火曜日, 1月 31, 2017

20170131_1コリント5

■1コリント5:6 あなたがたの高慢は、よくないことです。あなたがたは、ほんのわずかのパン種が、粉のかたまり全体をふくらませることを知らないのですか。
 5:7 新しい粉のかたまりのままでいるために、古いパン種を取り除きなさい。あなたがたはパン種のないものだからです。私たちの過越の小羊キリストが、すでにほふられたからです。★古代イスラエル人は、エジプトから脱出する準備をしていたとき、パン種がふくれるのを待つ時間がなかったので、種を入れないパンを準備するよう命じられました。またパン種は罪の象徴でもあったので、彼らは家からすべてのパン種を取り除くよう命じられます(出エジプト12:1513:7)。キリストは私たちの過越の小羊、私たちの罪のための完全ないけにえで、私たちを罪の奴隷から救い出してくださったので、私たちは過去の罪(「古いパン種」)とのかかわりを断つのです。

月曜日, 1月 30, 2017

20170130_1コリント4

■1コリント4:6 さて、兄弟たち。以上、私は、私自身とアポロに当てはめて、あなたがたのために言って来ました。それは、あなたがたが、私たちの例によって、「書かれていることを越えない」ことを学ぶため、そして、一方にくみし、他方に反対して高慢にならないためです。
 4:7 いったいだれが、あなたをすぐれた者と認めるのですか。あなたには、何か、もらったものでないものがあるのですか。もしもらったのなら、なぜ、もらっていないかのように誇るのですか。
★霊的指導者を利用し人々を自分に付け、結果教会を分裂の危機に瀕させるほどに人の心は病み、高慢に捕らわれてしまうことがあります。教会の頭であるキリストに心を治めて頂く以外に解決がありません。神様の恵みに対する感謝の応答の生涯を生きる者として決して越えてはならない一線を自分の内に持つ人は幸いです。

日曜日, 1月 29, 2017

20170129_1コリント3

■1コリント3:5 アポロとは何でしょう。パウロとは何でしょう。あなたがたが信仰に入るために用いられたしもべであって、主がおのおのに授けられたとおりのことをしたのです。
 3:6 私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。
★人からの賞賛ではなく、神様から託された役割を忠実に果たそうとするチームを通して教会の働きは前進します。主から為すべき働きを託されたお互いとは何と感謝でしょう。

土曜日, 1月 28, 2017

20170128_1コリント2

■1コリント2:7 私たちの語るのは、隠された奥義としての神の知恵であって、それは、神が、私たちの栄光のために、世界の始まる前から、あらかじめ定められたものです。
 2:8 この知恵を、この世の支配者たちは、だれひとりとして悟りませんでした。もし悟っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。
★ここに記された知恵とは箴言8章で「知恵は呼ばわらないのか」と語りかけられる「神の知恵」たるイエス・キリストです。以下箴言8章です。
8:22 【主】は、その働きを始める前から、そのみわざの初めから、わたしを得ておられた。
 8:23 大昔から、初めから、大地の始まりから、わたしは立てられた。
 8:24 深淵もまだなく、水のみなぎる源もなかったとき、わたしはすでに生まれていた。
 8:25 山が立てられる前に、丘より先に、わたしはすでに生まれていた。
 8:26 神がまだ地も野原も、この世の最初のちりも造られなかったときに。
 8:27 神が天を堅く立て、深淵の面に円を描かれたとき、わたしはそこにいた。
 8:28 神が上のほうに大空を固め、深淵の源を堅く定め、
 8:29 海にその境界を置き、水がその境を越えないようにし、地の基を定められたとき、
 8:30 わたしは神のかたわらで、これを組み立てる者であった。わたしは毎日喜び、いつも御前で楽しみ、
 8:31 神の地、この世界で楽しみ、人の子らを喜んだ。

金曜日, 1月 27, 2017

20170127_1コリント1

■1コリント1:12 あなたがたはめいめいに、「私はパウロにつく」「私はアポロに」「私はケパに」「私はキリストにつく」と言っているということです。
★福音が「聞かせてもらうもの」から「生きること」に変わるとき変わるとき、人への依存から解放されます。人ではなく主につき、人間関係においては示された神様の御心の実現のために相互に協力しあう。「1:18 十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。」

木曜日, 1月 26, 2017

20170126_ローマ16

■ローマ16:17 兄弟たち。私はあなたがたに願います。あなたがたの学んだ教えにそむいて、分裂とつまずきを引き起こす人たちを警戒してください。彼らから遠ざかりなさい。
 16:18 そういう人たちは、私たちの主キリストに仕えないで、自分の欲に仕えているのです。彼らは、なめらかなことば、へつらいのことばをもって純朴な人たちの心をだましているのです。
★教会が自己実現の場となり、そのことのために神様を利用しようとする人々のことでパウロはどれほど心を痛めたことでしょう。しかしこれは人ごとではなく、サタンが私の心でも芽を出すようにと、知らず知らずのうちに蒔く種のひとつです。目を覚ましていましょう。愛する友がこの誘惑に飲み込まれないように祈りましょう。

水曜日, 1月 25, 2017

20170125_ローマ15

■ローマ15:5 どうか、忍耐と励ましの神が、あなたがたを、キリスト・イエスにふさわしく、互いに同じ思いを持つようにしてくださいますように。
 15:6 それは、あなたがたが、心を一つにし、声を合わせて、私たちの主イエス・キリストの父なる神をほめたたえるためです。
 15:7 こういうわけですから、キリストが神の栄光のために、私たちを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに受け入れなさい。
★ローマ教会は多様な共同体でした。ユダヤ人と異邦人、奴隷と自由の民、金持ちと貧しい者、強い者と弱い者から成り立っていたからです。お互いを受け入れることは彼らにとって難しいことでした。受け入れるとは、心の中にだけでなく、自分の家の中にも人々を受け入れ、食事や活動を共にしすることを意味しました。普段は話をしないような人たちを迎えるため、意識して時間を使い、相違点を最小限にし、交わりのための一致点を探そうとする努力。パウロは神様がほめたたえられためにローマ教会にそのことをチャレンジしました。

火曜日, 1月 24, 2017

20170124_ローマ14

■ローマ14:4 あなたはいったいだれなので、他人のしもべをさばくのですか。しもべが立つのも倒れるのも、その主人の心次第です。このしもべは立つのです。なぜなら、主には、彼を立たせることができるからです。
★人はおのおの、他の人にではなく、神様に対して弁明する責任があります。教会は、聖書によって明確に禁じられている行動(姦淫、同性愛、殺人、盗み)に反対する立場においては妥協せずにいなければなりませんが、それ以外に追加の細かい規則や規定を定めたり、それらに神の律法と同等の地位を与えたりすべきではありません。しばしばクリスチャンたちは、神のことばよりも、世論や個人的嫌悪、または文化的傾向に、道徳的判断の基礎を置く誘惑を覚えるかも知れませんが、神の言葉を越えて自らを神にしてはなりません。

月曜日, 1月 23, 2017

20170123_ローマ13

■ローマ13:14 主イエス・キリストを着なさい。肉の欲のために心を用いてはいけません。
★パウロは今の時代を悪い時代と表現します。この世の闇の力が恵みと義を抹殺しようとする時代だからです。キリストを着、キリストの中に隠れ込み、神の恵みに覆われつつ、自らをきよく保ちつつ主の来臨を待ち望みましょう。

日曜日, 1月 22, 2017

20170122_ローマ12

■ローマ12:1 そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。
★これまで紹介されてきた神様の恵みのゆえに、その恵みに対する応答としての献身。ゆえに嫌いながら、ふてくされながらではない、生けるキリストへの献身のすすめ。あきらめるためではなく、生み出すための献身です。

土曜日, 1月 21, 2017

20170121_ローマ11

■ローマ11:20 そのとおりです。彼らは不信仰によって折られ、あなたは信仰によって立っています。高ぶらないで、かえって恐れなさい。
 11:21 もし神が台木の枝を惜しまれなかったとすれば、あなたをも惜しまれないでしょう。
★不信仰を続けるイスラエル。しかし神様はイスラエルを捨ててしまわれるわけではない。壮大な神様の計画が紹介されます。ひとりも滅びる事を願い給わない神様の愛と御力が記された11章です。あなたの人生もこのお方の愛と御力によって支えられています。

金曜日, 1月 20, 2017

20170120_ローマ10

■ローマ10:1 兄弟たち。私が心の望みとし、また彼らのために神に願い求めているのは、彼らの救われることです。10:2 私は、彼らが神に対して熱心であることをあかしします。しかし、その熱心は知識に基づくものではありません。 10:3 というのは、彼らは神の義を知らず、自分自身の義を立てようとして、神の義に従わなかったからです。10:4 キリストが律法を終わらせられたので、信じる人はみな義と認められるのです。
★あなたは誰に受け入れられ認められたいと願うでしょう。もしそれが神様であるなら、神様が受け入れ、認めてくださる方法や基準を知らなければなりません。それは必ずしもあなた自身が持っている基準と同じとは限りません。神様の方法は唯一イエス・キリストにある方法です。キリストが神様の求めする全ての要求と基準とを満たしたからです。ご自身の命さえも注ぎ出すことを通して。あなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われます。

木曜日, 1月 19, 2017

20170119_ローマ9

■ローマ9:15 神はモーセに、「わたしは自分のあわれむ者をあわれみ、自分のいつくしむ者をいつくしむ」と言われました。
 9:16 したがって、事は人間の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。
★主権者である神様の姿が鮮やかです。私たちはただこのお方のご計画を畏れをもって受けとる以外道はありません。しかしやがてこのお方の大きなあわれみを知ることに。それがイエス・キリストを通して示された父なる神様の愛です。

水曜日, 1月 18, 2017

20170118_ローマ8

■ローマ8:28 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。
★「こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。 なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。」ではじまる8章です。イエス・キリストの十字架を通して罪の精算にあずかったキリスト者の赦しがいかに完全であるかが大胆に記された章です。もはやあなたはむなしさや恐れから、神様を避けて、神様以外のもので心を満たそうとするいかなる理由も持ち合わせなくなりました。内側から語りかけてくださる御霊様の声に導かれましょう。頂いた神との交わりがあなたの人生を完成へと導く命です。

火曜日, 1月 17, 2017

20170117_ローマ7

■ローマ7:15 私には、自分のしていることがわかりません。私は自分がしたいと思うことをしているのではなく、自分が憎むことを行っているからです。
★この絶望的な叫びは、パウロだけのものではありません。これは、御霊の助けなしに、律法を守ることによって神を喜ばせようとする、すべてのクリスチャンの経験を表しています。罪の力を過小評価したり、自分の力で罪と戦おうとしてはなりません。私たちの力で罪に打ち勝とうとするのではなく、聖霊の御力に頼らなければなりません。聖霊は私たちの内に住んでおられ、私たちに力を与えてくださるお方です。私たちが倒れるときは、愛をもって手を差し伸べ、私たちを助け起こしてくださるお方です。

月曜日, 1月 16, 2017

20170116_ローマ6

■ローマ6:23 罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。
★私たちは2人の主人のいずれかを自由に選ぶことはできますが、選択の結果を自由に変えることはできません。罪に従うことの結果は永遠の死で、神様のいない人生です。キリストに従うことの結果は永遠のいのちで、永遠に続く、神様とともにある新しいいのちです。
永遠のいのちは神様からの賜物で、報酬ではありません。賜物をくださる最愛の人へのもっとふさわしい応答は、差し出されたものを感謝して率直に受けとることです。神様は、私たちが行った義のわざによってではなく、ご自分のあわれみのゆえに私たちを救ってくださいました(テトス3:5)。神様が私たちに惜しみなく与えてくださった賜物であるキリストを感謝とともに受け入れれるとは何という幸いでしょう。

日曜日, 1月 15, 2017

20170115_ローマ5

5:9 わたしたちは、キリストの血によって今は義とされているのだから、なおさら、彼によって神の怒りから救われるであろう。
 5:10 もし、わたしたちが敵であった時でさえ、御子の死によって神との和解を受けたとすれば、和解を受けている今は、なおさら、彼のいのちによって救われるであろう。
★「このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている。」ではじまるこの章ですが、ここでは「なおさら」、「なおさら」と繰り返されることによって、いかにイエス様が示してくださった愛が、特別な愛であったかが強調されます。もし救いの確信がぐらつくことがあるならそのときはこのみことばを通して励まされましょう。

土曜日, 1月 14, 2017

20170114_ローマ4

■ローマ4:20 彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、 4:21 神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。 4:22 だからこそ、それが彼の義とみなされたのです。
★自分にではなく神様に望みをおいたアブラハム。神様はそれをよしとされました。ゆえに私たちの救いは神様にかかっているのです。

金曜日, 1月 13, 2017

20170113_ローマ3

■ローマ3:23 すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、
 3:24 ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。
★神様は、私たちが義であると宣言してくださいます。裁判官が被告に無罪を宣言したら、すべての告発は取り除かれます。法律上、その人は今まで告発されたことがないかのようになります。神様が私たちの罪を赦されると、私たちの記録はきれいに消し去られます。私たちは神様の目から見て、今まで罪を犯したことがないかのように。イエス様が、私たちが受けるべき罰を受けてくださったので、神様はこのことをしてくださいました。キリストはご自身のいのちという代価をもって、私たちの罪からの自由を買い取ってくださいました。ハレルヤ!

木曜日, 1月 12, 2017

20170112_ローマ2

■ローマ2:14 ──律法を持たない異邦人が、生まれつきのままで律法の命じる行いをする場合は、律法を持たなくても、自分自身が自分に対する律法なのです。
 2:15 彼らはこのようにして、律法の命じる行いが彼らの心に書かれていることを示しています。彼らの良心もいっしょになってあかしし、また、彼らの思いは互いに責め合ったり、また、弁明し合ったりしています。──
★人々は、自分が知らないことでではなく、知っていることをどう扱うかで有罪と判決されます。書かれた神のことばと律法を知る人たちは、それによってさばかれ、聖書を一度も調べたことがない人たちは、それでも善悪の区別がつくので、彼ら自身の良心が命じる基準にそむいたということでざばかれます。神の律法はひとりひとりの心の中に書かれています。そして神様が求められるのは外見上の割礼ではなく心の割礼です。