えましょう。高ぶるものではなく、へりくだり栄光を父なる神様にお返しする者として。ヒデ

日曜日, 3月 31, 2013

20130331_ヨハネ1-2

■ヨハネ1:14ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。
★創世記1章では父なる神様の傍らにあって、「光あれ」から始まり、ひとつひとつ、言葉なるお方として、全てのものを創造なさったお方が、まさかこのヨハネ1章で「ことば」と紹介されているキリストと同一人物とは。そうです。イエス様とは永遠のはじめから父なる神様の傍らにおられた神ご自身です。このお方が肉体をとってこの地上に来て下さったのを祝う日がクリスマス。あなたはこの事実をご存じでしたか。

■ヨハネ2:7イエスは彼らに言われた。「水がめに水を満たしなさい。」彼らは水がめを縁までいっぱいにした。2:8イエスは彼らに言われた。「さあ、今くみなさい。そして宴会の世話役のところに持って行きなさい。」彼らは持って行った。
★イエス様そうではないんです。水ではなくなくなったのはぶどう酒で、必要なのはぶどう酒なんです。しかし、しもべ達が主の言葉に従った時、彼らが必要としていたぶどう酒に水がかえられたたのです。あなたはイエス様が直接あなたに語りかけられる御声を聞かれたことがありますか。あれば是非従ってください。あなたの生涯が良きキリストのいのちで満ち溢れます。ヒデ

土曜日, 3月 30, 2013

20130330_2テモテ1-4

■2テモテ1:7神が私たちに与えてくださったものは、おくびょうの霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です。

■2テモテ2:11次のことばは信頼すべきことばです。「もし私たちが、彼とともに死んだのなら、彼とともに生きるようになる。2:12もし耐え忍んでいるなら、彼とともに治めるようになる。もし彼を否んだなら、彼もまた私たちを否まれる。2:13私たちは真実でなくても、彼は常に真実である。彼にはご自身を否むことができないからである。」

■2テモテ3:12確かに、キリスト・イエスにあって敬虔に生きようと願う者はみな、迫害を受けます。3:13しかし、悪人や詐欺師たちは、だましたりだまされたりしながら、ますます悪に落ちて行くのです。3:14けれどもあなたは、学んで確信したところにとどまっていなさい。あなたは自分が、どの人たちからそれを学んだかを知っており、3:15また、幼いころから聖書に親しんで来たことを知っているからです。聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。3:16聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。

■2テモテ4:16私の最初の弁明の際には、私を支持する者はだれもなく、みな私を見捨ててしまいました。どうか、彼らがそのためにさばかれることのありませんように。4:17しかし、主は、私とともに立ち、私に力を与えてくださいました。それは、私を通してみことばが余すところなく宣べ伝えられ、すべての国の人々がみことばを聞くようになるためでした。私は獅子の口から助け出されました。4:18主は私を、すべての悪のわざから助け出し、天の御国に救い入れてくださいます。主に、御栄えがとこしえにありますように。アーメン。

金曜日, 3月 29, 2013

20130329_2ペテロ1-3 ユダ


■2ペテロ1:20それには何よりも次のことを知っていなければいけません。すなわち、聖書の預言はみな、人の私的解釈を施してはならない、ということです。21なぜなら、預言は決して人間の意志によってもたらされたのではなく、聖霊に動かされた人たちが、神からのことばを語ったのだからです。

■2ペテロ2:20主であり救い主であるイエス・キリストを知ることによって世の汚れからのがれ、その後再びそれに巻き込まれて征服されるなら、そのような人たちの終わりの状態は、初めの状態よりももっと悪いものとなります。21義の道を知っていながら、自分に伝えられたその聖なる命令にそむくよりは、それを知らなかったほうが、彼らにとってよかったのです。

■2ペテロ3:8しかし、愛する人たち。あなたがたは、この一事を見落としてはいけません。すなわち、主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。9主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。

■ユダ20しかし、愛する人々よ。あなたがたは、自分の持っている最も聖い信仰の上に自分自身を築き上げ、聖霊によって祈り、21神の愛のうちに自分自身を保ち、永遠のいのちに至らせる、私たちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい。

木曜日, 3月 28, 2013

20130328_ヘブル11-13

■ヘブル11:6信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。

■ヘブル12:2信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

■ヘブル13:5金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」13:6そこで、私たちは確信に満ちてこう言います。「主は私の助け手です。私は恐れません。人間が、私に対して何ができましょう。」

水曜日, 3月 27, 2013

20130327_ヘブル7-10

■ヘブル7:24しかし、キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。7:25したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。

■ヘブル8:10それらの日の後、わたしが、イスラエルの家と結ぶ契約は、これであると、主が言われる。わたしは、わたしの律法を彼らの思いの中に入れ、彼らの心に書きつける。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。

■ヘブル9:27そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように、9:28キリストも、多くの人の罪を負うために一度、ご自身をささげられましたが、二度目は、罪を負うためではなく、彼を待ち望んでいる人々の救いのために来られるのです。

■ヘブル10:36あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。10:37「もうしばらくすれば、来るべき方が来られる。おそくなることはない。10:38わたしの義人は信仰によって生きる。もし、恐れ退くなら、わたしのこころは彼を喜ばない。」10:39私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です。

火曜日, 3月 26, 2013

20130326_ヘブル1-6

■ヘブル1:3御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。

■ヘブル2:18主は、ご自身が試みを受けて苦しまれたので、試みられている者たちを助けることがおできになるのです。

■ヘブル3:6しかし、キリストは御子として神の家を忠実に治められるのです。もし私たちが、確信と、希望による誇りとを、終わりまでしっかりと持ち続けるならば、私たちが神の家なのです。

■ヘブル4:12神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。

■ヘブル5:8キリストは御子であられるのに、お受けになった多くの苦しみによって従順を学び、5:9完全な者とされ、彼に従うすべての人々に対して、とこしえの救いを与える者となり、5:10神によって、メルキゼデクの位に等しい大祭司ととなえられたのです。

■ヘブル6:20イエスは私たちの先駆けとしてそこに入り、永遠にメルキゼデクの位に等しい大祭司となられました。

月曜日, 3月 25, 2013

20130325_テトス1-3・1ペテロ1-5

テトス1:3神は、ご自分の定められた時に、このみことばを宣教によって明らかにされました。私は、この宣教を私たちの救い主なる神の命令によって、ゆだねられたのです──このパウロから、

■テトス2:14キリストが私たちのためにご自身をささげられたのは、私たちをすべての不法から贖い出し、良いわざに熱心なご自分の民を、ご自分のためにきよめるためでした。

■テスト3:5神は、私たちが行った義のわざによってではなく、ご自分のあわれみのゆえに、聖霊による、新生と更新との洗いをもって私たちを救ってくださいました。

■1ペテロ1:21あなたがたは、死者の中からこのキリストをよみがえらせて彼に栄光を与えられた神を、キリストによって信じる人々です。このようにして、あなたがたの信仰と希望は神にかかっているのです。

■1ペテロ2:25あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。

■1ペテロ3:18キリストも一度罪のために死なれました。正しい方が悪い人々の身代わりとなったのです。それは、肉においては死に渡され、霊においては生かされて、私たちを神のみもとに導くためでした。

■1ペテロ4:19ですから、神のみこころに従ってなお苦しみに会っている人々は、善を行うにあたって、真実であられる創造者に自分のたましいをお任せしなさい。

■1ペテロ5:10 あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。

日曜日, 3月 24, 2013

20130324_1テモテ1-6

1テモテ1:15「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。1:16しかし、そのような私があわれみを受けたのは、イエス・キリストが、今後彼を信じて永遠のいのちを得ようとしている人々の見本にしようと、まず私に対してこの上ない寛容を示してくださったからです。

■1テモテ2:4神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。2:5神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです。

■1テモテ3:1「人がもし監督の職につきたいと思うなら、それはすばらしい仕事を求めることである」ということばは真実です。

■1テモテ4:4神が造られた物はみな良い物で、感謝して受けるとき、捨てるべき物は何一つありません。4:5神のことばと祈りとによって、聖められるからです。

1テモテ5:20罪を犯している者をすべての人の前で責めなさい。ほかの人をも恐れさせるためです。5:21私は、神とキリスト・イエスと選ばれた御使いたちとの前で、あなたにおごそかに命じます。これらのことを偏見なしに守り、何事もかたよらないで行いなさい。

■1テモテ6:7私たちは何一つこの世に持って来なかったし、また何一つ持って出ることもできません。6:8衣食があれば、それで満足すべきです。

土曜日, 3月 23, 2013

20130323_使徒27-28

使徒27:12また、この港が冬を過ごすのに適していなかったので、大多数の者の意見は、ここを出帆して、できれば何とかして、南西と北西とに面しているクレテの港ピニクスまで行って、そこで冬を過ごしたいということになった。27:13おりから、穏やかな南風が吹いて来ると、人々はこの時とばかり錨を上げて、クレテの海岸に沿って航行した。
★人の弱さが聖霊様によって明らかにされた事件です。人は自分に都合よく物事を判断する傾向があることを否めません。最低限、感情に流されることのない主との交わりの中を歩ませて頂きましょう。

■使徒28:30こうしてパウロは満二年の間、自費で借りた家に住み、たずねて来る人たちをみな迎えて、28:31大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。
★確かにパウロによる使徒の働きはここで一つの区切りとなりました。しかしこの働きは完結したわけではありません。今やバトンを主はあなたに託しておられます。ヒデ

金曜日, 3月 22, 2013

20130322_使徒24-26

使徒24:14しかし、私は、彼らが異端と呼んでいるこの道に従って、私たちの先祖の神に仕えていることを、閣下の前で承認いたします。私は、律法にかなうことと、預言者たちが書いていることとを全部信じています。24:15また、義人も悪人も必ず復活するという、この人たち自身も抱いている望みを、神にあって抱いております。
★どこにおいても、誰の前にあっても自分の信じていることに揺るぎのない告白をするパウロ。あなたはどうでしょう。パウロの確信はどこから来ているか考えられたこと、ありますか。この時、総督ペリクスは騒擾罪のかどで軟禁中のパウロから金をもらいたい下心があって幾度もパウロを呼び出したようです。

■使徒25:11もし私が悪いことをして、死罪に当たることをしたのでしたら、私は死をのがれようとはしません。しかし、この人たちが私を訴えていることに一つも根拠がないとすれば、だれも私を彼らに引き渡すことはできません。私はカイザルに上訴します。」
★どこまでも自らの信仰の良心に忠実に生きようとするパウロ。パウロは自分の命を守るためにではなく、神様から託された使命の為に使い切るよう行動します。

■使徒26:19こういうわけで、アグリッパ王よ、私は、この天からの啓示にそむかず、26:20ダマスコにいる人々をはじめエルサレムにいる人々に、またユダヤの全地方に、さらに異邦人にまで、悔い改めて神に立ち返り、悔い改めにふさわしい行いをするようにと宣べ伝えて来たのです。
★あなたは、あなたがなすようにと示された、天からの啓示や幻を見たり聞いたりしたことがありますか。パウロはそれに忠実であり続けました。生ける主と共に歩んでいたのです。ヒデ

木曜日, 3月 21, 2013

20130321_使徒21-23

使徒21:28こう叫んだ。「イスラエルの人々。手を貸してください。この男は、この民と、律法と、この場所に逆らうことを、至る所ですべての人に教えている者です。そのうえ、ギリシヤ人を宮の中に連れ込んで、この神聖な場所をけがしています。」
★全くの言いがかりです。結果このことによってパウロは捕らえられ、カイザルの前での裁判を望み、ローマで殉教することになります。しかしこの時、宮の中にパウロが導いたのは異邦人ではなく、誓願を立てていたユダヤ人なのです。人々の偏見、思い込みがパウロを死に追いやることになったのです。自分と主義主張が違う人を先走り裁くことのないようにしなければなりません。

■使徒22:1「兄弟たち、父たちよ。いま私が皆さんにしようとする弁明を聞いてください。」
★このあとパウロのイエス・キリストとの出会いが語られます。いつ証しをすればよいのかと言われるなら。「今でしょ」ではないですが、現実難しい場合も……。自分の方から証しすることが難しい場合、職場や学舎の中で、日曜日何しているの、何か○○さんは大切にしているものあるの、信じているの等、聞いてもらえるように祈りませんか。そしてそのチャンスを生かして証しできるように備えましょう。

■使徒23:11その夜、主がパウロのそばに立って、「勇気を出しなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなければならない」と言われた。
★主はかつて旧約時代サムエルに向かって「私を尊ぶ者を私も尊ぶ」と語られましたが、パウロの時代もそうでした。そしてそれは今も変わりません。「私は福音を恥としません。それは全て信じる人に救いを与える神の力です」と告白できるお互いでありますように。ヒデ

火曜日, 3月 19, 2013

20130319_使徒16-17

使徒16:6それから彼らは、アジヤでみことばを語ることを聖霊によって禁じられたので、フルギヤ・ガラテヤの地方を通った。16:7こうしてムシヤに面した所に来たとき、ビテニヤのほうに行こうとしたが、イエスの御霊がそれをお許しにならなかった。
★この結果福音はアジアのみならず、ローマに届けられることとなりました。そして世界が変えられたのです。ベストの前に最大の誘惑であり克服すべき課題はベターに留まること。人知を越えた神様の配剤にこの朝心を向けてみませんか。

17:28私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。あなたがたのある詩人たちも、『私たちもまたその子孫である』と言ったとおりです。
★唯一この神様を閉め出すことができるのが私たちの心です。聖書はそれを罪と呼びます。ヒデ

月曜日, 3月 18, 2013

20130318_使徒14-15

使徒14:15言った。「皆さん。どうしてこんなことをするのですか。私たちも皆さんと同じ人間です。そして、あなたがたがこのようなむなしいことを捨てて、天と地と海とその中にあるすべてのものをお造りになった生ける神に立ち返るように、福音を宣べ伝えている者たちです。
★ルステラでのことです。ある生まれつき足のなえた人で、彼にいやされる信仰があるのをみたパウロは大声で、「自分の足で、まっすぐに立ちなさい」と語ったところ歩けるようになりました。さてそれを見た群衆はどうだったでしょう。声を張り上げ、ルカオニヤ語で、「神々が人間の姿をとって、私たちのところにお下りになったのだ」と言い、バルナバをゼウスと呼び、パウロをヘルメスとし、いけにえをささげようとしたのです。それを見たパウロとバルナバの反応が上の御言葉です。すなわち自らを決して神とすることのない神を畏れる者としての反応です。あなたならどんな反応をなさいますか。

■使徒15:28聖霊と私たちは、次のぜひ必要な事のほかは、あなたがたにその上、どんな重荷も負わせないことを決めました。15:29すなわち、偶像に供えた物と、血と、絞め殺した物と、不品行とを避けることです。これらのことを注意深く避けていれば、それで結構です。以上。」
★イエス・キリストを信じたパリサイ派の人々はキリストに回心する異邦人がおこされてくる中、彼らを受け入れるとするなら、割礼を受けさせ、モーセの律法を守らせなければならないと主張します。そのために教会の指導者の中で激論がおこりましたが、上の御言葉のとおりとなりました。律法は異邦人をキリストに導く為の言わば養育係であり、物差しです。それに自らをあてると当然のごとく足らなさを示されますが、……しなければ裁かれる、ねばならない基準ではありません。教会は人を縛るところではなく、人の心の内に潜み人を縛る律法から人を解放するところです。

日曜日, 3月 17, 2013

20130317_使徒11-13

使徒11:19さて、ステパノのことから起こった迫害によって散らされた人々は、フェニキヤ、キプロス、アンテオケまでも進んで行ったが、ユダヤ人以外の者にはだれにも、みことばを語らなかった。
★今でこそ福音は全世界の人のため、と私たちは理解しています。あまりにも当たり前のこととして。しかしユダヤ人と言う枠の中で生きていた彼らにとって、それはどうひっくり返っても生まれてこない視点でした。私たちはみな自分では気づかない色眼鏡を掛けさせられたり、自ら好んで掛けたりしてるんですよね。それを唯一変えることのできるのが神の言葉。ああ何と感謝なことでしょうか。

■使徒12:11そのとき、ペテロは我に返って言った。「今、確かにわかった。主は御使いを遣わして、ヘロデの手から、また、ユダヤ人たちが待ち構えていたすべての災いから、私を救い出してくださったのだ。」
★この時ペテロは、人とは神様から託された使命を成し遂げるまで、そのいのちは支えられることを体験しました。確かにやがては朽ちる身体です。けれど生かされている間だ、御心を求め続けましょう。

■使徒13:36ダビデは、その生きていた時代において神のみこころに仕えて後、死んで父祖たちの仲間に加えられ、ついに朽ち果てました。
★それぞれ仕える時代は異なります。しかしこの、同じ主を見上げ愛し従うことが祝福の秘訣です。時代とはある面、その時代の人を反映するものです。横を見てはなりません。丁度嵐を見て溺れそうになったペテロのように、飲み込まれて沈んでしまいます。主を見上げましょう。ヒデ

土曜日, 3月 16, 2013

20130316_使徒9-10

使徒9:17そこでアナニヤは出かけて行って、その家に入り、サウロの上に手を置いてこう言った。「兄弟サウロ。あなたの来る途中、あなたに現れた主イエスが、私を遣わされました。あなたが再び見えるようになり、聖霊に満たされるためです。」
★サウロはただキリストがよみがえったと宣べ伝える教会をゆるすことができず、迫害したのです。ところが「サウロ、サウロなぜ私を迫害するのか」と、天からの声を聞きました。まさかイエス様が神様だったとは思いもよらないことでした。そして彼の生涯を決定的に変えた出来事が、主の弟子アナニヤから「兄弟サウロ」と手を置かれたことでした。そうです人が内側から変えられるものは、唯一愛以外にありません。主の愛を受け取りましょう。また人を愛する者でありましょう。

使徒10:34そこでペテロは、口を開いてこう言った。「これで私は、はっきりわかりました。神はかたよったことをなさらず、10:35どの国の人であっても、神を恐れかしこみ、正義を行う人なら、神に受け入れられるのです。
★夢の中で「とって食べよ」と言われて、もどうしてユダヤ人であるペテロが律法を越えてまで、汚れた動物を食べることができるでしょう。しかしイタリヤ隊のコルネリオとの出会いを通して、ユダヤ人のみならず異邦人をも愛しておられる神様の心を知らされるのです。1コリント13章には「今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見ていますが、その時には顔と顔とを合わせて見ることになります。今、私は一部分しか知りませんが、その時には、私が完全に知られているのと同じように、私も完全に知ることになります。こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。」とあります。神様が新たに開いて下さる真理を受け取れるだけの謙虚さを常に持てるお互いでありますように。ヒデ

金曜日, 3月 15, 2013

20130315_使徒7-8

使徒7:59こうして彼らがステパノに石を投げつけていると、ステパノは主を呼んで、こう言った。「主イエスよ。私の霊をお受けください。」7:60そして、ひざまずいて、大声でこう叫んだ。「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」こう言って、眠りについた。
★迫害が激化する中においてもステパノの主への姿勢は変わりませんでした。その結果彼は主の御手によって自分の霊を受け取ってもらうことに。しかし、彼がこの章で語ったイスラエル史は必読です。彼が自分で考え語ったと言うよりも、聖霊が彼を導き語らされたと言う方が適切です。歴史はその人の立つ位置で様々な見方が可能でが、しかし、ここに記されている理解に立つなら、聖書はあなたにとって豊かに開かれて行く神の言葉となるでしょう。

■使徒8:26ところが、主の使いがピリポに向かってこう言った。「立って南へ行き、エルサレムからガザに下る道に出なさい。」(このガザは今、荒れ果てている。)
★この聖霊の語りかけに主の弟子ピリポが従順したことを通して、彼はエチオピアの女王に仕える宦官に出会います。彼は女王から託された仕事を終え、帰途につく途中でした。もしピリポが聖霊の声に従順していなければこの出会いはありません。結果、この宦官は主の救いにあずかり人生が変えられ、国に祝福をもたらすものとなりました。人生の祝福をのかぎを握っているのは聖霊様の語りかけを聞くことのできるあなたです。ヒデ

木曜日, 3月 14, 2013

20130314_使徒4-6

使徒4:12この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです。」4:13彼らはペテロとヨハネとの大胆さを見、またふたりが無学な、普通の人であるのを知って驚いたが、ふたりがイエスとともにいたのだ、ということがわかって来た。
★人を大胆に、強くすることのできるのはイエス・キリストです。あなたはキリストと共にいますか。

■使徒5:40使徒たちを呼んで、彼らをむちで打ち、イエスの名によって語ってはならないと言い渡したうえで釈放した。5:41そこで、使徒たちは、御名のためにはずかしめられるに値する者とされたことを喜びながら、議会から出て行った。
★何を喜ぶかによってその人の価値観やいのちの質が明らかにされます。彼らはお金や、地位や様々なものを得ること以上に、キリストの名のゆえに辱められることを喜んだのです。キリストを愛していたからです。あなたは何を一番愛していますか。あなたの神は何でしょう。

■使徒6:1そのころ、弟子たちがふえるにつれて、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちが、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して苦情を申し立てた。彼らのうちのやもめたちが、毎日の配給でなおざりにされていたからである。
★教会とはキリストによって罪赦された、罪人の集まりです。もちろん主を愛し、地上で唯一、御心を行うことを願う人々の集いでもありますが、だからこそ自分を知り、愛を学ぶ必要があるのです。あなたが横を見るなら、どうでしょう、その証拠に、自分の意志と感情では決して共にいることを願わないタイプの人もいるのではないですか。主が為されたのです。愛とは何かを学んでゆきましょう。主はそこにご自身を示されます。ヒデ

水曜日, 3月 13, 2013

20130313_使徒1-3

使徒1:11そして、こう言った。「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。」
★全てのわざを成し遂げ、復活の主が弟子たちの見ている前で天に帰って行くときの光景です。主は弟子たちを捨てられた訳ではありません。だからこの時あわせて「1:8 しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」と語られたのです。この「使徒行伝」は「聖霊行伝」とも呼ばれます。聖霊なる神様がいかなるお方に目を留めて味わわれることをお勧めします。

■使徒2:38そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。
★ペテロの説教に「私たちはどうしたらいいのでしょうか」と問う、心さされた人々へのペテロの答えです。あなたはもう聖霊を心の内にやどされましたか。キリストを救い主として心に迎え入れられたなら大丈夫。聖霊はあなたの内におられます。

■使徒3:6すると、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」と言って、3:7彼の右手を取って立たせた。するとたちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、3:8おどり上がってまっすぐに立ち、歩きだした。そして歩いたり、はねたりしながら、神を賛美しつつ、ふたりといっしょに宮に入って行った。
★人を強め立ち上がらせるのは、何だとあなたは思いますか。ヒデ