■ヨシュア17:14ヨセフ族はヨシュアに告げて言った。「主が今まで私を祝福されたので、私は数の多い民になりました。あなたはなぜ、私にただ一つのくじによる相続地、ただ一つの割り当て地しか分けてくださらなかったのですか。」
★「なぜ一つの割り当て地なのですか……」そう尋ねるヨセフ族に対する主の答えはこうでした。「もしもあなたが数の多い民であるなら、ペリジ人やレファイム人の地の森に上って行って、そこを自分で切り開くがよい。エフライムの山地は、あなたには狭すぎるのだから。」。「でも敵は戦車も持って強いのです。」「強い敵だからこそ。あなたは子孫のために彼らを追い払わなければならないのです」。何とヨセフ部族のリーダー達と主の考えは違うのでしょうか。上を仰ぐ事を忘れたら人の心はどんどん内向きかつ萎縮傾向に向かいます。しかし仰ぐ者を決して見放なすことなく共に戦って下さる主を、私たちは忘れてはなりません。
■ヘブル5:8キリストは御子であられるのに、お受けになった多くの苦しみによって従順を学び、5:9完全な者とされ、彼に従うすべての人々に対して、とこしえの救いを与える者となり、5:10神によって、メルキゼデクの位に等しい大祭司ととなえられたのです。
★信じがたい言葉がここに。「キリストは…従順を学び」と。聖書は、イエス様ご自身が従順を学ばれたと記します。父なる神様と共に万物を創造され、願えば天の使の十二軍団以上をも動かすことのできるお方。そのお方が従順を学んだのです。あなたは遜ること、謙虚になること。それは愚か者、弱い者のすることと軽んじているところがありますか。しかし主は、従順は学ぶべき価値あるものと評します。仕えて始めて仕える人の気持ちが分かり、従って始めて従う人の気持ちが分かるのです。あなたはどれくらい従順を学ばれましたか。それとももう学ぶ必要がないほどに従順を通して学ばれましたか。聖書は「柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐから。」と語ります。信じましょう。ヒデ
月曜日, 5月 31, 2010
日曜日, 5月 30, 2010
20100530_ヨシュア16_イザヤ22_ヘブル1-2
■ヨシュア16:10彼らはゲゼルに住むカナン人を追い払わなかったので、カナン人はエフライムの中に住んでいた。今日もそうである。カナン人は苦役に服する奴隷となった。
★この箇所はエジプトで宰相となったヨセフの子供マナセとエフライムの子孫の約束の地に於ける記述です。カナン人を余すところなく追い払なさいとの主の命に対し、彼らは「カナン人を追い払わなかったので」と記します。その自己肯定の為にエフライムは「まあいいか。彼らは私たちの奴隷となって、私たちは彼らをこき使えるのだから。損はないか……」とでも思ったのでしょう。妥協によって失うものと、妥協の産物として目の前で得るものと、どちらが益かはすぐには分かりません。しかし、どんなことがあってもあなたは誰かを自分の奴隷にしてはなりません。もしそうするならば、奴隷とした人の面倒をあなたは一生みることになるのです。子を妻を夫を友を奴隷としてはなりません。あなたの霊がどんな時にも奴隷の霊に縛られることがないように、全ての人に対して敬意を払う人として接するのです。今その価値観であなたを祝福します。
■ヘブル2:18主は、ご自身が試みを受けて苦しまれたので、試みられている者たちを助けることがおできになるのです。
★1章のみことばは「御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。」と、キリストがまぎれもない神様ご自身であることを紹介します。にもかかわらず、なぜにこのお方は人となって私たちの世界に来て下さったのでしょう。ここには、その最大の理由とも言える内容が。それはあなたを理解し、あなたを助けるため。その人と同じ立場に立てない人にどうしてその人を理解することができるでしょう。キリストは高いところから物を語られるお方ではありません。さああなたの為に私は跪いた、この私を踏み台として、壁をこえなさい。そして天国に行くのです。さあ罪の赦しと永遠の命を受けるのですと語られます。あなたの後ろ楯は主です。ヒデ
★この箇所はエジプトで宰相となったヨセフの子供マナセとエフライムの子孫の約束の地に於ける記述です。カナン人を余すところなく追い払なさいとの主の命に対し、彼らは「カナン人を追い払わなかったので」と記します。その自己肯定の為にエフライムは「まあいいか。彼らは私たちの奴隷となって、私たちは彼らをこき使えるのだから。損はないか……」とでも思ったのでしょう。妥協によって失うものと、妥協の産物として目の前で得るものと、どちらが益かはすぐには分かりません。しかし、どんなことがあってもあなたは誰かを自分の奴隷にしてはなりません。もしそうするならば、奴隷とした人の面倒をあなたは一生みることになるのです。子を妻を夫を友を奴隷としてはなりません。あなたの霊がどんな時にも奴隷の霊に縛られることがないように、全ての人に対して敬意を払う人として接するのです。今その価値観であなたを祝福します。
■ヘブル2:18主は、ご自身が試みを受けて苦しまれたので、試みられている者たちを助けることがおできになるのです。
★1章のみことばは「御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。」と、キリストがまぎれもない神様ご自身であることを紹介します。にもかかわらず、なぜにこのお方は人となって私たちの世界に来て下さったのでしょう。ここには、その最大の理由とも言える内容が。それはあなたを理解し、あなたを助けるため。その人と同じ立場に立てない人にどうしてその人を理解することができるでしょう。キリストは高いところから物を語られるお方ではありません。さああなたの為に私は跪いた、この私を踏み台として、壁をこえなさい。そして天国に行くのです。さあ罪の赦しと永遠の命を受けるのですと語られます。あなたの後ろ楯は主です。ヒデ
土曜日, 5月 29, 2010
20100529_ヨシュア15_イザヤ20-21_ピレモン1
■ヨシュア15:19彼女は言った。「私に祝いの品を下さい。あなたはネゲブの地に私を送るのですから、水の泉を私に下さい。」そこで彼は、上の泉と下の泉とを彼女に与えた。
★約束の地を勝ち取った者に我が娘を与えるとカレブは語りますが、ここは、その約束に基づいて兵士オテニエルに嫁ぐ娘アクサの願いに応えカレブが泉を与える所です。荒野において泉は命の源。娘はひとつの泉を求めますが父は二つを与えます。これが父の心です。そして天の父は私たちが人生の荒野で渇くことが無いように「誰でも渇く者は私のもとに来て飲みなさい。そうすれば命の水が腹の中から湧きあがります」と、私たちを招いて下さるキリストを与えて下さいました。その場限りの潤いではありません。こんこんと心の中心から湧きあがる潤いです。父の愛をアクサが受け取ったように、この朝私たちもしっかりと天の父の愛を受け取りましょう。
■ピレモン1:15彼がしばらくの間あなたから離されたのは、たぶん、あなたが彼を永久に取り戻すためであったのでしょう。
★本当は非常に大切な人物。しかし主人ピレモンにとってオネシモは今や何の役にも立たない者になり、そればかりかローマへと逃亡したのです。にもかかわらずローマで主が御自身の僕パウロを用いてオネシモに出会われるとは。何と主は不思議をなさる方でしょう。オネシモはり主の恵みによってすっかり変えられました。そして主は再び主人ピレモンの元へとオネシモを送り返そうとなさるのです。本当は大切な者が手の届かない所に行ってしまったかに見える時、失望してはなりません。そこは主が働かれる世界です。祈ることしかできません。しかしそこで主は御業をなされるのです。残されたピレモンは何をすべきでしょう。それはオネシモを迎える為の備えでした。主は働かれるお方です。あなたの心はそれを受け取る用意が出来ていますか。ヒデ
★約束の地を勝ち取った者に我が娘を与えるとカレブは語りますが、ここは、その約束に基づいて兵士オテニエルに嫁ぐ娘アクサの願いに応えカレブが泉を与える所です。荒野において泉は命の源。娘はひとつの泉を求めますが父は二つを与えます。これが父の心です。そして天の父は私たちが人生の荒野で渇くことが無いように「誰でも渇く者は私のもとに来て飲みなさい。そうすれば命の水が腹の中から湧きあがります」と、私たちを招いて下さるキリストを与えて下さいました。その場限りの潤いではありません。こんこんと心の中心から湧きあがる潤いです。父の愛をアクサが受け取ったように、この朝私たちもしっかりと天の父の愛を受け取りましょう。
■ピレモン1:15彼がしばらくの間あなたから離されたのは、たぶん、あなたが彼を永久に取り戻すためであったのでしょう。
★本当は非常に大切な人物。しかし主人ピレモンにとってオネシモは今や何の役にも立たない者になり、そればかりかローマへと逃亡したのです。にもかかわらずローマで主が御自身の僕パウロを用いてオネシモに出会われるとは。何と主は不思議をなさる方でしょう。オネシモはり主の恵みによってすっかり変えられました。そして主は再び主人ピレモンの元へとオネシモを送り返そうとなさるのです。本当は大切な者が手の届かない所に行ってしまったかに見える時、失望してはなりません。そこは主が働かれる世界です。祈ることしかできません。しかしそこで主は御業をなされるのです。残されたピレモンは何をすべきでしょう。それはオネシモを迎える為の備えでした。主は働かれるお方です。あなたの心はそれを受け取る用意が出来ていますか。ヒデ
金曜日, 5月 28, 2010
20100528_ヨシュア14_イザヤ19_テトス1-3
■ヨシュア14:12「どうか今、主があの日に約束されたこの山地を私に与えてください。あの日、あなたが聞いたように、そこにはアナク人がおり、城壁のある大きな町々があったのです。主が私とともにいてくだされば、主が約束されたように、私は彼らを追い払うことができましょう。」
★これは、ヨシュアを含む12人の斥候の一人として約束の地カナンに遣わされたカレブの45年前の言葉です。かつて彼は「ただ、主にそむいてはならない。その地の人々を恐れてはならない。……主が私たちとともにおられるのだ。彼らを恐れてはならない。」(民数記14:9)と語ります。その信仰はかつてのものではなく45年後も変わりません。この時カレブは85才。安心しましょう。主に信頼する者の生涯を主は責任をもって全うさせて下さいます。あなたのその生き様が人々の励ましとなりますように。
■テトス3:4しかし、私たちの救い主なる神のいつくしみと人への愛とが現われたとき、 3:5神は、私たちが行なった義のわざによってではなく、ご自分のあわれみのゆえに、聖霊による、新生と更新との洗いをもって私たちを救ってくださいました。3:6神は、この聖霊を、私たちの救い主なるイエス・キリストによって、私たちに豊かに注いでくださったのです。
★ここには私たちがしっかり受け取るべき言葉が豊かです。「私たちを救ってくださいました。・聖霊を……豊かに注いでくださったのです」。お尋ねしますがそれは、「救ってくださるであろう。注いでくださるであろう」ですか? いいえ。それは既に神様の恵みのゆえになされた事実なのです。だから、ただ信じ感謝し受け取るのです。それ以外に受け取り方はありません。そのことに同意し、顔を上げて主に感謝をささげるあなたを主どんなに喜んでおられることでしょう。さあ今日も主と共に始めましょう。あなたの道は主の御心の真ん中にあります。ヒデ
★これは、ヨシュアを含む12人の斥候の一人として約束の地カナンに遣わされたカレブの45年前の言葉です。かつて彼は「ただ、主にそむいてはならない。その地の人々を恐れてはならない。……主が私たちとともにおられるのだ。彼らを恐れてはならない。」(民数記14:9)と語ります。その信仰はかつてのものではなく45年後も変わりません。この時カレブは85才。安心しましょう。主に信頼する者の生涯を主は責任をもって全うさせて下さいます。あなたのその生き様が人々の励ましとなりますように。
■テトス3:4しかし、私たちの救い主なる神のいつくしみと人への愛とが現われたとき、 3:5神は、私たちが行なった義のわざによってではなく、ご自分のあわれみのゆえに、聖霊による、新生と更新との洗いをもって私たちを救ってくださいました。3:6神は、この聖霊を、私たちの救い主なるイエス・キリストによって、私たちに豊かに注いでくださったのです。
★ここには私たちがしっかり受け取るべき言葉が豊かです。「私たちを救ってくださいました。・聖霊を……豊かに注いでくださったのです」。お尋ねしますがそれは、「救ってくださるであろう。注いでくださるであろう」ですか? いいえ。それは既に神様の恵みのゆえになされた事実なのです。だから、ただ信じ感謝し受け取るのです。それ以外に受け取り方はありません。そのことに同意し、顔を上げて主に感謝をささげるあなたを主どんなに喜んでおられることでしょう。さあ今日も主と共に始めましょう。あなたの道は主の御心の真ん中にあります。ヒデ
木曜日, 5月 27, 2010
20100527_ヨシュア13_イザヤ17-18_2テモテ3-4
■ヨシュア13:1ヨシュアは年を重ねて老人になった。主は彼に仰せられた。「あなたは年を重ね、老人になったが、まだ占領すべき地がたくさん残っている。
★主にあって約束の土地の獲得に力を注ぎだしたヨシュア。しかし彼も気づいてみると早年を重ね老人となりました。思えば地上の生涯とはいかにつかの間のことでしょう。改めて人生とは迷うためでなく御心を成し遂げるためのものと思います。その上で主は「まだ占領すべき地が沢山ある」と。それは、あなたはまだ変わる事ができる。キリストに近づくことが、似ることができると言うことです。あなたにとってこれは恵み?それとも労苦ですか。大きく勝ち取った地をそれぞれの部族毎の相続地として分け与えるのは他でもないあなたに残された仕事です。良き知恵が与えられますように。
■イザヤ17:14夕暮れには、見よ、突然の恐怖。夜明けの前に、彼らはいなくなる。これこそ、私たちから奪い取る者たちの分け前、私たちをかすめ奪う者たちの受ける割り当て。
★報復に対する主のメッセージは昔も今も変わりません。「私のすることである」。なぜでしょう。それは間違いの無い裁きをこのお方は必ずなして下さるからです。正当な対策、対応を講じる中にも、苦々し思いは主に明け渡すのです。自分が病んではなりません。
■2テモテ3:16聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。
★誰かに聖書とはどんな書物ですかと問われるなら、ここにこそ、あなたが答えるべき答えがあります。神が与えて下さった書物。神の言葉が記された書、神様が御自身を顕された書。それが聖書です。それ以外の理解はどんなに深い聖書の研究家のように自らを現しても無意味です。また時代に合わせ聖書を変えよう、評価しょうとするのではなくあなたが聖書によって変わるのです。なぜならそこにこそ救いがあるからです。変えて下さる生ける神様の御力を仰ぐあなたを、主は今日も祝福して下さいます。ヒデ
★主にあって約束の土地の獲得に力を注ぎだしたヨシュア。しかし彼も気づいてみると早年を重ね老人となりました。思えば地上の生涯とはいかにつかの間のことでしょう。改めて人生とは迷うためでなく御心を成し遂げるためのものと思います。その上で主は「まだ占領すべき地が沢山ある」と。それは、あなたはまだ変わる事ができる。キリストに近づくことが、似ることができると言うことです。あなたにとってこれは恵み?それとも労苦ですか。大きく勝ち取った地をそれぞれの部族毎の相続地として分け与えるのは他でもないあなたに残された仕事です。良き知恵が与えられますように。
■イザヤ17:14夕暮れには、見よ、突然の恐怖。夜明けの前に、彼らはいなくなる。これこそ、私たちから奪い取る者たちの分け前、私たちをかすめ奪う者たちの受ける割り当て。
★報復に対する主のメッセージは昔も今も変わりません。「私のすることである」。なぜでしょう。それは間違いの無い裁きをこのお方は必ずなして下さるからです。正当な対策、対応を講じる中にも、苦々し思いは主に明け渡すのです。自分が病んではなりません。
■2テモテ3:16聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。
★誰かに聖書とはどんな書物ですかと問われるなら、ここにこそ、あなたが答えるべき答えがあります。神が与えて下さった書物。神の言葉が記された書、神様が御自身を顕された書。それが聖書です。それ以外の理解はどんなに深い聖書の研究家のように自らを現しても無意味です。また時代に合わせ聖書を変えよう、評価しょうとするのではなくあなたが聖書によって変わるのです。なぜならそこにこそ救いがあるからです。変えて下さる生ける神様の御力を仰ぐあなたを、主は今日も祝福して下さいます。ヒデ
水曜日, 5月 26, 2010
20100526_ヨシュア12_イザヤ16_2テモテ2
■ヨシュア12:1イスラエル人は、ヨルダン川の向こう側、日の上る方で、アルノン川からヘルモン山まで、それと東アラバの全部を打ち、それを占領したが、その地の王たちは次のとおりである。
★「イスラエル人は……全部を打ち、それを占領した」と。イスラエルは結果的に約束されたカナンについて驚くばかりの勝利を勝ち取りました。その秘訣とは何でしょう。まさに一致して敵に向かったその姿勢以外に見当たりません。指導者ヨシュアと当時のイスラエルの特徴、それはアイの町の攻略の失敗によって教えられたことも、エリコの町を陥落させた神様の恵みからも教訓を学び、そこに生きる、教えられやすい心でした。それはまさに山上の垂訓「柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐから。」です。あなたは教えられやすい人ですか。
■イザヤ16:4あなたの中に、モアブの散らされた者を宿らせ、荒らす者からのがれて来る者の隠れ家となれ。しいたげる者が死に、破壊も終わり、踏みつける者が地から消えうせるとき、16:5一つの王座が恵みによって堅く立てられ、さばきをなし、公正を求め、正義をすみやかに行なう者が、ダビデの天幕で、真実をもって、そこにすわる。
★なぜ憐れみ深い人となるべきでしょう。ここにはその根拠が示されています。それはやがて公平かつ憐れみ深い主が裁き主として地に立つときが来るからです。だから主にあるあなたの労苦と生き様は決して無駄ではないのです。
■2テモテ2:11次のことばは信頼すべきことばです。「もし私たちが、彼とともに死んだのなら、彼とともに生きるようになる。2:12もし耐え忍んでいるなら、彼とともに治めるようになる。もし彼を否んだなら、彼もまた私たちを否まれる。2:13私たちは真実でなくても、彼は常に真実である。彼にはご自身を否むことができないからである。」
★あなたは何に望みをおきますか?自分ですか。それとも他に……。しかし最後に悔いの無い満足を勝ち取る人は、御自身を否むことができない真実な主に望みを置くその人です。そう、あなたが考えた通りでいいのです。決してその確信を手放してはなりません。ヒデ
★「イスラエル人は……全部を打ち、それを占領した」と。イスラエルは結果的に約束されたカナンについて驚くばかりの勝利を勝ち取りました。その秘訣とは何でしょう。まさに一致して敵に向かったその姿勢以外に見当たりません。指導者ヨシュアと当時のイスラエルの特徴、それはアイの町の攻略の失敗によって教えられたことも、エリコの町を陥落させた神様の恵みからも教訓を学び、そこに生きる、教えられやすい心でした。それはまさに山上の垂訓「柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐから。」です。あなたは教えられやすい人ですか。
■イザヤ16:4あなたの中に、モアブの散らされた者を宿らせ、荒らす者からのがれて来る者の隠れ家となれ。しいたげる者が死に、破壊も終わり、踏みつける者が地から消えうせるとき、16:5一つの王座が恵みによって堅く立てられ、さばきをなし、公正を求め、正義をすみやかに行なう者が、ダビデの天幕で、真実をもって、そこにすわる。
★なぜ憐れみ深い人となるべきでしょう。ここにはその根拠が示されています。それはやがて公平かつ憐れみ深い主が裁き主として地に立つときが来るからです。だから主にあるあなたの労苦と生き様は決して無駄ではないのです。
■2テモテ2:11次のことばは信頼すべきことばです。「もし私たちが、彼とともに死んだのなら、彼とともに生きるようになる。2:12もし耐え忍んでいるなら、彼とともに治めるようになる。もし彼を否んだなら、彼もまた私たちを否まれる。2:13私たちは真実でなくても、彼は常に真実である。彼にはご自身を否むことができないからである。」
★あなたは何に望みをおきますか?自分ですか。それとも他に……。しかし最後に悔いの無い満足を勝ち取る人は、御自身を否むことができない真実な主に望みを置くその人です。そう、あなたが考えた通りでいいのです。決してその確信を手放してはなりません。ヒデ
火曜日, 5月 25, 2010
20100525_ヨシュア11_イザヤ15_2テモテ1
■ヨシュア11:23 こうしてヨシュアは、その地をことごとく取った。すべて主がモーセに告げたとおりであった。ヨシュアはこの地を、イスラエルの部族の割り当てにしたがって、相続地としてイスラエルに分け与えた。その地に戦争はやんだ。
★「その地に戦いはやんだ。」とヨシュアとイスラエルの勝利が紹介されますが、その勝利の最大の秘訣は神様の言葉への従順でした。ヨシュアは勝ち取った馬の足の筋を切りなさいとの命にも従ったのです。当時馬は最大の武器の一つですからそれを使えなくすることなど通常はあり得ないことでした。失敗を通し、どこまでも神様の方法を貫こうとそう腹を決めたのです。また先ずは勝利をえることに集中することの大切さをも覚えたいものです。あなたは気づいている心の領域には既に勝利を得ていますか。まだの所があるならばそこに集中して主の助けを求めましょう。勝利の前の心配は霊的に無意味なことが多いのです。
■2テモテ1:12そのために、私はこのような苦しみにも会っています。しかし、私はそれを恥とは思っていません。というのは、私は、自分の信じて来た方をよく知っており、また、その方は私のお任せしたものを、かの日のために守ってくださることができると確信しているからです。
★愛弟子テモテに示したパウロ自身の確信がここに紹介されています。どんな反対者の前にあっても動じることのない立ち振る舞いを示したパウロ。その秘訣はと問われるなら彼は、私自身、主をよく知り、その御力を知っているからだと語ります。御言葉を通し私たちの前に御自身を示してくださる主に触れていけることは何と尊いなことでしょう。ディボーション、通読の効果は一週間でも現れるでしょう。しかしさらなる真価のあらわれは、長きに渡って主に触れ続けるものにしか移らない、キリストの香りと確信と言ってよいでしょう。御言葉を慕い求めるあなたに対し主は「これは私の愛する子」とお語り下さいます。この主の愛を受けとめてこの一日も始めましょう。主はあなたの守り手です。ヒデ
★「その地に戦いはやんだ。」とヨシュアとイスラエルの勝利が紹介されますが、その勝利の最大の秘訣は神様の言葉への従順でした。ヨシュアは勝ち取った馬の足の筋を切りなさいとの命にも従ったのです。当時馬は最大の武器の一つですからそれを使えなくすることなど通常はあり得ないことでした。失敗を通し、どこまでも神様の方法を貫こうとそう腹を決めたのです。また先ずは勝利をえることに集中することの大切さをも覚えたいものです。あなたは気づいている心の領域には既に勝利を得ていますか。まだの所があるならばそこに集中して主の助けを求めましょう。勝利の前の心配は霊的に無意味なことが多いのです。
■2テモテ1:12そのために、私はこのような苦しみにも会っています。しかし、私はそれを恥とは思っていません。というのは、私は、自分の信じて来た方をよく知っており、また、その方は私のお任せしたものを、かの日のために守ってくださることができると確信しているからです。
★愛弟子テモテに示したパウロ自身の確信がここに紹介されています。どんな反対者の前にあっても動じることのない立ち振る舞いを示したパウロ。その秘訣はと問われるなら彼は、私自身、主をよく知り、その御力を知っているからだと語ります。御言葉を通し私たちの前に御自身を示してくださる主に触れていけることは何と尊いなことでしょう。ディボーション、通読の効果は一週間でも現れるでしょう。しかしさらなる真価のあらわれは、長きに渡って主に触れ続けるものにしか移らない、キリストの香りと確信と言ってよいでしょう。御言葉を慕い求めるあなたに対し主は「これは私の愛する子」とお語り下さいます。この主の愛を受けとめてこの一日も始めましょう。主はあなたの守り手です。ヒデ
月曜日, 5月 24, 2010
20100524_ヨシュア10_イザヤ14_1テモテ6
■ヨシュア10:7そこでヨシュアは、すべての戦う民と、すべての勇士たちとを率いて、ギルガルから上って行った。
★この章には何度「ヨシュアは全イスラエルを率いて……」と記されているでしょう。8回です。その理由は「彼らを恐れてはならない。わたしが彼らをあなたの手に渡したからだ。」との約束の通り、主が共に戦って下さるのをヨシュアが見て励まされたからです。あなたはどんな立場にいらっしゃるでしょう。もしリーダーなら、あなたが見るべきはあなたを励まして下さる神様です。またヨシュアは先に主に伺いをたてず失敗した経験を無にすることなくここで生かし民を勝利へと導いています。何と多くのことを主に向かう彼の姿勢から学べることでしょう。
■イザヤ14:12暁の子、明けの明星よ。どうしてあなたは天から落ちたのか。国々を打ち破った者よ。どうしてあなたは地に切り倒されたのか。
★天使の長の一人であったルシファーがなぜサタンとなったのか。その動機がこの後記されます。『私は天に上ろう。神の星々のはるか上に私の王座を上げ……いと高き方のようになろう』。どんな時にもいと高きお方は神様お一人です。全ての邪悪はこの事実を拒む所から始まります。今日も自らのポジションを造られた者にリセットできる私たちは何と幸いな事でしょう。
■1テモテ6:17この世で富んでいる人たちに命じなさい。高ぶらないように。また、たよりにならない富に望みを置かないように。むしろ、私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。6:18また、人の益を計り、良い行いに富み、惜しまずに施し、喜んで分け与えるように。6:19また、まことのいのちを得るために、未来に備えて良い基礎を自分自身のために築き上げるように。
★「命じなさい」とパウロが愛弟子テモテに語った内容は明確です。私たちもすべき事とすべきでないこと、その内容をハッキリ受けとめ歩みましょう。これらは間違いなくあなたを幸せへと導くゴールデンルールです。ヒデ
★この章には何度「ヨシュアは全イスラエルを率いて……」と記されているでしょう。8回です。その理由は「彼らを恐れてはならない。わたしが彼らをあなたの手に渡したからだ。」との約束の通り、主が共に戦って下さるのをヨシュアが見て励まされたからです。あなたはどんな立場にいらっしゃるでしょう。もしリーダーなら、あなたが見るべきはあなたを励まして下さる神様です。またヨシュアは先に主に伺いをたてず失敗した経験を無にすることなくここで生かし民を勝利へと導いています。何と多くのことを主に向かう彼の姿勢から学べることでしょう。
■イザヤ14:12暁の子、明けの明星よ。どうしてあなたは天から落ちたのか。国々を打ち破った者よ。どうしてあなたは地に切り倒されたのか。
★天使の長の一人であったルシファーがなぜサタンとなったのか。その動機がこの後記されます。『私は天に上ろう。神の星々のはるか上に私の王座を上げ……いと高き方のようになろう』。どんな時にもいと高きお方は神様お一人です。全ての邪悪はこの事実を拒む所から始まります。今日も自らのポジションを造られた者にリセットできる私たちは何と幸いな事でしょう。
■1テモテ6:17この世で富んでいる人たちに命じなさい。高ぶらないように。また、たよりにならない富に望みを置かないように。むしろ、私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。6:18また、人の益を計り、良い行いに富み、惜しまずに施し、喜んで分け与えるように。6:19また、まことのいのちを得るために、未来に備えて良い基礎を自分自身のために築き上げるように。
★「命じなさい」とパウロが愛弟子テモテに語った内容は明確です。私たちもすべき事とすべきでないこと、その内容をハッキリ受けとめ歩みましょう。これらは間違いなくあなたを幸せへと導くゴールデンルールです。ヒデ
日曜日, 5月 23, 2010
20100523_ヨシュア9_イザヤ13_1テモテ4-5
■ヨシュア9:15ヨシュアが彼らと和を講じ、彼らを生かしてやるとの盟約を結んだとき、会衆の上に立つ族長たちは、彼らに誓った。
★エリコの町に続きアイの町をもイスラエルが攻略したことを知った近隣の王たちは、イスラエルの力におののき、歩いて3日路にもかかわらず、乾燥したパンとすり切れた靴をもって、私たちと盟約を結んで下さいと跪いたのです。聖書はその時のヨシュアについて「そこでヨシュアは、彼らの食料のいくらかを取ったが、主の指示を仰がなかった。」と紹介します。覚えましょう。たとえどんな契約でも一旦交わすと破棄することは難しいのです。特に結んでしまった霊的な契約の破棄や、そこから来る縛りからの解放は告白とキリストをの血を仰ぐ以外に困難です。だからこそ「主の指示を仰がなかった」の言葉の重みを覚えたいのです。
■イザヤ13:9見よ。主の日が来る。残酷な日だ。憤りと燃える怒りをもって、地を荒れすたらせ、罪人たちをそこから根絶やしにする。
★何と恐ろしい事か。私たちはこの現実の神の裁きの日に備えて、愛と執り成しに生きるのです。けれどもどんな時にも父なる神様のはらわたは愛であることを覚えましょう。人々の救いは、主を畏れる所からしか開かれません。
■1テモテ5:1年寄りをしかってはいけません。むしろ、父親に対するように勧めなさい。若い人たちには兄弟に対するように、5:2年とった婦人たちには母親に対するように、若い女たちには真に混じりけのない心で姉妹に対するように勧めなさい。
★パウロの愛弟子テモテへのことばです。キリストのしもべとして長年の経験をもとにパウロは「要は実の家族のように主にある兄弟姉妹と交わるのです。尊敬と愛といたわりをもって。」とテモテに諭します。教会が失ってはならないもの。それが思いやりと温かさである事を覚え、示される愛の実践に生きましょう。ヒデ
★エリコの町に続きアイの町をもイスラエルが攻略したことを知った近隣の王たちは、イスラエルの力におののき、歩いて3日路にもかかわらず、乾燥したパンとすり切れた靴をもって、私たちと盟約を結んで下さいと跪いたのです。聖書はその時のヨシュアについて「そこでヨシュアは、彼らの食料のいくらかを取ったが、主の指示を仰がなかった。」と紹介します。覚えましょう。たとえどんな契約でも一旦交わすと破棄することは難しいのです。特に結んでしまった霊的な契約の破棄や、そこから来る縛りからの解放は告白とキリストをの血を仰ぐ以外に困難です。だからこそ「主の指示を仰がなかった」の言葉の重みを覚えたいのです。
■イザヤ13:9見よ。主の日が来る。残酷な日だ。憤りと燃える怒りをもって、地を荒れすたらせ、罪人たちをそこから根絶やしにする。
★何と恐ろしい事か。私たちはこの現実の神の裁きの日に備えて、愛と執り成しに生きるのです。けれどもどんな時にも父なる神様のはらわたは愛であることを覚えましょう。人々の救いは、主を畏れる所からしか開かれません。
■1テモテ5:1年寄りをしかってはいけません。むしろ、父親に対するように勧めなさい。若い人たちには兄弟に対するように、5:2年とった婦人たちには母親に対するように、若い女たちには真に混じりけのない心で姉妹に対するように勧めなさい。
★パウロの愛弟子テモテへのことばです。キリストのしもべとして長年の経験をもとにパウロは「要は実の家族のように主にある兄弟姉妹と交わるのです。尊敬と愛といたわりをもって。」とテモテに諭します。教会が失ってはならないもの。それが思いやりと温かさである事を覚え、示される愛の実践に生きましょう。ヒデ
土曜日, 5月 22, 2010
20100522_ヨシュア8_イザヤ12_1テモテ1-3
■ヨシュア8:33全イスラエルは、その長老たち、つかさたち、さばきつかさたちとともに、それに在留異国人もこの国に生まれた者も同様に、主の契約の箱をかつぐレビ人の祭司たちの前で、箱のこちら側と向こう側とに分かれ、その半分はゲリジム山の前に、あとの半分はエバル山の前に立った。それは、主のしもべモーセが先に命じたように、イスラエルの民を祝福するためであった。8:34それから後、ヨシュアは律法の書にしるされているとおりに、祝福とのろいについての律法のことばを、ことごとく読み上げた。
★小さく見える不従順がもたらす災いの大きさを学び、アイの町の攻略に成功したイスラエルはその後、山間のあちらとこちらの二手に分かれて神の言葉を読み合いました。交読の始まりです。神の言葉は呪いと祝福からなりますが、どちらも軽んじることなく恵みの中で魂を扱われ続ける者とさせて頂きましょう。
■イザヤ12:1その日、あなたは言おう。「主よ。感謝します。あなたは、私を怒られたのに、あなたの怒りは去り、私を慰めてくださいました。」
★その通り。主の怒りの目的は怒りの為ではないのです。むしろ赦しです。だからこそ呵責のない怒りの後には受容と赦しがあるのです。
■1テモテ1:9すなわち、律法は、正しい人のためにあるのではなく、律法を無視する不従順な者、不敬虔な罪人、汚らわしい俗物、父や母を殺す者、人を殺す者、1:10不品行な者、男色をする者、人を誘拐する者、うそをつく者、偽証をする者などのため、またそのほか健全な教えにそむく事のためにあるのです。
★パウロが愛弟子テモテに宛てた手紙です。ここに律法理解の奥義があります。どこまでなら許され、どこからは越えてはならないのか。罪に定められないスレスレの線を生きよう。その価値観はやがて罪に捕らえられます。そうではなく大切なのは神の愛に対する応答の人生です。赦して下さった神様に喜ばれる生き方をしたい。そうなれば律法はもはや必要ないのです。ヒデ
★小さく見える不従順がもたらす災いの大きさを学び、アイの町の攻略に成功したイスラエルはその後、山間のあちらとこちらの二手に分かれて神の言葉を読み合いました。交読の始まりです。神の言葉は呪いと祝福からなりますが、どちらも軽んじることなく恵みの中で魂を扱われ続ける者とさせて頂きましょう。
■イザヤ12:1その日、あなたは言おう。「主よ。感謝します。あなたは、私を怒られたのに、あなたの怒りは去り、私を慰めてくださいました。」
★その通り。主の怒りの目的は怒りの為ではないのです。むしろ赦しです。だからこそ呵責のない怒りの後には受容と赦しがあるのです。
■1テモテ1:9すなわち、律法は、正しい人のためにあるのではなく、律法を無視する不従順な者、不敬虔な罪人、汚らわしい俗物、父や母を殺す者、人を殺す者、1:10不品行な者、男色をする者、人を誘拐する者、うそをつく者、偽証をする者などのため、またそのほか健全な教えにそむく事のためにあるのです。
★パウロが愛弟子テモテに宛てた手紙です。ここに律法理解の奥義があります。どこまでなら許され、どこからは越えてはならないのか。罪に定められないスレスレの線を生きよう。その価値観はやがて罪に捕らえられます。そうではなく大切なのは神の愛に対する応答の人生です。赦して下さった神様に喜ばれる生き方をしたい。そうなれば律法はもはや必要ないのです。ヒデ
金曜日, 5月 21, 2010
20100521_ヨシュア7_イザヤ11_2テサロニケ3
■ヨシュア7:3彼らはヨシュアのもとに帰って来て言った。「民を全部行かせないでください。二、三千人ぐらいを上らせて、アイを打たせるといいでしょう。彼らはわずかなのですから、民を全部やって、骨折らせるようなことはしないでください。」
★「7日間、1日1回ずつエリコの城壁をまわり、7日目は7回まわって私の合図に基づいて時の声を上げなさい。聞き従うならば城壁は崩れるであろう」と、神様の介入で驚くばかりの勝利をあげたイスラエルの民。その心はいつの間にか大きくなって「小さな町アイの攻略なら2、3千人で十分でしょう」と言うのです。しかし民は破れ、こんな事なら荒野にいた方がよかったと泣きごとを言います。一人の兵士が金の延べ棒を自分のために隠す罪がその背後にありました。何と小さな事で!しかしそうではありません。神の民が力と祝福を失うのは、大きな事によるのではなく隠された小さな罪、不従順によってです。私くらいではなく、あなたこそがキーパーソンです。
■イザヤ11:3この方は主を恐れることを喜び、その目の見るところによってさばかず、その耳の聞くところによって判決を下さず、
★「この方」と預言されているのが受肉なさるキリストです。表面的な、見るところ、聞くところに基づく価値観では人は生きません。キリストはそうなさらなかったことを覚えましょう。
■2テサロニケ3:16どうか、平和の主ご自身が、どんなばあいにも、いつも、あなたがたに平和を与えてくださいますように。どうか、主があなたがたすべてと、ともにおられますように。
★パウロの手紙の最後はいつも同じで、こうでした。この言葉に慰められ、この言葉からチャレンジを受けましょう。今日しか会うことの出来ない人がいるかも知れません。その人の前で私たちはどんな香りを放つでしょうか。主はあなたに今日も命と祝福を注ぐことが可能です。ヒデ
★「7日間、1日1回ずつエリコの城壁をまわり、7日目は7回まわって私の合図に基づいて時の声を上げなさい。聞き従うならば城壁は崩れるであろう」と、神様の介入で驚くばかりの勝利をあげたイスラエルの民。その心はいつの間にか大きくなって「小さな町アイの攻略なら2、3千人で十分でしょう」と言うのです。しかし民は破れ、こんな事なら荒野にいた方がよかったと泣きごとを言います。一人の兵士が金の延べ棒を自分のために隠す罪がその背後にありました。何と小さな事で!しかしそうではありません。神の民が力と祝福を失うのは、大きな事によるのではなく隠された小さな罪、不従順によってです。私くらいではなく、あなたこそがキーパーソンです。
■イザヤ11:3この方は主を恐れることを喜び、その目の見るところによってさばかず、その耳の聞くところによって判決を下さず、
★「この方」と預言されているのが受肉なさるキリストです。表面的な、見るところ、聞くところに基づく価値観では人は生きません。キリストはそうなさらなかったことを覚えましょう。
■2テサロニケ3:16どうか、平和の主ご自身が、どんなばあいにも、いつも、あなたがたに平和を与えてくださいますように。どうか、主があなたがたすべてと、ともにおられますように。
★パウロの手紙の最後はいつも同じで、こうでした。この言葉に慰められ、この言葉からチャレンジを受けましょう。今日しか会うことの出来ない人がいるかも知れません。その人の前で私たちはどんな香りを放つでしょうか。主はあなたに今日も命と祝福を注ぐことが可能です。ヒデ
木曜日, 5月 20, 2010
20100520_ヨシュア5-6_イザヤ10_2テサロニケ1-2
■ヨシュア5:13さて、ヨシュアがエリコの近くにいたとき、彼が目を上げて見ると、見よ、ひとりの人が抜き身の剣を手に持って、彼の前方に立っていた。ヨシュアはその人のところへ行って、言った。「あなたは、私たちの味方ですか。それとも私たちの敵なのですか。」
★ヨルダン川を渡り終わって約束の地に入った指導者ヨシュアとイスラエルの民。しかしヨシュアの前にはあまりに高くそびえるエリコの城壁が立ちふさがっているではありませんか。その不安と緊張の中でヨシュアは、主が助けようと来て下さったにもかかわらず、それに気づかす「あなたは私たちの味方ですか。それとも敵の味方ですか」と言ったのです。これがプレッシャーに支配され易い人間の現実と、開かれなければならない霊の課題です。「いや私は軍勢の将として今来たのだ」と主は語られます。そう人生の主権者は自分ではなく主であることに気づき、明け渡す時そこに勝利があるのです。この時ヨシュアは足から靴を脱ぎイスラエルに勝利をもたらした。あなたはどうなさいますか。
■イザヤ10:3刑罰の日、遠くからあらしが来るときに、あなたがたはどうするのか。だれに助けを求めて逃げ、どこに自分の栄光を残すのか。
★主が預言者イザヤを通して問いかけられたこの深遠なるテーマ。あなたはもう心に答えを頂かれましたか。答えは「主に」です。
■2テサロニケ2:16どうか、私たちの主イエス・キリストであり、私たちの父なる神である方、すなわち、私たちを愛し、恵みによって永遠の慰めとすばらしい望みとを与えてくださった方ご自身が、2:17あらゆる良いわざとことばとに進むよう、あなたがたの心を慰め、強めてくださいますように。
★終末に臨もうとする主の民に、主が望むことは。それは良きわざであり、よき言葉です。主の恵みによってこの朝もあなたがそこに生きれますように、キリストの御名によって祝福します。ヒデ
★ヨルダン川を渡り終わって約束の地に入った指導者ヨシュアとイスラエルの民。しかしヨシュアの前にはあまりに高くそびえるエリコの城壁が立ちふさがっているではありませんか。その不安と緊張の中でヨシュアは、主が助けようと来て下さったにもかかわらず、それに気づかす「あなたは私たちの味方ですか。それとも敵の味方ですか」と言ったのです。これがプレッシャーに支配され易い人間の現実と、開かれなければならない霊の課題です。「いや私は軍勢の将として今来たのだ」と主は語られます。そう人生の主権者は自分ではなく主であることに気づき、明け渡す時そこに勝利があるのです。この時ヨシュアは足から靴を脱ぎイスラエルに勝利をもたらした。あなたはどうなさいますか。
■イザヤ10:3刑罰の日、遠くからあらしが来るときに、あなたがたはどうするのか。だれに助けを求めて逃げ、どこに自分の栄光を残すのか。
★主が預言者イザヤを通して問いかけられたこの深遠なるテーマ。あなたはもう心に答えを頂かれましたか。答えは「主に」です。
■2テサロニケ2:16どうか、私たちの主イエス・キリストであり、私たちの父なる神である方、すなわち、私たちを愛し、恵みによって永遠の慰めとすばらしい望みとを与えてくださった方ご自身が、2:17あらゆる良いわざとことばとに進むよう、あなたがたの心を慰め、強めてくださいますように。
★終末に臨もうとする主の民に、主が望むことは。それは良きわざであり、よき言葉です。主の恵みによってこの朝もあなたがそこに生きれますように、キリストの御名によって祝福します。ヒデ
水曜日, 5月 19, 2010
20100519_ヨシュア3-4_イザヤ9_1テサロニケ5
■ヨシュア3:15箱をかつぐ者がヨルダン川まで来て、箱をかつぐ祭司たちの足が水ぎわに浸ったとき、―ヨルダン川は刈り入れの間中、岸いっぱいにあふれるのだが―3:16上から流れ下る水はつっ立って、はるかかなたのツァレタンのそばにある町アダムのところで、せきをなして立ち、アラバの海、すなわち塩の海のほうに流れ下る水は完全にせきとめられた。民はエリコに面するところを渡った。
★出エジプトの時、イスラエルは左右にわけられた紅海の川底を見てそこを渡りました。しかし約束の地に入る前のここヨルダン川では、一歩踏み出す前は水があったのです。ところが一歩踏み出した途端、川の水は引きました。ここに新約の霊的奥義があります。生ける神様を信じて一歩踏み出す時、あなたは神様の助けを見ます。「もし信じるなら神の栄光を見る」とはその意味です。
■イザヤ9:6ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。
★イザヤがこう預言したお方。それが主キリストです。今あなたはこのお方と共にあるのです。
■1テサロニケ5:12兄弟たちよ。あなたがたにお願いします。あなたがたの間で労苦し、主にあってあなたがたを指導し、訓戒している人々を認めなさい。5:13その務めのゆえに、愛をもって深い尊敬を払いなさい。お互いの間に平和を保ちなさい。
★「お互いの間に平和を保ちなさい。」と言うことは牧師と兄弟姉妹の間には時に緊張関係も生じると言うことです。もし牧師が人の顔を恐れ、へつらいの言葉しか語れなくなったとしたら。これこそ群れにとって危機以外のなにものでもありません。牧師の為にお祈り下さい。教会の空気がよどみないものとして、保たれるよう労することができるように。私も皆さんのために祝福をお祈りします。ヒデ
★出エジプトの時、イスラエルは左右にわけられた紅海の川底を見てそこを渡りました。しかし約束の地に入る前のここヨルダン川では、一歩踏み出す前は水があったのです。ところが一歩踏み出した途端、川の水は引きました。ここに新約の霊的奥義があります。生ける神様を信じて一歩踏み出す時、あなたは神様の助けを見ます。「もし信じるなら神の栄光を見る」とはその意味です。
■イザヤ9:6ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。
★イザヤがこう預言したお方。それが主キリストです。今あなたはこのお方と共にあるのです。
■1テサロニケ5:12兄弟たちよ。あなたがたにお願いします。あなたがたの間で労苦し、主にあってあなたがたを指導し、訓戒している人々を認めなさい。5:13その務めのゆえに、愛をもって深い尊敬を払いなさい。お互いの間に平和を保ちなさい。
★「お互いの間に平和を保ちなさい。」と言うことは牧師と兄弟姉妹の間には時に緊張関係も生じると言うことです。もし牧師が人の顔を恐れ、へつらいの言葉しか語れなくなったとしたら。これこそ群れにとって危機以外のなにものでもありません。牧師の為にお祈り下さい。教会の空気がよどみないものとして、保たれるよう労することができるように。私も皆さんのために祝福をお祈りします。ヒデ
火曜日, 5月 18, 2010
20100518_ヨシュア2_イザヤ8_1テサロニケ3-4
■ヨシュア2:18私たちが、この地にはいって来たなら、あなたは、私たちをつり降ろした窓に、この赤いひもを結びつけておかなければならない。また、あなたの父と母、兄弟、また、あなたの父の家族を全部、あなたの家に集めておかなければならない。
★これはヨシュアが約束の地を陥落させるために遣わした2人の斥候をかくまった遊女ラハブに彼らが語った言葉です。ラハブは彼らに言うのです。「私たちは恐怖に襲われ、震えおののいているのです。なぜなら主がこの町をあなた方に与えているのが分かるから。だからあなた方をかくまった私と私の家族を助けて下さい」と。主を畏れるものの前には主が先だって助けを与えて下さることをあなたはご存知ですか。この時代もそのことは真理です。そしてあなたはこの朝もキリストの流された血によって守られます。
■イザヤ8:19人々があなたがたに、「霊媒や、さえずり、ささやく口寄せに尋ねよ。」と言うとき、民は自分の神に尋ねなければならない。生きている者のために、死人に伺いを立てなければならないのか。
★預言者イザヤが生きた紀元前700年代、人々は将来に不安を覚えれば覚えるほど、偶像礼拝へと走りました。その誘惑は現代も同じです。ただ鼻から息をするものに救いの力はありません。だまされてはなりません。
■1テサロニケ4:16主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、4:17次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。4:18こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。
★この言葉の通りに互いに慰め励まし合いましょう。それが教会です。世でこの希望に輝くことの出来る民は外にありません。私たちには希望があるのです。ヒデ
★これはヨシュアが約束の地を陥落させるために遣わした2人の斥候をかくまった遊女ラハブに彼らが語った言葉です。ラハブは彼らに言うのです。「私たちは恐怖に襲われ、震えおののいているのです。なぜなら主がこの町をあなた方に与えているのが分かるから。だからあなた方をかくまった私と私の家族を助けて下さい」と。主を畏れるものの前には主が先だって助けを与えて下さることをあなたはご存知ですか。この時代もそのことは真理です。そしてあなたはこの朝もキリストの流された血によって守られます。
■イザヤ8:19人々があなたがたに、「霊媒や、さえずり、ささやく口寄せに尋ねよ。」と言うとき、民は自分の神に尋ねなければならない。生きている者のために、死人に伺いを立てなければならないのか。
★預言者イザヤが生きた紀元前700年代、人々は将来に不安を覚えれば覚えるほど、偶像礼拝へと走りました。その誘惑は現代も同じです。ただ鼻から息をするものに救いの力はありません。だまされてはなりません。
■1テサロニケ4:16主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、4:17次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。4:18こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。
★この言葉の通りに互いに慰め励まし合いましょう。それが教会です。世でこの希望に輝くことの出来る民は外にありません。私たちには希望があるのです。ヒデ
月曜日, 5月 17, 2010
20100517_ヨシュア1_イザヤ7_1テサロニケ1-2
■ヨシュア1:2「わたしのしもべモーセは死んだ。今、あなたとこのすべての民は立って、このヨルダン川を渡り、わたしがイスラエルの人々に与えようとしている地に行け。
★モーセの死後30日の喪に服し、泣ききった民に対して主が「モーセは死んだ」と語られました。いよいよ40年の流浪生活から約束の地をめざして具体的一歩を踏み出すために立ち上がる時が来たのです。その時、悲しむべきを悲しみ、痛むべきを痛み。辛い思いを共同体の中で共有することは、なくてはならない過程です。癒されきれていない感情を抱えたままで、人は前に向かうことが出来ません。あなたは主が語られる「モーセは死んだ」の言葉を受けて、立ち上がる用意がありますか。まだであれば勇気をもって心を開き、キリストにある共同体(教会)の中でその部分についても分かち合うことをはじめてみませんか。生ける神様をあなたは体験することでしょう。
■イザヤ7:14それゆえ、主みずから、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける。
★それは「神我らと共にいます」と言う意味であると。まさにクリスマスの預言です。私たちの救い主キリストは「我らと共にいて下さる神様です」。
■1テサロニケ2:19私たちの主イエスが再び来られるとき、御前で私たちの望み、喜び、誇りの冠となるのはだれでしょう。あなたがたではありませんか。
★この手紙のテーマとしてキリストの再臨を外す訳にはいきません。この書を通し初代教会の聖徒を生かし希望を与えていたものを知れるのです。「主は再び来られる。正しい裁きをなさるために」それが答えです。その時全ての人は峻厳なる主権者としての神たるキリストに出会いますが「あなたこそが我が誇り」とは何という光栄でしょう。さあ今週も授けて下さる冠をお返しすることを人生の目標に信頼と従順の一週を始めましょう。ヒデ
★モーセの死後30日の喪に服し、泣ききった民に対して主が「モーセは死んだ」と語られました。いよいよ40年の流浪生活から約束の地をめざして具体的一歩を踏み出すために立ち上がる時が来たのです。その時、悲しむべきを悲しみ、痛むべきを痛み。辛い思いを共同体の中で共有することは、なくてはならない過程です。癒されきれていない感情を抱えたままで、人は前に向かうことが出来ません。あなたは主が語られる「モーセは死んだ」の言葉を受けて、立ち上がる用意がありますか。まだであれば勇気をもって心を開き、キリストにある共同体(教会)の中でその部分についても分かち合うことをはじめてみませんか。生ける神様をあなたは体験することでしょう。
■イザヤ7:14それゆえ、主みずから、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける。
★それは「神我らと共にいます」と言う意味であると。まさにクリスマスの預言です。私たちの救い主キリストは「我らと共にいて下さる神様です」。
■1テサロニケ2:19私たちの主イエスが再び来られるとき、御前で私たちの望み、喜び、誇りの冠となるのはだれでしょう。あなたがたではありませんか。
★この手紙のテーマとしてキリストの再臨を外す訳にはいきません。この書を通し初代教会の聖徒を生かし希望を与えていたものを知れるのです。「主は再び来られる。正しい裁きをなさるために」それが答えです。その時全ての人は峻厳なる主権者としての神たるキリストに出会いますが「あなたこそが我が誇り」とは何という光栄でしょう。さあ今週も授けて下さる冠をお返しすることを人生の目標に信頼と従順の一週を始めましょう。ヒデ
日曜日, 5月 16, 2010
20100516_申命33-34_イザヤ6_コロサイ3-4
■申命33:26「エシュルンよ。神に並ぶ者はほかにない。神はあなたを助けるため天に乗り、威光のうちに雲に乗られる。33:27昔よりの神は、住む家。永遠の腕が下に。あなたの前から敵を追い払い、『根絶やしにせよ』と命じた。
★この章の冒頭には「これは神の人モーセが、その死を前にして、イスラエル人を祝福した祝福のことばである。」と記されています。モーセがその生涯で神の民に一番伝えたかったこと。それがこの言葉です。神様はあなたのためには雲にさえ乗られるお方。あなたの生涯をご自身の御手で、下から支えて下さるお方。だから決して落ちてしまうことはない。必ず帰ってこれる。必ず立ち上がれる。この恵みを信じあなたも約束の地、イエス・キリストにある安息に入りましょう。
■イザヤ6:5そこで、私は言った。「ああ。私は、もうだめだ。私はくちびるの汚れた者で、くちびるの汚れた民の間に住んでいる。しかも万軍の主である王を、この目で見たのだから。」
★これは御使いが主に対して「聖なるかな。聖なるかな。聖なるかな。」と互いに呼び交わす光景を見たイザヤの叫びです。本当にもうだめでしょうか。いいえ。人は神様の光と基準で自分を見ることができたその時、無条件の赦しが与えられ、そこからまことの癒しと成長が始まります。
■コロサイ4:15どうか、ラオデキヤの兄弟たちに、またヌンパとその家にある教会に、よろしく言ってください。
★教会(エクレシア ギリシャ語)とは何でしょう。それは「神様にあって召し出されたもの」との意味です。ですから建物ではなく人の交わりです。キリストを中心として、そこに主を信じる二人、三人の弟子が集まるとき、まさにそれこそが教会の原点であり世界を変えた原動力です。よってサタンが最も嫌うもの。それが教会です。あなたも教会の中に居場所を見つけて下さい。神様の祝福と奇蹟はそこから溢れ流れます。ヒデ
★この章の冒頭には「これは神の人モーセが、その死を前にして、イスラエル人を祝福した祝福のことばである。」と記されています。モーセがその生涯で神の民に一番伝えたかったこと。それがこの言葉です。神様はあなたのためには雲にさえ乗られるお方。あなたの生涯をご自身の御手で、下から支えて下さるお方。だから決して落ちてしまうことはない。必ず帰ってこれる。必ず立ち上がれる。この恵みを信じあなたも約束の地、イエス・キリストにある安息に入りましょう。
■イザヤ6:5そこで、私は言った。「ああ。私は、もうだめだ。私はくちびるの汚れた者で、くちびるの汚れた民の間に住んでいる。しかも万軍の主である王を、この目で見たのだから。」
★これは御使いが主に対して「聖なるかな。聖なるかな。聖なるかな。」と互いに呼び交わす光景を見たイザヤの叫びです。本当にもうだめでしょうか。いいえ。人は神様の光と基準で自分を見ることができたその時、無条件の赦しが与えられ、そこからまことの癒しと成長が始まります。
■コロサイ4:15どうか、ラオデキヤの兄弟たちに、またヌンパとその家にある教会に、よろしく言ってください。
★教会(エクレシア ギリシャ語)とは何でしょう。それは「神様にあって召し出されたもの」との意味です。ですから建物ではなく人の交わりです。キリストを中心として、そこに主を信じる二人、三人の弟子が集まるとき、まさにそれこそが教会の原点であり世界を変えた原動力です。よってサタンが最も嫌うもの。それが教会です。あなたも教会の中に居場所を見つけて下さい。神様の祝福と奇蹟はそこから溢れ流れます。ヒデ
土曜日, 5月 15, 2010
20100515_申命32_イザヤ5_コロサイ2
■申命32:10主は荒野で、獣のほえる荒地で彼を見つけ、これをいだき、世話をして、ご自分のひとみのように、これを守られた。
★約束の地を目の前にしたモーセの訣別説教の一部です。主はこの時「今、見よ。わたしこそ、『有って有る者・ヤーウェ』なのだ。わたしのほかに神はいない。わたしは殺し、また生かす。わたしは傷つけ、またいやす。わたしの手から救い出せる者はいない」と彼のくちびるを通してご自身を啓示します。モーセはこの後、主のみもとへ召されますが「ひとみのように守る」契約は神の民へと永遠に受け継がれるのです。そう神の民とされたあなたはこの約束によって守られています。あなたは主の前にかけがえのないひとみの存在です。
■イザヤ5:28その矢はとぎすまされ、弓はみな張ってあり、馬のひづめは火打石のように、その車輪はつむじ風のように思われる
★主が語られるみことばが強力な弓から放たれる矢のように感じる時、それは主のあなたへの燃えるような愛の表れです。おそれず、逃げ出さず受け取りましょう。あなたは癒され回復し、やがて多くの人々に希望と命をもたらすために主の御手から放たれる矢となるのです。
■コロサイ2:14いろいろな定めのために私たちに不利な、いや、私たちを責め立てている債務証書を無効にされたからです。神はこの証書を取りのけ、十字架に釘づけにされました。2:15神は、キリストにおいて、すべての支配と権威の武装を解除してさらしものとし、彼らを捕虜として凱旋の行列に加えられました。
★レストランでレシートが状差しに差し通されるのは支払が終わったとき。同様に主がご自身十字架上であなたの債務証書を釘づけられたのは、その代価を払い終わったためでした。「父よ、罪のない私が、彼に変わって命を捨てますから、この私の命の代価によって彼を赦して下さい」とはその意味です。あなたの当然払うべき負債の代価は既に払われたのです。あなたは自由とされました。サタンにだまされて二度と奴隷のくびきを負わされてはなりません。ヒデ
★約束の地を目の前にしたモーセの訣別説教の一部です。主はこの時「今、見よ。わたしこそ、『有って有る者・ヤーウェ』なのだ。わたしのほかに神はいない。わたしは殺し、また生かす。わたしは傷つけ、またいやす。わたしの手から救い出せる者はいない」と彼のくちびるを通してご自身を啓示します。モーセはこの後、主のみもとへ召されますが「ひとみのように守る」契約は神の民へと永遠に受け継がれるのです。そう神の民とされたあなたはこの約束によって守られています。あなたは主の前にかけがえのないひとみの存在です。
■イザヤ5:28その矢はとぎすまされ、弓はみな張ってあり、馬のひづめは火打石のように、その車輪はつむじ風のように思われる
★主が語られるみことばが強力な弓から放たれる矢のように感じる時、それは主のあなたへの燃えるような愛の表れです。おそれず、逃げ出さず受け取りましょう。あなたは癒され回復し、やがて多くの人々に希望と命をもたらすために主の御手から放たれる矢となるのです。
■コロサイ2:14いろいろな定めのために私たちに不利な、いや、私たちを責め立てている債務証書を無効にされたからです。神はこの証書を取りのけ、十字架に釘づけにされました。2:15神は、キリストにおいて、すべての支配と権威の武装を解除してさらしものとし、彼らを捕虜として凱旋の行列に加えられました。
★レストランでレシートが状差しに差し通されるのは支払が終わったとき。同様に主がご自身十字架上であなたの債務証書を釘づけられたのは、その代価を払い終わったためでした。「父よ、罪のない私が、彼に変わって命を捨てますから、この私の命の代価によって彼を赦して下さい」とはその意味です。あなたの当然払うべき負債の代価は既に払われたのです。あなたは自由とされました。サタンにだまされて二度と奴隷のくびきを負わされてはなりません。ヒデ
金曜日, 5月 14, 2010
20100514_申命31_イザヤ3-4_コロサイ1
■申命31:6強くあれ。雄々しくあれ。彼らを恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主ご自身が、あなたとともに進まれるからだ。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。
★約束の地を目の前にしたモーセの訣別説教の冒頭この「強くあれ……」が語られます。理由は事実主が民とどんな時にも共にいて下さることと、これから戦わなければならない先住民族の大きさにイスラエルの心が捕らわれ恐れに支配されそうになることを、主は知っておられるからです。目を主から離してはなりません。私たちは神様にあってでなければなしえないことを成すために召し出されたのです。
■イザヤ3:6そのとき、人が父の家で、自分の兄弟をとらえて言う。「あなたは着る物を持っている。私たちの首領になってくれ。この乱れた世を、あなたの手で治めてくれ。」3:7その日、彼は声を張りあげて言う。「私は医者にはなれない。私の家にはパンもなく、着る物もない。私を民の首領にはしてくれるな。」
★私をリーダーに、責任を負わなければならないものにしてくれるな。預言者イザヤの時代、いかに主の民は希望を見出すことに困難を覚える状況だったか。しかし、そこで救い主の約束がイザヤを通して語られたのです。流されるためではなく、時代を作るために召されたあなたには、現実に支配されない開かれた霊の耳と目が必要です。
■コロサイ1:13神は、私たちを暗やみの圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。1:14この御子のうちにあって、私たちは、贖い、すなわち罪の赦しを得ています。
★私たちの罪はどうなったのでしょう。誰の支配のもとにあるのでしょうか。その答えがこの御言葉です。あなたの罪はキリストにあって赦され、キリストが愛の配慮をもって治めて下さる恵みの支配の中にあなたは移されたのです。今あなたの立つその場所は既によき土地とされました。闇を光とする主はあなたによき実を結ばせて下さいます。ヒデ
★約束の地を目の前にしたモーセの訣別説教の冒頭この「強くあれ……」が語られます。理由は事実主が民とどんな時にも共にいて下さることと、これから戦わなければならない先住民族の大きさにイスラエルの心が捕らわれ恐れに支配されそうになることを、主は知っておられるからです。目を主から離してはなりません。私たちは神様にあってでなければなしえないことを成すために召し出されたのです。
■イザヤ3:6そのとき、人が父の家で、自分の兄弟をとらえて言う。「あなたは着る物を持っている。私たちの首領になってくれ。この乱れた世を、あなたの手で治めてくれ。」3:7その日、彼は声を張りあげて言う。「私は医者にはなれない。私の家にはパンもなく、着る物もない。私を民の首領にはしてくれるな。」
★私をリーダーに、責任を負わなければならないものにしてくれるな。預言者イザヤの時代、いかに主の民は希望を見出すことに困難を覚える状況だったか。しかし、そこで救い主の約束がイザヤを通して語られたのです。流されるためではなく、時代を作るために召されたあなたには、現実に支配されない開かれた霊の耳と目が必要です。
■コロサイ1:13神は、私たちを暗やみの圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。1:14この御子のうちにあって、私たちは、贖い、すなわち罪の赦しを得ています。
★私たちの罪はどうなったのでしょう。誰の支配のもとにあるのでしょうか。その答えがこの御言葉です。あなたの罪はキリストにあって赦され、キリストが愛の配慮をもって治めて下さる恵みの支配の中にあなたは移されたのです。今あなたの立つその場所は既によき土地とされました。闇を光とする主はあなたによき実を結ばせて下さいます。ヒデ
木曜日, 5月 13, 2010
20100513_申命30_イザヤ2_使徒28
■申命30:19私は、きょう、あなたがたに対して天と地とを、証人に立てる。私は、いのちと死、祝福とのろいを、あなたの前に置く。あなたはいのちを選びなさい。あなたもあなたの子孫も生き、30:20あなたの神、主を愛し、御声に聞き従い、主にすがるためだ。確かに主はあなたのいのちであり、あなたは主が、あなたの先祖、アブラハム、イサク、ヤコブに与えると誓われた地で、長く生きて住む。★何の為に神の民はいのちの道を選ぶのでしょう。それは約束の地で長く祝福を受けるため。また主があなたを祝福すると既に決めて下さっているからです。
■イザヤ2:22 鼻で息をする人間をたよりにするな。そんな者に、何の値うちがあろうか。 ★この章は終末の預言として主が語られる章です。その中で「鼻で息をする者を……」と語られたのです。すなわち生かされている者、最終的には裁きの座にあなた同様立たなければならない者を神としてはならないと主は語られます。
■使徒28:23 そこで、彼らは日を定めて、さらに大ぜいでパウロの宿にやって来た。彼は朝から晩まで語り続けた。神の国のことをあかしし、また、モーセの律法と預言者たちの書によって、イエスのことについて彼らを説得しようとした。 28:24 ある人々は彼の語る事を信じたが、ある人々は信じようとしなかった。
★いよいよ使徒の働きの最終章です。監禁されつつ、死さえ自覚しつつ、なおもパウロが最大限、心を注ぎだしたもの、それがキリストにある救いの宣教でした。にも関わらず人々の反応は…。しかし彼は最後に「私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。」と結論づけます。ここに人間の評価ではない神様を意識した聖徒の生き方が。神様の御手に委ねつつ、示されたところに従う生涯の何と晴れやかなことでしょう。あなたはこの人生に招き入れられたのです。ヒデ
■イザヤ2:22 鼻で息をする人間をたよりにするな。そんな者に、何の値うちがあろうか。 ★この章は終末の預言として主が語られる章です。その中で「鼻で息をする者を……」と語られたのです。すなわち生かされている者、最終的には裁きの座にあなた同様立たなければならない者を神としてはならないと主は語られます。
■使徒28:23 そこで、彼らは日を定めて、さらに大ぜいでパウロの宿にやって来た。彼は朝から晩まで語り続けた。神の国のことをあかしし、また、モーセの律法と預言者たちの書によって、イエスのことについて彼らを説得しようとした。 28:24 ある人々は彼の語る事を信じたが、ある人々は信じようとしなかった。
★いよいよ使徒の働きの最終章です。監禁されつつ、死さえ自覚しつつ、なおもパウロが最大限、心を注ぎだしたもの、それがキリストにある救いの宣教でした。にも関わらず人々の反応は…。しかし彼は最後に「私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。」と結論づけます。ここに人間の評価ではない神様を意識した聖徒の生き方が。神様の御手に委ねつつ、示されたところに従う生涯の何と晴れやかなことでしょう。あなたはこの人生に招き入れられたのです。ヒデ
水曜日, 5月 12, 2010
20100512_申命29_イザヤ1_使徒27
■申命29:29 隠されていることは、私たちの神、主のものである。しかし、現わされたことは、永遠に、私たちと私たちの子孫のものであり、私たちがこのみおしえのすべてのことばを行なうためである。
★この御言葉は29:5 の「私は、四十年の間、あなたがたに荒野を行かせたが、あなたがたが身に着けている着物はすり切れず、その足のくつもすり切れなかった。」と合わせ、主の御計画も人の心も、こじ開けてはならない領域のあることを覚えさせられます。神でもない私たちが無理にこじ開けようとする時、結果的に全てを失うことがあります。隠されている将来をいたずらに思い煩うよりも、今明らかにされている、行うべき御心に精一杯心を注ぎ出すものであらせて頂きましょう。
■イザヤ1:18 「さあ、来たれ。論じ合おう。」と主は仰せられる。「たとい、あなたがたの罪が緋のように赤くても、雪のように白くなる。たとい、紅のように赤くても、羊の毛のようになる。
★なんと希望に満ちた主の言葉。しかも民の現実を知った上での言葉です。自分を誤魔化さず正直に主の前に出るなら、私たちは真っ白な人生を主にあって何度でもやり直せるのです。ハレルヤ。
■使徒27:13 おりから、穏やかな南風が吹いて来ると、人々はこの時とばかり錨を上げて、クレテの海岸に沿って航行した。
★カイザルの前における公平な裁判を望んだパウロ搬送の船旅です。都合良く暖かい所で冬を過ごしたいと考えた船長達は、御使から啓示されたパウロの助言を退け船出し、一命をとりとめるものの、一切の持ち物を失う経験をします。ちょうどよいと思いこみたくなる好機が、私たちの人生を狂わせるくせ者の場合があるのです。だまされてはなりません。では、それをどうして見分けますか。明け渡された神の人の心と祈り心以外にありません。そのため我らは心を神様に向けるのです。そんなあなたを主は今日も喜び助けて下さいます。ヒデ
★この御言葉は29:5 の「私は、四十年の間、あなたがたに荒野を行かせたが、あなたがたが身に着けている着物はすり切れず、その足のくつもすり切れなかった。」と合わせ、主の御計画も人の心も、こじ開けてはならない領域のあることを覚えさせられます。神でもない私たちが無理にこじ開けようとする時、結果的に全てを失うことがあります。隠されている将来をいたずらに思い煩うよりも、今明らかにされている、行うべき御心に精一杯心を注ぎ出すものであらせて頂きましょう。
■イザヤ1:18 「さあ、来たれ。論じ合おう。」と主は仰せられる。「たとい、あなたがたの罪が緋のように赤くても、雪のように白くなる。たとい、紅のように赤くても、羊の毛のようになる。
★なんと希望に満ちた主の言葉。しかも民の現実を知った上での言葉です。自分を誤魔化さず正直に主の前に出るなら、私たちは真っ白な人生を主にあって何度でもやり直せるのです。ハレルヤ。
■使徒27:13 おりから、穏やかな南風が吹いて来ると、人々はこの時とばかり錨を上げて、クレテの海岸に沿って航行した。
★カイザルの前における公平な裁判を望んだパウロ搬送の船旅です。都合良く暖かい所で冬を過ごしたいと考えた船長達は、御使から啓示されたパウロの助言を退け船出し、一命をとりとめるものの、一切の持ち物を失う経験をします。ちょうどよいと思いこみたくなる好機が、私たちの人生を狂わせるくせ者の場合があるのです。だまされてはなりません。では、それをどうして見分けますか。明け渡された神の人の心と祈り心以外にありません。そのため我らは心を神様に向けるのです。そんなあなたを主は今日も喜び助けて下さいます。ヒデ
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