火曜日, 2月 22, 2011

20110222_出エ35_詩篇92-93_1コリント4-5

■出エジプト35:29イスラエル人は、男も女もみな、主がモーセを通して、こうせよと命じられたすべての仕事のために、心から進んでささげたのであって、彼らはそれを進んでささげるささげ物として主に持って来た。
★これは幕屋の完成のためにモーセがその必要を訴えたときのイスラエルの民の姿勢です。ここにまず神様に仕える者の基本の姿を教えられます。強いられてするならそれは神様のための奴隷です。しかし主はそれを願っておられません。むしろ愛の為にあなたを創造しあなたの為に人生の計画を描いて下さっているお方は、あなたとのいのちの関係の中に歩みたいと願っておられるのです。あなたはまず主が与えて下さっていることをお気付きですか。人がどうしても生きていく上で必要なものは、すべて主がただで下さっているもの。そしてそれに加えて主はここで、赦しを与えようとしているのです。それを受け取る方法が自発の心。まず感謝をもって主の前に出ることができることは何という恵みでしょう。

■詩篇92:13彼らは、主の家に植えられ、私たちの神の大庭で栄えます。92:14彼らは年老いてもなお、実を実らせ、みずみずしく、おい茂っていましょう。92:15こうして彼らは、主の正しいことを告げましょう。主は、わが岩。主には不正がありません。

■1コリント5:1あなたがたの間に不品行があるということが言われています。しかもそれは、異邦人の中にもないほどの不品行で、父の妻を妻にしている者がいるとのことです。5:2それなのに、あなたがたは誇り高ぶっています。そればかりか、そのような行いをしている者をあなたがたの中から取り除こうとして悲しむこともなかったのです。
★恐ろしいことです。信仰を隠れ蓑にした牧師が姦淫で逮捕されることさえある時代です。自分の弱さを誤魔化さないで率直に認めましょう。主を仰ぎましょう。そして信仰の友に祈ってもらいましょう。罪から離れ、癒されるためです。ヒデ

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